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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第八部『王女として』
22/45

舞踏会での惨事

「今日の授業の成果は、こんなところかしら」


 この日のすべての授業を終えたマリスは、自分の作品をセルフィスとギルシュに

披露していた。


 まず、二人が一番に目についたものは、彼女の生けた花であった。


 花たちは葉を切られ、茎だけが長く伸び上がり、同じ高さにそろえられていた。


「……あの、……これは……なに? 」


 セルフィスが目を丸くしたまま、おそるそるマリスに問う。

 マリスは、にこにこと答えた。


「お魚」

「へっ!? 」


 セルフィスもギルシュも、まじまじと花を見つめ直すが、どこかサカナであるのか

は、理解出来なかった。


「お魚はね、いつも集団で生活しているの。寒いと、じっと水底でうごかないんだけ

ど、活性が良いと、こうやって水面を泳ぎ始めるんですって。森の湖で釣りをしなが

ら、そういう話を聞いたことがあったの。好きなイメージで生けろって言われたから、

それを思い出して、それしか考えつかなくて、やってみたの。教わった通りに生け

なかったから、先生には怒られちゃったんだけど」


「そ、そう……」


 その他、王宮刺繍もいくつか見せられたところで、セルフィスは、またもや、

めまいを覚えた。


 ギルシュも何とも言えない表情で、ぼうっと(たたず)んでいた。


「今度ね、高位貴族の姫だけのお茶会があるの。どれを持っていこうかしら」


 「ひっ! 」と言わんばかりに、セルフィスとギルシュは後ずさった。


「ま、まだ早いんじゃないの? もうちょっと練習してからの方が……」


 セルフィスが作り笑いで、やんわりと止めるのを、マリスは不思議そうに見ていた。




 ティー・パーティーの日が近付くにつれ、マリスは憂鬱(ゆううつ)になってきて

いた。


「殿下、どうなさいましたか? 」


 生け花の教師が、怪訝そうな顔になった。


「最初のうちは目新しくて、いろいろやってみて、それなりに面白かったんだけど、

セルフィスの反応もあんまりよくないし……ねえ、先生、あたしって、こういうこと

には、向かないんじゃないかしら? 」


 マリスに打ち明けられた教師は、つい頷きそうになるが、慌てて首を横に振った。


「そんなことはございませんよ、殿下。少しずつではありますが、日々上達はして

おいでですよ。特に、ハサミの使い方などは、お上手でいらっしゃいます」


 他には何も思い付かなかったため、女性教師は、どうでもいいことを褒めた。


 マリスは、ほうっと溜め息を吐き、窓をの外を眺めた。


「いろいろ習ってきて、自分に合ってそうだと思えたのは、ダンスと狩りだけ。

伯爵家にいた時は、多少の楽器と歌と、遊びで演劇の真似事みたいなこともさせて

くれてたけど……。


 ここで習うものでは、身体を動かすもの以外はまるで向いてないわ。あたし自身が、

護衛でもなくお茶会に出席するのなんか初めてなのに、その上、何か披露しなくちゃ

ならないなんて……。いったい、どうしたらいいのかしら」


「ですから、わたくしのお教えした通りに、殿下が生けて下さればよろしいのですよ」


 教師はイライラした口調になっていた。


「ええ、そうね。それができたら苦労はしないんだけど……どうも、よくわからない

のよね。だいたい、お花の命をこんな風に(もてあそ)んでいいものなのかしら? 

