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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第六部『出生の秘密』
17/45

国王の娘

「やあ、よく来てくれたね」


 舞踏会のアークラント大公家では、柔らかい金髪に、エメラルドの瞳に合わせた、

若草色の衣装を着たセルフィスが、にこやかに近付いた。


 ダンは騎士の礼を、ラン・ファとマリスは貴婦人の礼をした。


「ラン・ファ姫、今日も一段とお美しい。あなたの黒い素敵な髪には、ダイヤが

よく映えてますね」


「光栄ですわ」


 セルフィスが、ラン・ファの手を取り、甲に口づける。


 それから、彼は、マリスに目を留めた。


「驚いたな……! マリス、やっぱり、きみは、ドレスだって似合うよ。前に僕が

言ったみたいに、大輪の花ファナ・ローズのように、とても華やかで美しくて、

びっくりしてしまったよ! 」


 マリスの手にも、彼は同じく口づけた。マリスは、うっとりと彼を見つめた。


 ダンは、そう言えばマリスの手に口づけをしていなかったと思い出した。

 それが貴族の礼であったのは知っていたので、ラン・ファにはすんなりと出来たが、

マリスは幼馴染みであったし、少々気恥ずかしかったのが大きかった。


 それを、すんなりやってのけてしまうセルフィスを、どことなく羨ましく見つめて

いた。


「さあ、あちらには、もうたくさん料理が並んでいるよ。遠慮なく食べていってよ」


 セルフィスが三人に笑いかけた。


「あたし、さっきお菓子を食べてきちゃったわ」


「大丈夫さ。ベアトリクス宮殿一の料理人が、腕によりをかけて作ってくれたんだ。

例え、おなかがいっぱいでも、どんどん食べられちゃうよ」


「まあ! 楽しみだわ! 」


 マリスははしゃぎながら、セルフィスと、白く細長いテーブルに向かっていった。


 その後を、ダンとラン・ファが静かについていく。


 マリスがセルフィスと楽しそうに話しているところから、少し離れたところで、

ラン・ファがダンに言った。


「元気ないわね」


 彼は、ラン・ファの杯にも酒を注ぎ、自分の杯にも注ぎ足す。


「なーんか、あいつ、近衛兵になってから、普通の女の子になっちまったような気が

するなー」


 どこか淋し気にもとれる笑顔で言う。


「そうね」


 ラン・ファは、杯に口をつけた。


「もちろん、他の姫君たちに比べれば、まだまだお転婆だし、お上品でもないんだけ

どさ、……なんていうか……良く言えば、丸くなっちまったってことなのかも知れ

ないけど、牙をなくしたゴールド・メタルビーストみたいに、ただきらびやかなだけ

になってしまったように、俺には見えてしょうがないんだ……」


 ラン・ファは、ふっと、やさしく微笑んだ。


「ダンは、マリスと一緒に肩を並べて戦っていたかったのね」


 彼も、ふっと笑う。


「でも、そんなのは、俺の押しつけだったんだろうな。小さい頃から俺が連れ回して、

一緒に遊んでいたから、彼女も何のギモンも持たずに、そういうものだと思って、

俺についてきていたんだろうけど……俺がそんな風にしなければ、本当は、お姫様の

生活に憧れていたのかも知れないな」


「そんなこともないと思うけどね。彼女は間違いなく騎士になりたがっていたわ。

それも、ちゃんと彼女の意志でね。あなたが、彼女のことを変わったように見えるん

だとしたら、……それは、彼女が、恋に落ちたからじゃないかしら? 」


 ダンはラン・ファを見つめた。

 ラン・ファは、気遣うような目で、彼を見つめている。


