表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第十二部『事件』
34/45

宮廷魔道士の使命

 エリザベスの部屋では、愕然としているマリスに、セルフィスの声が聞こえる。


「……マリス、……どうして……」


 セルフィスの、自分を見つめる悲し気な瞳に、マリスは全身に衝撃が走るのを感じ

た。


「ち、違うわ……。あたしは、刺してなんかいない……! 」


 マリスがよろめきながら、後ずさる。


「では、その血のついた剣は、なんとご説明なさるのです……! 」


 ガグラの死体を、跪いて調べていた宮廷魔道士のザビアンが、マリスに鋭い視線を

浴びせた。他の魔道士たちも、同じ視線であった。


「その剣で、まずガグラを刺し、次に、このわたくしに襲いかかってきたのです! 」


 魔道士たちの治療により、いくらか声の調子も上向いてきたエリザベスは、青ざめ

た顔で訴えた。


「ああ、セルフィス! あなたに一大事が起こる前で、本当に良かった! あの娘は、

とうとう本性を現したのです! あの子は、あなたとの婚約を破棄し、ライミアの

王子と組んで、このベアトリクスを自分の手に取り返すと言ったのですよ! 」


 セルフィスが母を抱えながら、再びマリスを見上げる。

 マリスは彼から目を反らせず、立っているのがやっとであった。


「その声なら、私も確かにお聞き致しました。なんのことやらわかりませんでしたが、

確かに、王女殿下のお声でした」


 宮廷魔道士たちが口々に言い始めた。


(……ヤミ魔道士が、都合良く、その部分だけを彼らに聞かせたんだわ! )


 実に計画的なおそろしい策略に、マリスは思わず、これは本当に現実なのかと、

受け入れることを拒絶したかった。だが、目の前で起こっていることは、事実なので

ある。マリスは、遠のいていきそうになる意識を、しっかりと保っているだけで、

精一杯であった。


「もうわかったでしょう。早く捕えなさい! このわたくしに対して、いいえ、

ベアトリクス王国に対しても、反逆以外のなにものでもないのですよ! 」


 そのエリザベスの声に、そこにいるすべてのものたちに現実がやってきた。


 ザビアンは、すっくと立ち上がると、普段は何も語らないその青い瞳に、僅かな

憎悪を燃やして、マリスにてのひらをかざした。


 マリスは、それをよけることもできなかった。


 その時、突然、空中に沸き出した黒い(もや)が、彼女の身体に覆い被さると、

それは一瞬にして窓を開け、彼女を(さら)うようにして夜の闇に溶け込んでしまっ

たのだった。


 一同は茫然と、またしても信じられない光景に立ち止まっていた。

 エリザベスも、ザビアンですらも。


「なんだったんだ……あの黒いものは……! 」


 魔道に慣れていない衛兵たちは、ざわざわと騒いでいたが、宮廷魔道士たちの対応

はさすがに速かった。彼らは、さっと窓の外に飛んでいくと、消えたマリスを捜索に

出動していた。


「ギルシュ、お前も手伝うのだ! 」


 ザビアンに促され、ギルシュも真剣な眼差しで頷き、ひゅんとその場から姿を消し

た。


 魔道士ではない者たちは、エリザベスとガグラを部屋から運び出した。




『探せ! まだ遠くへは行っていないはずだ! 』


 宮廷魔道士たちが、方々へ飛び散り、『心話』で交信する。


『それにしても、あの王女は魔女か!? 白魔道士だったはずだが、あのような魔物

じみた黒い靄に身を隠すとは! 』

『彼女は魔法能力が高いから、気を付けるのだぞ! 』


 その『心話』でのやりとりは、当然ギルシュにも聞こえていた。


(なにが魔女だよ! ティアワナコ神殿の修行を受けた彼女は、バリバリの白魔道士

だぜ! 彼女を包み込んで飛んでいったあのモヤモヤは、一見ダーク・シャドゥに

似てたが、そうではないことは確かだ。あの程度の魔物だったら、白魔道士の彼女に

近寄ることもできないはずだし、だいいち、ヤツは、あんなに速くは動けない)


