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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第十一部『白魔道士と黒魔道士』
31/45

白魔道士の少女

 洗礼と修行を終えたマリスが、城に戻った。


 通常三日で済むところ、魔物との戦いで威力を発揮する白魔道士になるための修行

は、神殿でのみ可能であることから、二週間かかった。


 祭司長を始め、神官たちも、この国では久しい白魔道士の試練を、王女である

マリスが受けることに疑問を持つどころか、大いに協力的であった。


 というのは、ベアトリクスにある辺境は、得体の知れないものがはびこり、過去に

も、神殿の神官で白魔道士となった者たちが、魔物の侵入を防ぐための結界を張って

いた。


 マリスの母である巫女ジャンヌは、優秀な白魔道士でもあったため、城へ家庭教師

に行く以前に、数人の白魔道士たちと、白魔道の道具を使い、結界を張っていた。


 ところが、彼女がマリスを産んで疾走し、しばらく経つと、辺境に異変が起きた。

 辺境の魔物たちを取り仕切る闇の魔道士が現れ、魔物たちを統率したのだった。


 彼女以外の白魔道士たちと、魔の集団との戦いにより、ヤミ魔道士のように、

白魔法の攻撃の効かない者との戦いに、不慣れであった白魔道士たちは全滅し、

神殿では大いに悔やまれ、悲しみにくれた。


 マリスが神殿に行くと、そのような話を聞かされた。

 彼女が初めて耳にする話である。

 辺境の魔物のことは、宮殿によって、国民や、辺境警備隊を怯えさせることを懸念

され、重臣以外には、伏せられていたのだった。


 ジャンヌの多大な魔力は、常人以上であったので、マリスへの、神官たちからの

期待は大きかった。


 マリスが神殿に行く前、国の重臣たちによる会議が、宮廷で執り行われた。


 その会議には、祭司長と神官数人も参加したが、当のマリスは参加しても、希望や

意見は問われなかった。


 黒魔道を主とする宮廷魔道士長ガグラと、ザビアン、他数名と、白魔法が聖なる

魔道であり、黒魔道は邪道と蔑視している神殿側とは、睨み合うような視線を躱

(かわ)していた。


 祭司長たちは、マリスもジャンヌ同様に魔力が高いことと、騎士として戦いにも

慣れていることで、白魔道士となれば、今まで以上に、彼女の才覚を発揮出来るに

違いないと主張した。


 宮廷魔道士たちも、まるで、白魔道の方が黒魔道よりも優れていると言わんばかり

の、神官たちの言い分には憮然としていたが、自分たちが辺境へ派遣され、魔物退治

を命じられるのを避けるためには、白魔道の優れている点を説明し、賛美する他

なかった。


 王女を危険な目に合わせるのかと、大臣たちやセルフィスは反対し、単なる洗礼で

良いとしたが、エリザベスは賛成した。マリスには、後に、辺境警備隊への配属を

考えているとのことだった。


 エリザベスは、いかに自分が王女の才覚を認め、頼りにしているかを語り、白魔道

士の貴重さを訴え、辺境の魔物たちに対抗し得るのは、今やベアトリクスの勝利の

女神ティアネの生まれ変わりとも、騎士たちの間で評判の彼女しか考えられないと、

饒舌(じょうぜつ)に語ったことと、これが、彼女が息子セルフィスと結婚する前の

最後の戦いであり、結婚後は、騎士は引退してもらうことを考えている、と言った

ことが、周囲の心を動かした。


 自分のわがままな理想であるが、どうか叶えて欲しい、と。『ベアトリクスでの

勝利の女神伝説』という言葉まで出た。マリスの引退後は、白魔道士の育成にも力を