「……やっぱり、そういうことか……。あいつが……セルフィスが、マリスを変えた

んだな……」


 ダンは、ちらっと彼らを目で追った。


「わかっているんだったら、あなたのしなくてはいけないことも、もう知っている

はずよ」


 ラン・ファの黒曜石の瞳が、少しだけ、真剣な色に瞬いた。


「温かく見守るか、さもなくば、……かっさらうかのどちらかよ」


 ダンは、しばらく魅せられたように彼女の瞳に見入っていたが、そのうち、肩の

力が抜けた笑顔をみせた。


「先生にはかなわねーや。まったく、その通りだぜ。だけど、俺、後者は絶対やる気

ないぜ。セルフィスとも友達なんだ。そんなことできるわけねえ」


「っていうと、必然的に、前者ということになるわね」


「ああ、そうだな。温かく見守ってやるとするかぁ」


「よしっ! それでこそ、いい男よ! 」


 ラン・ファとダンは笑い合った。


 楽隊の奏でる優雅な音楽に合わせて、室内の中央では、踊り始める男女も大勢いた。


 マリスも、セルフィスの手に引かれ、踊ろうと、歩き出した時であった。


「失礼致します、公子殿下」


 ふいに、セルフィスの目の前に、黒いマントの男が人混みから現れたのだった。


「やあ、きみは確か、陛下の側付き魔道士バルカスだったね? なにか? 」


「実は、そちらのルイス伯爵令嬢に、ご用がありまして」


「マリスに? 」


 セルフィスも、マリスも顔を見合わせる。


「お楽しみのところ、大変申し訳ありませんが、マリス姫、今すぐ国王陛下のもとへ、

いらしては頂けないでしょうか? 」


 黒いマントを着込んだ中年の男は、平坦な口調で言った。


「マリスが? 陛下は、彼女に何の用があるの? 悪いけど、僕たち、これから

ダンスをするところなんだよ。それが終わってからでも、遅くはないだろう? 


 セルフィスが怪訝そうに男を見る。


「今すぐとの、陛下のご命令でございます」


 男の、表情の読み取りにくい黒い瞳が、マリスに向けられた。


「そう言えば、出かけに、お父様のところにも、宮廷からお手紙が来て、お父様も、

国王陛下にお呼ばれになったみたいだったわ」


 マリスが思い出した。


「ルイス白龍将軍も、既にいらしております。どうか、わたくしとご同行ください」


 国王直々の命令では仕方ないとセルフィスは諦め、彼女をバルカスに引き渡した。


「こちらへ」


 魔道士に連れられ、マリスは人気のない回廊を歩いていく。


「あら、出口はあちらよ」


「いいえ。こちらでいいのです」


 魔道士バルカスは、一言、「大きくなられましたな」と小さく呟いてから、

短く呪文を唱えた。


 何を言っているのかは彼女には聞き取れなかったが、次の瞬間、二人の姿は、

忽然(こつぜん)と、そこから消え去っていたのだった。




「なっ、なにっ? 何が起こったの!? 」


 マリスが驚いてきょろきょろ辺りを見る。豪華な敷物を床に敷き詰めた、暗く、

狭い部屋に、彼女と魔道士は姿を現していた。


「マリス! 」


 声に彼女が振り返ると、そこには、片膝を付いたルイス伯爵が、驚いた顔を彼女に

向けていた。


「まあ、お父様! こんなところで、いったい何をなさっているの? 国王陛下に

ご用があったのではなかったの? あたしも、実は、この魔道士の人に連れられて、

陛下のもとへ来るよう言われたのだけど……ちょっと、あなた、こんな薄暗いネズミ

の住むようなところへ連れてきて、いったいどうしようって言うの? 」


 両手を腰に当て、マリスがバルカスを振り返った。


「あっ、わかったわ! あなた、実はよくないことを企んでいる悪い魔道士なのね? 

