表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第四部『女騎士』
12/45

獣神の護る者

「おお! あれは、我がベアトリクス特殊部隊『黒鷹団』ではないか! 」


 赤龍団将軍が、歓喜の声を上げる。


 その黒い集団を先頭で率いる一際目立つ人物に、殆どのものの目が注がれていた。


 黒い甲冑を部分的にしかつけず、兜も被ってはいない。腕や太腿などから、浅黒い

肌が覗いている。


 ウェーブのかかった長い黒髪をなびかせ、整った顔立ちに、神秘的な黒曜石を

思わせる吊り上がった瞳ーー


 それは、まさしく、東方から来た女戦士ラン・ファであった! 


「ラン・ファ! ねえ、ダン、ラン・ファだわ! 」

「ああ! 」


 マリスが嬉しそうに、ダンの後ろで声を上げる。彼も、初めて戦闘を共にする

ラン・ファを、期待に瞳を(きら)めかせて、見つめた。


 彼女の剣には、赤い血が、べっとりとついていた。それだけ見れば、先ほどの悲鳴

を上げ、倒れた魔道士の説明がつく。


「悪いけど、空間移動なら、こっちも出来ないことはないのよね」


 ラン・ファがウィンクして微笑み、風でまとわりつく髪をかき上げてみせた。

 その(なまめ)かしくも美しい仕草には品があり、いやらしくは映らない。

 誰もが、つい見蕩(みと)れてしまう動作だった。


 その彼女の首元には、魔道で使われるルーナ文字が、一文字ずつ刻印された、大粒

の青い宝石を連ねたネックレスが、巻き付いている。

 魔力を増強するアイテムだ。


「ちょっとズルしないとムリなんだけど、それは許して頂こうかしら。そちらは、

あと五人も魔道士さんがいらっしゃるんですものね」


 ラン・ファは、剣から血を振り落としてから、顔の前に持ち上げ、剣を横向きに

構えた。独特のスタイルだった。


「さあ、いらっしゃい、魔道士の皆さん。私ひとりで、受けて立ってあげるわ! 」


 きらりと黒曜石の瞳が光った。

 またもや、誰もがその妖しい輝きに、背筋がそくっとしたのを覚える。


 途端に、魔道士の五人は、空中へ飛び上がった! 


 ラン・ファの口元が微かに吊り上がり、口の中で呟いたと当時に、彼女の片方の

てのひらが、上空に向かって伸ばされた。


 すると、空中を移動しかけていた魔道士たちの身体は、それ以上進めなくなり、

立ち往生する。


「逃げようとしても無駄よ。あなたたちは、既に、私の結界の中だわ」


 ラン・ファの身体が勢いよく舞い上がり、一瞬で魔道士たちのところまで飛び上が

った。


 地上の騎士たちは、それを見上げ、何が起きたのか、瞬間では理解出来ずに、

その光景に、釘付けとなった。


 魔道士たちは怯えたように重なり合い、結界の隅の方に、寄り添う。


「あなたたちも、戦いに加わったからには戦士でしょう? (いさぎよ)く、覚悟を

決めるのね」


 上目遣いで笑ったラン・ファは、素早く剣を両手で持ち直し、呪文を唱え、その

剣先から発動させた! 


