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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第一部『ミラー伯爵家』
2/45

東方の武術

「あ~ん、ダン、待ってよー」

「こっちだ、マリス」


 ジョン・ランカスター伯爵が、ルイス・ミラー伯爵の屋敷を訪れるたびに、ダンを

伴ってくるようになっていた。


 二人は、広々した裏庭を走り回っていた。

 マリスがダンを追いかけて行くうちに、二人は訓練の場として(もう)けられた、

広い庭に来ていた。


 そこでは、ルイス伯爵の息子たち――マリスの兄に当たるものたちの、剣の訓練の

最中であった。


「にいさまたちの、おけいこだわ」


 ダンもマリスも、三人の少年が訓練用の剣を持ち、一斉に同じ動作をしているのを、

黙って見ていた。


 そのうち、彼らの前に立っている剣の師匠が気付き、二人を振り返った。


 はっと、ダンは、息を飲んだ。


 師匠は、女であった! 


 浅黒い肌に、緩やかなウェーブのかかった長い髪を、高い位置で結い、黒曜石の

ように輝く切れ長の、少しつり上がった黒い瞳、貴族の男性が着るような、丈の長い、

幅広の詰め襟の上着をはおった、美しく、華のある女性であった。


 彼女は、ダンとマリスの姿を認めると、にっこりと微笑んだ。


「ラン・ファねえさま! 」

 マリスが嬉しそうに叫び、走り寄っていった。


「こら、マリス。まーた、こんなにドレス汚しちゃって、おかあさまに怒られちゃう

わよ」

 足に抱きついているマリスの頭を、微笑みながら、彼女は撫でた。


「お友達が来てるの? 」

「うん、ダンっていうの」


 ダンは、マリスに手招きされ、歩み寄る。

 ラン・ファは、彼にも、にこりと笑いかけた。


「コウ・ラン・ファ子爵……! 」


 彼の口から、思わずこぼれていた。

「東洋出身の女戦士で有名な……あのコウ・ラン・ファ子爵だ……! 」


「私を知っているの? 光栄だわ」


 ラン・ファは、改めてダンに微笑んだ。


「ダンはね、『しかんがっこう』に行ってるの」

 マリスがにこにこと、ダンとラン・ファとを見比べて言った。


「そう、だから、私のことも知ってるわけね」

「はい。一度、授業でお見かけしたことが……」


 士官学校では、通常の教官の他に、この国で活躍する騎士たちが、たまに授業を

することがある。生徒たちの憧れの騎士たちに直接教わることができ、ますます訓練

に身が入るようになっていくのだった。


 特に、ラン・ファは女性ということもあり、また東方から来た珍しい人種でもある

ことから、士官学校の生徒たちに限らず、一般の戦士たちの間でも有名であった。


 東方の女傑族の編み出した独特の体術を操り、戦闘でも男性騎士たちに遅れをとる

ことなく、国王からも認められ、業績を上げていっている女騎士だ。


 ルイス伯爵とも気が合い、彼の息子たちの剣の師匠として招かれ、たびたび一緒に

食事をとるなどと、ミラー家には頻繁に出入りしている。


 二人が、しばらくそのような会話を交わしている間、マリスは、素振りをしている

一番下の兄の腕を引っ張っていた。


「危ないよ、マリス、どいてろよ」

「おもしろそう! マリスにも、やらせてー」

「だめだよ、あっち行けよ」

「貸してー、貸してー」


 マリスが、とうとう兄の剣にぶら下がり始めた。


「先生、妹が邪魔をするんです! 」


 三男は十歳であったが、いつもこの五歳の妹には手を焼いているらしく、泣きそう

になりながら訴えた。


「ほら、よしなさい、マリス。あんたは女の子じゃないの。こんなことマネするん

じゃないの」


 仕方がなさそうに笑いながら、ラン・ファが剣からマリスを引き剥がす。


「ラン・ファだって女の子でしょう? どうして、マリスだけやっちゃいけないの? 」


 マリスの大きなバイオレットの瞳が潤んだ。


「う~ん、そうねえ……。マリスは、伯爵家のお嬢さんでしょう? てことは、お姫

様なのよ。お姫様っていうのは、綺麗なドレスを着て、綺麗に着飾って、そして、

大きくなったら貴族の素敵な男の人と結婚して、幸せに暮らすものなのよ。だから、

マリスは、こんなもの振り回したりしてないで、おとなしく遊ばなくてはだめなの」


「ラン・ファだって、姫ってみんなに言われてるじゃないの。だけど、いつも男みた

いなカッコして、こうやって、おにいさまたちに剣を教えてるし、戦争にも行くんで

しょう? マリスが剣をいじっちゃ、なんでいけないの? 」


 ラン・ファは困ったように笑った。


「私はもともとお姫様なんかじゃなかったからね。この国へ来てからよ。戦闘で手柄

を立てたから、王様から、子爵の地位を頂けたの。だから、本当は騎士だけど、舞踏

会でドレスを着る時は、皆は、子爵じゃおかしいから『姫』って呼んでくれるだけよ」


「じゃあ、マリスも、後から『姫』になる」

「マリスはもう姫だから、だめなのよ」


「なんで? なんで? どうして、マリスだけ、やっちゃいけないの? どうして? 

