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2-1




「なあー、待てよリオ、なぁあー」



うるさい。



「なあって。なあ。なぁああー」



うるさいうるさいうるさい!


なーなーなーなー子猫ちゃんかオマエはっ!








自室の机にお金を広げて、つくづく勘定してみて、リオはげんなりとした。少ない。ここ最近の稼ぎはこれっぽっちか。


師匠の家に住み込みさせてもらっているので、食と住は困っていない。衣も最低限必要なものはそろえたのでいい。繕いものは得意になった。


お金が必要なのは、独り立ちした後のことを考えているからだ。


一旦は立ち消えになったが、いずれは独立しなければならないだろう。その時にどうするか。前回は師匠の伝手で下宿先を紹介されて、よその町に移り住む予定だった。


ちなみにこちらでは女性の独り暮らしというのはあり得ない無防備な行動なので、男をひっぱり込んでそのテの商売でもするつもりでもな――いいや、もしそのつもりだとしてもやっぱりあり得ないので、信用できる下宿先の確保は必須だった。



何をどうするにせよ、お金はいくらあっても足りないくらいだろう。とくにリオは女で魔術師なんて変わったことをしているから、どこへ行っても苦労するに違いなかった。



魔術に特化して仕事をしようって人間はそもそも少数派なのだ。


よっぽど獣性が極まっていない限り、魔力は誰にでもあるので、身体能力を補助・強化して戦った方がずっと効率がいい。


獣性の強い人間と。そうではない魔力の強い人間と、どちらが多いかといえば前者になる。特に荒事中心のギルドではそうだった。






酒の席が嫌いなリオが仕事仲間と会って話せる場所といえば、ギルドの受付兼待合所しかなかった。


他のひとたちは酒場で親交を深めているようなのだが、あんな騒がしくて物騒で、なによりごっつい男どもの巣窟みたいな場所に自ら足を踏み込むつもりはなかった。まったくもって全然なかった。


今はとくに、自分にひっついてまわる男のことでからかわれるに違いないので、余計に。



「あー、参りましたよー。革縫うのって手が痛いの」


「わかるわかる。修理出した方がいいよ」



久しぶりに会った友人のルナノと話しているのに、口を突いて出るのはビンボー性の苦労話。



「ですかね……。ベルトって言っても、装備じゃないから、自分で直しちゃおうと思ったんですけど」


「あれってさ、先に穴開けとくんだよ。てか、開いてたんじゃない?」


「うーん。それが、穴んとこが切れちゃってる部分があって。そっからほつれたんですよね。そこを避けて縫い留めようとしたんです」


「道具が要るよなぁ。で、だから今日は布帯だけなんだ。革ベルト、1本しか持ってないの?」



伊達男ルナノは少し驚いている。リオはそういえばおかしいかと納得しつつ肯いた。



「はい。1本あればいいと思ってて。今度予備を買うことにします。ルナノは色々と持ってますよね。いつもオシャレ。基本みんなと同じのなのに、配色がいいんですかね、かっこいいです」


「ふふふ。任せなさい。リオは新しいの買うなら、紫のを買うといいよ。ロズナの花みたいな色のやつ。いつもの茶色のは無難だけど面白くないから」



ロズナといえば、渋みのある紫、やや浅いが鮮やかな。手持ちの服や布帯はベージュ、茶、緑系で……差し色として映えそうだ。自分では浮かばない配色だったので、リオは素直に感心した。



「探してみます」


「ベージュの服に、布帯は深い緑のヤツで合わせてみて。髪は上の方をまとめて、襟足のとこ下ろすやつ、あれ。首が隠れるから、上着はなしで。黒いチョーカーがあればいいのになあ。黒髪黒眼って何でも似合っていいよね」



淡い金髪に綺麗な水色の瞳をした優男(……比較的)に言われると、もの慣れないリオはからかわれてるみたいな気分になる。



「何でもってことはないですよ。うちの国じゃ皆こうですが、肌の色とか雰囲気とかで似合う色が違ってきます」


「そうか。じゃあ、リオが何でも似合うタイプってことね」



女同士のおしゃべりができなくても、何だか満足してしまっているのはこの友人のせいなような気がする。ギルドで魔術師なんてやってるせいで、女友達がほとんど出来なかったリオは、たまにしかない潤いのある会話を満喫中。



「ルナノって売り子さんにも向いてそうですよね。いい気分になって買っちゃいそう」


「あっは。そうかもね。うちの実家がテールズフィールの街で洋裁店やってんだ」


「うわ。納得。似合いすぎ」


「でっしょー。でもオレ末っ子三男だからさぁ。オレが物心つく頃には、兄貴たちは王都の店で修行積んでてねぇ。家は長男が継いだんだよね。腕いいんだけど、オレとは全然趣味があわなくって。悪いってんじゃなくて、なんつーの? 堅いんだよね。高級路線で遊びがない。でもって隙もない。カンペキ」



