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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第十部『復活の少女騎士』
29/45

ナハダツ王国

 ナハダツ国の町を進んでいく、青い鎧のベアトリクス軍を、民は怯えたように、

物の影から、顔を覗かせていた。


「ママー、あれだぁれ? 」

「シッ! 指を指してはいけませんよ! 神様に嫌われますよ」

「あれは、隣のベアトリクス王国の軍隊じゃないか? 」

「なんだって、この国へ……? 」

「まさか、占領しに!? 」

「そんなことはないだろう。こちらには、ブーディラの神がついているのだから」


 兵士たちよりは穏やかな顔つきの民たちであるが、その信仰心は、兵士町人問わず、

熱心であることが伺える。


 軍の前方を進んでいるマリスは、その町並みを見回し、ふと首を傾げた。


(いたるところに変な絵の描かれた看板があるわ。あれはいったいなんなのかしら? )


 そうこうしているうちに、ナハダツ城に着く。

 城はすんなりと開門し、マリスは数十人の騎士たちを引き連れ、入っていく。


「……ということで、ダー・ヴァ将軍を始め、そちらの兵は、わたくしどもが

預かっております。交換条件です。こちらの証書にサインをお願い致します」


 毅然とした態度で、銀色の甲冑姿のマリスが、ナハダツ王に証書を見せる。


 王は、先とは違う猛獣の角の付いた冠を被り、上半身裸の上に直に皮の防具を身に

付け、白いマントをはおっている。


 ぎょろっとした目は、ベアトリクス青竜団をじろじろ眺め、白髪の混じった灰色の

口髭と頬からあごにかけて生えている髭も手伝い、蛮族の王と呼ぶにふさわしいと、

ベアトリクス人からすれば思えたほどの巨大な、迫力のある大男であったが、一四歳

のマリスは、一向に動じることはなかった。


「わかった。サインは書斎でする。ついてくるがよい」


 王は、どこか訛った標準語でそういうと、のしのしと歩いていく。


「これより先は、ブーディラの神を(まつ)る神聖な室であり、この室への、王族

以外の入室は禁ずる。王女以外のものどもは、謁見の間にて、このまま待て」


 青竜団騎士たちは心配そうな面持ちで、顔を見合わせ、マリスを見るが、マリスが

凛とした態度のままで彼らに頷いてみせると、副将はやむを得ずその場で待機の合図

を出した。


「なかなか度胸あるおなごだ。先の外交官より、お前の方が堂々としておるわ」


 猛獣のような凄みのある巨大な姿に続き、マリスは回廊を通り、平然と扉の中へ

入った。


 ドアが閉まる時、カチリと、錠のかかる小さな音がした。


「しばし、待て」


 王は、彼にとって少々小さいが豪華な石のテーブルの上で、証書に目を通し、

サインをした。


 マリスは、油断なく部屋の中を見回していた。他に人の気配などはないのがわかる

と、今度は部屋の装飾に気を配る。


 謁見の間と同じような極彩色の敷物に、ここにも神の絵が額縁に嵌め込まれ、

飾られていた。


(またあの絵だわ。町の看板にもあったあの不気味な絵。ナハダツ族の崇めている

神かしら? ああ、目が腐る! )


 マリスは不快な思いで、その絵から目を反らした。


 王からサインの入った証書を受け取り、確認すると、マリスは挨拶をして、部屋

から出て行こうとする。


「そうそう。そちらの女王陛下から、貢ぎ物を頂けるという話だったが」


「貢ぎ物……? 」


 マリスが怪訝そうな顔で振り返った途端、両腕が王の手一本によって掴まれ、

そのまま宙に浮かされた。


 彼のもう片方の手が天井から下りた紐を引くと、黄色のビロードのカーテンが、

するすると開いて行き、そこには、やたらに彫刻や装飾の施された仰々しい大きな

ベッドが現れたのだった! 