どうして? 」


 とうとうマリスが泣き出してしまった。


「う~ん、困ったわねえ……。ダン、とりあえず、マリスを連れて、どこかで遊んで

てくれない? 」


 ラン・ファに言われて、ダンは、泣いているマリスの手を無理矢理引っ張り、その

庭から消えた。



 遊んでいた裏庭に戻ると、マリスはしくしくとしゃがみこんで泣いていた。


「泣くなよ」


 見下ろして、ダンが言う。


「だって、だって、おとうさまも、おにいさまたちも、ダンだって剣のおけいこを

するでしょう? どうして、マリスだけ剣にさわっちゃいけないの? お姫さまが

剣を持っちゃだめって、誰が決めたの? 」


 マリスは余計に顔をうずめて泣き続ける。

 しばらく、ダンは、そんなマリスを見つめていた。


「おれの行ってる学校では、女だって、みんな剣の練習をしてる。貴族も平民もいる。

中には、貴族の女の子だって、いるかも知れない」


 マリスが顔を上げた。


「だから、マリスも、おれと同じ学校に通えば、剣を持っても怒られないようになる

よ」


「ほんとう? 」


 しゃくりあげながら見上げるマリスに、ダンは、こくんと頷いた。


「ただし、士官学校は七歳になる年からだ。だから、マリスが入れるのは、来年に

なってからだよ」


「うん。マリス、絶対に、ダンと同じ学校にいく! 」


 彼にも、女性だから剣を持ってはいけないという大人たちの理由が、いまいちわか

らなかった。


 士官学校では、数は少ないが、同じ年頃の女の子たちが、男の子に混じって、騎士

になるための訓練を受けているのだ。中には、そこそこ腕の良い女の子もいる。


 彼は、マリスが少し可哀想に思えたのだった。



 それから、月日は流れ、マリスは、ダンと同じ士官学校に通うようになっていた。


 もともと将軍家の娘として育ったこともあり、ダンも、マリスと一緒に頼んだので、

ルイスの許可を取るのは、普通の貴族の家庭に育った娘に比べれば、断然すんなり

いったのだった。


 ルイスとしても、マリスのお転婆振りには、普段から手を焼いていて、士官学校の

ような厳しいところにでも通わせて、剣の腕を磨くついでに、行儀の方もよくなって

くれればと、そのような願いもあり、許したのだった。


『この子は、戦士としての才覚に恵まれるであろう』


 あの時、予言者は、確かに、こう言っていたと、そのことも、頭を(かす)めなか

ったわけではなかった。


 ルイスの妻だけが、最後まで反対していた。


 彼女は、伯爵家唯一の女児であるマリスには、貴族の娘らしい教養を身に付けさせ、

普通に貴族の娘としての幸せを掴ませたいと、泣いて主張し、ある条件を突きつけた。


 士官学校に通いながらも、家の中ではドレスを着て、伯爵令嬢らしく振る舞うこと、

本を読み、茶の作法を身につけ、歌や楽器の演奏、社交ダンス等を学び、そして、

一六歳になったら社交デビューが出来るくらいにまでなっていることを、マリスにも、

家族にも協力するよう約束させたのだった。


