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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第四部『女騎士』
10/45

王家の不幸

「最近、ベアトリクス城には、また黒い旗が掲げられているそうよ」


「まあ! この間、第三王子様が、お亡くなりになったばかりだというのに! 」


「あら、あなたたち、知らなかったの? うちの夫は、お城の給仕をしているから、

小耳に挟んだらしいのよ。どうやら、今度亡くなられたのは、第一王子殿下らしいの

よ」


「跡継ぎの第一王子様まで!? いったい、どうなさったのかしら! このところ、

王家では、不幸続きですわね! 」


「残った第二王子様も、原因不明の重い病にかかっておられるらしくて、お城には、

主治医だけでなく、魔道士の医者までが、しょっちゅう出入りしているのだそうよ」


「そう言えば、亡くなられた王子様方も、皆、原因不明の病だそうだし……」


 ベアトリクス城下町の近くを流れる川で、洗濯をしていた町の女たちの会話だった。


 噂は、その一角だけに止まらず、このところ立て続けに起こる場内の不幸は、人々

の間で常に囁かれていた。



 ところ変わって、ここベアトリクス城でも、それは、同じであった。


 大理石の床に、大きな獅子が描かれている室内の奥には、長い背もたれと肘掛け

のついた豪華な椅子が、二つ並んでいる。


 片方の椅子にだけ、人が腰かけている。彼は、輝く黄金の(たてがみ)のような

髪を肩まで伸ばし、その頭上には神々しい金色の、いくつもの宝石を()め込んだ、

豪華な冠が乗っている。


 濃く澄んだ明るい水色の瞳を持つ、威厳をたたえた男ーーベアトリクス王グレゴリ

ウス三世が、険しい表情を、離れたところで跪いている黒マントの男に向け、声を

荒げた。


「いったい、どうしたというのだ! 原因は、まだわからぬのか!? 」

「ははっ! ただ今、解明に向けて、全力を尽くしているところでございます」

 魔道士の医師であるその男は、終始頭を低く垂れていた。



 しばらくすると、その黒マントの男はベアトリクス城を出る。吊り橋の近くにある

塔の一室を訪れた時、同じく黒マントをはおった男たちが、そこには大勢集まって

いた。


「陛下のご機嫌は、いかがであったか? 」


 その中のひとり、一際年を取っている、白髪頭の老人が、その魔道士の男に尋ねた。


 老人の額には、深紅のルビーが輝く。集まっている黒いマントの男たちにも、

幾人かの額には、同じ宝石が見られる。


 魔道士の医師は、頭を垂れ、首を横に振る。


「そうか……」

 老人も溜め息をつく。


「三人の王子のうち、立て続けに、お二人も亡くされたのじゃから、無理もあるまい。

しかし、だからと言って、本当のことをお話しするのも(はばか)られる。なにしろ、

もしかすると……」


 老人は、身震いした。


「恐ろしいことを……! いったい、誰が、あのようなものを手に入れてきたという

のか……! 東洋の南方にある海にしか存在しないダブラルカヘビから取れる猛毒の

可能性が高いなどとは、陛下には、とても告げることは出来ぬ! 」


「これ以上は、陛下に隠し通すのも、厳しい。陛下にだけは、内密に……」

「ならぬ! 」


 医師の申し出は、老人に即座に打ち消される。


「王子の病気が、毒によるものだと知れば、城中が大騒ぎになってしまう! 特殊な

入手経路がなければ、そう簡単には、あの毒は、手には入らぬのだ。そして、それを

手に入れたのは、魔道士である可能性が高い! それがわかれば、真っ先に疑われる

のは、宮廷魔道士であるわしらじゃ! その前に、なんとしてでも、真犯人を、わし

らだけで捕まえるのじゃ! 」


「解毒剤は、ザルガが東洋まで取りに行っておる。それさえ間に合えば、せめて、

第二王子殿下だけは救えるじゃろう! ……にしても、あやつめ、やけに帰りが遅い

のう。予定より、三日も過ぎておる」


 老人は、落ち着かない様子で、行ったり来たりしていた。


「ガグラ様! ザルガから通信が入りました! 」

「何っ! 本当か!? 」


