表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第十部『復活の少女騎士』
27/45

戦闘に備えて

「マリスがいくさに!? 」


 セルフィス公子の部屋では、彼とギルシュの他に、マリスがいる。


 マリスは、瞳を輝かせながら、嬉々として、彼に報告を続けた。


「そうなの! あたしも、今、お義母様から聞いて、びっくりしたんだけど、喜んで、

セルフィス! あたし、また戦士に戻れるのよ! 」


「そんなこと、喜べるわけないでしょう! 」


 有頂天になっているマリスに、セルフィスが、ハラハラしていた。


 ギルシュも、呆れたような、すわった目で、マリスを見ている。


「いったい何を考えているんだ、お母様は! 僕が、考え直すよう、話してくる」


 そうセルフィスが部屋を出て行こうとすると、マリスが必死に彼の腕にしがみ

ついた。


「待って! お願い! そんなことしないで! 」


「どうしてさ!? きみは王女なんだよ。どうして、王女のきみが、わざわざ軍を率い

なくてはならないんだ? 勇猛な武将なら、他にも、たくさんいるじゃないか! 」


「それが、いろいろと事情がおありのようで、お義母様が、あたしをご推薦して

下さったのよ! ああ! お義母様は、あたしがいつもお城で退屈していたのを見て

同情なさり、外で羽ばたかせてくれようと、考えられたに違いないわ! 」


 マリスは両手を組み合わせ、うっとりと天を見上げていた。


(なんとまあ、おめでたい! 大胆な陰謀がめぐらされているとも知らずに! )


 ギルシュはマリスを見て、心配するというよりは、呆れてしまっていた。


「外に出られるのだったら、なにもいくさじゃなくてもいいじゃないか。きみと約束

したように、湖の森まで、ギルシュを貸してあげるから、そんないくさに行くなんて、

言わないでくれ! 」


 セルフィスが、必死な面持ちで、マリスの両腕を掴んだ。


「あら、だって、ちょっと遊びに行くのと、いくさとでは、全然違うわ」


「そうだよ、全然違うことだよ。だから、危ないからやめ……」


「いくさなら、思いっきり暴れられるわ! ここんとこ、身体がなまっちゃって、

しょうがなかったのよねー。ああ、そうだわ! いくさに備えて、今のうちから、

鍛え直さなくちゃ! 」


 マリスは瞳を輝かせ、有頂天のままである。


「……きみって人は、僕が心配しているのが、わからないのかい? 」


 セルフィスが、ぼう然として呟く。


「あら、何を心配しているのよ。大丈夫よ。あたし、なんだかわからないけど、今度

のいくさ、絶対勝てるような気がするの! 」


 自信を持ってそう言う彼女を、セルフィスは「そんな根拠のない自信なんか、

あてになるものか」と言わんばかりに見つめていた。


「あっ、そうだわ! あたし、また思い付いちゃった! 」


 マリスがギルシュを振り返る。


(きた! )


 ギルシュはおののき、額に冷や汗を浮かべ、反射的に後ずさった。


(今度は、いったい何を言い出すつもりなんだ!? しかも、セルフィス様の前で! )