 マリスにとっては、少々窮屈ではあったが、行きたい学校に通えるのならと、その

先のことはあまり考えずに、うかれていた。



「ラン・ファ」


 呼びかけられて、東方の女戦士は振り向いた。


 そこには、平民の男の子のような服を着たマリスがいた。


「どうしたの? 傷だらけで。今日も、またケンカしてきたの? 」


 くすっと笑うラン・ファに、マリスは、ぶすっとした顔になった。


「あたし、今度こそ、絶対あいつに負けたくない。だから、手ほどきして」

「あいつって? 」

「ドミニクスよ」


(ああ、あのガタイのいい子ね)

 ラン・ファは、すぐさま、彼を思い浮かべる。


「あの子だったら、ダンの仲間じゃないの。ダンには、話したの? 」


 マリスは、首を横に振る。


「負けたなんて、みっともなくて言えるかってのよ。それに、ダンは、女となんか、

つるんでられるかって、あたしを仲間にも入れてくれないんだから」


 ぽろっと、彼女の頬を悔し涙が伝う。


 すくすくと育っていったマリスは十歳となり、背も伸び、今では、女でも一七〇

セナを越える長身のラン・ファの胸の辺りまでになっていた。


 つい最近まで、可愛らしいドレスを着て走り回っていたお転婆娘が、年を追うごと

に、中性的な顔立ちになっていき、士官学校に通っているせいか、男性的な服装も

増えたこともあり、今では、ルイス伯爵婦人の理想からは遠い、まるで少年のようで

あった。


「強くなりたい? マリス」


 ラン・ファの質問に、こぼれた涙を手で拭いながら、マリスは頷いた。


「よーし、じゃあ、ちょっとだけ、勝てるコツを教えてあげようか? 」


 マリスが、はっと顔を上げると、ラン・ファが、にんまりと笑っていた。



「やい、男女(おとこおんな)! 」


 その日の帰りも、いつものように、大柄なイガクリ頭の少年が、マリスにつっかか

っていった。マリスが、横目で睨む。


「いっつも俺さまに負けるくせに、泣きもしないで、おめえは生意気なんだよ」


 少年は、丸い、あまり整ってはいない顔で、彼女を覗き込む。


 ふっと、彼女の口元がほころぶ。


「あっ、何笑ってんだよ。てめえ、今日もやっちまうぞ! 」

「ふん、望むところだわ! 」


 マリスが、ひらりと飛び上がり、彼を距離を取り、構える。


「生意気だぞ、男女! 」


 マリスよりも背丈も体重もある大柄な少年も、手にしていた棒切れを、剣の代わり

に構える。


「やーっ! 」

 少年が、マリスに向かい、棒を突き出した。


 ばしっ


 棒は、彼女に簡単にあしらわれ、彼はよろめいた。不可思議な顔になるが、構わず

に、再び彼女に棒を突き出し、突進していく。


 ぱきん……


 棒は折れ、少年は、バランスを崩し、どうっと地面に倒れた。


「……て、てめえ……! 何をした!? 」

「別に」


 マリスは、素知らぬ顔で腕を後ろに組み、口笛を吹いてみせた。


「このやろーっ! 」


 イガクリの少年は、むきになってマリスに殴りかかっていくが、拳を彼女に捕らえ

られたと同時に、彼の身体は、宙に浮いていた! 


