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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第十四部『獣神の召喚』
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獣神の召喚

 マリスとヴァルドリューズの旅立ちの日が、とうとうやって来た。


 世話になったラン・ファに、その朝、二人は、別れを告げる。


「ねえ、ラン・ファも、本当に一緒に行かないの? 」


 マリスが未練がましく尋ねるが、ラン・ファは笑って答えた。


「私は、しばらく旅はもういいの。この町に飽きたら、また出かけるかも知れない

けどね。一緒に行かなくても、いつかは、会えるかも知れないじゃない? あなたと

私が、ベアトリクス以外の、こんなところでも会えたように」


 ラン・ファがやさしく微笑みながら、マリスの髪を撫でた。


「ねえ、あんたからも、何とか言ってよ、ヴァル」


 マリスが隣の彼を見る。


「元気で」


 ヴァルドリューズが表情のない声で、ラン・ファに告げる。


 その瞳は、穏やかに彼女に向けられていた。

 ラン・ファも、にっこり頷いた。


「なにが『元気で』よ。それだけなの? まったく、あんたってば冷たいんだから」


 マリスは面白くなさそうに口を尖らせたのだが、彼らの間に流れる微妙な空気を、

彼女の野性的カンともいうべきものが嗅ぎ取り、目だけは、二人を盗み見ていた。


「じゃあね」


 ラン・ファが笑顔で、二人に手を振る。


 マリスは手を振りながら、ちらっとヴァルドリューズを見上げると、彼も、ラン・

ファに対して微笑んでいた。




 ラン・ファの姿が見えなくなった頃、マリスは、遠慮がちに、彼を見上げて切り

出した。


「……ヴァルでも、笑うことってあるんだ……? 」


「悪いか」


 ヴァルドリューズは、いつもの無表情に戻って、彼女を見下ろす。


「別に、悪いわけじゃないけど……。ただ、笑うと、結構いいカオしてるなーって、

思っただけ」


「……」


 マリスにそう言われても、相変わらず、彼は無反応であった。

 彼女は、()りずに続けた。


「あたし、ラン・ファには、カッコよくて逞しい戦士が似合うって、ずっと思ってた

んだ。ひ弱な魔道士なんて、絶対似合わないって。だけど、あんたと彼女が並んでる

のを見てたら、結構いい線いってるじゃないって、気がしてきたんだー。あんたたち、

意外にお似合いかもねえ。ラン・ファもヴァルのこと、嫌いじゃなさそうだったしさ。

……ねえ、ヴァル、もしかして、ラン・ファのこと、好きだったんじゃない? 

あたしの知らない間に、な~んか、あんたたち、仲良くなってない? 」


 彼女のにんまりした目にも、やはり、彼は何も答えない。ひたすら、真っ直ぐ歩き

続けている。


 マリスの方も、彼に対して、これまでのように怖い印象は、大分薄れてきていた

ので、親しみ易い口調になっていた。


「あ~あ、強くて、綺麗で、やさしくて、ラン・ファは、やっぱりカッコいいなー。

あんたみたいなカタブツ魔道士まで(とりこ)にしちゃうなんてさー。どうやったら、

あたしも彼女みたいになれるのかしら」


 伸びをしながらそう言うマリスに、ヴァルドリューズは珍しく、クスッと笑った。


「お前は、お前でいればいい」


 マリスは、ムッとして、彼を振り返った。


「それって、あたしには、彼女のようになるのは、無理ってこと? 」


「お前に無理は似合わない」


「なによ、やっぱり無理ってことじゃないの。急に、キザッたらしい言い方なんか

しちゃってさ! やっぱり、ラン・ファに教育されたのかしら? 」


 冗談ぽい口調でそう言ったマリスの頭を、ヴァルドリューズが、コツンと軽く小突

いた。


(少しは人間らしくなったのかしらねー……? )