(……あれは、おそらく……『誰かの手』だ! 上級魔道士がよく使うような、

俺だってよくやることだが、自分の周りのごく限られた空間の中であれば、そこから

物を取り出すことができる。召喚と同じような原理だ。生物は長い間そこにしまって

おくことはできないが、物であれば、いつでも取り出しは可能だ。姫は、きっと、

黒魔道士の手によって、あそこから『持ち出された』に違いない! 上級魔道士です

ら、生きた人間を召喚するのは無理だってのに、それが出来る魔道士って言ったら、

それは、それ以上の実力を持つ魔道士ーーつまり、大魔道士と呼ばれるクラスの者

以外は有り得ない! そして、そんなお方は……ただひとり……! )


 『光速』で飛んでいたギルシュの姿は、ふいに、闇の中で二つに分裂したように

見えた。


 彼とそっくりなもうひとりの影は城へと、そして、もうひとりは、そのまま空間の

中へ、消えたのだった。




「……セルフィス……セルフィス……」


 丸太小屋の寝台の上では、マリスが横たわり、譫言(うわごと)で彼の名前を呼び

続けていた。


 ヴァルドリューズは、マリスの失われた魔力を取り戻す作業をしていた。てのひら

を彼女にかざし、そこから、柔らかい緑色の光線が、彼女に注がれている。彼女の

体力と魔力を復活させるためである。


 ヴァルドリューズが、ふと顔を上げた。

 後ろにいたゴドーも、ふふんと笑う。


「やはり、来おったか」


 部屋の中には、ひゅんと、ギルシュが現れたのだった。


 彼は、マリスを見つけると、さっさとヴァルドリューズの隣に並び、同じように、

てのひらをマリスに傾けた。


「……全部、見ていたんでしょう? 」


 振り向かないギルシュの静かな声は、ゴールダヌスに向けられたものだった。


「ただ傍観していたのではなく、あなたは、最初から、こうなることを、知っていた

のではありませんか? 」


 大魔道士は、(おごそ)かに、口を開いた。


「いかにも。ワシの占いでは、一〇年以上も前から、このような事件を、予測して

おった」


 しばらくは、音のない空間が、彼らの間をよぎっていた。


「……もう戻れない、……彼女は、もう戻れないのですね……」


 ギルシュは、月明かりに照らされたマリスの白い(おもて)を、感情を押し殺した

瞳で見下ろした。


「彼女を守りたいかね? 彼女と一緒に行くかね? 」


 彼の背を、老魔道士の穏やかな声が包み込む。


 ふとヴァルドリューズが自分の仕事を終えたというように立ち上がり、部屋の奥へ

と歩いていった。


 ギルシュは、彼女に魔力を注ぐ手を止めた。そして、ゴールダヌスを振り返り、

ゆっくりと首を横に振ったのだった。


「それができれば、苦労はしませんよ」


 彼は、淋し気に笑った。


「私が、セルフィス様のカシス・ルビーを授かったからということもありますが、

それだけじゃありません。私は『彼女のパートナー』じゃないからです。どうやら、

戦いの中に生きる運命である彼女のパートナーは、セルフィス様でもなく、……あの

東方からいらしたヴァルドリューズさんのようですから」


「……わかっておったか」


 ギルシュは、マリスに視線を戻してから続けた。


「彼女には、魔力の高い者が影のように寄り添っているものと、以前からそのような

気がしておりました。それは、私のご主人であるセルフィス様だとばかり思っており

ました。お二人は、いとこ同士でいらっしゃいますし、魔力の波動も似ているので。

しかし、彼をーーヴァルドリューズさんを、ここで初めて見た時、明らかにセルフィ

ス様とも、マリス様とも異なる波動を感じました。セルフィス様、マリス様を白い

波動とするなら、彼のは、今まで出逢ったことのない、黒く強い波動でした。

……彼は、『魔道士の塔』を脱退していますね? 」


 老魔道士は頷く。背を向けているギルシュに、それが見えるはずはなかったが、

あえて、彼には、それを確認する必要はなかった。