入れることも約束した。


 彼女の口のうまさに、会議の参列者のほとんどが、賛成という結果に終わった。




 結婚の日取りを、セルフィスと祭司長、大臣たちが決めている一方、神殿から戻り、

白魔道士となったマリスは、エリザベスに新たな任務を命じられていた。


 それは、予告通り、ベアトリクスの最東端ーー東方の国々をつなぐ、広大な辺境の

警備であった。警備というよりも、魔物退治である。


 エリザベスは、その期間をセルフィスとの結婚の日取りに合わせて決めるとした。


 その辺境を、横断して東方の国へ行った者はいない。

 近いはずの東洋の国から、ベアトリクスに入るには、東の海をわざわざ南下して、

他国を通して入るのが一番近く、逆もまた(しか)りであった。


 横断できない理由は、その広大な土地であり、途中にある砂漠が主な原因である。

 そこには、得体の知れない化け物が出ると言われ、白魔道士たちの結界が破られた

近年では、夜勤をしていた警備隊員が、真夜中に、不気味なざわめきや、断末魔の

叫び、獣のような唸り声などを頻繁に耳にしているのだった。


 歴代の王も、この辺境には調査隊を派遣し、警備にも力を入れ、東方とのつながり

を持とうと試みていたのだが、調査隊は、いずれも行方不明となり、どこまでが調査

済みかも不確かであった。

 それ以上の犠牲を増やすのは得策とせず、以来、辺境には関わらず、警備隊も辺境

のほんの入り口だけの警備に、留めるようになった。


 ベアトリクスでの、あまり成績の思わしくない兵士たちの左遷場所として、最も

忌み嫌われているのが、この辺境と、ナハダツ国との国境でもあり、ナハダツの民が

熱烈に崇拝する例の神殿の存在するマドレイ鉱山の警備であった。


 ベアトリクスの兵士たちは、それらに配属されることだけは免れたかったため、

せっせと真面目に訓練する者が多かった。なので、それらに配属される兵士は、騎士

たちのもつ崇高な精神とは明らかに違う、あまり行いの正しくない、気性が荒く、

扱い辛い、野盗じみた者が多いので、まともな兵士たちは、そこへ属することを、

余計に嫌がるのだった。


 マリスは、そのようなところに配属となったのだった。


「いいですか、マリス姫。ここは、あなたのお力を見込んで、是非やって頂きたいの

です。あそこには得体の知れない魔物が棲み付いていて、それが、いつこの国に襲い

かかってくるかわかりません。白魔道士の結界が破られたことは、説明しましたね? 

魔物が相手では、いくら屈強の騎士たちの軍隊であっても、残念ながら、かなわない

でしょう。ですが、このまま放っておくわけにもいきません。後のために、なにか

しら対策を練らなくてはならないでしょう。


 そこで、あなたに頼みたいのです。ティアワナコ神殿の祭司長様からお聞きしまし

たよ。あなたの魔法能力は母親譲りで、最も高く、わたくしのセルフィスをも上回る

かも知れないのだと。まったく頼もしい限りです! 今まで、そのような魔力を持っ

ていたなどとは、この宮廷のどの魔道士も、気が付かなかったそうですね」


「わたくしも、ただただ驚いております。白魔法を覚えるのに苦労していましたから、

神殿に行ってみて、まさか、それほどまでに魔力が高かったなどとは、夢にも思いま

せんでした」


 神殿の修行から戻ってきたマリスは、いくらか神がかった雰囲気をまとっている

ように、周囲の者たちには見えていた。


 マリスは、一層凛々しく、中性的な様子で、どこか神秘的なイメージが加わって

いた。


(ふん。ますます可愛気のない! これでは、セルフィスの方が、よほど女の子

らしく見えてしまうわ! )


