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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第八部『王女として』
23/45

すれ違う想い

「はっはっはっ! 」


 マリスとソルボンヌ、護衛兵たちが、侯爵家での舞踏会から帰宅した後、

ベアトリクス城では、国王の大笑いが鳴り響く。


「笑い事ではありませんわ、陛下! 」


 マリスは、短くなったドレスのまま、腕を組み、ぷりぷり怒っていた。


「なかなか似合うではないか。いっ、いかにも、おっ、お前らしい、ではないか」


 王は笑い過ぎて椅子から転げ落ちそうになり、言葉も途切れ途切れであった。


「そうですわ、陛下。笑い事ではございませんわ! 」


 汚れた女官服に、髪をぐしゃぐしゃに乱したソルボンヌも、マリスに続く。


「彼女たちは、マリス王女殿下を侮辱したのですわ! 殿下の作品をけなしたり、

護衛兵時代にセルフィス公子殿下を誘惑したのではないかとか、挙げ句の果てには、

マリス様が、実は国王陛下の愛人で、それを隠すために、セルフィス様の許嫁として

いるのではないか、などとも言っていたのですよ! 


 わたくし、もう悔しくて、悔しくて……! ですが、マリス様が、侯爵令嬢に

スープを『ぶっかけて』いらしたのを見て、胸がすかっと致しましたわ! 」


 ソルボンヌは、惚れ惚れとマリスを見つめた。


 王は椅子に座り直し、笑うのをやめたが、目はまだ笑っていた。


「しかも、相手に怪我を負わせたのだろう? 売られたケンカは、ちゃっかり返した

というわけか。頼もしいことだ」


「ちゃんと手加減はいたしましたー」


 マリスは、もうどうでもいいというように、腕を組んだまま膨れて、そっぽを

向いた。


「お前、なぜセルフィスが、侯爵家に手厚く対応したのか、わかるか? 」


 マリスは、ちらっと王の顔を見たが、ぷいっと横を向く。

 王は、穏やかな声で続けた。


「カトリーヌ嬢の父上は、外交官なのだよ。今ちょうど、南方の国との大事な取引を

してもらっているところなのだ。その他にも、この国にとって大事な仕事を抱えて

いる。


 それもあり、セルフィスは、あの侯爵家の機嫌を損ねないよう、今後もこの国の

ために気持ち良く仕事をしてもらえるよう、お前の不始末をつけてくれているのだ。


 彼は、やさしい男だからな。お前もいろいろと誤解してしまうかも知れないが、

彼を信じて待つことだ」


「はいはい、そう致しますー! 」


 マリスはぷりぷり怒ったまま、侍女を引き連れて浴室へと向かっていった。




「先ほどは、お疲れ様でした」


 マリスから距離を取ったところに、ギルシュが、ふわりと現れた。


 浴室から出たマリスは、部屋着用のドレスを着て、ローブを羽織った姿で、

屋根の上に、膝を抱えて座り、空を見上げていたところであった。


「いつも、こちらにいらっしゃいますね」


「最近は、特にね」


 マリスは、淋しそうな微笑をした。


 彼は、彼女の斜め後方に、距離を取って、屋根の上に腰を下ろす。


「さっき、またセルフィスに怒られちゃった」


 小さくマリスが言った。

 彼女は、その時の彼の疲れたような顔を思い出した。


「もうちょっと、おしとやかにね、って。普通、お姫様っていうのは、ああいうこと

はしないものなんだよって」


 彼女は、ふとダンのことを思い出した。彼なら、彼女のそのようなところも認めて

くれていたことを、最近になって、よく思い出すようになっていた。


 いや、セルフィスも、認めてくれていたと感じていた。


 だが、それは、身分をあまり気にしなかった頃のことであり、王女になってからの

彼女に対しては、誰であろうと、おそらく同じものを求めたのであろうと思い直す。


「始めのうちは、セルフィスだって、元気なマリスが好きだって言ってくれてたのに

……やっぱり、王女ともなると、そういうわけにはいかなくなるのかしらね」


 マリスは大きく溜め息を吐いた。


「あなたには、宮廷での暮らしは、窮屈なように見えますね」

 ギルシュが言う。


「わかる? 」

 うんざりした表情で、マリスが振り向く。


「毎日毎日、礼儀作法だの、勉強だの、刺繍だのって生活にも飽きてきちゃったし、

語学は面白そうだったのに先生とは気が合いそうもないし、当然のことながら、

剣術や兵法の時間なんてないわ。伯爵家にいた時のお稽古事の方がまだ楽しかったわ。


 王女の生活って、なんて面白味のないものなのかしら。あ~あ、あたしには、

やっぱり向かないわー。戦地で剣を振り回してる方が、ずっと性に合ってるわ」


 つい砕けて本心を見せたマリスに、思わずギルシュは笑った。


「変わったお方だ。逆に、あなたのような方なら、宮廷の陰謀なんか、へっちゃら

