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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第二部『運命の歯車』
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ゴドーの家

「じいちゃん、ゴドーのじいちゃん」

「おお、来たか。あがるがよい」


 森の中の丸太小屋を訪れるのは、ダンとマリスの習慣にもなっていて、この日も、

二人は、例の老人の家に遊びに来ていた。


 顔の半分がただれた、禿げた形の悪い頭をした不気味な老人――町の人々は彼の

ことを、自分のことを魔道士だと思い込んでいる変人と扱い、子供達にも、彼には

関わらないよう言い聞かせているのだが、ダンとマリスには、そんなことは関係

なかった。


 家の中は、いつ来ても丸太小屋とは思えず、二人が遊びに来る度に、部屋の様子は

違っていた。


 初めて来た時は未知の空間だったのが、森の続きのように草木が生えていたり、

ごつごつの岩ばかりだったり、いくつもの階段が入り組んでいて、それを上って行く

と、いつの間にか逆さになっているのだが、落ちることはない――などといった、

不思議な世界ばかりなのであった。


 この日の部屋の様子は、普通の丸太小屋であったが、広々としていて、そこら中に、

大きな瓶や小さな瓶――それらは丸かったり、角ばったりと、様々な形を成して、

木の棚に並んでいた。


 その一瓶一瓶の中にいるものは、なんとも不思議な動物たちであった。


「これは、なあに? 」


 マリスの指さした筒状の瓶には、緑色の地に、赤い斑点があり、細かい繊毛を

生やした軟体動物であった。


「それは、ゲオゲオじゃ。湖の底などに棲息しておる」

「ふ~ん、じゃあ、こっちのはなんだ? 」


 ダンが指さしたのは、ふわふわと白い長い毛を生やし、瓶の中に浮かんでいる丸い

物体だった。


「ファラヤじゃ。人の入ったことのない、生まれたままの自然の森の中にしかみられ

ないもんなのじゃ」


 二人は、瓶の中の生き物を面白そうに眺めていた。


「そうじゃ。今日は、ひとつ面白いものを見せてやろう」


 ゴドーは、ぶつぶつと口の中で唱え始め、両手を頭上にかかげた。


 しばらくすると、彼のてのひらの上空には、大きなオレンジ色と黒の混ざったもの

が浮かび上がって来たのだった。


「ほ~ら、ガラガラオオトカゲじゃぞ! 」

「うわあ! 」


 大トカゲは、ちょうど人一人分くらいの大きさで、ぺたっと床に降りると、

のそのそと歩き出した。


「これは砂漠にもいる生き物なんじゃよ」


 ダンもマリスも興味をそそられ、トカゲの後を追い回していた。


「これはどうかな? そ~れ! 」


 老人が同じ仕草をすると、今度は、黄色い球型の動物が現れた。


 それは、両手に抱え切れないほど大きく、管のような突起が、細いものが上に二本、

左右に少し太めのものが三本ずつ、下に一番太いものが二本ついていて、後ろにも

一本、尾のようについている。


 よく見ると、本体の上の方には、目と鼻と口と思われるものもある。

 目は細く、眠っているのか、ただの線のようだ。鼻も、小さな穴が三つ開いている

だけで、口も一本の長い線にしか見えなかった。


「かわいいっ! 」


 必ずしも、マリスのその形容は当てはまるとは言い切れない気のしたダンであった。

 おそらく、誰もが。


 マリスは、その黄色いものを、喜んで抱え込んだ。その胴は覆い切れないほど丸い。


「これは、なんだ? 」


 ダンが振り返って尋ねると、ゴドーは、いつの間にか揺り椅子に寄りかかりながら、

カップで茶を飲んでいた。


「ポロポロじゃ。夜空に浮かぶ星があるじゃろう? あの中のどれかに住む星人じゃ」


「へーっ! 星に住んでる生物なのか!? 星って、こんなのが住むほど大きかった

のか!? 」


 ダンも瞳をきらきらと輝かせて、ポロポロを見た。


「ほっほっほっ、大きさは星によってマチマチじゃが、少なくとも、今、わしらが

住んでいるこの世界も、あの星々からすれば、夜空の星と同じくらい小さく見える

はずじゃよ。そのくらい、星というものは、本当は大きいんじゃ。ただ、ものすごく

離れているということじゃよ」


「ふ~ん……」