 夫人は、厳かな、淡い紫色の神官服から発展したと思われる白魔道士の服装に、

身を包んだマリスを、やはり快くは思えなかった。




「ねえ、ギルシュ……」

「なんでしょうか、公子様」


 書斎では、セルフィスが書き物をしていた手を、ふと止めた。離れたテーブルで、

同じく書き物をしている魔道士の手も止まり、彼の主人を振り返る。


「マリスのことなんだけれど、きみ、最近彼女って、どこか変わったと思わない? 」


 そう問いかける公子の意図を理解しようと、ギルシュは、その細く青い瞳を凝らす。


「軍隊に復活してしまってからは、僕と一緒にいる時間も大分減ってしまっただろ

う? 食事の時間だって違うから、一緒には取らないし、前はおやすみの挨拶くらい

はしてきてくれたのに、このところ、僕の部屋を尋ねて来てもくれないんだ」


「お疲れなのかも知れませんし、お帰りが遅くなってしまって、公子様がお休みで

あってはお気の毒だとのお気遣いからかも知れませんよ」


 ギルシュがやさしく微笑みながら、主人に答える。


「そうなのかなぁ……。僕と彼女は、あと三ヶ月後には夫婦となるんだよ。彼女、

結婚したら、本当に軍隊をやめて、王女の生活に戻ってくれると思う? マリスは、

本当は騎士の方が良くなってしまっていて、僕との結婚をやめて、王女もやめる

だなんて、また言い出しはしないだろうか」


 セルフィスの心配そうな顔を見て、ギルシュは密かに思った。


(言い出し兼ねないかもな。あの跳ねっ返りのお姫さんじゃあ)


 セルフィスもギルシュも、大きな溜め息をついた。


「ねえ、ギルシュは、以前マリスが言ってた湖の森には、彼女を連れて行ってない

の? 」


「一度もありません」


「そう。じゃあ、やっぱりマリスは騎士の生活には満足してるってことだね。それか

らは、逃げ出そうとはしていないものね」


 セルフィスが肩を落とす。


「大丈夫ですよ、殿下。マリス様は、殿下のことは大事に思っていらっしゃいます。

結婚の日取りが決まった時だって、あんなに嬉しそうにしていらしたではありません

か」


 ギルシュが主人を元気付けようと、声の調子をいくらか弾ませてみるが、セルフィ

スは、なかなか気分がそう向かず、溜め息をついていた。


「そうかも知れないけど、その時だって、彼女、そのすぐ後でいくさの話を楽しそう

にしていたじゃないか。結婚したら、軍隊はやめるんだよって、いくら僕が言っても、

わかってるんだかわかってないんだか、ペラペラと戦いの話に興じていたし……。

このままでは、彼女がどんどん野蛮人になっていってしまうような気がするんだ」


「しかし、神殿行きから戻られた姫様は、以前とはまた違って、大分落ち着かれた

ではありませんか。巫女のような、少し(おごそ)かな、神秘的な雰囲気までまとわ

れて」


「かといって、彼女がおしとやかになったわけじゃないよ。ただの巫女じゃなくて、

白魔道士だし」


 セルフィスは、一層深い溜め息を吐いた。


「そのせいか、神殿に行く前は、まだ可愛らしさが残っていたのに、この頃、一層、

戦士のような顔つきになってしまったように、僕には見えるんだ。僕にあまり会って

くれなくなってしまったのも、神殿から戻ってきてからだよ」


 公子は、マリスが心変わりしたのではないかと、気に病んでいた。

 ギルシュは、そんな公子を、哀れに思い、見つめた。


(大丈夫だと、一〇〇%は言い切れないでしょうねぇ。あの跳ねっ返りのお姫様は、

今度はいったいどうしてしまわれたんでしょうかね。でもね、公子様、彼女の様子

なんかよりも、あなたのお母様のことをもう少しお疑いになった方がよろしいですよ。

俺のカンでは、そろそろ彼女の堪忍袋の尾が切れる頃かも知れませんからね。あの

お人は、意外と気の短いお方らしいですからね)