「うわああああ! 」


 五人の魔道士たちの悲鳴が、天から降り注ぐ。


 騎士たちが地上から目を凝らす。彼女の剣から吹き出た風のような、はたまた水

にも見えるものを浴びた魔道士たちが、次々と凍っていく。


 巨大な岩の氷付けにされた魔道士たちは、身動きが取れなくなり、生きているのか、

死んでしまったのかも、傍目(はため)にはわからない。


 ラン・ファと、その氷の岩が、ゆっくりと下降する。


「放っておいても、この人たちは逃げられないわ。私が呪文を解かない限りはね」


 宙に浮かんだラン・ファが、そのまま片手を移動させていくと、それに合わせて、

氷の塊もゆらゆら飛んでいき、そこから離れた木の根元に、着陸した。


 ラン・ファが満足そうに腕を組み、浮いたままで、それを眺める。


「……魔女だ! 」

「この女は魔女だ! 」


 敵兵たちは、口々にそう叫び出し、武器を捨てて、逃げ出し始めた。


「こら貴様ら! 逃げるとは何事だ! 戦え! 戦うのだ! 」


 ナハダツの指揮官の叱咤もむなしく、ナハダツ軍は、次々と引き上げていく。


「あらあら! どうやら、『逆に狩られる不運なムシ』とやらは、あなたのこと

だったみたいねえ」


 ラン・ファが、ふわっと敵の武将の前に浮かび、片目を(つぶ)り、人差し指を

立ててみせる。


 東洋の神秘的な魅力に、さらに加わったコケティッシュなその笑みに、恐れを成し

たのか、指揮官までもが、とうとう剣を放り出し、夢中でウマを駆り立て、逃げ出し

ていた。


「敵は撤退した! 我が軍の勝利である! 」


 ベアトリクス軍の総司令官である赤龍将軍は、信頼を込めた左手でラン・ファを

抱き寄せると、右拳を高く掲げた。


 それに応えて、ベアトリクス軍は、勝利の雄叫びを上げた。


 ラン・ファが、黒い鎧の集団に振り向き、すまなそうに笑った。


「せっかく来たのに、あなたたちの出番がなくなっちゃったわね」


 黒鷹団の騎士たちは、首を横に振り、声を揃えて言う。


「いいえ。いつものことですから」


 初陣戦であったダンとマリスも、抱き合って勝利を喜んでいた。


「やったわね、ダン! あたしたちが勝ったのね! 」


「ああ、もちろんだ! 魔道士たちが出てこなかったら、俺たちだけで勝てたんだが。

ラン・ファ先生は、やっぱりすごいや! 」


 二人は、周りにいる銀色の甲冑の仲間たちとも、それぞれ抱き合った。


 狂喜乱舞するベアトリクス軍から、少し離れた場所で、むくりと、半身をおこした

ものがいた。土色の甲冑を着た、傷付いた兵士であった。


(畜生! あんな小僧どもに、俺たちがやられようとは……! )


 苦しそうに片目を瞑り、男は、傷付いた腕を庇いながら、開いている方の目で、

銀色の集団を睨みつける。


 ふと男の目がひとりの戦士の上で止まった。


(いた! あいつだ。あの小娘だ! )


 ナハダツ兵の男は、マリスの姿を認めると、片腕に装着されたボウガンを、震え

ながら持ち上げ、彼女目がけて一気に発射させた。


 ボウガンの矢は、マリスの側にいたウマの首に刺さった。


(ちっ! 外したか! )


 ウマは(いなな)くと同時に暴れ出し、少年兵たちは、驚き、蹴られないよう方々

へと慌てて散っていく。


 さらに、男は、矢を連射させた。


 矢のひとつが、崖から落ちそうになったウマを鎮めようと追いかけ、手綱(たづな)

を掴んだマリスの腕を(えぐ)った。


「マリス! 」


 彼女を助けようとしたダンの頬も、矢が(かす)める。


 ダンの伸ばした手も間に合わず、マリスはバランスを崩し、ウマとともに、崖から

真っ逆さまに落ちていった!