 マリスは、ヴァルドリューズの、どこか紅潮したような顔を、ちょっとだけ嬉し

そうに見つめたのだった。




 ある山の中で出くわした大きな魔獣ーー巨大なサルの化け物が、人間の五倍以上も

ある高さから、二つの不気味な赤い目で、見下ろしている。


 それは、マリスとヴァルドリューズが、一緒に旅をするようになって、初めて出会

った大物であった。


「いいか、『サンダガー』の召喚に失敗すれば、行き場のなくなった強大な魔力が、

我々に逆流し、かえって、こちらのダメージとなる。そうなれば、我々に勝ち目は

ない」


「わかってるわ」


 二人は、暴れて木を叩き倒している猛獣の拳を、ひらりと飛んで、躱しながら、

タイミングをはかる。


「落ち着いていくのだ、マリス。お前なら、きっとできる……! 」


 ヴァルドリューズが、マリスに見せたその瞳の真剣さで、マリスは、彼が自分を

信じていることを感じ取れた。


 彼女も、真剣な、だが勝ち気な瞳で、彼に頷いてみせてから、『全身浄化』の呪文

を唱える。


 彼女の身体を、足元から出て来た白い煙が覆う。それと同時に、彼の方も、魔神の

力を借りた呪文を唱える。


 巨大サルは、もうそこまで来ていた。


 その時ーー


 ヴァルドリューズの手の中に出来た、金色の三角形の光が、マリスの身体に当て

られた。




 みるみるうちに、彼女の身体は、金色の強い光に包まれ、膨張していく。


 その眩しさのあまり、魔獣は目が眩み、毛だらけの太い腕で、顔を覆った。


(なっ、なんて凄い威力なの!? これが、獣神『サンダガー』!? 」


 それが、『彼女の意識』が、身体の中で感じた感想であった。


 次の瞬間、マリスの意識は、『ウラ』へとまわっていた。


 金色の光が多少収まると、そこには、巨大サルと同じ大きさである、黄金色の甲冑

に身を包んだものが存在していた、


 金色の長い髪を、たてがみの如くたなびかせ、彫刻のように美しく整った顔は、

目付きが悪く、牙のような八重歯を見せて、笑っている。


 全身が黄金の神々しい姿にあるまじき、邪悪さを感じさせる笑いであった。


「ふははははははは! やーっと俺様の出番だぜー! 」


 そのものは、闇に、その声を轟かせた。


 『彼』は、得意気に、手を腰に当て、仁王立ちになった。


「大変長らくお待たせしやがって、俺様も、いい加減、待ちくたびれちまったぜ! 」


『だったら、早く出てくりゃいいじゃないのよ! 』


 マリスの声が、どことなく響いてくるが、彼は、そんなことには、かまいはしなか

った。


「せっかくだから、自己紹介しておくか! 」


 獣神は嬉しそうに拳を振り上げた。


『きゃーっ! 何言ってんのよ、こんな時に! 誰も見てないんだから、そんなこと

しても無駄でしょーっ! 』


「ふふん。何とでも言うがいい。今は、この身体は、俺様のものなんだから、何しよ

うと俺様の勝手だ」


 にやにやと笑って悦に入った獣神は、大声を張り上げた。


「何を隠そう、この俺様が、伝説のゴールド・メタル・ビーストの化身獣神サンダガ

ー様なわけさーっ!! はーっははは! 」


『……だから、誰も聞いてないってば! 』


 マリスの呆れた声が響くが、獣神はおかまいなしである。


「そして、これが、俺様の、初の獲物ってわけか」


 彼は、じろりと巨大サルを見て、にやりと笑った。


 サルは、先程から威嚇するように、低い唸り声を上げて、彼の周りをうろうろして

いた。


「それでは、見せてやろう。この俺様の力を……! 」


 巨大サルに向かい、彼が片手を向ける。


 その時、はっとしたヴァルドリューズが、後ろにいる、連れである金髪の傭兵と、

自分を取り囲むように、防御結界を張った。


 ピカッ!

 バリバリバリバリ……!


 それは、一瞬であった。


 サンダガーのてのひらから走った、一筋の黄金の電光が、巨大サルの身体を貫いた

とともに、突き抜けた余波が、樹々に走っていき、物凄い地響きとともに、樹々は、

一気に燃え盛ったのだった。


「ほ~ら、すごいだろう! 」


 サンダガーは、ぐしゃりと崩れ落ちた、サルの肉塊を、顎でしゃくった。


『まだよ! この辺に、異次元の通路があるはずだわ! それを潰さない限り、

こんなような魔物がどんどん吹き出てしまうのよ! 』


 マリスの声が一旦途切れる。


『あった! あそこだわ! あそこに、黒い大きな穴が見える。獣人のような魔物が、

出入りしているわ! 』


「どこだ? 」


 マリスの声に、サンダガーは腕を組んで、足を踏ん張ったまま、きょろきょろする。


『だから、あそこよ。あの少し高くなった丘の上だわ。ふざけてないで、あの『通路』

を塞いでよ! 』


「あんなとこまで行くのかよ。ちぇっ、しゃらくせえっ! 」


 腰に差していた剣を引き抜いたサンダガーは、マリスの示す方向へと、剣を軽く

一振りした。


 すると……


 ピシャーン! どごどごどごどご……! 


