表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第九部『国王の代行』
25/45

謀略

 セルフィスとマリスの幸せな日々が、改めて始まった。彼らは、いつでも仲が良く、

二人で過ごす時間も、以前よりも増えていた。


 上達が伸び悩んでいた彼女の白魔法も、彼の指導もあり、ちゃくちゃくと腕を上げ

ていく。


「もっと早くこうすれば良かったね」


 城の中庭を、二人は手を取り合い、散歩をしていた時、ベンチに腰かけてから、

セルフィスが言った。


「僕は、マリスを縛り過ぎていたんだね。きみの笑顔が見られるだけでも、充分幸せ

だったのに」


「ううん、もういいのよ。だって、今、あたし、本当に幸せなんですもの」


「本当? 」

「ええ」


 庭に咲き並ぶ淡い色の花々を前に、セルフィスは、やさしくマリスを引き寄せ、

口づけた。


「神聖な唇って言ってたのに、こんなにしょっちゅう口づけてしまっていいの? 」


 マリスが意地悪そうに瞳を光らせている。

 セルフィスも、いたずらっぽく瞳を輝かせて、彼女を見下ろす。


「だって、一度知ってしまったら、やめられなくなってしまったんだもの。だけど、

本当に、ここまでだよ。これ以上は、結婚するまで、お預けだからね」


「わかってるわ。あたし、今のままで充分幸せなんだもの。これ以上望んでは、

バチが当たってしまうわ」


「マリス……」


 セルフィスの唇が、しっとりと重ねられた。

 名残惜しそうに唇が離れた時、うっとりと、マリスが言った。


「何度となく交わしていても、まだ足りないかのように、しょっちゅう求めてしまう。

そのたびに、なぜいつもこんなに感動するのかしら? 」


「僕も同じ想いだよ。これが、……好きだって気持ちなのかな」


 マリスは、彼の胸に飛び込んだ。セルフィスも、愛おしそうに、彼女を抱きしめた。



 二人が散歩から戻ると、国王とセルフィスの両親である大公夫妻とのお茶会が

行われた。


「今度は、カラントの森にでも行ってみましょうか、陛下」


 アークラント大公が、一段と大きくなった腹をそっくり返らせながら、おおらかに

国王に笑いかける。


「そうだな。あそこには、シロイノシシがいると言われている。それもよかろう」


 上流貴族のみで行われる狩りの話であった。


「まあ、狩りですの? あたしも、今度は参加してみたいわ! 」


 マリスがテーブルに身を乗り出す。


「マリスは狩りが得意だったよね。じゃあ、僕も、久しぶりに参加しようかな」


「セルフィスも!? まあ、楽しみだわ! 」


 お茶のテーブルで四人が盛り上がっている時、大公夫人ただひとりは、別段面白く

もなさそうに、黙って茶を啜っていた。





 狩りの当日、ベアトリクス北方にあるカラントの森には、貴族たちが、狩猟用の

軽装で、ウマに乗り、集まる。


 見物している貴族の娘たちの他、女性で狩りに参加しているのはマリスだけである。


 マリスは、以前のような完全な男装ではなく、乗馬向けの貴婦人の軽装で、ブーツ

を履き、つばの大きな帽子を被っていたので、王女らしく、優雅な出で立ちであった。

 そして、セルフィスとは、常にウマを並べていた。


 森の動物たちを誘き出す狩猟犬たちが放たれると、しばらくして、追い立てられた

動物たちが、必死に逃げ回り始めた。


「いたぞ! シロイノシシだ! 」

 声が上がる。


 この狩りでの大捕り物である、体長が人の半分以上もある白い長い毛のイノシシが、

地響きを立てて走り回る。


「その獲物、あたしがもらったわ! 」


 マリスはウマを走らせ、イノシシの後方から、馬上で弓矢を構えた。


 その美しいフォームには、誰もが感心するように、溜め息をもらした。


 彼女の放った矢は、イノシシ目がけて、一直線に飛んでいく。


 矢を打ち込まれたイノシシが、どどっと倒れると、歓声がまたしても沸き起こった

のだった。


「さすが、王女殿下! 」

「狩りの腕前は、国王陛下の血を、まさに受け継いでおられますな! 」


 重臣たちは、拍手喝采した。


「すごいよ、マリス! 」

 セルフィスも大喜びだった。


「ほほう、さすが我が娘だ。これは、先を越されてしまったわ! 」


 王は豪快に笑った。


「おお、陛下、あちらにも、シロイノシシが! 」

「おお! 」


 別の樹々の間からも、白い動物が走り抜けているのが見える。


「ようし、娘に負けずに、余も仕留めてみせよう! 」


 走る馬上で、王が弓を構えた。


 王の側付き魔道士バルカスが、ふと何かの気配を察し、目を細めた。


 その途端だった。


 ヒヒ~ン!