 少年兵たちは、腹這いになってボウガンを構える男を見つけると、数人で襲いかか

った。


「マリス! マリスー! 」


「だめだ、隊長! 危険だ! 」


 ダンがマリスを必死に叫びながら、今にも崖から身を投じようとしているのを、

必死に少年たちが止める。


「いったい、どうしたの!? 」


 騒ぎを聞きつけて、ラン・ファがやってきた。


「マリス隊長が、ウマと一緒に、ここから落ちたのです! 」


「なんですって!? 」


 ラン・ファが崖から下を覗き込むが、木が生い茂っているばかりで、何も見えない。


「ダン隊長! 危険ですから、下がってください! 」


「残念ですが、マリス隊長は……この高さからでは、多分、もう……」


「うるせー! てめえら、放せ! だったら、俺も、あいつと一緒に死んでやる! 」


 数人の少年兵たちに取り押さえられているダンは、もう冷静な先導者ではなくなっ

ていた。


「ダン、落ち着きなさい! 」


 ラン・ファがダンに駆け寄る。彼はラン・ファにも気付かないのか、崖の上から、

喉を枯らして、マリスを叫び続けていた。


「しょうがないわね」


 ラン・ファが指をパチッと鳴らすと、突然、ダンは、がくんと首を垂れ、動かなく

なった。


「せ、先生! 隊長は……!? 」

 流星軍の少年兵たちは、慌てふためいていた。


「大丈夫。催眠術で、ちょっと眠らせただけよ。単純な神経の武人ほど、かかり

やすいのよ」


「は、はあ……」


 ラン・ファは、ダンを背負った。


「ど、どこへ……? 」

 少年兵の一人が、おそるおそる尋ねる。


「マリスを探しに。この下は、草木が多いから、地面に直撃は免れて、助かってる

可能性が高いわ。私ひとりで行くつもりだったけど、この術は、時間が経てば解けて

しまう。目が覚めたら、いても立ってもいられなくなって、どうせまた大騒ぎする

でしょうから、彼も一緒に連れていくわ」


 ラン・ファは、黒鷹団の副将軍にもその旨を告げ、今後の指示を与えると、ネック

レスの魔力を使って、ふわりと崖の下へ舞い降りていった。



『おい、起きろ』


 朦朧(もうろう)とする中で、マリスの意識は、次第にはっきりとしてくる。


『起きろよ。たいした怪我は、しちゃいねーはずだぜ』


 知らない男の声だった。


「……誰? 誰なの? 」


 うっすらと(まぶた)を開ける。ぼんやりと、知らない顔が浮かんでいた。


 他には何も見えない。闇の中であった。


 どこかに横たわっているのか、宙に浮いているのかも見当が付かない中、再び声が

する。


『おめえを(まも)ってやってるもんだ。恩に着ろよ。この俺様が、人間如きにつく

なんざあ、数百年にいっぺんくらいしかねえ、珍しいことなんだからよ』


 顔の輪郭が、次第にはっきりとしていく。マリスは、うつろな瞳で、それを眺めて

いた。


 白い彫刻のような美しい男の顔。黄金色の長い髪をたなびかせ、薄く白い衣を

はおっている。


 はだけた部分からは、鍛えられた男の筋肉が覗く。


 吊り上がった緑色の瞳と口元は、どちらかというと、邪悪な印象だ。


 かなりの美形であるにもかかわらず、口の利き方はぞんざいで、横柄である。


『いろいろいた候補者の中から、お前を選んでやったんだぜ。今んところ、お前に

つくのが一番面白そうだったからな。感謝しろよ。

 最も、俺様がついたところで、まともな運命を辿ったモンは、今までいないに

等しいがな! 』


 男は大声で笑った。


「……なに? ……何を言ってるの? 」


 マリスは身体を起こそうとするが、痺れたように動かない。


『ゴールド・メタル・ビーストを守護神に持った人間たちの中から、おめえを選んで

やったんだよ。俺様は、ゴールド・メタル・ビーストの化身、雷獣神サンダガー様

さ! 』


 サンダガーと名乗る美しい男は、両手を腰に当て、仁王立ちになり、笑い声を

(とどろ)かせた。


「ああ、なに、これは……! いったい、この人は、何を言っているの? 」


 マリスは譫言(うわごと)のように呟く。


『まあ、そのうちわかるだろう。そうそう、俺様はキマグレだから、気の向いた時に

しか現れてやんないぜ。なんか特別な方法でも考えつかない限りはな! 』


 サンダガーは、マリスを見下ろした。


『じゃあな。あばよ、小娘! 』


 彼は背を向け、歩いていき、そのうち見えなくなっていった。

 


