表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第一部『ミラー伯爵家』
3/45

我が名はゴールダヌス

「うわああ! 火事だあ! 」

「みんな、逃げろー! 」


 ヴェセック・シティーの町中では、太い火柱が、天を焦がしていた。


 ベアトリクス王国の中心街ではなく、郊外にあたり、住民のほとんどが平民で、

かなり広範囲の街である。


 町人たちは、桶で水を汲み、消火活動を急ぐが、火の手は、一向に収まることは

なかった。


「ねえ、ダン、火事ですって」

「ああ」


 学校帰りに寄り道をして、ちょうどこの街に立ち寄っていたダンとマリスが、人垣

に紛れていた。


「子供は、近寄っちゃいかん! 」


 住民たちに押し出されても、二人は諦めず、そこから離れた木の上によじ登った。


「だめだ! どんどん火の勢いが強くなるばっかりだ! 」

「誰か、魔道士を! 魔道士を連れてこい! 」


 男たちが口々に、そう叫ぶのが聞こえる。


「魔道士? 」


 マリスが、ダンを見る。


「魔道士なら、不思議な術で、水や氷を出したり出来るそうだ。俺が今世話になって

る親戚の、あのランカスター伯爵の家にも、魔道士の使用人がいるぜ」


 道端の露店で買った、棒に刺して焼いた肉詰めを頬張りながら、ダンはもうひとつ

同じものをマリスに手渡す。


 二人は、木の枝に腰掛け、肉詰めを食べながら、暢気(のんき)に火事を見学して

いた。


「ワシが、火事を止めてみせよう! 」


 年老いた男の声が聞こえ、人々が振り返る。


 老人は青いガウンのような長いチュニックに身を包み、頭には、髪の毛が一本も

ない。背中がかなり曲がっていたが、それでも、背丈は高いことがわかる。


 神官の持つ錫杖(しゃくじょう)に似た、茶色い木の枝で出来た杖をつきながら、

しっかりとしない足取りで、よたよたと歩いてきている。


 人々は、ぎょっとしたような顔で老人を避け、離れたところにいる者も、怖いもの

見たさのように、彼から視線を反らせないでいた。


 老人がくるりと振り返った時、木の上から見ていたダンもマリスも、あっと声を

上げそうになった。


 老人の顔は、半分皮膚が溶けかかり、ただれていたのだった。


「おい、じいさん。危ないから、下がってろよ! 」


 一人の男が、老人の手を引いて、下がらせようとした途端に、老人はよろめき、

その場に倒れてしまった。


「ほら、言わんこっちゃない。怪我する前に、安全なところに隠れてな! 」

 街の人々は、口々にそう言い、消火活動を続けていたものたちは、再開する。


「我が名は、偉大なる大魔道士、ゴールダヌスである! 」


 老人が、突然、重々しい声で、そう告げた。


 人々は、またしても彼に注目した。


「ごーるなんとか……? 」


 木の上で、マリスが、ダンを見る。彼も首を傾げ、わけのわかっていない表情を、

彼女に返しただけだった。


「ウソつけ! そんな大昔の大魔道士が、こんなところにいるわけないだろう! 」

「このじいさん、きっと、気でも狂ってるんだろう」

「よくいるんだよ、『我こそは、本物のゴールダヌスなり! 』とか言い出す、

イカレた奴が! 」


 人々は、老人には構わず、桶に水を汲んで来ては、燃えている木の小屋にかける

作業を繰り返す。


「ウソではない。本当じゃ! 」


 青い衣の老人は、転がった杖を手にして、立ち上がると、またしても、よろよろと

火元に近付いて行く。


「危ねえぞ、じいさん! 」

「もう放っておこうぜ」

 二通りの声が、ダンたちにも聞き取れる。


「ワシの魔法で、こんな炎なぞ、一瞬にして消してくれるわ! ()でよ、クリス

タル・ブリザード! 」


 老人は両手を持ち上げるような格好で、天を仰いだ。


 一瞬だけ、町人たちは手を止め、老人のどこか威厳のある、神憑(かみがか)った

ようにも取れるその様子に、見入った。


 もし、この老人が、自分で名乗ったように、あの伝説の大魔道士ゴールダヌスで

あるのなら――! 