あたしとお父様を騙して、こんなところに連れ込んで。何かの陰謀でも働こうって

の? あたしが来たからには、そうは行かないんだから! 」


 マリスはひらりとドレスをまくり上げ、素足にくくり付けてあるロング・ソードを、

バルカスに向かい、素早く構えたのだった。


「おっ、お前っ、そんなところに剣を隠し持っていたのか!? 」


 思わず、ルイスはたじろいだ。


「当ったり前よ! さあ、どっからでもかかってらっしゃい! 」


 マリスは不敵な笑みを、魔道士に投げかけた。


「バカものーっ! 」


 顔を真っ赤にしたルイスが、彼女に駆け寄り、手にしていた長剣を引ったくった。


「なにするのよ、お父様! こんなヤツ、このあたしがやっつけて……! 」


「この無礼者! 国王陛下の御前であるぞ! 」


「へっ!? 国王……!? 」


 マリスは、今初めて、自分の後方に、もうひとり存在していたことに気が付き、

はっと飛び退いた。


「話に聞いた通り、大変元気のよい娘だのう」


 威厳のある声が、室内に響く。


「申し訳ございません! 」


 ルイスがぺこぺこと頭を下げ、マリスの頭を無理矢理押さえつけた。


「そなたがマリス姫か? どれ、ようく顔を見せてみよ」


 薄暗い部屋の中で、その人物は腰を上げ、マリスに近付いた。

 ろうそくのぼんやりした灯りに、その顔が照らされる。


 黒マントの魔道士が、部屋のあちこちに灯りをともしていくと、マリスにも、

その人物の顔がはっきりと見えたのだった。


 がっしりとした体格の上に赤い豪華なマント、その上には、獅子のような黄金の

たてがみを持つ精悍な顔立ちに、透き通るような水色の、悲愴感のある瞳ーー

ベアトリクス国王グレゴリウス三世であった。


 王はマリスに近付き、両手で彼女の顔に触れた。マリスは、ピクッと反応したが、

そのまま動かなかった。


「……なんという美姫! その暁色の瞳に、夕焼けのような美しい髪……! 」


 王の瞳から、はらはらと、いくつもの粒が流れ落ちていくのを、マリスは、じっと、

不思議な気持ちで見つめていた。


「間違いない。この子は、ジャンヌの子……! 」


 彼は、マリスをしっかりと抱きとめた。マリスは、わけがわからない表情のまま、

動かなかった。


「そなたは、余の子だ。余は、そなたの、本当の父なのだ……! 」


 マリスの中で、ある衝撃が走った。


 はっとしたように、ルイス伯爵を見る。


「お父様……どういうことなの? 」


 ルイスは彼女とは目を合わさず、下を向いた。


「あたしは、ミラー家の子供でしょう? お父様とお母様の娘で、三人のお兄様たち

だっていらっしゃるわ。なのに、これはどういうことなの? あたしには、陛下の

おっしゃる意味がわからないわ! 」


 ルイスは、ずっと、頭をうなだれている。


「放して……放してちょうだい! 」


 マリスは国王の腕から抜け出すと、ルイスに駆け寄った。


「お父様! どうして黙ってらっしゃるの!? マリスはお父様の子でしょう!? 