あんまりいいこととは思えないのよね~……」


 そう言ったマリスの手に握られたハサミは、パチンと花の首を斬り落とした。


 それを見て、教師は深い溜め息を吐き、力なく首を横に振ったのだった。




 いよいよ、ティー・パーティーの日が訪れた。マリスは自身が持てなかったが、

前日に教師に無理矢理生けさせられた、(かご)に入った花を持って行くことに

なった。侍女のソルボンヌが、その籠を運ぶ。


 ある上流貴族の屋敷に集まったのは、フリルをふんだんに使った、淡い色のドレス

をまとった娘たちが多く、対するマリスは、はっきりとした深緑(ダーク・グリーン)

のドレスに、白いレースをポイントだけにあしらったシンプルな形のドレスで、

その中では、大人びており、一際目立っていた。


 次々と披露される歌や詩に、彼女たちは褒め(たた)え合い、お喋りを楽しみ

ながら紅茶を飲んでいた。


 マリスの他にも、花を生けて持ってきたものも多かったが、それらはすべて一カ所

にまとめて飾られ、紅茶を飲みながら鑑賞できるようになっていた。


「まあ、あれは、どなたの生けたものかしら」

 姫のひとりが、一番豪華な作品を指さした。


「こちらは、カトリーヌ嬢の生けられたものでございます」

 召使いが答えると、娘たちは一斉に黄色い声を上げた。


「まあ! 素晴らしいわ、カトリーヌ! 」

「また一段と腕を上げましたのね! 」


 マリスは騒がしい方を見つめた。それは、彼女が護衛兵をしている時から知って

いる、セルフィスの詠んだ詩を、いつも欲しがり、頼みに来る侯爵令嬢であった。


(ああ、またあの子ね)


 マリスは特に気にも留めず、紅茶を啜った。


「それに比べて、こちらのアレンジメントは、いったいどうしてしまったのかしら? 」

「初歩的な生け方ですのに、なんだかさえないわね」

「可哀想に。カトリーヌの隣に置いてしまっては、一層みすぼらしく見えてしまい

ますわ! 」


 きゃっきゃっと笑い声が、カトリーヌの周りから起こっている。


 マリスは、どうせ自分の生けたもののことだろうと思い、わざわざ見ようともしな

かった。


「あら、こちらはどなたの作品かと思ったら……王家のマークが入っておりますわね。

ということは、マリス殿下の作品でいらしたのね」


 カトリーヌが、縦にカールされた黒髪を自慢そうに揺らしながら、マリスに近付く。


「マリス・ミラーさん……いいえ、マリス・アル・ティアナ・ベアトリクス第一王女

殿下、ご機嫌麗しゅう」


 カトリーヌは、ドレスをつまみ上げ、わざと大袈裟に、貴婦人の礼をしてみせた。


 マリスは嫌そうな顔で、礼を返した。


「セルフィス様の護衛をしていらしたあなたが、まさか王女殿下であったとは、

まったく存じ上げませんでしたわ。失礼致しました。ところで、あちらは、殿下の

作品でいらしたのですね。王女殿下という華やかなご身分の割りには、随分とご遠慮

なさって生けられましたこと」


 ほほほほと、カトリーヌは上品に笑ってみせた。


「ええ。まあね」


 マリスはカトリーヌから顔を反らすと、呆れたように、はあと溜め息をついた。


「今度、うちで舞踏会を開きますの。よろしかったら、是非、セルフィス殿下と

いらして下さいね。あなたの婚約者である公子殿下とね」


 カトリーヌの目の端が、一瞬、きらっと光ったが、マリスは気付きもせず、ただ

退屈そうにお茶を飲んでいた。


「……あ、あのう……マリス様……」


 カトリーヌが去った後からずっと、蚊の鳴くような声がしていたことに気付いた

マリスが振り返ると、そこには、淡いピンク色のドレスを着た、やわらかい栗色の髪

の少女が、両手を組み合わせて、マリスを見つめていたのだった。


「えっと、あなたは、確か……」


 どこかで会ったような気がするのだが、マリスは思い出せずにいた。


「これ、わたくしの作った焼き菓子です。よ、よろしかったら、どうぞお召し上がり

下さい」


 娘はカーッと赤くなると、そのまま、さーっといなくなってしまった。


 マリスは不審に思いながら見送ると、手渡された焼き菓子を見下ろす。

 大きなハート形をした固めの焼き菓子であった。


(……思い出した! 確か、あの時の……)