 王のウマが(いなな)いた。

 いきなり足元に現れたヘビに驚き、前足を高く持ち上げたのだった。


「陛下! 」


 王を助けようと、バルカスが空間に消えたと同時に、彼の腕は、しっかりと何者

かに掴まれていた。


 バルカスが振り返るが、そこには誰もいない。だが、しっかりと、手首は掴まれて

いる感触があり、不思議なことに、取り払うことも、空間に入り込むことも出来ない

のだった。


「きゃあーっ! 」

「陛下! 」


 貴婦人たち、貴族たちの上げる悲鳴の中、ふいに、バルカスの腕は自由になったが、

時は既に遅かった。


 頭から地面に落馬した王の姿が、彼の目の中に飛び込んでいた。





「奇跡的に一命はとりとめました。宮廷魔道士の努力により、体力も回復いたし

ました。ですが、陛下は、まだ御目覚めではございませぬ。しばらくは、絶対安静が

必要です」


 宮廷主治医が、深刻な面持ちで、室内にいる者たちに告げた。


「陛下、陛下……! どうか、目をお開けになって! 」


 マリスは動揺し、ベッドに横たわる父の手を握り締めた。


 彼を、なかなか父親と認めなかった彼女も、母親が行方不明の現在では、国王が、

自分のたったひとりの血の通った親であることを、まさに実感していた。


 セルフィスも悲痛な表情で、マリスの傍らに寄り添う。


 猛々(たけだけ)しい武人の顔つきも、青ざめ、まるで死んでしまったのかと思える

ほどである。


 もし、王が、このまま目覚めなかったらと思うと、彼女は、居ても立ってもいられ

ない気持ちになった。


 反抗してはいても、本当の父はこの人しかいないのだと思うと、なぜもっと早く、

父と呼んであげなかったのかと、後悔していた。


 マリスの向かい側では、バルカスが青ざめて立っていた。


 彼もまた、なぜあの時、自分は動けなかったのだろうと、自分が間に合えば、王を

落馬させずに済んだのだと、自分を責め続けていたに違いなかった。


「……お父様……お願い、目を覚まして……! 」


 マリスの瞳から、涙がこぼれた。


 涙の(しずく)が、ぽたっ、ぽたっと、王の頬に落ちた時、彼の瞼が、ゆっくりと

開き、澄んだ水色の瞳が現れたのだった。


「陛下! 気が付かれましたか!? 」

「陛下! 」


 マリスもセルフィス、バルカスも、部屋の壁際で沈黙を保っていた家臣たちも、

一斉に身を乗り出した。


 国王は、ゆっくりと、彼らに顔を向けた。


「大丈夫でございますか、陛下! 」

「お父様……! 良かった! お気付きになられたのですね! 」


 マリスが涙を手で拭いながら、安心して微笑んだ。


 王の瞳は、うつろにマリスを認めると、唇がゆっくりと動いた。


「……どうしたのだ、ジャンヌ? 泣いてなどいて……」


「……お父様? 」


 マリスも重臣たちも、耳を疑う。


「お前たちは何者だ? ここはどこだ? おお、それよりも、私は、いったい……」


「へ、陛下!? 」


 マリスを始め、室内にいる全員が愕然とし、言葉を発することが出来なかった。


 王は、記憶を失っていたのだった。





「うまいこと行ったではないの、ギール。それにしても、一命をとりとめたなんて、

まあ、なんて運のいいお人でしょう! 」


 暗く狭い空間では、その様子を、大きな水晶球で覗きながら、杯を傾ける女がいた。


「しかも、私の術も加わっておりますゆえ、王の記憶は、ほぼ永遠に戻りませぬ」


 長い黒髪をした、しなやかな体格の男も、彼女の背後から、目を細め、満足そうに

球の中を見つめている。


「これで、あの目障りな側付き魔道士バルカスさえ、なんとかしてしまえば、お兄様