「きゃっ! 」


 マリスはその上に投げ出された。


 巨体であるその王が横になるのにも充分な広さであったが、それよりもずっと小柄

なマリスでは、十人分は並べそうだ。


「……あ、あんた……! 」


 アメジストの瞳は、キッと王に向けられた。額には汗が流れ、彼女の表情は、苦痛

に歪む。


「ふっふっ…、腕の関節は外させてもらった。おぬしが威勢のいい小娘だということ

は、聞いておったからのう」


「……あたしを、どうする気……!? 」


 両手をだらりと下げたままベッドの上に起き上がり、少しずつ奥へと、膝で後退

して行く。


「だから、ベアトリクス女王から、ワシへの貢ぎ物だよ」


 それまで表情のなかったナハダツ王は、にやりと笑ったかと思うと、マリスの両腕

を掴み、ベッドの上で押し倒した。


 マリスの顔を掴めるくらい巨大な手の、太い指が、かしゃっ、かしゃっと、銀色の

鎧を外していく。


「なんとまあ、細っこいことだ! まだ子供だが、まあよい。お前はワシの愛人と

して、この城で、永遠に、ワシに尽くすのだ! 」


「なっ! なによ、それ! 」


 その大きな手は、鎧の下にある騎士の衣服にも、伸びていく。


 必死でもがこうとする彼女の身体は、上半身はほとんど言うことを聞かず、足も、

王の足に押さえつけられた。


「汚らわしい! 触らないで! 」


 マリスの必死の抵抗もむなしく、とうとう彼女を覆っている唯一の薄物に、王が

手をかけようとした時だった。


 ふいに、彼の身体は硬直したように動きが止まり、どさっと、彼女の上に覆い

被さった。


「きゃあああっ! 」


 マリスが喚きながら両足で()()けると、王の巨体は、簡単に、どさんと、

ベッドの外に落ちたのだった。


「どうやら、間に合ったみたいですね」


 マリスが声のする方を見上げると、空中には、ギルシュが浮かんでいたのだった。


「……ギルシュ……! 」


 一瞬、ぼう然としていたマリスの瞳からは、途端に、安心したように、ぽろぽろと

涙がこぼれ落ちた。


「もう大丈夫ですよ、姫君。今、直して差し上げますからね」


 ギルシュはベッドの上に降り立つと、てのひらをマリスの腕にかざした。


 マリスの腕からは、痛みはみるみる引いていき、すぐに、もとどおりに動かせる

ようになったのだった。


「ギルシュ! 」


 マリスは自由になった腕で、彼の首に飛びついた。


「怖かったですか? でも、もう大丈夫ですよ。大丈夫」


 ギルシュはマリスを包み込み、泣いている子供をあやすように、軽く背を叩いた。


 マリスがひとしきり泣いて落ち着くと、ギルシュは、床に仰向けになって倒れて

いるナハダツ王を、顎でしゃくった。


「さて、あいつの始末をつけないといけません」


 マリスもギルシュに捕まりながら、おそるおそるベッドの端に寄って、見下ろす。


「どうするの、こいつ? ……まさか、殺したの!? 」


「いいえ、まだ生きてます。ちょっと眠ってもらっただけです」


 ギルシュは、すたっと床に下りると、王の額に、しばらく指を当てる。その周りに

は、ぼやぼやと黄色いもやのようなものが漂った。


「よし、これで貢ぎ物のことは忘れたでしょう」


 マリスはまばたきして、ギルシュを見た。


「記憶を消したの? 」

「ええ。一部分ですけどね」


 ギルシュは立ち上がると、少し照れたように、マリスから、目を反らした。


「あのー、姫様、早く、お召し物を着けられた方が……」

「えっ? きゃーっ! 」


 ギルシュに言われて初めて、マリスは、自分が肌着姿であったことに気付き、

慌てて衣服と鎧をかき集めた。


「よくここがわかったわね」


 元通り甲冑を身に着けたマリスは、ベッドから立ち上がった。


「実は、セルフィス様のご命令で、密かに、あなたを見守ってたんです。宮廷には、

替え玉を置いて」


「替え玉? 」

「まあ、私の分身みたいなものです」

「へー、魔道士って、そんなこともできるの? 」

「出来ない方が、普通ですけどね」


 マリスは感心してギルシュを見つめ直した。彼は、特に自慢気でもなく、平然と

していた。


「いつから見てたの? 」

「ナハダツ国とのいくさの時からです」

「なんですって……!? 」


 マリスが、キッと彼を見上げる。


「だったら、もっと早く助けてくれれば良かったのに! 」


「すみません。強力な魔道士が見張ってたもんですから、そいつが消えてからで

ないと、あなたを助けられなかったんですよ。それまでは、自力で、なんとかして

もらおうかなーと。でも、そいつも最後まで見学してくほど悪趣味ではなかったよう

で……とにかく、間に合って良かったです」


 にっこり微笑むギルシュに、マリスが、わなわなと拳を震わせた。


「バカッ! だったら、そいつがずっと見張ってたら、あなたも、あたしがそこの

バカ王にひどいことされてるのを、黙って見てたっていうの!? ひどいわよ! 