 彼女は、護衛時代のマリスに、熱烈なラブレターを渡した、印象の薄い娘であった。


「……だから、なに……? 」


 大きなハートを見つめ、マリスは、ぽろっと呟き、どっと身体に疲れを感じたの

だった。




「僕は、そのままのマリスでも、充分かわいいと思うけど、周りはそうは見ないかも

知れない。マリスは、後にベアトリクスの女王になるんだから、もう少し頑張らない

とね」


「はい。ごめんなさい」


 教師たちにしごかれながらも、彼女の気持ちが乗らないでいるマリスに、ある時、

セルフィスが忠告した。


 婚約してからというもの、セルフィスは、以前にはなかった注文をマリスにつける

ようになっていた。


「わかればいいんだ。今までは、自由に、のびのびしていられたかも知れないけれど、

王女となると、そうはいかなくなってくる。僕も、王配になる身として、今まで

習ったことのないものまで勉強しているのは、きみと同じだ。新しい勉強は、何も、

きみだけがしているんじゃないんだよ。お互いに頑張って行こう、マリス」


「ええ」


 セルフィスは、(うつむ)いているマリスの顔をじっと見つめてから、気を取り

直したように微笑んだ。


「じゃあ、これから舞踏会を楽しみに行こう」

「はい」


 マリスも顔を上げ、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


 侯爵家に着き、二人は舞踏会場へと向かう。


 マリスは、セルフィスお気に入りの豪華なオレンジ色をしたドレス姿で、少し伸び

た髪には、途中から毛先に向かってゆるやかなウェーブがかかっていた。


 セルフィスは、青い礼装に、金の縫い取りのある、白いマントをはおっていた。


「本日はお招きありがとうございます」


 セルフィスは、カトリーヌとその父親である侯爵に、マリスと共に挨拶を交わした。


 カトリーヌは、セルフィスに媚びるような視線を送り、マリスに対しては、

わからないように、ちらっと睨んでいたのと、その奥でかたまり、ひそひそと話して

いる同年代の姫君たちとを、彼らから離れたところで見守っているギルシュの瞳は

見逃さなかった。


(貴族の集まりなど、意外と上品なものではない。我が公子殿の愛しの王女殿下は、

それにいったいどこまでたえられるものか……)


 今夜の舞踏会は、彼にとっては、少々興味を湧かせるものであった。


(あのお姫様方のチャチな陰謀を、どのように(かわ)していくか。ここで負ける

ようでは、彼女はベアトリクス城では生き残れないだろう。この国を背負って行く身

として、最初の関門をどうクリアするのか、お手並み拝見しようじゃないか)