でしょうね」


「ええ? やあよ、そんなめんどくさいこと。あ~あ、どうしてあたしなんかが王女

だったのかしら。未だに信じられないわ。本当は平民の生まれなんじゃないかしら」


 両腕を伸ばして、大きく伸びをした後、彼女はそのままころんと寝転んだ。


 無防備に寝転ぶその姿は、セルフィスに見つけられれば、たちまち『王女にある

まじき行為だ』と叱られてしまうことだろう。


 だが、ギルシュは、あっけらかんとした彼女のそんな行動にも、悪い印象は持た

なかった。


「あなたのような方が王族でいてくれると、王宮に勤めている私としては、大変

嬉しいんですけどね。王族も、まだまだ捨てたもんではないと思えて」


 マリスは顔だけを、意外そうに彼に向けた。


「へー、結構買ってくれてるんだ? あたしのこと」


「もちろんです。だから、セルフィス様だって、あなたのことを選んだのでしょう」


 マリスは、少し沈んだ顔になった。


「セルフィスには、あたしなんか、本当は似合わないんじゃないかしら。彼と並ぶと、

まるで、あたしの方が頑丈で男みたいだし……。もっと、おしとやかで、可愛らしい

お姫様の方が、見た目だって釣り合うわ」


 ぽろっと彼女は呟いた。


「何をおっしゃるんです。私から見れば、あなた以外、彼と釣り合う方なんて、

失礼ながら、いらっしゃるようには思えませんよ」


「いいのよ、お世辞言ってくれなくても」

「お世辞ではありません」


 彼は少しムキになったように、上からマリスの顔を見下ろした。


 マリスは、頭の下に手を組んで寝転んだ姿勢のまま、真上にある彼の顔を、目を

丸くして見つめた。


「あなたは、ご自分で卑下なさってはいますが、私には、あなたには直すところなど

ひとつもないように思えます。周りの貴族たちの方がおかしいのです。できれば、

あなたには、のびのびしていてもらいたいものです」


 マリスは、目を見開いたまま、じーっとギルシュを見つめていた。


 ギルシュの方も、青い、細い目で、真剣に、彼女を見下ろしている。


「……あなたって、面白いこと言うのね」

 マリスは笑い出した。


「慰めてくれて、ありがとう。ウソでも嬉しかったわ」


「だから、ウソじゃないですってば」


 ギルシュが少し頬を膨らませる。


 マリスがくすくす笑って起き上がった。


「ねえ、セルフィスは、本当にあたしのこと愛してくれてるんだと思う? 」


「もちろんです。王女殿下以外の女性など、彼の目には映ってはいませんよ。人は

自分にはないものを相手に求めるものです。セルフィス様は、あなたの素直に自分を

出すところや、芯の強さなどに惹かれ、心からあなたを大切に思っていらっしゃい

ます。あなたは、もう少し自身を持つべきです」


 彼は、まるで、自分の心からの告白であるかのように、真剣にマリスに言い聞かせ

ていた。


「……自分にはないものか。なるほどね。……確かに、そうかも知れないわ」


 なにかが吹っ切れたように、彼女は微笑んだ。


「ありがと。ちょっと自信持てた」


 その笑顔を見て、ギルシュも、ほっとしたように笑う。


 マリスは立ち上がると、振り向きざまに、少し微笑んでみせた。


「おやすみ、ギルシュ。本当にありがとう」


 その時、ギルシュの顔色が変わる。

「姫っ! 」


 マリスがバランスを崩し、足を滑らせたのだった。


 とっさにギルシュは彼女を抱え、宙に浮かぶ。


 二人の顔が接近し、身体が密着する。

 ギルシュの鼓動が大きく鳴った。

 途端に、空中で不安定になる。


「きゃあっ! 」

 マリスが余計にギルシュの首にしがみついた。

 彼は、ますます自分の鼓動が早くなるのを感じた。

 抑えようとすればすれほど、鼓動はますます早くなる気がするのだった。


「す、すみません! ……なんか集中出来ない! 」

「えっ? なに? 」

「姫様、く、苦し……! 」

「ああ、ごめん! 」


 マリスは、ギルシュの首に回した腕を緩めた。

 ふわんふわんあちこち飛び回りながら、やっとのことで上昇した彼は、マリスの

部屋のバルコニーに不時着したのだった。


「も、申し訳ありませんでした、姫様! 大丈夫ですか!? お怪我は!? 」


 すぐにマリスから手を放したギルシュは青ざめ、冷や汗を流し、呼吸は乱れ、

これまでになく慌てている。


 反対に、マリスは、きょとんとしていた。


「あたしがいたところは、落ちても、すぐ下はバルコニーなんだから着地出来たし、

怪我したとしても、たいしたことなかったと思うから、大丈夫よ」


「そっ、それでも、あなたにーー王女殿下に、お怪我をさせるわけには、いきません

から! ご無事でなによりでしたが、万が一、あなたに何かあれば、私はどうしたら

……! どうセルフィス様や国王陛下に申し開きをしたら良いか……! 」