 ダンはわかったようなわからないような顔をしてから、「ま、いいか」と切り替え、

マリスが抱えている横から、球体の生物を覗き込んだ。


「デブだなあ! 」

「でも、全然重くないわよ。ずっと宙に浮いてるみたい」


 ダンもそれを抱いてみたかったのだが、マリスが気に入ってなかなか手放さなかっ

たので、手持ち無沙汰に、その周りをうろうろしているしかなかった。


「ねえ、ゴドー、こいつ、起きないわ」


 怪訝そうな顔で言うマリスに、ゴドーが笑う。


「そういうもんじゃよ。おとなしい生物らしい」


「なあなあ、他には、どんなのがいるんだ? 」


 このような調子で、空間から湧き出て来る不思議な動物たちで、今日の丸太小屋は

賑わっていた。


「ゴドーは、なんでみんなの前だと魔法が使えないんだ? 」

「そうよ、おうちでなら出来るのに」


 ゴドーは、時々町に顔を出し、魔術を振る舞おうとするのだが、決まって成功した

試しはなく、その度に、人々から気違い呼ばわりされていた。


 それが、二人には、はがゆかったのだが、そう言われても、老人は、茶を啜り、

にこにことしているだけであった。



「マリス、遅いぞ。夕食の時間は、とっくに過ぎているじゃないか」

「ごめんなさい。お父様」


 ミラー伯爵家では、大きなテーブルを取り囲んで、家族は皆、着席し、既に食事が

始まっていた。


 遅れて来たマリスは、メイドによって着替えさせられ、髪を赤いリボンで結い上げ、

オレンジ色のドレス姿になっていた。


 しずしずと自分の席につくと、ナイフとフォークを手に取り、目の前に並んでいる

食事を、少量ずつ口に運ぶ。


 山で野盗を蹴り散らした日であっても、そのしとやかな振る舞いからは、誰も想像

出来なかっただろう。


 家に戻った彼女は、こうして、伯爵令嬢の姿に戻るのだった。それが、ミラー伯爵

夫人との約束である。


 マリス自身としては、士官学校や、その帰り道で暴れていたり、町を探検したり、

ゴドーの家に寄って遊んでいたりしている方が、本来の姿であったので、なかなか

家には戻りたくなかった。


 そのため、自然と寄り道が多くなってしまい、夕食に遅れるなどは、しょっちゅう

であった。


 この日は、ラン・ファも食事に招かれていた。


 彼女も、剣を教えている時とは、まったく違う姿だ。


 長い黒髪は片側にまとめられ、縦に巻かれている。大きく胸元の開いた、身体に

ぴったりとした、裾の方だけが広がった白いドレスを着ていた。


 首には、細かい宝石を(ちりば)めた銀色の、幅広のチョーカーが巻かれている。


 彼女はまだ二〇歳そこそこであったが、実年齢よりも大人びていて、二四歳くらい

には見られていた。


 ドレス姿も美しく、普段の男装からは想像もつきにくいが、ひとりの魅力的な女

として映る、均整の取れたスタイルをしていた。


 彼女を見て美しいと思わない者はいないほどの魅力を、整った顔の作りとスタイル、

ドレスのセンス、立ち居振る舞い、全ての面において備えていると、誰もが認めて

いたと言っても過言ではなかった。


 東洋の神秘的なイメージをもたらすエキゾチックな、少し吊り上がった切れ長の

黒い瞳は、決してきつい印象ではなかった。

 全体的にも神秘的なその雰囲気は、近付き難いわけでもなく、どこかコケティッ

シュな感じを与え、彼女がにこりと微笑むと、大抵の男性は魅了されてしまい、

勘違いしてしまうものもいるくらいであった。


 それもあってか、ラン・ファには浮いた噂も多い。多少、尾鰭(おひれ)のついた

噂は、常に彼女につきまとう。


 だが、それさえも、男性には、出来る女、一筋縄ではいかない女と見られ、逆に

好奇心をかき立てられているようであった。


 一方で、女性の間での評判は、あまりよくはなかった。


 貴族の家で催される舞踏会などで、それは、はっきりと現れる。


 公の友人であるルイス白龍将軍はもちろん、彼女をエスコートする将校の男性たち

と、彼女は常に一緒であった。


 彼女自身、一個小隊を任されているのだから、貴族の一般女性よりは、将校との

面識はあって当然ではあるのだが、それを(ねた)まし気に見つめる貴族の女たちの

目は、あからさまであった。


 幼い頃からマリスには、それがいつも不思議でならない。


『ラン・ファはこんなに綺麗で、剣も強くって、やさしくって、いい人なのに、