 彼としては、個人的にマリスに興味を持っていた。なぜかはわからなかったが、

セルフィスと行動を共にするにつれ、普通の貴族の娘とは違うマリスに、深く関心を

抱くようになっていった。


 それは、彼女を包んでいるオーラのようなものーー他の宮廷魔道士たちが気付きも

しなくても、彼にはなんとなく感じることのできる漠然としたもの、いや、彼だけが

感じ取ることが出来たものに、非常な興味を持ったことも関係していたのだった。


「マリス様、こちらのお料理も美味しいのよ。ご一緒にいかがですか? 」


「いいえ、マリス様は、わたくしと、あちらのお菓子をお食べになるのよ」


「それよりも、バルコニーに出てみません? 今夜は、とても風が気持ち良いです

わよ」


 ギルシュの見つけた姫たちが、マリスの腕を引っ張り合う。


「ははは……やっぱり、マリスは、ドレスを着ても、女の子たちにモテるんだねえ」


 セルフィスは呑気に笑っていた。


 その隣に、カトリーヌが寄っていく。


「ねえ、セルフィス様。マリス殿下は、あのように、彼女たちに放してもらえない

ようですわ。その間、わたくしと踊って頂けませんこと? わたくしのお相手で

あったお方が、今日は病欠なさってしまわれたので、一緒に踊って下さる方が

いらっしゃらないの。少しの間だけで結構ですわ。ねえ、よろしいかしら? 」


 カトリーヌはセルフィスに、思い切りかわいらしく小首を掲げてみせた。


 マリスは娘たちに腕を引っ張られながらも、ちらっとセルフィスを見る。


「……そうですね。そういうことでしたら、僕でよければ構いませんが」


「キャー! カトリーヌ、嬉しいっ! 」


 カトリーヌがセルフィスに抱きついた。


 セルフィスは困ったように笑っていたが、彼女を連れてダンスフロアへと向かって

いった。


(まあっ! なによ、セルフィスったら。あたしというものがありながら……! )


 マリスは横目で二人を見ながら、テーブルの上に並んだ骨付きのトリ肉をかじった。


 ダンスは一曲では済まされなかった上、(つまず)いたり、飲み物に酔ったように

装いながら、事あるごとに、カトリーヌはセルフィスに抱きついていた。


(ちょっとぉ、いったい何曲踊れば気が済むのよ。これじゃあ、あたしとセルフィス

が、いつまでたっても踊れないじゃないの~! )


 広間の中央で踊り続けている二人を、恨めしそうに見ながら、マリスは食べ易い

大きさに切ってあるウシのステーキを、口の中に詰め込んだ。


「まっ! ホント、よくお食べになること! 」

「いい食べっぷりですわ! まるで、男性のよう! 」


 マリスに(はべ)っていた娘たちが、小馬鹿にしたように、くすくす笑った。


 それに気が付いたマリスの侍女であるソルボンヌは、はっとしたように彼女たちを

見回した。


(この方たち……マリス様のことを……! )


 彼女は心配そうにマリスを見上げたが、マリスはセルフィスとカトリーヌに気を

取られていて、それどころではない。


 やっとカトリーヌが戻ってきたと思うと、今度は別の娘がセルフィスと踊っていた。


「はあ、さすがに、五曲連続は、踊り疲れてしまったわ。なにか果実酒でももらえ

ないかしら」


 カトリーヌは、どんとマリスにぶつかると、ちらっと見ただけで何も言わずに、

果実酒の入ったガラスの杯を、テーブルから取った。


「あら、ここだけ、随分お料理が減ってるわ。どうしたのかしら? 」


 果実酒を口に運ぶと、カトリーヌが面白そうにテーブルの上を見て言った。


「それは、誰かさんが、ウマのように食べ尽くしたからよ」


 マリスの横にいる娘が、きゃっきゃと笑いながら答えると同時に、周りの娘たちも

笑い出す。


 ソルボンヌは、キッと彼女たちを睨んだが、何も言えずに黙っていた。


「そう。踊る相手がいなければ、食べるしかないものね。舞踏会が終わる頃には、

あなたは、この広間中の食べ物という食べ物を、食べ尽くさなくてはならないのかも

ねえ」


 カトリーヌが、マリスを見ながら、意地悪そうに笑った。


 マリスが彼女を睨む。


「ちょっと、それ、どういうことよ」


「ほーほほほ! 」


 カトリーヌが笑い声を張り上げる。他の娘たちも、それに(なら)った。


「まだわからないの? 今日は、あなたは、セルフィス様とはもう踊れないのよ」


 勝ち誇ったように腕を組み、カトリーヌはマリスを(さげす)むように見た。


「もとは、たかが伯爵令嬢という、わたくしたちよりも低い身分の出であり、

セルフィス様の護衛などしていたくせに、いきなり王女の座に伸し上がるなんて、

いったいどんな手を使ったのかしらね、王女殿下」


 カトリーヌは、ふふんと鼻で笑った。


「あなた、護衛兵であることを利用して、勤務中に、彼を誘惑したんじゃないの? 」


「……なんですって? 」


 ピクッとマリスの眉が反応したが、ぐっとこらえた。


(いけないわ、こんな挑発に乗っちゃ。セルフィスと約束したいんですもの、王女に

ふわさしい行動をとるんだって。周りからも認められるよう、王女としての振る舞い

をするんだって、そう約束したんだもの! )