 そして、気が付いた時には、地面に打ち付けられていたのだった。


 彼は、信じられないという顔で、マリスを見上げた。


(……やったわ! ついに、出来たわ! )


 マリスは、自分の両手を見つめて、声に出さずに感動していた。


「……てめえ……! 」


 少年が、膝をついて、立ち上がる。


「なんどでも、かかってらっしゃい」


 不敵な表情で彼を見るマリスに、またしても、少年の本気の拳が飛ぶ。


「うわわわわあああ! 」


 今度は少年にも、自分の身に何が起きたのか、はっきりとわかった。


 自分の繰り出した拳を僅かによけ、その腕を取り、勢いを利用して、そのまま彼女

が背負い投げたのだった。


 どさっと、少年が仰向けに倒れた時、今度はマリスの拳が飛んで来るのが、はっき

りと見えた。


「うわあああーっ! 」


 少年は、両手で顔を防御する。そこに、彼女の拳が打ち付けられる――はずだった

のだが、いつまでも、そうはならなかった。


 彼が、おそるおそる手を引っ込め、目を開いてみると、その手前で、彼女の拳は

止められていたとわかった。


 にやっと笑う彼女の顔が、そこにあった。


「勝負あったな」


 後ろからした声に、二人が振り返ると、十人ほどの、同じ年頃の少年たちを引き

連れた、黒髪の少年が、腕を組んで立っていたのだった。


「ダン! 」

「大将! 」

 マリスと少年は同時に叫び、立ち上がった。


「大将! いいところに来た! この女、生意気なんだぜ。俺のこと、ぶん投げやが

ったんだ! だからさ、大将、やっちゃってくれよ! 俺の(かたき)を取って

くれ! 」


 少年がダンの背中に隠れ、そこからマリスを、してやったりと覗き見る。


 ダンは、じろっと、マリスを見下ろした。

 マリスも、キッと、ダンを睨み返す。


「ドミニクス」


「へ、へえ! 」

 呼びつけるダンの声に、いくらか怯えたように、彼は返事をした。


「お前の負けだ。お前は、いつも、棒や板で、マリスにケンカを売っていた。それに

比べて、マリスはいつも素手で対抗していた。それだけでも、お前、マリスの方が、

根性があると思わねえか? 」


 ちらっと目だけを、後ろにいるイガクリ頭に向ける。

 少年は言い訳しかけたのだが、すぐにダンに打ち切られてしまった。


「マリスは女だが、根性がある。根性で、ドミニクスを負かしたのは、皆も見ていた

な? 今日から、マリスは、俺たちハヤブサ団の仲間に入れる! 皆、いいな? 」


「おう! 」


 ダンの後ろに控えていた少年たちは、拳を上げた。


 マリスの表情が、次第に警戒を解き、明るくなっていった。


「団の中では、ケンカは禁止だ。わかったな、ドミニクス? 」

「へ、へい……」


 ドミニクスは、ばつの悪そうな顔をマリスに向けると、定位置のようで、後ろに

並ぶ者たちの間に入ったのだった。


 彼らがいつも溜まり場にしている小高い丘へ、わいわい喋りながら向かう。


「物事には、順序ってもんがあるんだ」


 ぼそっと、マリスにダンが言う。


「いくら幼馴染(おさななじみ)だからって、いつも女となんか遊んでられるか。堂々

と仲間に入れるには、お前が、自力で、ドミニクスを負かすしかなかったんだ」


 マリスが、にこりと彼に笑いかけた。

「男って、めんどくさいことが好きなのね」


「仕方ねえじゃねーか。こいつらにも納得してもらった上じゃないと、お前を仲間に

するのは、難しかったんだから。いくら俺がリーダーでも、『しょっけんらんよう』

は、いけねえ。リーダーってのは、いつでも公平で、しかも、みんなから信頼されて

なくちゃならないもんだからな」


 前方を見たままそう言う彼を、マリスは、感心したように見つめていた。


 この人は、既に、武将としての風格を身につけ始めている――まだ幼いながらにも、

漠然と、そう感じ取ったのだった。


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