 円形をした室内の、同じく丸い形の窓の近くに座り、瞑想をしていた者が、興奮

する。


「ダブラルカの解毒剤を、無事手に入れたそうです! 少し、交渉に時間がかかった

ようですが、もう間もなく、こちらに到着するそうです! 」


「よくやったぞ、ザルガ! 」


 老人ガグラと、周囲の男たちは、ほっと安堵の溜め息をつく。


 その途端であった。


「はっ! 」

 窓の外を向いていた、先ほどの男が、身を強張(こわば)らせた。


「どうしたのじゃ? 」


 ガグラが近付くと、男の身体は、ぶるぶると、震え始めた。


「……信じられないことが……! ザルガの思念が突然途絶えました……! 」


「なんじゃと!? 」


 老人は、丸い窓のひとつに駆け寄り、そこから見える景色に向かって、目を閉じた。


「……なんということじゃ! ザルガの気配はどこにも感じられん! 何者かによっ

て、消されたとしか思えぬ! 」


 宮廷魔道士の長ガグラの言葉に、塔の一室では、不穏な空気が、それまで以上に

流れたのだった。



 ベアトリクス城の周囲が緊迫しているその頃、小宮殿では、例の如く、見慣れた

二人の友人が訪れていた。


「久しぶりだね。ダン、マリス」


 アークラント大公家のひとり息子セルフィスが、いつもと変わらない笑みを浮かべ、

彼らを迎えた。


 ダンに続き、士官学校を卒業したマリスも、若年の兵士たちの編成による流星軍に

入隊して、一年が経とうとしていた。


 マリスは一三歳に、ダンが一四歳、セルフィスは一五歳に、それぞれなっていた。


 たまにしか訪れなくなってしまった小宮殿にも、以前のように、彼の寝室に、

こっそり来るようなことはなくなり、マリスとラン・ファが、セルフィスを魔物から

救った一件からは、堂々と正門から尋ねて来られるようになっていた。


 それ以来、身体も丈夫になってきたセルフィスも、普通の貴族の少年の生活が

できるようになったいたため、もう寝室ではなく、客間やバルコニーなどで紅茶を

飲みながら、話をしたりするようになっていたのだった。


 だが、そうなると、決まって召使いや、セルフィスの母が、しょっちゅう顔を

出すので、マリスや、特にダンが、言葉遣いや礼儀に気を遣ってしまい、言うなれば、

ぶっちゃけた話が出来ず、窮屈に感じてしまうので、お茶を飲んで、彼の部屋に移動

してから、思う存分話をするようになっていったのだった。


 そのようなこともあり、ダンもマリスも、以前のように動きやすい平民の少年たち

のような普段着姿ではなくなり、貴族の男性が着る、幅の広い詰め襟の上着をはおり、

靴もそれなりにいいものといういでたちでなくては、ならなくなった。


 それだけでも、二人の身なりには、随分と変化があったのだが、更に、彼ら自身も

大人びて来ていた。


 ダンは短い黒髪に、黒い瞳はそのままだが、背も伸び、身体付きもがっしりとして

いた。

 顔つきも、特に、目がきりっと少し吊り上がったような、少年にしては精悍な

顔立ちになっていた。のんびりと育った貴族の一四歳の少年たちに比べると、彼の

方が、よほど年が上に見え、また、賢そうにも見えたかも知れなかった。


 その上、若年の隊とはいえ、軍隊に入ってからは、軍服以外は、略式の正装を着る

機会が多くなっているので、貴族の格好も板についてきていた。


 彼本人は窮屈に感じていることには代わりはなかったが、貴族の前では、それなり

に振る舞えるようにもなっていたのだった。


 マリスの方も同じく、軍隊に入ってからは、たまに自宅に帰った時もドレスでは

なく、やはり男性服であったので、着慣れていたし、ダンほどは窮屈に感じては

いなかっただろう。


 ラン・ファと同じように、いつも頭の高い位置で髪を結い、肩まで垂らしていた

長い髪も、入隊した時に切ってしまい、今では、肩につくかつかないくらいのセミ

ロングになっている。


 もともときりっとした、中性的な顔立ちであったため、ますます伯爵令嬢の身分

からは程遠い見た目になってしまっていた。彼女も、同年代の貴族の娘たちと比べる

と、大人びており、凛々しく、少年騎士らしく見えていたことだろう。


 そして、セルフィスも、二人が初めて出会った時のような、か弱い子供ではなく、