「やはり……。魔道士の塔の連中とは、実力が違いますものね。私も含めてですけど。

そうでなくては、……『黒い魔神』を『召喚』することは、不可能でしょう」


 老魔道士の目は見開かれた。


「……若造、おぬし、いったいどこまで知っておるのじゃ? このような短期間に、

いったいどれだけのことを調べたのじゃ? 」


「別に、なにも調べたりなどはしていませんよ。魔道士の塔で、ラータンのことを

小耳に挟んだことを思い出したんです。あそこの宮廷魔道士たちは、密かに魔道士の

誓いを破って、魔神を召喚する研究をしているってね。ラータン・マオは強力な魔力

で、東洋を統一しようとしているのではないかと。そのうち、抜き打ちで調査に行く

とか行かないとか言ってましたからね。ヴァルドリューズさんの黒い波動を感じ取っ

て、もしかしたら……東洋出身の伝説の黒い魔神を召喚できるのかなあ、この人

だったら出来そうだなあって、思っただけです」


 ギルシュは、上の空のような喋り口調であった。その瞳は、ずっとマリスの上に

注がれている。


「私はね、彼の後に、魔道士の塔本部に入り、結構、中枢にまで関わっていたから、

他の魔道士たちの知らないことだって、知ってたりするんですよ。それに、なにかと

鼻が利くんです」


 ギルシュは、話しているうちに、首の後ろのあたりに、鋭い針に狙われているよう

な、明らかに殺気の含まれたものの感触を覚えていた。だが、口調を変えることなく、

譫言のような話し方のまま続けた。


「途方もない災厄にこの世が乱される時が、近付いているのだと、魔道士の塔の中で

も騒がれていました。それは、ベアトリクス国内でのいざこざなのだと思っていまし

たが、最近増えつつある魔物どもを見ると、どうやら、そんな小さなことではなかっ

たようですね」


 首に感じる針のような殺気は、消えることはなかった。

 それでも、彼は、恐れることなく続けた。


「それをなんとかしに、彼女も彼も、旅立つのでしょう? 魔物の集まる、ここ

ベアトリクスの辺境みたいな場所に、これ以上、魔物を人間界に立ち入らせないため

に、行かなくてはならないのでしょう? 」


 ギルシュは、深く息を吸い込むと、彼のすぐ下にあるマリスの寝顔をやさしく、

だがどこか淋しそうに見つめた。


「そのような大規模な戦闘の中に、飛び込んで行く彼女を止める権利なんて、俺に

あるわけないでしょう」


 ギルシュの口振りは、首の裏のちくちくにとらわれることなく、もう譫言のようで

もなく、しっかりと意思を現していた。


「きっと得体の知れない魔物との大きな戦闘が待っているのでしょう。俺などには、

とても太刀(たち)打ちできるもんじゃないような。彼女を守ってやれるのは、きっと

ヴァルドリューズさんしかいないのでしょう。武道家であり、白魔道士である彼女が、

黒魔道士として最強とも言えるべき彼と組めば、どんな魔物も、ヤミ魔道士もかなわ

ないでしょう。お二人は、これから、ずっと、そんな戦いの中で、生きて行くのです

ね。もしかしたら、ほぼ永遠に……」


 ギルシュは、一瞬、マリスを見つめる視線に、遣る瀬なさを映し、瞳を揺るがせ、

ゆっくりと、(まぶた)を閉じた。


 再び、瞼が開かれた時には、彼の瞳は、宮廷魔道士のそれに戻っていた。


「私は、私の戦いを、精一杯やっていきます。あの牝狐と、そのお(かか)えヤミ

魔道士をなんとかせねばなりませんから。それとともに、本来の国王陛下もお助け

しないとなりません。こちらに眠っておられるお方の、大事なお父上をね。それが

できるのは、今のところ、私だけですから」


 彼が振り返ると同時に、首の後ろの鋭い感触は消えた。


 老魔道士の表情は、穏やかであった。


「それが良い。己は、己の宿命の中に、生きることじゃ」


 ギルシュは、にやっと笑ってみせた。


「私が彼女を手放さないと思いましたか? あなたのせっかくお考えになった、世界

平和計画か何かを邪魔するとでも? いくら私でも、そこまでバカじゃありません。