 彼はセルフィスを気にしながら、さらに一歩下がった。


「ギルシュ、あたしの剣の稽古の相手になってくれないかしら? 」


 マリスが、にっこり彼に微笑む。


「だめです。やりません」


 マリスから何を言われても、断ろうと心に決めていた彼は、ろくに話を聞くまで

もなく、即答した


「だいたい、私は魔道士なんですよ。剣なんて持ったこともないのに、どうやって、

あなたのお相手をするっていうんです? そんなことは、どうか他の方にでも、

お願いして下さい」


「だって、あたしの相手が勤まりそうなのは、せいぜい、ダンとラン・ファくらい

だったわ。ミラー家のお兄様たちは『絶対やだっ! 』って言って、一度もお相手

して下さらなかったし、流星軍では、あたしより強いヒトはいなかったもの。

ね? 他にいないでしょう? 」


 小首をかわいらしく傾けたマリスに、ギルシュが目を吊り上げた。


「『ね? 』じゃ、ありませんよー! だから、私は『魔道士』なんですってば! 」


「そんなこと言わないで、手伝ってあげなよ」


 そう言ったのは、セルフィスであった。


 彼は、疲れたように肩を落とし、溜め息を吐いた。


「相手はナハダツ国なんでしょう? たいした軍隊じゃないって聞いていたし、王族

が軍を率いる時は、大抵お飾りみたいなもので、周囲に守られ、じっと戦況を見守っ

ていればいいんだから。お母様だって、なにも本物の将軍として、マリスを起用する

のではなくて、相手を油断させるとか、そのような手段としてマリスを抜擢したのだ

ろう。マリスも、もう返事しちゃったんでしょう? 」


「ええ、即座に」


 にこにこした彼女の笑顔を見て、彼は余計に深い溜め息をつく。


「多分、優秀な青竜団が、マリスを守ってくれるだろうから、今回のいくさは、

きっとたいしたことにはならないだろう。だから、マリス、行ってもいいけど、

決して危ないことはしないでよ。危なくなったら、すぐに逃げるんだよ」


「大丈夫よ。少なくとも、あたしは、あなたよりは、いくさの経験があるんだから」


 心から心配しているセルフィスとは全く対照的に、彼女の方は浮かれていた。


 セルフィスは、今度はギルシュの方を向いた。


「きみもさ、彼女は僕の婚約者なんだから、そんなに冷たくしないで、彼女の練習

相手になってあげてよ。練習もなしに、いきなり本番じゃ、それこそ危険じゃないか。

どうせ、王宮騎士団の稽古なんて、時間もないし、危なくない程度にしかやらないと

思うんだ」


 セルフィスが力なく言うのを受けて、ギルシュは、深く頭を下げた。


(そんなに俺、冷たくしてたかな……? )


 マリスの頼みを断ることしか念頭になかった彼は、主人の婚約者という立場の者に

対しては、主人にも彼女にも無礼であったかなと、少しだけ反省した。


「しかし、私は魔道士でして、本当に、剣など扱ったことはないのです」


 ギルシュがセルフィスに訴えたが、代わりに、マリスが答える。


「あなたが剣を持つ必要はないわ。召喚魔法さえ使ってくれればね。あなたなら、

できるんでしょう? 」


 はっとしたように、ギルシュは彼女を見た。


 セルフィスも、なるほどと手を叩く。


「そうか。それで、例えば剣の達人とかを召喚して、訓練するというわけだね! 

それは、いい考えだ! 」


 安心したように笑うセルフィスに、マリスは作り笑いをしてみせ、ギルシュに、

にっこり笑った。


 ギルシュは恨めしそうにマリスの微笑む顔を見て、心の中で呟いた。


(その笑顔ですよ、その笑顔。あなた、絶対、何か企んでるでしょう? )