大人のように、落ち着いた雰囲気をまとった好青年に成長していた。


 ダンほどではなかったが、背も伸び、マリスと同じくらいだったのが、とうに彼女

を越えていた。相変わらず華奢ではあったが、頼りない男性というよりは、彼も

マリスと同じく中性的な顔立ちであったために、綺麗な男性、優雅な、いかにも貴族

らしい男性になっていたのだった。


 柔らかい金色の髪に、ペリドットのような、(もろ)く、美しい緑色の瞳も以前の

ような頼りなさはなく、それが、彼のやさしさを表していた。

 彼はもう、三人の中では、一番年長だろうと、誰が見ても、そう思えるように成長

していた。


「大分、具合がよくなってきてるから、そろそろ本宮殿の方に戻る話が出てるんだ」


 セルフィスが言った。


「その方が、きみたちの宿舎だって近いから、もっと会い易くなるんだろうけど、

僕としては、もう少し、こっちにいたいんだ。本宮殿に戻ったりしたら、もっと

もっと人の出入りが多くなるし、父や母の来客があって、その度に、僕もお付き合い

しなくちゃならないからね。それに、きっと、きみたちが来る度に、母も一緒に遊び

たがるかも知れないからね。それだと、きみたちが気を遣うだろう? 」


 セルフィスが、笑ってみせた。ダンもマリスも笑った。


「それにしても、お前のかーちゃん、えらい可愛がりようだな。俺のかーちゃん

なんか、娘よりも息子が多いせいか、すぐにビターン! って、ひっぱたくぜ。

やっぱ、貴族だと違うんだな」


 ダンが両手を頭の後ろに組み、椅子の背もたれにそっくり返った。


 大人びてはいても、三人でいる時の彼は、以前と変わらず腕白小僧のままである。

 それを、セルフィスは見つめ、微笑んでいた。


「あたしのお父様だって貴族だけど、あたしもよくお尻を叩かれたわ。貴族も平民も

ないわよ」


「お前はお転婆だからだろ? 悪いことするから、叩かれたんだよ」


 ダンが横目でマリスをからかうように見た。マリスがちょっとだけ頬を膨らませる。

それも、この三人の間だけである。


「だってさ、こいつと初めて会った時なんか、こいつが五歳ん時だったんだけど、

いきなり屋根から降ってきやがったんだ! あん時は、びっくりしたぜ! 俺だって、

あんなことしなかったぞ」


「へえ! 怪我とかしなかったの? 」


 セルフィスが面白そうに、マリスを見た。

 マリスの頬が、少しだけ紅潮した。


「こいつが怪我なんかするわけねーよ。俺の知ってる限りじゃ、こいつ、いろんな

とこから落っこちたり、すっ転んだりしてたけど、いつもたいした怪我にはならな

かったぜ。そんだけ、頑丈に出来てるんだよ! 」


 ダンが、ばしばしマリスの背を叩きながら、豪快に笑った。


(もう! ダンたら! セルフィスの前で、そんな昔のことわざわざ持ち出さなくた

って、いいじゃないの! これじゃあ、まるで、あたしがどうしようもないお転婆で、

乱暴者の小娘みたいじゃない)


 マリスは恥ずかしさで顔を赤らめてうつむき、上目遣(うわめづか)いでダンを睨み

つけた。


 その様子を、セルフィスは微笑まし気に見つめていた。


「お前の方はどうなんだ? 魔道教育は進んでんのか? 」


 そう問いかけたダンに、セルフィスは視線を戻す。


「宮廷魔道士が、ひとりずつ交代で教えに来てくれてるんだ。そろそろ神殿にいって、

本格的に白魔道士の修行に入らなくてはいけないから、近いうち、数ヶ月ほど、ここ

を出る予定なんだ。それが済んだら、やっと社交界にデビュー出来る」


「そうかぁ、俺たちとは全然違う道を歩むんだなぁ。……そういえば、最近、国の

三王子たちが、次々と亡くなり、最後のひとりまでもが、重い病で寝込んでいるんだ

ってな。みんなお前の親戚なんだろ? 」


「ああ。僕の従兄弟(いとこ)たちだよ。あんまり遊んだことはないけど」


 少し気落ちした調子で、セルフィスが答える。


「あんまり縁起のいい話じゃないが、もし王子たちが全滅しちゃったら、どうなるん

だ? お前が王子になるのか? 」


 マリスは、不躾(ぶしつけ)なことばかり言うダンを、イライラしながら睨んでいた。


(なんて無神経なの? セルフィスの従兄弟のことなのに。少しは、彼の気持ちも

考えたら、どうなのよ)