どうして、そうはっきり答えてくれないの!? 」


 ルイスは閉じていた目を開け、マリスを見つめた。その瞳には、はっきりと悲哀の

色が浮かんでいる。


「いいかい、よく聞くのだよ、マリス。冷静になるのだぞ」


 彼はマリスの両腕をしっかり掴み、アメジストの瞳を、じっと見つめた。


「一五年前、ティアワナコ神殿からひとりの巫女が旅立っていった。彼女の身体の中

には、もうひとつの生命が宿っていた。巫女の身で、私生児を身ごもったために神殿

を追い出されてしまった彼女は、密かに子を産み、育てていた。


 間もなく、ある刺客に狙われているのを察したバルカス殿が彼女を逃がし、赤ん坊

を隠した彼女は、追手を自分に引きつけた。追手は彼女を追い込んだが、巫女であり

ながらも優秀な黒魔道の使い手であった彼女は、なんとか刺客を撒き、逃げ延びた。

だが、未だに行方は知れない。


 そして、その時の赤ん坊が……お前だったのだ、マリス! 」


 マリスは信じられない顔で、ルイスを見つめた。


 ルイスも、痛々しげに、彼女を見つめていたが、話を続けた。


「嵐の晩だった。ティアワナコ神殿の使いだと名乗る魔道士の男が、突然訪ねて来て、

お前を私に預けたのだ。『戦士として育てよ、彼女は必ずやベアトリクスに勝利を

導く女神となるであろう』という予言とともに。お前は幼くして、既に戦士の才能も

あらわになってきている。すべて、予言通りだった」


「それは、お父様の、白龍将軍であるお父様の子だからだわ! あたしは、その血を

受け継いでいるのよ! だから、騎士になりたかったんだわ! 」


「黙って聞きなさい」


 ルイスは静かに、だが強い口調で彼女を制した。


「実はもうひとつ、その時の魔道士から預かっていたものがあるのだ。それは、

小さな宝石箱であった」


「……宝石箱……? 」


「そうだ。それは、どういうわけかずっと開けることができなかった。何かの魔法が

かかっているようであった。そのうち、私もその箱のことを忘れ、お前のことも、

本当の娘のように思えてきて、幸せに過ごしていた。


 それが、先程、宮廷の遣いの方からの手紙で、お前のことと、他の品があったら

持って来るようにとのことだったので、宝石箱のことも思い出し、ここにこうして

持って来たのだ。すると、どうだ! ずっと開けることの出来なかった箱が、陛下の

御前では、簡単に開いたのだ! 」


「そこには、これが入っていたのだよ」


 王がマリスに差し出した大きなてのひらには、銀色の指輪が乗せられていた。


「『ジャンヌへ、永遠の愛を込めて。サルバトール・アル・グレゴリウス』の刻印が

刻まれておる。つまり、余からジャンヌーーティアワナコ神殿の巫女であったそなた

の母に、贈ったものなのだ」


 マリスは、しばらくぼう然と、その場に立ち尽くしていた。


 だいたいのことは飲み込めてきていたには違いなかったが、彼女の中で、どうして

も解せないことがあった。


「……確かに、あたしは、髪の色も、瞳の色も、ミラー家の人々とは全然違うわ。

あたしが、陛下と神殿の巫女の娘だったというのは、納得できないこともないけれど

……なんで、今頃になって、そんなことを言い出すのよ」


「おお! それは、余にも、つい最近わかったことなのだよ」


「わたくしが、隠しておりましたので、王もご存知なかったのです。許してください、

マリス姫」


 王を遮るように、バルカスが口添えした。


「よいのだ、バルカス。マリス姫、愚かなことに、余は、彼女が身ごもっていたこと

すら、知らなかったのだ! 彼女が、余を捨てて去っていったものとばかり思い、

ひとりで勝手に悲しみに明け暮れておったのだ。


 そなたも知っての通り、昨年、王妃が亡くなった。その王妃が、いまわの際に、

余と愛し合っていたジャンヌのことを口にしたのだ。話によると、どうもイフギ

ネイアのやつは、余の愛人たちを捕まえて拷問にかけていたようなのだ。


 ジャンヌのことを知った妃は、彼女を手下どもに探させたが、とうとう見つける

ことは出来なかったそうだ。それをずっと悔やみ、余とジャンヌとを恨み続けてきた

のだ。


 そなたの母は、なんとか逃げ延びてくれたらしいが、彼女にも、そなたにも、

辛い思いをさせてしまった。すべては、この余の責任だ! どうか、この私を許して

おくれ」


 王は再び涙を浮かべ、マリスの足元に平伏した。


 マリスは、それを冷ややかに見下ろしている。


「勝手に愛人作って、息子も王妃も亡くしたからって、隠し子であるあたしを引き

取ろうなんて、随分ムシがいいのね。あたしにだって、ミラー伯爵にだって、血の

つながりはなくても、家族の絆ってもんはあるのよ。


 だいたい、あたしを一四年間育ててくれたのは、ミラー伯爵夫妻じゃないの。王様

だからって、突然世継ぎによこせったって、すぐにあなたの娘に切り替わるなんて

こと、できるわけないでしょ!? 」


 マリスは、足元に(うずくま)っている王に、『産みの親より育ての親』と

ぶちまけた。


 王は、許して欲しいと泣き崩れるばかりであった。


 ルイスとバルカスは、この王の勇猛だった頃を知っていた分、いくら自分の娘に

とはいえ、たかが小娘にここまで言われ、泣き崩れている彼を見ると、なんとも

痛ましく思うばかりであった。


「国王なんて、勝手なものだわ! 今までやりたい放題だったでしょうけどね、

なんでも世の中思い通りに行くと思ったら、大間違いなんだから。あたしは嫌よ! 