 マリスは深呼吸すると、カトリーヌたちの群れから離れようと、違うテーブルに

向かって歩き出した。


「あなた、本当に、国王陛下の御子だったわけ? 証拠はあるの? 実は、あなたが

陛下の愛人なんじゃなくて? 」


 ピタッと、マリスの足は、カトリーヌの声で止められた。

 彼女の声は、まだマリスの後ろから続く。


「陛下が愛人の隠し場所として、あなたを、年頃もちょうどいいセルフィス様の

婚約者ということにしたのではないの? 」


「そうだわ。きっとそうに違いないわ! お可哀相なセルフィス様! 」


 カトリーヌを取り巻く娘たちも、面白半分に騒いでいる。


(あんなの相手にしちゃダメ。あたしは、セルフィスの気に入るように、王女らしく

……)


 マリスは気を反らすために、運ばれてきた杯を受け取り、上品に口を付けた。

 そのすぐ後ろでは、ソルボンヌがわなわなと身体を震わせて、娘たちを睨む。


 そのとき、パシャッと何かがマリスのドレスにかかった。

 後ろからは、品のない笑い声が聞こえる。


「殿下、ドレスが……! 」


 ソルボンヌの悲鳴のような声に、マリスがゆっくりと振り返ると、腰の辺りから

裾にかけて、赤い液体がふりかかっていたのだった。


「あ~ら、ごめんなさい。手が滑っちゃったみたい。あらあら、そんなお姿じゃあ、

ますますセルフィス様とダンスなんてムリねえ」


 カトリーヌは手にしていた杯を、目に見えて逆さに向けていた。


(これは、セルフィスが、あたしのために注文してくれたドレスなのに……! )


 マリスは、キッとカトリーヌを睨むと、つかつかと近付きーーといっても、

二、三歩足を踏み出しただけであったが、彼女を睨み据えた。


「あら、なにか文句でもあって? 王女サマ」


 カトリーヌは杯をテーブルに置くと、腕を組んだ。


 マリスは、美しく、キリッとしたアメジストの瞳を、にやっと歪めて笑った。


「あんた、いい度胸してるじゃない。このあたしにケンカ売ってんだもんね! 」


 言うと同時に、彼女は近くにいた男性の啜っていたスープの器を引ったくり、

カトリーヌのドレス目がけて中身を引っかけた。


「キャーッ! 」


 途端に、周りにいた取り巻きたちは騒ぎ立て、二人から慌てて離れた。


 カトリーヌは、わなわなと、スープのかかったドレスを見つめていた。


「なにするのよ! これは、今日のために作っておいた、私の一番のお気に入り

だったのに! 」


 怒りを(あらわ)にした彼女は、マリスを睨みつける。


「それがどうしたってのよ! 先に果実酒ぶっかけたのは、そっちでしょ! 

一張羅(いっちょうら)なら、こっちも同じことよ! 」


「あんたは王女なんだから、頼めば、陛下にいくらでも最高のものを買ってもらえる

じゃないの! 」


「そんなの、あんただって高位の貴族なんだから、同じことでしょ! 」


「なによっ! 王女だからって、威張らないでよっ! 」


 カトリーヌがテーブルの上のトリの丸焼きや、ステーキ、オードブルの皿などを、

マリスに向かって投げつけ始めた。


 マリスは、それをうまくよけるが、ドレスが汚れていくのは防げない。


 辺りの貴族たちは、ますます慌てて逃げ出す。


「ふふん、なによ、それでおしまい? 」


 テーブルの上の投げるものがなくなってしまったカトリーヌに、マリスが両手を

腰に当てて笑ってみせる。


 カトリーヌは悔しそうに下唇をかむと、突然、マリスに向かって襲いかかって

行った! 