の動きは封じたも同然ね。あの小娘は、まだ何もわかってはいないわ。王族としての

教育だって、まだ始めたばかりだし」


「となると、いよいよ、新ベアトリクス女王の誕生でございますな」


 男の、東方訛(なま)りの言葉に、女は高らかに笑い声を上げた。





 重役が集まった会議が早々に執り行われ、グレゴリウス国王の記憶が戻るまでの

代行として、国王の実妹であるアークラント大公夫人エリザベスが上がった。


 彼女の読み通り、第一王位継承権を持つ王女マリスは、まだ一四歳と幼く、修養も

完全に終わっていないということで、その婚約者であるセルフィスも審議にかけられ

たが、一六歳では、やはりまだ若過ぎるとの声が強かった。


 その次に権利を持つセルフィスの母が、このまま国王の記憶が戻らなかった場合は、

マリスが成人するまでの間、代行役という話で収まったのである。


 王は、ベアトリクス国内で最も気候が良く、環境の良い領地に移され、療養する

ことになった。


「しかし、殿下、グレゴリウス陛下は、ここベアトリクス城で長年過ごされたのです。

こちらで静養された方が、なにかと記憶を取り戻すきっかけが多いと思われます」


 会議の後でも、バルカスが、エリザベスに食い下がるが、彼女は聞く耳を持たず、

まるで、王をさっさと追い出すかのように、彼の療養所行きの手配を澄ませてしまっ

た。


 それには当然、バルカスも、王についていくこととなる。


 王女が成人するまでの国王代行とはいえ、それは事実上、エリザベスが、しばらく

の間、ベアトリクスの政権を執ることに他ならなかった。


「私たちは負けた。あの夫人の謀略に、はめられてしまったのだ! 」


 暗く、何もない空間で、バルカスは珍しく、口惜しい感情をあらわにして語る。


「私は陛下とともに、サリナエ領へ行く。そうなると、もうこの城へは、簡単には

訪れることは出来ぬだろう。一刻も早く、陛下に記憶を取り戻していただけるよう、

尽くさねばならぬ。


 よいか、ギルシュ、あの大公夫人の思惑通り陰謀が達成されてしまったからには、

今後は、私に代わって、お前がベアトリクスを陰ながら支えていくのだ。なにか異変

があれば、直ちに知らせるのだ。あの女は、かなり腕の立つヤミ魔道士を雇っている

と思われる。お前も、充分に注意するのだぞ」


「はい、バルカス殿」


 暗闇の中で、ギルシュは丁寧に頭を下げる。


「宮廷魔道士たちは、その長であるガグラ様が、中心に仕切っておられる。私も、

彼らに従っているよう装ってはいたが、彼らは所詮、単なる宮廷魔道士に過ぎぬ。

私のように、国王直属というわけではなく、国家に忠誠を誓っているのだ。今後、

最悪の事態が起き、万が一、エリザベスが新女王となってしまうような事態になれば、

彼らは、彼女の支配下となってしまうだろう。


 お前は、彼らをあてにはせず、だが疑われぬよう心がけるのだ。このまま、あの

女を野放しにするわけにもいかぬのだから」


 バルカスは眉間に皺を寄せ、溜め息をついてから、続けた。


「口惜しいが、あの女が政権を握っている間は、どうしようもない。彼女がヤミ魔道

士にさせたように、こちらが彼女を暗殺するには、そのヤミ魔道士がついている限り

不可能であるし、だいいち、そのような手段は魔道士の法に触れる上、人として、

絶対に用いてはならぬ。


 ひとまず、彼女のやりたいようにさせておくしかあるまい。そして、なんとか、

マリス様の時代が来るまで待つのだ。


 だが、万が一、それまでに、あの女が正式に女王となってしまえば、セルフィス様