 誰もが、瞬時に、期待を込めた眼差しで、彼を見据える。


 それは、木に腰掛けて見ている二人も、同じであった。ダンもマリスも、その老人

の起こす魔術とやらに、期待を込めて目を輝かせる。



 だが、実際には、何も起こらなかった。

 火は揺るぎもせず、これまでと同じか、それ以上の炎を吹き上げている。


「ほら、じいさん。何も起こりゃあしないじゃないか」

「さあ、どいた、どいた! 邪魔だよ! 」


 老人は、忙しく動き回る人々にぶつかられ、またよろよろと倒れ込む。

 そこへ、三人の黒いマントをはためかせ、飛んで来るのを見付けた人々が、空を

指さして声を上げた。


「宮廷魔道士様だ! 」

「宮廷魔道士様が、来て下さったからには、もう安心だ! 」


 三人の魔道士は、ふわりと地上に降り立つ。


 木の上から見下ろしていたダンとマリスは、またしても、目を見張る。

 彼ら魔道士たちの額には、真っ赤に輝く宝石が、()め込まれていた。


 宮廷魔道士と呼ばれたその三人は、建物の周りに散ると、片方の掌を、それぞれ

炎に向けた。


 彼らの掌からは、一斉に水が吹き出し、それは、みるみる広がり、彼らの術が重な

り合うと、今度は氷となって膨張して行き、天まで伸び上がっていた炎の先まで、

包み込んでしまったのだった。


「これで、もう大丈夫だろう」


 魔道士たちは、三人とも一列に並び、町人たちの方を向き、平坦な物の言い方で、

そう告げた。


 その言い方どころか、彼らは、飛んで来た時も、火を消している時も、すべて無表

情であった。沈んだような、冷たく見える瞳は、ちゃんとものが見えているのかと、

誰もが疑いたくなったことだろう。


 だが、ベアトリクスの国民たちは、魔道士というものに慣れていた。魔道士とは、

厳しい精神の修行により、多少のことでは動じない性質になってしまっているのだと、

人々は、そう解釈していたので、別段、彼らを不気味だとか、愛想が悪いなどとは、

感じてはいなかった。


「怪我人は、いないか? 」

 魔道士たちは、火傷や、転んで怪我を負った者たちの、魔術による治療を始めた。


「あんたも、()てもらうか? じいさん」


 尻餅をつき、ぽかんと口を開けている青いチュニックの老人を、からかう者もいた。

 魔道士のひとりが、ちらっと老人を見る。


「魔力はほとんどない。老人よ、怪我をする前に、魔道士のまねごとなどは、やめて

おくのだな」


 老人は顔を真っ赤にして、杖を支えに起き上がると、よたよたと杖をつきながら、

もと来た方へと、足早に去って行った。


「ありゃあ、ゴドーだ。森の中にひとりで住んでるキコリのじいさんだぜ。自分の

ことを魔道士だと思い込んでる、キチガイなんだ」


 町人のひとりが、青い衣の後ろ姿を指差し、笑い声を上げた。


「人騒がせなじじいだな! 」


 火事も収まり、ほっとした人々の口からは、安堵からくる言葉が、次々と出て来て

いた。


「よし、マリス、探偵ごっこだ」


 ふいに、ダンが言い出した。


「あのじいさんの後を付けていこうぜ。あんなマヌケそうなヤツなら、すぐに付けら

れるだろう」

「うん」


 二人は木から降りると、老人の後を目指して、一目散に駆けて行った。



「あれえ? どこ行っちゃったんだろうなぁ」


 森の中で、ダンがきょろきょろ見渡す。マリスもきょろきょろしてみるが、つい

先程まで追ってきた青い衣姿が、忽然と消えてしまった。


「なんだよ。あのじいさんなら、トロそうだったから、最後まで気付かれずに、尾行

できると思ったのになぁ」


 ダンが、がっかりしたように、側に立つ木に寄りかかった時だった。


「失礼な! 誰がトロいじゃと? 」


 ダンの寄りかかった木の後ろから、青い衣の老人が現れ、ダンとマリスはびっくり

して飛び上がり、身を寄せ合った。


 老人は、近くで見ると、一層不気味であった。


 顔の右半分はただれ、その目は見えてはいるようだが、ほとんど塞がってしまって

いる。背中もかなり曲がっていて、背骨がごつごつと出っ張っている。非常に痩せて

いて、手などはトリの骨を思わせるほど、骨と皮ばかりに思われる。皮膚も皺やシミ

だらけだ。


 ただれていない方の顔も、決して人の好い年寄りの顔ではなかった。目がぎょろっ

と大きく、緑色の眼球は濁っている。禿げ山のような頭も、近くで見ると、髪の毛が

一本もないわけではなく、何本か、ところどころから垂れ下がっているのがわかった

が、色素のなくなってしまった透き通るような白い毛だったため、遠目ではわからな

かったのだ。


 今見ると、まったくの禿げ頭でいてくれた方が、はるかに良かったと思えるくらい、

ところどころ生えた髪がだらしなく、汚らしいといった印象を与え、人々に嫌悪感を

一層募らせるのだった。


「このワンパク小僧どもめ! ワシをからかいに来おったか! 」


 老人は杖を振り(かざ)し、ダンとマリスとをじろじろ見比べて怒った。