身動きが取れなくて、本当にどうしようかと思ったんだから! このあたしが、ここ

まで怖い思いをしたことなんか、なかったのに。あたしがどんなに怖かったかなんて、

どうせ、あなたには関係ないんでしょ! 」


 マリスの瞳からは、一度止まった涙が、再び流れ出した。


「関係なくはありませんよ」


 ギルシュは静かな口調だった。


「あたしっ、ほんとうに、もうダメなんだって思って……! こんなケダモノに……

ナハダツの……蛮族のジジイなんかに……! セルフィスとも、もう結婚出来ないの

かと思って……身体が動かなくて悔しいし……怖かったんだから! 」


 マリスが手で涙を拭い、しゃくり上げるように泣いた。


 ギルシュの静かな青い瞳が、マリスを見下ろす。


「セルフィス様以外の男なんかに、あなたを……みすみす、汚させはしません、

絶対に……! 」


「ウソ! だって、今、見張りの魔道士がいたから、あたしを助けられなかったんだ

って、言ったじゃないの! そいつがずっといたら……」


「あの魔道士が、すぐに出て行くのはわかってました。あのケダモノにだって、誰に

だって、あなたに指一本触れさせはしません! 」


 強く断言したギルシュが、マリスの肩をつかみ、真剣な眼差しで覗き込んだ。


「ギルシュ……? 」


 マリスは、彼の顔を見つめた。


「さっきは怖い思いをさせてしまってすみませんでしたが、大それたことになる前に、

私が絶対に、あなたを守りますから! だから、信じてください。セルフィス様が

あなたを守るよう私にお言いつけになったからには、私はそれに忠実に従います。

例え、命に代えてでも……とまでは言いませんけど」


 マリスが目を丸くした。

 ギルシュは、にやっと笑った。


「私が忠誠を尽くすのは、あくまでもセルフィス様のみですから、彼の護衛が優先

です。なので、あの方のご命令とあらば、護衛がおろそかにならない程度には従い

ますが、あなたも、なるべくひとりで頑張るつもりでいてください。私も、手が回ら

ないこともありますから」


「なによー、さっきと言ってることが違うじゃないの」


 マリスが面白くなさそうな顔になる。


「あなたは、甘い顔をするとつけあがりますからね。突き放すくらいで、ちょうど

いいんです。さ、早くこの部屋を出ましょう。その前に、このバカオヤジを……

そうですねえ、椅子にでも座らせておきますか。うたたねしていたように、思わせて

おきましょう」


 ギルシュは、さっさとベッドの皺を直すと、元通り、黄色いカーテンを閉め、

サインに使ったテーブルを直し、そこへ、王を座らせようと、指を鳴らして、王の

身体を浮かせた。


 ふわふわと、巨体は浮かんで行くと、豪華な赤い椅子に座る。後は、ギルシュが

細かく配置などを直していく。


「あら? こいつ、こんなところに、こぶができてるわ」


 マリスが、床に落ちていた角付き冠を、元通り王の頭に被せようとした時、王の

後頭部に、ぷくりと出っ張りが出来ていることに気が付いた。


「ああ、さっき、焦ってたもんですから、思わず、手に力が入り過ぎちゃって……」


 ギルシュは、何気なく言った。

 マリスが驚いて、あんぐり口を開けた。


「手で殴って気絶させたの? 魔道士なのに、魔法使わなかったの? 」


「えっ? ……ああ、そう言えば、そうですね」


 彼は、あいまいに笑った。


(呪文なんか、いちいち唱えられるかってんだ! 一刻も早く、ヤツの汚らわしい

手をどかせたかった。……それに、どうも魔法で攻撃するってよりは、この手で、

思いっ切り殴ってやりたかった! )


 じんじん痛む腫れた右手を、マリスにわからないようさっとマントの中に隠すと、

ギルシュは微笑んだ。


「その扉は、鍵がかかっています。外してあげますから、どうぞ部屋を出て、先程の

謁見室へ向かって下さい。青竜団の騎士たちがお待ちしています。私は、このまま

セルフィス様のところへ戻りますから。じゃあ」


 彼がふいっと姿を消すと、ガチャリと音がした。

 マリスが扉を押すと、簡単に開く。


「……ありがとね、ギルシュ」


 マリスは、彼の消えた辺りを振り返り、そう小さく言うと、まっすぐ回廊を通って

いった。


(どうもいけないなー)