が王太子となり、本来の正統な王家の血筋であるマリス様の権威はそがれ、王太子妃

となられる。つまり、セルフィス様に継ぐご身分となってしまわれる。


 そのセルフィス様が王となられても、あの女は影で糸を引き、思いのままに、

この国を操るに違いない。セルフィス様のあの素直でやさしげなご気性では、

あのしたたかな母親を突っぱねることはできないであろう。そこで、お前の出番と

なるのだ、ギルシュ」


 バルカスは、一層深刻な表情で、ギルシュを見つめた。


「お前は、女王と宮廷魔道士たちに気付かれぬよう、さりげなく、セルフィス様に

助言し、このベアトリクスを間違った方向に向かわぬよう、修正するのだ。できれば、

あの女の抱えているヤミ魔道士を取り押さえて突き出し、あの女の過去の陰謀を、

皆の前で暴き、彼女を失脚させられれば一番良いのだが、あのヤミ魔道士の力は、

得体が知れぬ。私ですら、あの時、奴の手を振り払うことができなかったのだ。


 だから、お前にも、そこまでは要求すまい。お前が消されてしまっては、最後の

望みまでもが消えてしまう。


 できれば、奴との接触は避けるのだ。避けて、陰ながら、この国を守るのだ。


 あの女が正式に女王となってしまえば、この国はもう、暗黒の時代を迎えてしまう

であろう。あのように、王子たちや王妃を平気で暗殺し、血のつながった自分の兄

でさえも、王座から引き摺り降ろしてしまうような、恐ろしい陰謀を企てる人間に、

まともな政治などできるわけはない。


 今後も、自分の気に入らない人物は、平気で蹴落とし、または、例のヤミ魔道士に

始末させるかするであろう。考えただけでも、おぞましい! 」


 彼はそこまで話すと、沈黙した。


 ギルシュも無言であった。


 バルカスは、再び冷静さを取り戻すと、ギルシュに向かい、静かに口を開いた。


「とにかく、私が彼女の陰謀を最後まで阻止できず、陛下をも、あのような目に

合わせてしまったのが、非常に心残りだ。私は、陛下の記憶を取り戻し、あの女の

陰謀が、これ以上、陛下にふりかかることのないよう、お守りするのに全力を尽くす。

後のことは、お前に任せたぞ、ギルシュ」


 バルカスの目の端からは、涙が滲み出ていた。


 彼は、しっかりと、ギルシュの手を握り締めた。


 ギルシュも、真剣な顔で、彼に頷いてみせた。





(とはいうものの、要するに、女王にも疑われないよう、宮廷魔道士のじじいたち

とも仲良くやっていき、セルフィス様とも主従関係と友情を続けながら、ウラでは、

彼の母親から彼を引き離す……こりゃあ、かなり神経を使いそうな仕事だ! )


 バルカスと離れた今、ギルシュは、ひとりで考え込んでいた。


(セルフィス様は、マリス様との結婚を控えてラブラブだし、マリス様もまだ政治の

ことなんかわからないだろうし……俺だけがしっかりしていなきゃならないなんて! 

周りはみんな敵みたいなこんな中で、本当にやっていかなくちゃいけないのか!? )


 宮廷魔道士として、正規の魔道士を統べる『魔道士の塔』から引き抜かれた彼は、

魔道士の能力としては、決して宮廷魔道士たちに劣ることはないほどの実力を持って

はいたのだが、実際に、城などに入り貢献するのは初めてであったし、年齢的にも、

マリスやセルフィスよりは多少上である程度で、彼自身まだまだ相当に若い。


(……ま、しばらくは様子を見るしかなさそうだ。その間に、ゆっくり考えるとする

か。どうせ、打ち合わせる相手もいないんだから)


 そして、彼の姿は、暗闇の中から、ふっと消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