 マリスは、うっすらと目を開いた。


「おお! 目を覚ましたか! 」


 気が付くと、彼女は、自分の部屋のベッドに、横たわっていた。


 上から、ルイス伯爵夫妻、三人の兄たちに、ラン・ファ、そして、ダンまでが覗き

込んでいた。


「マリス、心配したのよ! このまま、あなたが目覚めなかったらと思うと、気が

狂いそうでしたよ! 」


「……お母様」


 伯爵夫人は、マリスを強く抱きしめ、涙を流した。


「まったく、よくもまあ、あの崖から落ちて、たいした怪我もなく、済んだものだ」


 ルイスも、ホッと胸を撫で下ろした。


「崖から落ちたところを、私とダンが助けてから、あなたは、丸一日眠っていたのよ」


 ラン・ファも、目尻をそっと拭って、安心したように微笑んでいた。


 マリスの腕には、矢が刺さった箇所に、包帯がまかれている。

 マリスは、それで、おおよその状況を悟った。


「そうだったの……。みんな、心配かけて、ごめんなさい」


 ルイス伯と夫人は、マリスを抱きしめた。兄たちも、良かったと口々にし、肩を

叩き合っていた。


「そうだ、マリス。お前の眠っている間に、ひとつ決まったことがあるのだよ」


 ルイスが誇らし気に言った。


「ダンが昨日のいくさでの業績により、ランカスター伯や、お前の兄たちと同じ

金獅子団に引き抜かれることになったのだ! 」


「まあ! ダンが!? 」


 マリスは、ラン・ファと並んで立っているダンを、満面の笑みで見つめた。


「おめでとう、ダン! いきなり昇進ね。やっぱり、ダンはすごいわ! 」


 ダンは、ちょっとだけ微笑んでみせた。


 彼が、それほど、はしゃいでいるようでもないことに気付いた彼女は、不思議そう

に彼を見る。


「お前だって、昇進したんだぞ」

「えっ? 」


 マリスが驚くと、ルイス伯が、ダンの言葉を続けた。


「そうだぞ、マリス。お前も、昨日の戦闘ぶりが評価されたんだ。お前も、我が

白龍団に所属が決まったのだ! しかも、セルフィス公子殿下が、直々に、お前を

白龍団近衛兵に、ご自分の直属の護衛にと、国王陛下に申し出られたのだ! 陛下も、

すぐに賛成なさったのだよ! 」


「ええっ!? あたしが、セルフィスの護衛に……!? 」


 マリスの頬が紅潮する。

 夫人は、彼女を、再び抱きしめた。


「ああ、良かった! これで、あなたが危険な戦地になど行かなくて済みましたわ! 

全部、セルフィス様のおかげです! 」


「セルフィスの護衛……」

 母の腕の中で、マリスは、茫然と呟いていた。


「あんまり喜んでないみたいね、ダン」


 皆には聞こえないところで、ラン・ファが、ダンに囁いた。


 ダンは、ふっと、静かに笑った。


「そんなことはないさ。昨日みたいに、あいつが崖にでも落ちたり、敵に怪我を負わ

されたりするのを見たら、心配でしょうがなくなって、いくさどころじゃなくなっ

ちまうのが、自分でもわかったんだ。


 それだったら、あいつとは一緒に肩を並べて戦いたかったけど、セルフィスの護衛

っていう安全な仕事しててくれてた方が、俺としても安心なんだ。


 一見、マリスがセルフィスを護る役ではあるが、実は、セルフィスが、そうやって

マリスを護ってるんだ。……やっぱ、公子って身分だと、違うな。俺には、こんな風

に、マリスを護ってやることは、出来ないもんな」


 ダンは、力なく笑ってから、真顔になった。


(だけど、これが一番いいと頭では、わかってるはずなんだけど……なんで、こんな

にすっきりしないんだ!? )


 彼の中では、別の心配が湧いてき始めていた。


 これを期に、マリスがどこか遠くへ行ってしまうのではないかと、そのような不安

が、心の中に浮かんできていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