今まで通り、マリス・ミラーとして生きていくわ! あなたの隠し子だなんて、

妙な噂、もう立てないでちょうだいね! 」


 マリスは王から離れると、部屋の出口に向かい、踏み出した。


「待ちなさい、マリス! 」


 ルイスの厳しい声が、彼女を留まらせた。


「お前の素性がわかったとなれば、うちには、お前を置いておくわけにはいかぬ。

そして、今日を限りに、ミラーの名を使ってはならぬ。もはや、父でもなければ、

子でもない。わかったな」


 マリスは驚いて、彼を振り返った。


「お父様、どうして!? どうして、そんなひどいことを言うの!? 」


 ルイスは険しい(おもて)を彼女に向けた。


「お前は、うちの子ではないのだよ。それを、どうしてうちで養わなくてはならない

のだね? そのような義理は、私たちにはないのだよ」


「義理……ですって? ……あたしのこと、今まで家族だと思ってくれてたんじゃ

なかったの!? 」


 マリスは、ルイスに食ってかかるような勢いだった。


 ルイスは首を横に振った。


「お前は、運命を受け入れる勇気がないだけだ。だから、本当のことがわかっても、

いつまでも私にすがろうとするのだ。素直に受け入れよ。お前は王女なのだ、マリス」


 マリスは愕然と、父だった者の顔を見つめ、それから、しばらくして、これから

父にになろうという者を見下ろした。


「お前の荷物は、後で運ばせる。お前は、そのまま、このベアトリクス城に、残り

なさい」


 ルイスはそう言い放つと、一歩退き、マリスに向かって、騎士の最敬礼をした。


「我がベアトリクス新王女殿下。ご誕生おめでとうございます。心より、お喜び申し

上げます! 」


 それは、騎士が、最高位の王族に向ける礼であった。


 マリスの瞳から、ぽろっと、一筋の涙がこぼれた。


 それには気付かない振りをしたルイスは、王にも最敬礼をし、室内を出て行った。




「ご協力、多大に感謝致します」


 長い回廊では、ルイスの横に、魔道士バルカスが並んでいた。


「しかし、ご家族と、最後に語らう間もなく彼女を置いてきてしまって、よろし

かったのですか? ご家族には、なんと……? 彼女にも、冷静に考えられるお時間

を与えておあげになった方が、よろしかったのでは? 」


「大丈夫です。家の者には、私からきちんと放しておきます。家内は、また大泣き

するでしょうけれど、なんとかうまく慰めねばなりませんな。それに、ああでも

言わなければ、あのはねっかえりは、すぐにでも、私のもとに戻ってきてしまう

でしょうから」


 将軍は、力なく笑った。


 最後の晩餐などしてしまっては、それこそ彼女を離したくなくなってしまうだろう

と、彼は心の中で付け加えた。

 その少し淋し気な横顔に、バルカスも同情した。


「お心の内を、お察し致します。ですが、彼女は大丈夫でしょうか? 突然、出生の

秘密などを打ち明けられ、陛下ともすぐに本当の親子の生活に入ることなど、できる

ものでしょうか? 」


「なあに、あの子は強い。すぐには打ち解けるのは無理であっても、頭ではわかって

いるはずです。時間をかけて、ゆっくり親子になっていけばいいのです」


 表面上では、けろりとしていても、内心では、ルイスもしょげているには違い

なかった。


 だが、彼は、マリスが国王に対して、自分のことを家族だと、はっきり宣言して

くれたことを、嬉しく思ってもいた。


 だからこそ、彼も割り切るーーまたは、割り切っているふりを、装うことができた

のである。


「……国家に忠誠を尽くすというのは、なかなか用意ではありませんな。個人の幸せ

を考えるなら、伯爵令嬢でいてくれた方が、私自身も、彼女も幸せなのでしょう

けれど、一国の王女ともなれば、より大きな問題が関わってくることでしょう。

彼女も、もう一四歳。有益な他国との結婚話などが、そのうち出てくることでしょう

しな」


「そのことですが……」


 ルイスは、魔道士の言葉に、思わず足を止める。


 彼としては、一般論として、軽く言ってみただけのことであったのだが、まさか

現実にその話さえも出ているのではと、バルカスを真剣な面持ちで振り返ったの

だった。


「彼女が王女として城に迎え入れられたことを、国民に通達されると同時に、陛下の

甥御であられる、アークラント公子殿下との許嫁(いいなずけ)としてのご発表も、

される予定もあるのです」


「なんと……! マリスが、セリフィス殿下と……!? 」


 バルカスは、ゆっくりと頷いた。


 ルイスは、しばらく、彼の黒い瞳を見ていた。


「……随分と、急なお話でいらっしゃるな。私はまた、陛下は、ご自分の誠の御子と

の対面に、しばらくお浸りになられるかと思っておりましたが……。もちろん、国内

でのご結婚とあらば、二人が結婚しても、陛下のお側にいらっしゃるのだから、それ

からでも、親子の絆を深めていくことはできましょう。……ですが、なぜ、そう

お急ぎに……? 」


「伯爵」


 バルカスは、重々しく口を開いた。


「伯爵だから打ち明けますが、……この城は、陰謀に見舞われております。

 もしかすると、今度は、陛下のお命が狙われるかも知れないのです」


「なんですと!? 」


 大きく回廊に響いてしまった声に、ルイスは、慌てて口を押さえた。


「大丈夫です。今は、私が結界を、陛下の書斎と、この空間に張り巡らせてあります。

ここでのお話は、誰にも聞こえてはおりません」


「結界……? 」


 ルイスは、廊下中を見渡したが、彼の目には、特別なものは映らなかった。


「恐ろしい陰謀が、既に始まっているのです」


 バルカスは、再び重々しい声で繰り返した。


 ルイスは、ただただバルカスの顔を見つめているばかりであった。


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