 ギルシュの瞳は密かにある光を放っていた。




 その日の夕刻であった。辺境では、マリスを先頭に、三〇人ばかりの、柄の悪そう

な成りをした兵士たちが、吹き荒れる砂漠の奥を、睨み据えていた。


「どうです、(あね)さん? なにかわかりましたかい? 」


 一見して盗賊のような風貌の警備隊兵士が、声をかけた。彼らにしてみれば、

それは上等な敬語であった。


「明らかに魔を感じる。……試してみるか」


 マリスは右手を見つめ、ぐっと握り締めた。


「神殿の白魔道士が探索に来た目印の旗は、ここが最終地点。これから、さらに奥へ

と進む。皆、盾と武器には、魔除けがしてあるから、安心して」


 白馬にも魔除けの装飾品を付け、濃い紫と金の刺繍を(ほどこ)した白い神官服を

着たマリスは、魔除けの青い石を()め込んだ軽い防具を付けていた。それが、

白魔道士の戦闘服であった。盗賊のような兵士たちの中では、彼らを率いる隊長に

しては神々しく、違和感があった。


 そして、戦えなくとも防御結界や回復魔法ならば可能である神官が十数人、こちら

も白い神官服で、おっかなびっくり、マリスの後ろに付いて来ていた。


(しかし、国王代行も、ひどい隊を、姫に任せたものですな)


(我が国の第一の身分であられ、さらに、一級白魔道士であられる姫に対し、この

ような扱いとは、相当なご無礼であるな)


(まったく、世界に誇れる、我が国最高の神殿を、なんと心得ておられることか)


 神官たちは、ひそひそと話していた。


 進む方向には、黒い岩がごろごろと転がっていて、小石や砂が、風に舞い上げられ

る。その中を、警備隊は進んで行く。


「進めば進むほど、邪悪な気配が強くなっていく」マリスは、目を細めた。


「もっともでございますな、殿下」神官たちも、目を凝らす。


 向かい風のため、皆、手で風を防ぎながら、ゆっくりと進む。


 その時だった。


 ぐるるるるるる……! 