『きゃああああっ! 』


 マリスの悲鳴は、轟音とともに、打ち消された。


 ヴァルドリューズも、結界の中から、目を凝らす。


 轟音の後は、もくもくと、煙があたりに立ち込めていて、よくは見えない。


 煙が引いていくと、そこに立っているものは、黄金の甲冑の戦闘神『サンダガー』

のみであった。


 それどころか、今まで生えていた草も木も、巨大サルの肉塊も、樹々に燃え広がっ

ていた炎も、なにもかもが一瞬にしてなくなり、禿げた地面がぶすぶすと焦げ、煙を

吐いているのであった。


『……なんて凄い威力なの……! 』


 マリスの意識が、ぼう然と呟いた。


 ヴァルドリューズも、これほどの力とは思わなかったようで、その一変してしまっ

た風景に、目を見張っていた。


「どーだ、すごいだろー! はーっははは! 」


 サンダガーは、さも得意気に腕を組み、豪快に笑っていた。


『バカーッ! あんた、やり過ぎよー! どうすんのよ、これー! 町の人たちが、

驚いちゃうじゃないのー! 』


 暗闇の空に、マリスの声が響き渡る。


「そんなの知ったことかよ。次元の穴は、これで塞がったし、魔物も一遍にいなく

なっただろ? 」


『だからってねー、あんた、やっていいことと、悪いことが、あんでしょー! 』


「ふん。てめえに、そんなこと言われる筋合いはねえよ! 」


『なんですってー! 』


 二人の罵り合いに呆れながらも、ヴァルドリューズが、マリスに叫ぶ。


「マリス、早くもとに戻るのだ」


『あっ、そうだったわ! 』


 足の先までもが甲冑ずくめの『サンダガー』の足元から、白い煙がしゅうしゅうと、

沸き出した。


「うぎゃあああああああ! 」


 その煙に包まれた途端、サンダガーが絶叫して、頭を抱え込んだ。


『さあ、交代よ! 』


「いやだあ! 戻りたくねえ! 俺様は、もっと遊ぶんだー! 」


 サンダガーの身体は、抵抗するまでもなく、小さく縮んでいき、白い煙が晴れた時

には、元通り、マリスが、そこに立っていたのだった。


 ヴァルドリューズの結界が、解かれた。


「ヴァル! 」


 マリスが笑顔で駆け出し、ヴァルドリューズに飛びついた。


「とうとう出来たのね! じいちゃんの考えた魔法が……『サンダガー』が……! 」


 マリスは、彼の胸の中に、顔を埋めた。


 その行動に、思わず戸惑い、一瞬、どう扱っていいかわからなかった彼も、さすが

に、この時ばかりは、いくらかぎこちなくはあったが、マリスを抱きしめたのだった。


 『女の子には、やさしくね』


 ラン・ファの言葉を、彼は思い出していた。


「マリス、……よく頑張ったな」


 彼の口からは、短く、平坦ではあるが、温かみのある言葉が流れた。


 マリスは顔を上げ、嬉しそうに、瞳を輝かせた。


「これからも、よろしくね。ヴァル」


 再び彼に抱きついたマリスは、ふと、彼の後ろで、尻餅をついている金髪傭兵の

ことを思い出し、彼に近付いた。


「ジェイク」


 傭兵は、目の前で屈んだマリスが声をかけると、びっくりしたように身体を震わせ

た。


「もう大丈夫よ。魔物はやっつけたわ。これからも、あたしが、ずっとずっと、

あなたを守っていってあげる! 」


 マリスは、ジェイクを抱きしめた。


「これで、晴れて、あたしは、あなたの恋人になれるわ! 」


 嬉しそうに言うマリスを、ジェイクは怯えるように突き放した。


「……こんな恐ろしい女だったとは……! 」


 やっとのことで、それだけを口から押し出すと、彼は、一目散に走って、どこへ

ともなく逃げていった。


 唖然としてそれを眺めていたマリスは、彼の姿が見えなくなり、しばらくしてから、

我に返った。


「なによ、失礼しちゃうわね! なにが『俺は、お前と、どこまでも一緒だ』よ! 

やっぱり、あいつは女ったらしだったのね! 真に受けたあたしがバカだったわ。

もう男なんか、信じないんだから! 」


 マリスは腕を組んでぷりぷり怒って言ってから、付け加えた。


「ああ、あなたは別よ、ヴァル」


 マリスはヴァルドリューズを振り返ると、素直に笑った。


 彼の方も、僅かに、その瞳を和ませる。


 その時、マリスは、なんとなく感じ取った。

 二人の間に信頼関係が生まれたからこそ、獣神の召喚が成功したのではないか、と。


 そして、それは、彼女の相棒であるヴァルドリューズも、同時に感じていた。


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