どうして、あの人たちは嫌うのかしら? あたしが、あの人たちだったら、絶対

ラン・ファと友達になろうとするのに』


 マリスは、そう彼女に言ったことがあった。ラン・ファは苦笑して答えた。

『男の人に親切にされると、女の人からは嫌われることが多いのよ』と。


 マリスには、その言葉の意味は、よくわからなかった。


 まるで何もかもを手に入れている象徴のようなラン・ファを、羨ましく思う心から

芽生える嫉妬心などとは、まだ幼いマリスには理解出来なかったのだった。


(やっぱり、ラン・ファは素敵だわ。強いだけじゃなく、綺麗なんですもの。あたし

も、あんな風になれたら、カッコいいのになあ……)


 ちらちらと、食事をしながらラン・ファを盗み見るマリスであった。


 その視線に気付いたのか、ふとラン・ファが顔を上げる。


 見られることには慣れているのだろう。マリスと目が合っても、彼女は嫌な顔も

せず、逆に、にっこり微笑んだ。


「確か、ダンは来年卒業よね? どうするか言ってた? 」


 彼女に尋ねられたマリスも、にこりと笑う。

「多分、ベアトリクスの正式な軍隊に入ると思うわ。今のうちは」


 ルイスが手を止め、怪訝そうな顔でマリスを見る。


「今のうちとは、どういうことだね? 」


「えっ!? そっ、そうねえ……その先は、入隊してから、考えるんじゃないか

しら? ってことよ」


 『俺は一国の王になるんだ! 』ダンのその言葉は、マリスにだけ打ち明けられた

言葉だったと思い出し、彼女はとっさに取り繕った。


 ルイスは、それ以上疑問を持つでもなく、そのまま食事を続けた。


「マリスは、卒業したら、どうするの? 」

 再びラン・ファが尋ねる。


「あたし? そうねえ……まだ考えてないけど、……やっぱり、ベアトリクスの騎士

になるんじゃないかしら? 」


 伯爵夫妻は、大きな溜め息をついた。


 士官学校に行っただけでは気が済まなかったのかと、がっかりする。


 夫妻としては、士官学校で軍隊の厳しさを仕込まれれば、彼女も暴れん坊を改め、

貴族の姫としての生活に戻ってくれるのではないかと期待していたところが大きかっ

た故に。


(あの予言は、やはり本当なのかも知れんな)


 だが、ルイスの方は、婦人ほど、がっかりしてはいないようであった。


「お兄様たちは、皆ランカスターおじさまの金獅子団にお入りになったわ。まだ二軍

だけど。あたしは、お父様の白龍団にでも入ろうかしら? でも、それだと戦地に

行くことは少ないでしょうし……ああ、どうしようかしら! 」


 マリスは食事の手も止まり、うっとりと宙を見つめていた。


「バカだなあ! 士官学校卒業したからって、子供がすぐに獅子や龍の軍に入れる

わけないだろう? 子供は、若年ばかりを集めた流星軍からに決まってるんだから」


 マリスの隣で、三男が呆れたように言った。


「流星軍なんて、すぐに散っちゃいそう」


 マリスは、皆には聞こえないよう口の中でそう言い、食べ物と一緒に飲み込んだ。


「マリスは女なんだから、俺たちの真似なんかしてないで、おとなしくお姫様やって

ればいいんだよ」

 三男が追い打ちをかけた。


「そんなのつまらない……」

 ぼそっとマリスが呟く。


 それが聞こえたラン・ファは、くすくす笑っていた。



「それでね、ゴドーの家には、いろんな生き物がいたの! 」


 夕食が終わると、ラン・ファはマリスの部屋にいた。彼女がミラー家に招かれた

時は、決まってマリスが彼女を放さない。


 ラン・ファ自身も、それが嫌ではないらしく、いつもマリスの話を聞き、面白そう

に、また感心したように相槌を打つ。


 姉妹はいなかったため、マリスはラン・ファを本当の姉のように慕っていた。

 また、ラン・ファとしても、マリスを実の妹のように、可愛がってもいた。


「でも、マリス。そのおじいさんは、町の人からは、変な人だと思われているんで

しょう? 」


「だけど、本当は面白くて、いいおじいちゃんなんだよ」


 ラン・ファは、少し何かを考えていた。


「ねえ、マリス、今度、そのおじいさんのところに、私も連れていってくれない? 」


「ラン・ファも、おじいちゃんと友達になってくれるのね!? 」


 はしゃいでいるマリスに、ラン・ファは、やさしく微笑んだ。


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