「さあ、準備はいいわよ」


 ベアトリクス城の裏庭で、マリスが、ギルシュに剣を構えてみせた。


 髪を後ろで一つに束ね、将軍家にいた時のような男装をしている。剣も、流星軍

時代に、彼女が使っていたロング・ソードを磨き直してある。


 ギルシュは普段通りに黒いマントをはおった、典型的な魔道士のスタイルのままだ。


「なにを召喚すればいいんです? 」


 ギルシュの問いに、マリスは待ってましたとばかりに答えた。


「野盗」


 ずるっと、彼は足を滑らせた。


「なんですか、野盗って!? 」


「あら、知らないの? 罪もない人々を襲い、食料や宝物を強奪する極悪非道の集団

よ」


 けろっとマリスが言う。


「そんなことはわかってますよ! ですから、なんで、そんなものを召喚しなくちゃ

ならないんですか? 」


「この剣のサビにしてやるのよ。悪い奴等なんだから、可哀想でもなんでもないで

しょ? 」


 ギルシュは、しばらく空いた口がふさがらなかった。


「わかったら、はやいとこ、さっさと召喚してちょうだい」


 マリスが、剣を構え直す。


「……あのですねえ、召喚魔法というのは、異空間から人間界にはいない生物を呼び

出す魔法であって、物ならともかく、生身の人間を、それも集団でなんて呼び出せる

わけはないんですよ」


「ええっ!? 」


 マリスが悲しそうな顔で叫んだ。


「じゃあ、野盗は、呼び出せないの!? 」


「当たり前です。剣の達人も同じく」


 心底がっかりした彼女は、がっくりと膝を付いた。


「……そうだったの……知らなかったわ……」


 そんなマリスを、ギルシュは呆れたように見下ろした。


「だから、私には手伝えないって言ったんです。やはり、あなたの剣の稽古などは、

魔道士では勤まらな……」


「いいえ、まだあるわ」


 ギルシュのセリフを、マリスは立ち上がり、にやっと笑って(さえぎ)った。


「あたしを、野盗のいるところまで、運んでちょうだい」


「は!? 何言ってるんです!? 」


 驚く彼に、彼女は続けた。


「確か、オラールの山には、よくいたのよ。さ、早く連れていって」


 マリスが催促するが、ギルシュはうろたえる。


「そ、それでは、ソルボンヌさんも一緒に……」


「はあ? 何言ってんのよ。野盗がうじゃうじゃいるそんな危険なところに、彼女を

連れていくわけにはいかないでしょう? 」


「で、でも、セルフィス様とのお約束では、必ず、彼女もご一緒にということでした

ので」


「野盗を練習相手にしたいから、彼女と三人で行かせてくれ、とでも言うの? 

そんなこと言ったら、反対されるに決まってるじゃない」


「だったら、やめましょうよ、そんなことは。何か、他の方法で……」


「他の方法? そうねえ……だめ、やっぱり、思い付かないわ。オラールに行くしか

ないわね」


「そんな……! あなた、今、ロクに考えてなかったじゃないですか! ちゃんと

考えてくださいよ! 」


「なによー。剣の稽古を手伝ってやれって言ったのは、セルフィスなのよ。本当に

稽古するだけなんだから、そんなに深く考えることないじゃない。さ、早く行きま

しょう」


 マリスは剣を鞘に戻し、彼を促した。


 彼は、彼女のペースに(はま)ると、どうも調子が狂ってしまうのだった。





(ああ! これ以上、セルフィス様に秘密を作りたくないのに! )


 彼は、野盗を叩きのめしているマリスを見守りながら、嘆いていた。


 武術らしいことをするのは、彼女にとって、数ヶ月ぶりである。その間、訓練と

いう訓練は何一つしていなかったが、大柄な男たちを投げ飛ばし、蹴り飛ばしたりと、

彼女の技のキレは、一向におとろえてはいないのだった。


「はー、いいウォーミング・アップになったわー! 」


 マリスは、すっきり爽快の笑顔で、額の汗を手で拭った。


 辺りには、累々と、三〇人ばかりの夜盗が転がっている。


 岩に腰かけ、頬杖を突いてこの様子を見守っていたギルシュは、何か言いたそうな

目を、ずっとマリスに向けたままだった。


「やっぱり、ずっとお城にいたせいか、身体がナマってたみたい。もうちょっと運動

しないと、まだまだ本調子は取り戻せないわ」


 両手を腰に当て、クビをこきこきと鳴らしながら、彼女は言った。


「次は、ケルルの谷よ。あそこらへんにも、野盗がいるの」


 ギルシュは思わず岩から落ちそうになった。


「ま、まだやるんですか!? 」


「当然でしょ? ちょっと荒療治しないと、前線までに今までサボってた分を取り

戻せないわ。どんないくさでも、ナメてかかるわけにはいかないものよ」


 マリスの本気であるらしい瞳を見ると、ギルシュは諦めたように、岩から降り立っ

た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