伝説の大魔道士様のご計画に言いがかりつけようなんて、そこまで身の程知らずじゃ

ありませんよ。魔道士のはしくれとして、これでも、分はわきまえているつもりなん

ですから」


 ギルシュは、大袈裟に、肩を竦めてみせた。


「それじゃあ、そろそろ時間もないことですし、……城に戻らせた私の分身は、

あんまり長いこともたないんです。だから、これで失礼します。すいませんね、

また長々とお邪魔しちゃって。それでは……」


「別れの挨拶は、していかんのかね? おぬしは、彼女とは特別なんじゃなかったの

かね? 」


 ゴールダヌスの瞳が、からかうように瞬いた。


「なんなら、彼女を起こしてやってもよいぞ。もう魔力も体力も復活してきておる

だろうからな」


 ギルシュは、思わずマリスを振り返った。


 ゴールダヌスは、隣の部屋へと姿を消した。


 ギルシュは、マリスの寝台の横に跪き、窓から差し込む月の明かりに映し出された

美しい寝顔を、じっと見つめた。


 その両の瞼に覆われている瞳が、神秘的な紫色をしていることも、その瞳が愛らし

く、時には小悪魔のようにずるく光ることも知っている。


 その唇は、いつも突拍子のないことを繰り出し、彼や、彼の主人を困らせることが

多かった。


 さまざまな想いが、彼の中を駆け巡っていく。


 ギルシュは、うっすらと唇を開いた。


「さようなら。……でも、セルフィス様のことは、忘れないで下さいね……」


 彼は静かにそれだけを言うと、立ち上がり、戸口に向かって歩いていくと、黙って

そこから姿を消した。




 彼は、ひたすら空間を飛んでいた。

 城へ近付くほどに、なるべく気配を消して飛ぶことを心がけながら。


(厄介なものですね、人の気持ちというものは。特に、私のように魔道士などという

道を選んでしまった者にとっては、時々それが邪魔になる。ほかのことなら、どんな

ことでも抑えられる自信はありますが、……こればかりは難しそうですね)


 その時、なんとも言えない風が、心の中を吹き抜けていった。


 マリスとのやり取りや、抱きしめた時の感触が甦る。


(……あの時の、あの温かい感覚を、俺は、多分、忘れられないだろう)


 ふっと、彼は口元をほころばせた。


 ギルシュは今、不思議と、そんなに淋しくはなかった。彼女とは、いずれまた会え

るような気がしていたのだ。


 それが、彼の魔道士としての予知なのか、単なる希望であったのかは、彼自身にも

わからなかった。




「……ゴドー、ヴァル……? 」


 目を開けたマリスは、自分が、なぜここにいるのか、すぐには把握出来ずに、二人

の顔を驚いて見回すばかりであった。


「混乱しとるのかも知れぬが、よいかマリス、お前に話したいことがある。こちらの

部屋に来るのじゃ」


 老魔道士も、ヴァルドリューズも、隣の部屋へと向かう。


 まだどことなくふらつきながら、ゆっくりと、寝台の上で起き上がったマリスは、

壁に立て掛けてあるロング・ブレードに目を留めた。


「ねえ、ゴドー! そう言えば、あたしが、あのクソババアの部屋で、ガグラに苦し

められていた時、突然、手の中に、あの剣が出て来たんだけど、ゴドーがくれたの

ね? サンキュー! 助かったわ! ついでに、あの牝ギツネのお抱えヤミ魔道士も、

ぶった斬ってやりたかったわ! あいつら、今度会ったら、ただじゃおかないんだか

ら! 」


 隣の部屋から聞こえてくるマリスのそのような声に、老魔道士は、呆れたような

溜め息を吐いた。


「なんとまあ、目を覚ました途端に、これか……。せっかく、先程の若造魔道士が、

しっとりとキメて帰っていったのに、これでは報われぬではないか。どうして、

このような乱暴な小娘が、そんなにモテるのかねえ……」


 彼は思わず呟き、力なく、首を横に振った。


 その隣にいるヴァルドリューズは、何事にも、すべて無関心のように、ただ彼に

ついていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