 身振り手振りで説明するギルシュに、マリスは、「ああ、大丈夫、大丈夫! 」

と気軽に言いながら、手を振った。


「もとはといえば、あんなところにいたあたしが悪いんだから、その時は、あたしが

彼にも陛下にも説明するから、安心して。そんなことよりも、窮屈な宮廷生活の中で、

久しぶりに楽しい思いが出来たんだから、感謝してるくらいだわ。あー、面白かっ

た! ありがと! 」


 マリスの晴れ晴れとした笑顔から、どうやら、彼女が憤慨してはいないことに、

ギルシュは多少安堵した。


 そして、今まで以上に、彼女に親しみが湧いた。

 彼女にしてみても、それは同じであった。


「ギルシュって、他の宮廷魔道士たちと、全然違うのね」


「どういう意味です? あなたにかかっちゃあ、どんなカタブツな人間だって、

崩されてしまいますよ」


「あら、あなたがカタブツだなんて、あたしは思ったことなかったけど? 」


 マリスがからかうような目を向ける。

 そんなマリスを、彼は横目で見た。


「どうせ、そうでしょうよ。バルカス殿にも、他の人たちにも、私は魔道士らしく

ないって、よく言われてますからね。もういい加減慣れました」


 マリスは吹き出した。


「王女らしくない王女に、魔道士らしくない魔道士ーーいい組み合わせね」


「そんなことは、こじつけなくていいですから、早くもうおやすみなさい。

その格好で長い間夜風に当たっていると、風邪を引きますよ」


「あたしは大丈夫よ。それよりも、ねえ、魔道士って、精神を集中させないと、

飛べないの? 」


「へ? ……あ、ああ、そうですね。どんな魔法でも、例え、唱えなくて済むような

簡単なものでも、集中する必要はあります」


「じゃあ、ここなら、足がついてるから、精神を集中させる必要もないわよね? 」


「はい、まあ……? 」


 彼が聞くが早いか、マリスは、彼のマントに、しがみつくように抱きついた。


 突然の行動に動揺した彼は、どうしていいかわからず、その場に立ち尽くした。


 彼のマントの中の胸に、顔を隠すようにうずめたままのマリスは、しばらくすると、

彼には、啜り泣いているように思えた。


(空中で不安定に飛んでいたことが怖かった? ……んじゃないはずだよな)


(姫様は、本当は淋しかったのか。セルフィス様との間にも、すれ違いが生じていて

……)


(淋しかったことを、誰にも打ち明けられずに、おひとりで悩んでいたのだとしたら

……)


 驚き、鼓動は高鳴ったまま、硬直していたギルシュではあったが、やがて、おそる

おそるではありながらも、手を差し出し、マリスを包み込むように抱きしめた。


 マリスは動かなかった。


(それほど、俺の言ったことに、救われたんだろうか? 俺とのあんなやり取りでも、

久しぶりに友人と会話したような感覚を味わえたんだろう)


 考えてみれば、彼女の周りには、友達と呼べる者もいなかった。


(突然、王女だなんて言われて、今までの生活から切り離され、自由に会話できる

友人もなく……それは、酷だよな。まだ一四歳だし)


 ギルシュは居たたまれない気持ちになった。


 彼の、彼女を抱く腕には、徐々に力が込められていった。

 互いの体温が伝わっていくのを感じる。


 同情ではない何かがこみ上げてくる。

 彼女への感情が何であるのか、彼には、もうわかっていた。


 啜り泣いていたようだったマリスは、やがて、彼から離れた。


「……ありがと。もう大丈夫だわ」


 照れ隠しに(うつむ)いたままの彼女を、見下ろしたギルシュの胸は痛んだ。


「あのぅ……、私が言うのも差し出がましいんですが……、セルフィス様と、よく

お話しし合われた方がいいかと」


「……うん……。おやすみ」


 マリスは微かに頷き、ギルシュに手を振ると、両開きのガラス窓を開け、部屋へと

静かに入っていった。


 それを見届けてから、ギルシュもまた空中へ浮かび上がり、彼の主人の元へと

向かう。


 夜風が、彼の頬を撫でていく。


(……自分にはないものを求める……か)


 彼は、ふと、自分で言った言葉を思い出す。


(あれは……、俺自身に言い聞かせるべき言葉なのかも知れない……)


 彼は、マリスの部屋の窓を振り返った。

 円錐形の屋根では、その位置から、彼女の寝転んでいた場所などは隠れて見えない。


 彼の中では、あのまま、永遠に時が止まってくれれば良かった、という願望が湧い

てきていた。


 と同時に、主人に対する罪悪感を感じずにはいられない。


(残酷な人ですよ、あなたは。本心というものは、好きな人間にだけ見せるものです)


 彼は口元を少しだけほころばせ、まだ腕に残った温かい感触を、振り切るように、

彼の主人の部屋を、再び目指した。


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