 獣の唸り声のようなものに、マリスの隊は、ぴたりと足を止めた。


「いよいよお出ましね」


 彼女の瞳は僅かに細められた。警備隊も神官も、目を凝らす。


 空を暗い雲が覆う。


 唸り声が近付くとともに、前方から、黒い影が近付いてくる。それは、どの動物の

影よりも巨大であり、一つ二つではない。


 それは、今、正体を(あらわ)にした。


 獣のような長い毛に覆われた真っ黒な丸いものーーナハダツ王国の巨大なゾウほど

の大きさのものが三つ、ぷわぷわと浮かんでいる。他にも、頭が獣で身体が人という

おぞましい姿の魔物たちが、数十匹と姿を見せたのであった。


 そして、その先頭にいる黒いフードを被った者が、ゆらゆらと近付き、止まった。


「これは、これは……! 王国の警備隊の皆さんではありませんか。先頭におられる

のは、貴国の王女殿下とお見受けいたしましたが、このようなところへお揃いで

いらっしゃるとは、いったい何事ですかな? 」


 長身の、痩せた男が、黒いフードを頭から降ろし、笑った。


 歓迎するような笑顔ではなく、丁寧な物腰とは裏腹に、ぎょろっとした目は、

蔑むように、彼らを見下していた。


「あなたね? ここに長年住んでいる魔物を統率している魔道士っていうのは」


 マリスは、キッと、油断のない目で睨んだ。


「私は、この辺境が気に入ってましてね。煩わしい人々のいないこの場所が。といっ

ても、普段は、こやつらの好きにさせてやっているだけで、侵入者を襲うよう、

いちいち私が命令を出しているわけではありませぬよ。姫君、私は、長年あるものを

探していましてね。ものすごい魔力を感じたので、『探し物』かと思って出て来て

みれば……なんと、まだ年端も行かぬ白魔道士の卵であったとは。いやいや、失礼

いたしました」


 魔道士は、馬鹿丁寧に片方の腕を折り曲げ、胸へ持って行き、深々礼をしてみせた。


「ここは、ベアトリクス王国の敷地なの。悪いけど、あなたたち、出て行ってくれ

ないかしら」


 マリスは表情も変えずに言う。頼むというより、強制的な口調であった。


「さあ、それは、いかがでしょう? 彼らに聞いてみませんことには……」


 魔道士は、後ろの魔物に視線を移した。


 魔物たちはゆらゆらと、まるで笑っているように揺れていたと思うと、案の定、

友好的に彼女の要望を受け入れるはずもなく、一斉に、彼女たち目がけて、襲いかか

っていったのだった。


「防御結界! 」


 神官たちの張った薄い緑色の膜が、半月状に一個小隊を包んだ。

 黒い生物たちは、それにあたると跳ね返り、それ以上は近付けず、行ったり来たり

うろうろし、シャーッと牙を剥き威嚇するものや、体当たりして苦しむものもいた。


「人々を苦しめる悪しき魔物どもよ。成敗してやるわ! 」


 マリスは小さく呪文を唱えると、片方のてのひらを突き出した。


 そこからは、金色の光を帯びた白い霊気が勢いよく(ほとばし)り出ると、丸い

毛だらけの黒い魔物一体に、突き刺さり、走り抜けていった。


 それは、恐ろしい絶叫を残し、金色の溶液を垂れ流しながら、溶けるようにして

一瞬で消滅していった。


 魔物たちは、それを見てひるんだものもいれば、そんなことには構わずに、

ひたすら彼女を襲おうと、牙を剥いて向かって行くものもいた。


「面倒だわ。まとめて全部……! 」


 薄い膜からは、マリスだけが抜け出ると、長めの呪文を唱え、両手を魔物に向けて

開き、構えた。


 結界から出た彼女に襲いかかる魔物たちは、また別の白い結界に阻まれる。


 マリスは、呪文を唱えながら、てのひらをさっと横に一振りする。その時起きた

風が、再び白い霊気となり、ぱあっと光が差し込むように、魔物の身体を突き抜けて

いった。


 魔物は断末魔の叫びを上げ、溶けるように消滅していった。


 残りの魔物が、別方向から躍り出るが、同じことであった。瞬く間に、おぞましい

絶叫を上げ、黒い魔物たちは次々消滅していった。


 マリスは、さっと親玉の姿を探した。


「……いない!? 」


 砂埃の中、目を凝らす。神官たちも、結界の中から、魔道士を探すが、何もいない。


 突如、神官のひとりが悲鳴を上げ、倒れた。


「そこね! 」


 マリスの手のひらから、白い稲妻のようにバチバチと放電が起きる。

 次の瞬間、マリスは、それを放たず、さっと左によけた。


「なるほど、勘の鋭いお方ですな」

 ひひひと笑い声が起こる。


「白魔法では、私には勝てませぬよ、王女殿下」


 マリスの背後で、魔道士の声がするのと同時に、マリスは振り返りざまに剣を抜い

た。


「おっと、これは少々危なかったですな。忘れておりました。貴殿は、武の方にも

長けておりましたな」


 彼女が貫いたのは、魔道士の影であり、それは、ふわっと消えた。


「今日のところは、引き下がりましょう。それでは、王女殿下、また会う日まで」


 空に響く声は、徐々に小さくなり、消えていった。


「なんだったんだ、あれは……! 」


 警備隊が口々に言う。神官たちは、倒れた神官に治療の呪文を施していた。

 マリスは、空をキッと見つめてから、警備隊に命じ、目印の旗を地面に刺した。




『まっすぐ帰らないんですか? 』


 白いウマに跨がり、走るマリスは、聞き慣れたその声に驚くこともなく、黙って

ウマを走らせる。


『いつも、そうやって寄り道していたわけですか』

 姿はないが、声だけが彼女の耳に響く。


「ふん、ギルシュね」マリスの口元が微かにほころぶ。


『セルフィス様が心配していらっしゃいます。今日くらいは、まっすぐお帰りに

なってはいかがです? 』


 それには何も答えず、マリスはひたすらウマを森へと走らせていった。そのうち、

ギルシュの声も聞こえなくなっていた。


 マリスは、丸太小屋に辿り着くと、ウマをつないだ。


「ほう。ここが、あなたのおっしゃった湖の森の魔道士の家ですか」


 後ろに、一瞬黒い影が出来たと思うと、それは、人の形へと変わっていった。


「やっぱり、ついてきたのね。なら、来てみればいいわ」


 マリスは少しだけギルシュを振り返ると、すたすたと小屋の中に入っていった。


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