 空間から、彼女が無事にナハダツ国を出るのを見届けたギルシュは、主人のもとへ

帰る途中、心の中で呟いていた。


(封じよう、封じようとしても、彼女を見てしまうと……実際、話をしてしまうと、

つい……。本当に、この先、セルフィス様のご命令で、彼女のことも、ずっと守って

いかなくちゃいけないのか? それって、ちょっと酷だよなあ! )


 彼の仕事は、まだまだ続くのであった。





「お勤めご苦労様でした。明日、正式な報告を、会議でしておきますからね」


 マリスの功労を、エリザベスが自室で、ねぎらった時であった。


 マリスは、慎重に切り出した。


「あの、お義母様(かあさま)、ナハダツ王が、少し気になることを言っていたのです

が……。私のことを、『ベアトリクス女王からの貢ぎ物』だとか……」


「まあ、なんですって!? 」


 驚いた後、エリザベスは心配そうな表情で、マリスを見つめた。

 マリスも、じっと彼女を見る。


「わたくしが、そんなことをするはずないでしょう。だいいち、あなたは、私の

セルフィスの大事な婚約者なのですよ。そのあなたを、この私が人質に差し出す

なんて……! ナハダツ王は、逆に、あなたを人質にとって、この国に脅しをかける

気でいたのかも知れません。おお! なんと、汚らわしい考えなのでしょう! 」


 その義母の驚きように、マリスはいくらか安心した。

 やはり、あれは、いくさに負けた腹いせから思い付いた、あの王の(よこしま)

企みだったのだと。


「さあ、今日はもう、ごゆっくりお休みなさい、王女殿下。さぞ、お疲れになった

ことでしょう」


「はい、お義母様。ありがとうございます。おやすみなさいませ」


 エリザベスの自室から、マリスが出て行くと、しばらくして、そこは、黒い異空間

へと変貌していった。


「なんてことなの!? 事前に情報を漏らし、圧倒的人数で迎えたナハダツ兵を、

いとも簡単に降伏させ、さらに手を打っておいた国王からも、けろっと逃れられた

なんて……あの娘は、いったい何者なの!? 」


 エリザベスの後ろには、黒い影が、跪いているように(うずくま)っている。


「あの娘は、よほど運が強いと見えます。はっきりしたことはわかりませんが、

どうも強力な守護神か何かでも、ついているのではないでしょうか」


 男の声が、蹲った影から聞こえる。


「強力な守護神ですって? なんなの、それは? 」


 彼女の声には、イライラした様子が伺えた。


「はあ……、例えば、勝利の女神のような……」


 魔道士は、いくらか自信のなさそうに、小さく答えた。


「勝利の女神ですって? ふん、馬鹿馬鹿しい! 単に、運が良かっただけだわ! 

次は、こうはいかないんだから! 」


「おそれながら、殿下。殿下が、もうじきこの国の女王となるのは、もう秒読みで

しょう。となると、セルフィス殿下が王太子となるのも確実であり、あなたの後を

継いで、後のベアトリクス国王となることは、もう目に見えています。あなたの目的

は、これで、もう、ほとんど達成されたようなものです。


 なのに、なぜ、あの王女に、そうもこだわるのですか? あの王女には、あまり

地位や名誉、権力などには興味がないように思えますが? グレゴリウス王の血筋を、

絶やしてしまうおつもりですか? 」


 夫人は、ゆっくりと口を開いた。


「わたくしのセルフィスには、わたくしの決めたお方と、一緒にさせたいのよ。

美しくなくてもいいから、おとなしく、やさしい娘をと、ずっと決めていたのです。

しかし、突然、降って湧いたように、王女として出て来た、あのような跳ねっ返りの

わがまま娘などと、お兄様は、勝手に許嫁(いいなずけ)と定めてしまったわ! 

あれでは、わたくしの思い通りになど、なりはしないではないの! 


 しかも、セルフィスは、あの子に夢中だわ! わたくしは、あんな小娘などに、

セルフィスを取られたくはなかった! 」


 しばらくの沈黙のうち、再び夫人の口が開かれた。


「あんな娘に、セルフィスを渡してなるものですか……! そうよ、今度は、もっと

危険な戦地へ……! 」


 暗闇の中で、血のように赤く塗られた唇が、吊り上がる。


 蹲る黒い影でさえもが、ぞっとするほど、それは、恐ろしい企みに、狂喜している

のだった。


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