 次の瞬間、マリスのドレスは引きちぎられていた。


「ああっ! なにすんのよ! 」


 マリスも彼女につかみかかる。


 二人はごろごろと床に転がり、取っ組み合っていた。


「なによ、王女だからって、私たちのセルフィス様を独り占めしてー! 」


「そうよ、そうよ! カトリーヌ、頑張って! 」


 避難していた取り巻きたちは、再び火がついたように騒ぎ始め、他のテーブルから

取って来た菓子などを、マリスに向かって投げつけ始めた。


「あなたたち、もう我慢なりませんわ! 」


 そう声がすると同時に、姫君たちの顔には、クリームたっぷりのパイが投げつけ

られ、悲鳴が上がる。


「ソルボンヌ! やるじゃない! 」


 取っ組み合っているマリスが侍女を見上げ、片目を瞑った。


「わたくし、マリス殿下を侮辱されて、先ほどから、あの子たちには腹が立って

いましたもの。こうなったら、殿下に助太刀致しますわ! 」


 ソルボンヌも娘たちに向かい飛びかかって行き、か弱い拳でぽかぽかと殴りつけた。


「なによー! 使用人の分際で! 」


「それを言うなら、あなたがたこそ、第一の身分である、うちの王女殿下を侮辱しま

したわ! その報いです! 思い知りなさい! 」


「なにするのよー! 」


 広い舞踏会場でも、その騒ぎは一気に広まり、楽隊たちも、とうに音楽を奏でるの

をやめていた。


 おろおろしている貴族たちの合間から、警備兵たちも駆けつけ、暴れている娘たち

を取り押さえたのだった。


「マリス! 」


 奥で踊っていたセルフィスが、人混みをかきわけ、やっとのことでその場に辿り

着いた時、マリスのドレスは膝よりも短く裂けてしまい、顔も髪も、酒や他の飲み物

でベタベタになっていた。


「セルフィスさまあっ! 」


 カトリーヌが、わあっと泣き叫んでセルフィスに飛びついた。彼女の髪も顔も、

マリスと同じような液体で濡れてしまっている。


 セルフィスは泣き崩れるカトリーヌを軽く抱き、マリスを見た。


 マリスは、つんとそっぽを向いた。


「カトリーヌ嬢、どうしたというのです。さあ、もう泣くのはおやめ下さい。お部屋

の方で、少しお休みになられては? 」


「ああん、セルフィスさまぁ~! 」


 彼にしがみついたまま、カトリーヌは泣きじゃくった。


「どうしたというんだね? カトリーヌ」


 父親である侯爵が、おっかなびっくりで、人混みから顔を出す。


「足を(くじ)いたわ! 」


「ならば、そこの衛兵、カトリーヌを部屋まで運び……」


「いいえ! わたくしは、セルフィス様に、連れていっていただきます! 」


 カトリーヌは父親を見上げた後で、マリスに挑戦的な瞳を向けた。


(この女、どこまでも……! )


 マリスは、はらわたが煮えくりかえる思いで、カトリーヌに視線をぶつける。


(そんな女、放っときなさいよ、セルフィス! )


 それがマリスの願いであったが、セルフィスは諦めたように溜め息をつくと、

マリスに向かって言った。


「マリス、ソルボンヌと一緒に、先に城へ戻っていてくれないか? 」


 マリスは信じられないという顔で、彼を見つめた。


「きみが彼女に怪我を負わせたんだ。婚約者である僕が、侯爵家に詫びるのが当然

だろう」


「ちょっと待ってよ、セルフィス。先にケンカふっかけたのは、そいつなのよ! 」


 マリスはカトリーヌを指さして、彼を睨んだ。


「言葉を慎みなよ、王女殿下」


 セルフィスは一瞥(いちべつ)すると、カトリーヌを抱き上げた。


 これ見よがしに、彼女は、彼の首に手を回し、ぐったりと身体を預けている。


 セルフィスは彼女を抱いたまま、侯爵家の警備兵たちと、回廊へ出て行った。


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