「わ、悪かったよ、じいさん。謝るからさ、そんなに睨まないでくれよ」


 ダンが後退(あとずさ)りしながら言う。


「いや、子供と喋るのは久しぶりじゃ。お前たち、ワシの家が知りたいのなら、教え

てやろう。こっちじゃ」


 突然上機嫌になった老人は、笑顔になったのだが、不気味さが薄れるわけではなか

った。


「なんだろうな、このじいさん。ころころ態度変えちゃって。やっぱり、ここがイカ

レてんのかな? 」


 ダンが自分の頭を指さして、小声でマリスに言う。

 マリスも眉を寄せ、首を傾げた。


「い、いいよ、案内してくれなくて。俺たち、もう帰るからさ。な、マリス? 」

「マリス……じゃと? 」


 老人の無事な方の瞳が大きく見開き、マリスに注がれた。


「おお! なんじゃ、おぬしは女の子ではないか! そんな格好をしとるもんだから、

つい男の子だとばかり思っておったよ! 」


 老人は、にこやかにマリスの肩を抱えた。


「マ、マリス……! 」


 心配そうなダンの顔に、マリスは、にこっと微笑んだ。


「大丈夫よ、ダン。おじいさんの家に、ちょっと行ってみましょうよ」


「大丈夫って……なんで、そんなことわかるんだよ」


「う~ん、……ただ、なんとなく」


 老人に連れていかれるマリスの後ろ姿を、ダンは、しばらく、ぼう然と見つめて

いた。



「うわあっ! なんだ、これは!? 」


 その老人の家に入った途端、ダンとマリスは叫び声を上げていた。


 丸太で出来た小さな小屋だと思っていたのが、一歩足を踏み入れると、夜空の星々

の中に放り出されたような、不思議な景色が、果てしなく広がっているのであった! 


「お茶でも飲むかね? 」


 老人は、ふわりと浮かび上がると、1階の天井あたりの高さで止まり、ポンと、

木で出来たような安楽椅子が、突如出現した。


「どうだね、お前さんたちも、来てみるかね? 」


 宙に浮いた椅子に(もた)れかかり、ツボを器に傾け、それを口に運びながら、

老人は子供達に笑いかけた。


「そんなとこ、行かれないよ。じいさんが降りてきてよ」

 ダンが弱気な声を出す。


「なあに、ここまで飛び上がるのは、この家では、ごく自然なことじゃよ。出来ない

と思っておっては、いつまで経っても出来ぬがのう」


 マリスは、少しの間考えていたが、思い切って飛び上がってみた。


 不思議なことに、少しだけ、彼女の身体は、宙に浮かんだのだった! 


「そうじゃ、そんな感じじゃ。もう少し強く念じてごらん。そうすれば、ここまで

辿り着けるぞ」


 言われて、すーっと、マリスの身体は、もとの立っていた位置に降りていき、次に、

彼女がふわりと飛び上がった時は、老人の座っている高さまで、昇って行かれたのだ

った。


「そうじゃ。よう来たのう! まあ、そちらに座るが良い。何が飲みたいかね? 」


 木で出来たテーブルの前に、普通の四つ足の椅子が、ぱっと現れ、彼女はそれに

腰掛けた。


「マラスキーノ・ティー」


「ほほう! 子供のくせに、随分と、香りの強い茶が好きらしい! 」


 老人は嬉々として、パチンと指を鳴らした。


 すると、空中に、ポットが、カップとともに現れ、それを手にした彼は、茶を注い

だ。


「……マラスキーノの香りだわ! 」


 マリスがカップを受け取り、一口啜る。


「美味しい! 本物のマラスキーノ・ティーだわ! 」

「そうじゃろう? 」


 テーブルについたマリスは、不安定さなど気にかけることもなく、不思議で、楽し

い想いでいっぱいだった。


「おーい、俺は、どうなるんだよー! 」


 下の方で声がして、マリスが見ると、ダンがひとりで心配そうな顔で、見上げて

いるのだった。


「ダンもおいでよ。おもしろいわよ」

「行くったって、どうやるんだよー」

「簡単よ。ポ~ンて飛べばいいのよ」

「できるかい! そんなこと」

「じゃあ、迎えに行ってあげる」


 マリスは椅子から降りると、そのままゆっくり下降していき、地面に降り立った。


「ほう。もう感覚を掴みおったか」


 上から、老人が感心したように、マリスを見下ろす。


 マリスがダンの腕を抱えて飛び上がった。


「うわーっ! 」


 足が、地だったところを離れてしまうと、ダンは、両足をばたつかせた。


 二人は、ふわふわと浮かんで行き、マリスの座っていた椅子の高さまで、辿り着い

た。


「ほら、来れたでしょう? 」

「あ、ああ……」


 ダンは、ぼう然として、自分の位置に現れた椅子に腰掛け、マリスからマラスキー

ノ・ティーをわけてもらう。


 半信半疑のダンとは対照的に、マリスは、この不思議な空間が、すっかり気に入っ

たようだ。


(あの時の赤ん坊が、こんなに大きく……! 今は、まだ目覚めてはいないが、この

子には、そのうち、とてつもない魔力が備わるだろう……! )


 老人は、じっとマリスの顔を、見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