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「今日は、一緒に私の村に行こう!」
へ……?
突然何を言い出すかと思えば……主人の村に?
行きたくないけど、行くのか?
「準備しなきゃー!」
俺の意思は無視かよ。
まあ、奴隷の意思なんて尊重する主人、滅多に訊かないけどな。
「……主人」
主人はベッドの下を漁っていた。
そんなとこに荷物置いてたのかよ。
「な~にー?」
「さっきは、どうやって俺の傷を治したんだ?」
主人の手は止まらないが、声は返ってこなかった。
少しして、剰りにも無反応すぎて気になってずっと下を向いていた顔を上げると、主人は目の前にたっていた。
「おにいちゃん」
「……?」
驚いて、声を返せない。
なぜ目の前にたっているんだ?
さっきまでベッドの下を漁っていたはずじゃ……?
「その主人って、やめようよ」
ベッドの上には、小さな鞄が置いてあった。
まさか、荷物そんだけ?
「おにいちゃんは、おにいちゃんなんだから。」
……改めて主人の顔を見上げてみる。
「私のことは主人って呼ばないで。」
なんと呼べばいい?
名前で呼べとは言わないよな?
主人の名前知らないし。
「……奴隷は主人のことを、特に理由が無い限り主人、もしくはそれに類するもので呼びます。」
というか個人的に主人のことは主人と呼ばせてよ。
個体の名前覚えるの、苦手なんだよね。
「なら理由を付ければいいよね。」
そうだけど、やっぱまた命令?
この主人、変な命令ばっかするのか?
「私のことは主人、またはそれに類するもので呼ばない。これは命令だよ」
やっぱりそうくるか。
「……何と呼べばいい?」
「好きに呼んでいいよ」
ならば主人になるのだが、それはだめだと今命令されたからな……。
「アンタの名前は?」
しまった。
主人に対する口の効き方としては、最低だったな、今の。
人によってはこれで殺されかねないポイントだ。
今までの主人の元でも、これで殺された同僚を何人も見ている。
幸い俺はほとんど口を開かなかったから、そんな目には遭わなかったけど。
「えっとね、私の名前は……」
主人は考え込んでしまった。
気にしていないようでよかった。
俺らと違って主人は冒険者なんだから、名乗る場面くらいいっぱいあるだろうに、何を悩む必要がある?
もしかして相手によって名前を使い分ける裏家業の人間か?
そんな気配はないが。
まあ、俺ごときに気配を察知されるような人間は裏家業失格だがな。
「ごめん、おにいちゃん。
──名前、忘れちゃった。」
なぜ自分の名を忘れる?
冒険者だよなアンタ。
身なりからしても雰囲気からしてもそうとしか思えない。
「名前を呼んでくれるヒトは、もう、いないから。」
冒険者なのに名前を呼ばれないなんて、余程有名な異名持ちくらいだぞ。そればっか知られて本名とか素性が全然判らない奴って結構いるし。
主人もしかして、すごい奴なのか?
そんな雰囲気ではないけれど。
「思い出したら教えてあげる。
──おにいちゃんも、気が向いたら、名前、教えてね。」
方向音痴っぽいし。
「アンタ、異名持ちか?」
異名持ちの中には、能力者や変わり者が多いと訊く。
実際今までに会った数名の異名持ちは皆変わり者で、能力者もいた。
特に有名な異名持ちは《虐殺者》、《剣姫》、《騒音》の三人で、何れも素性はよく判らない。
《剣姫》は出会った者たちから絶世の美女と謳われ、とても、いい意味で有名である。二つ名はヴィーネス。だが実際には男である。
《騒音》は依頼を共にしたパーティーから二度と組みたくないと評判である。戦闘時に騒音をまき散らすためらしい。この人物とは会ったことがある。というか、俺の主人だった。そんなに本人は悪い人間じゃないんだが、戦闘スタイルが悪い。周りを巻き込みすぎだ。二つ名はサイレント。
最後に《虐殺者》。別名《戦闘狂》とも。正直この人物が一番謎で、怖い。
悪い噂しかなく、共に依頼を受けた生存者は無いと訊く。
たまたま戦闘現場を目撃した住民の話によれば、『人ならざる者』だそうだ。そのためマイナーではあるが《殺人鬼》、《殺し屋》などとも呼ばれる。
これは噂にすぎず、証明されていないのだが、殺し屋もしているらしい。姿がよくわからないために異名が定着せず、二つ名は存在しない。
できれば一生会いたくない存在だ。
「そうなのかな?」
疑問型で返された。
「変なので呼ばれることはあるよ。」
それは、異名なのか?
もしかして、本人に自覚はない?
「なんて?」
恐る恐る聞いてみる。
まさか《剣姫》なんてことはないだろう。
絶世の美女にはほど遠い。
《虐殺者》な訳はない。こんな少女が。
その他に有名な異名を脳内にリストアップする。
だが、そんな希望は砕け散った。
「えっとねー……バーサーカーとか、マーダーとか……プルートもあったかな?」
それ、最凶の人物の異名なんだけど!?
アンタもしかして、あの謎多き《虐殺者》!?
聞き覚えないのはきっと、マイナーなものだろう。
いいのか俺。こんな人物に買われて大丈夫か──?
「アンタが──!?」
つい驚いて、声がでた。
「それ、絶対に口にしてはならない言葉だぞ!?」
「え、どして?」
主人はぼけっとして、全くわかっていないようだ。
「なぜってそれは最凶の人物の異名だからだ!なぜ賞金がかからないのか不思議なくらいの悪名だぞ!?」
ちなみにいくつかは俺が冤罪をかぶってる。
本人には一ファールもかかっていない。
つい勢いで主人の両肩に手をかけて前後に揺すってしまった。
「ガクガクするよ~おに~ちゃ~ん」
震える声で主人に言われて初めて気がついた。
「す、すまない。」