 だが、セルフィスの方は、いたって不愉快な思いはしていないようだ。


「王位の継承権利からすると、今の王の子供は、あの三人の息子たちだけだから、

三人ともいなくなると、第一継承権は、お妃であるイフギネイア様ということになり、

第二王位継承権利者は、国王の実妹である僕の母に移り、そうすると、僕は、第三

王位継承権利者ということになるのかな」


「……ってことは、今の国王の代から、お前のかーちゃんの代になれば、その次は、

お前が王様になるかも知れないのかぁ! すげえなあ! 良かった、俺、お前と友達

で! 」


 ダンは無邪気に喜んだ。セルフィスも笑う。


「そうだよ、そうなれば、僕は、ダンのことを、すぐにでも、金獅子団の将軍に任命

してあげるよ。マリスもお父上の後を継いで、白龍将軍にしてあげる。ああ、でも

マリスは女の子だからね、お姫様になった方がいいかもね」


 セルフィスにそう微笑まれると、マリスははにかんでうつむいた。


 『お姫様なんてつまらないと思っていたけど、実は、そんなに悪いものではないの

かも知れない』


 と、彼女は、最近になって、そう思わなくもなかったのだった。あれほど騎士を

目指していた彼女がそう思うようになるまでには、セルフィスの影響が大きいという

ことに、彼女自信、気付き始めていた。


 マリスは、自分が伯爵令嬢に相応(ふさわ)しい姿で彼の前に現れるところを想像

した。


 その時、彼は、どのような反応をするだろうか。やさしく迎えてくれるだろうか、

それとも、似合わないと言うだろうか。


 マリスがそのような思いにふけっていると、ダンがまた大笑いして、ばんばん彼女

の肩を叩いたので、それは打ち消されてしまった。


「こいつがお姫様だって? ああ、ダメダメ! 絶対ムリ! じっとおとなしくなん

かしていらんねーし、せっかく綺麗なドレス来ても裾踏んじまって転ぶだけだろーし、

だいいち、こいつにドレスが似合うかぁ? 


 ドレスってのは、もうちょっと、可愛くて、綺麗な、女の子らしいヤツの着るもん

だぜ。そうすれば、蝶や花にも見えるだろうが、マリスなんかが着てみろよ。王子の

カッコならまだしも、こいつじゃあ、男が女装してるようにしか見えないに決まって

るぜ! 着せない方がいいってば。こいつには、ドレスなんかよりも、軍服の方が

似合うんだからさ! 」


 マリスは、顔から火の出る思いだった。

 なぜこの男は、こんなにも品がなく、自分をののしり、セルフィスの前で、恥を

かかせるようなことを言うのだろう。


 彼女は屈辱に耐え、膝の上に重ねられた両手を握り締め、(こら)えていた。


 そんなことには、まったく皆目見当も付かないダンは、実は、悪気などは全く

なかったのだった。ただし、彼女とドレスが結びつかなかったのは本当であったが。


 彼は、例え、彼女にはドレスが似合わなくても、女の子らしくなくても、それが

悪いことだとは少しも思っていなかったのだった。


 彼としては、自分はマリスの一番いいところを知っていて、それをセルフィスなら

理解できるに違いないと思った上で、言っているつもりだったのである。


 セルフィスは、二人を暖かい目で見つめていた。


 もちろん、ダンの言いたいことも、彼には、ちゃんと伝わっていた。


 そして、そんな二人を、自分は、いつまでも大切にしていこうと、改めて思って

いたのだった。



 帰りがけに、セルフィスが、マリスを呼び止め、耳打ちした。


「ダンは、さっき、ああ言ってたけど、……そのままでも、充分格好いいけど、僕は、

マリスのドレス姿だって、きっと可愛いと思うんだ。白魔道士の修行が終わって社交

界にデビューしたら、舞踏会では、きっときみを招待するよ。その時は、是非ドレス

姿を見せてね。楽しみにしてるよ」


 マリスの表情は、ぱあっと明るくなり、頬がみるみるピンク色に染まっていった。

 それを、セルフィスは一層和やかな瞳で見つめている。


「マリスー、なにやってんだよ。帰るぞー」


 離れたところでダンの声が聞こえ、またもや気分をぶち壊されたマリスは、一瞬

仏頂面になったが、


「またね、セルフィス」


 うつむき加減に、目だけを彼に向け、控えめに微笑むと、さっと、春風のような

足取りで、ダンの方へと走っていった。


 それを眺めながら、最近の彼女は、仕草が可愛らしくなってきたと、ふとセルフィ

スは思った。


 まさに、公子セルフィスへの淡い想いが、彼女を、お転婆な少女から乙女へと変え

ていっている瞬間であった。


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