カンペキと言って溜め息を吐くルナノはめずらしく真面目な顔をしていた。


一瞬、かける言葉に迷ったら、ちょっと黙って相手を見つめるような間になって。



「――リオ……!! テ――メエ……!!」



思わせぶりな様子に見えただろうというのはリオも否定する気はない。そんなつもりは無くても、見えるだけならどうとでも見える。


だからってオマエにそんな怒声を上げる権利はなかろうと思うのだ。


突然のガルフラウの声と姿に、反射的に怯えはしたものの、それを上回る反感が湧き起こって。



リオはイラッとした。



件の阿呆は、勘違いしたまま、隣のルナノ目掛けて猛突進してくる。獣のように歯を剥いた形相で、喰い殺しそうな勢いで。


防御魔術の展開はナンセンスだ、あれは発動までに時間がかかる。中級以上だし。攻撃、それも初級で応戦するしかない。


すうっと息を飲んでリオは魔力を練った。


ガルフラウが現れた出入り口付近から、彼女らが座る待合所のソファのある場所まで、精々4メートル程度だろうか。走るというより跳ぶように横切ってくる。ダン、ダン、と足音がする度に、ぐんと近づいて。


魔物を迎撃する時のように、リオはそれを見ていた。


狙いを定める。が、速い。最後の踏み込みからの動きが予測を超えた。瞬間、視界から見切れた。



――ア、まずい……!



一撃、耐えてもらうしかない。


ルナノはぎょっとした様子ながらも無防備に固まることなく腕を翳して防御した。が、力差は明らかで、顔を苦痛に歪ませる。



それを見た瞬間、リオはキレた。



初級魔術・雷の鞭。ガルフラウがたたらを踏んで下がったところに、集水。濡れたところにもう一度――雷の鞭。


一発だけのつもりだったのに、つい駄目押しまでしてしまった。


直後、リオはやりすぎを反省したが、魔術師が嫉妬に燃えてる獣人男をあっという間に床に這いつくばらせたのは見ものという外なかった。



「お、お……おおぅ……」



ルナノが縮み上がっている。ように見えたが、これは間近から電撃が生じて驚いたからで、殊のほか怖がっているわけではなかった。


ちゃらけてて、すぐ騒ぐが、腐ってもギルド員だ。


そんな男に過保護にも、嫌な思いをさせてしまったとリオは内心で苦い気もち。これは引かれても仕方ない、と。まぁ。



「ごめん。ルナノ、腕、大丈夫?」


「おー。咄嗟にだけど、強化、少しだけ間に合ったみたい」


「それって、罅くらいは入ってるかもってこと?」



リオは顔をしかめた。ルナノはぷるぷると腕を振ってみせた。



「だいじょぶじゃね?」



そう、とリオが安堵の溜め息を吐いた後ろで、奇怪な笑い声が上がった。



「おっ、おっ、おっ。きょーれつ。ようしゃねーの」


「オル」


「ふへへ。面白かった。オイ、腕ェ出せ。その痛み喰ってやる」



笑い声の主フィリオルノはがりがりに痩せ細った男で、魔術師なのだが、独自の奇妙な術ばかり使う。


ルナノが「ええっ」と引いてるのにも構わず、先ほどガルフラウの攻撃を受けた右腕を勝手につかんで術を発動させた。じわり、ルナノの腕の腫れが引き、その代わりフィリオルノの腕に真っ赤な痣が現れる。


彼は己の身に痛みや傷を引き受けて癒す術を開発して使っていた。普通の癒しの術があるのに何故だよ!というツッコミを入れたいが、入れると怖い話が聞けそうなので誰も聞かない。



「ど、どうも……。と、ころで、あっち、どうする?」



ルナノが床できゅうっとなっているガルフラウを指した。リオは無言。フィリオルノはケケケと笑う。



「あれはまずそう。大丈夫。ほっとけ。すぐ起きる」


「え? 美味しいとかあんの? え? オレ美味しく頂かれちゃったの?」



責任とってよね!なんてふざけているルナノに、リオもようやく強張っていた顔をゆるめた。



そこへ、ダカダカダカッと物凄い足音を立てて、副ギルド長のソルブレノが上階から降りてきた。階下であおり角度から見上げた、太い眉毛が逆立って迫力のある顔はさらに一層おっかなく。



「いま魔術を使った奴ァ誰だァア!!」



フィリオルノのことではなかろうと、リオは素直に手を上げた。副長は彼女とガルフラウを見比べて、うぅむと低く唸った。



ギルド内で私闘すんなと怒られた。理不尽な。リオはへそを曲げた。


くどくどくどくどくどくどくどくど。


反抗心が、彼には何故かいつもバレて、こってり叱られるのだった。





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