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※ご注意※
「魔術師になったなら」の続編です。
書き手の都合上「前作:一人称→今作:三人称」になってます。
わりとぶったぎりで終わる予定です。すみません。
僕の弟子をよくも! 殺してやる!
……なぁんて。
そんなことが思える性格なら、こんな人生歩んでないよ。
弟子であるリオが男に襲われたと聞いて、魔術師グラムエインは非常にむかつきはしたが、だからと言って相手を殺すような激情には駆られなかった。其も已む無しとされる獣人でありながら。
だが、むかつくことにはむかついたので、非情な手段で痛めつけて鬱憤は晴らした。
愚かな獣頭どもに災いあれ、だ。
彼は獣人の男を憎悪していた。正確には、彼自身わずかとはいえ獣性をもつ獣人であるので、強い獣性をもつ如何にもな男を、だ。
女性でも180センチ越えがめずらしくもなく、男性の平均身長は2メートル越え。250センチほどの男も居るこの世界で。
身長190センチに届かない、すらりとした印象の彼の容姿は、どうしても女性的な部類に入れられてしまう。凡庸に毛が生えた程度の顔ですら、女のようであるというだけで審美の対象になる。
実力主義で、積極的、直截であることが殆ど常識なこの世界で、子どもの頃から若い時分まで、彼がどんな苦労を強いられたかは想像に難くないことである。
過去のことは口に出すつもりもなく、記憶の底の底に沈めてある。滅多に思い出すこともないが、それでも彼はいわゆる獣人男が嫌いだった。
ので、制裁が決定したから術式の執行を、と頼まれた時に渋ったのは、自己と犯人との関係性を鑑みて理性的な判断をしたからだった。
その術式の制御の難しさや、行われることへの嫌悪からではない。
愚かな獣人男なんぞ腕でも足でも斬り落とされてしまえ、と思う方である。何なら急所のアレをこそもいでやれ、と。
ただ彼はそれでもいつも理性的であろうとする。捕縛時、あの男を蹴りつけてやりながらも、しっかり程度はわきまえていたように。
あれで自分の憤りは十分にぶつけてやったつもりだった。
捕縛に使った術も、かけられた者の生命力を苦痛のうちに奪うという、わりとえげつないものだったし。気絶させてやったし。
その上さらに、襲われたリオの師である自分が、制裁を執行することには抵抗をおぼえた。
これが普通の獣人なら前のめりで二つ返事。弟子なんて身内のようなものだ。それが狙われ、傷つけられたなら、容赦のない鉄拳を喰らわせるし、復讐にためらうことはない。
いまギルド長の執務室に集まっている者たちは、言うなれば「幹部」の数名と儀式に必要な協力者2名。屈強の戦士と熟練の魔術師が顔をつきあわせているのだが。
そんなギルドの面子でも、彼の反応には戸惑った。この男が扱いづらいのはいつものことだとはいえ。
獣人の男がか弱い異世界人の女を強姦しようとしたなんて一大事。めちゃくちゃに嬲って殺そうとしたのと同義。たとえ未遂であっても、被害者と親しい者ならもっと激昂してもおかしくない。
この魔術師は、弟子が可愛くはないのだろうか。
「やりたくねえってのかよ?」
ブレノこと副ギルド長ソルブレノは信じられないという顔をした。集まった全員の言いたいことを代弁している。篭められるであろう感情はそれぞれで、彼ほど率直に憤りと批判を表す性格の者は他にはいないものの。
「だって僕もう十分報復したからね」
という返答に、顔を腫らして生気を奪われてぐったりと気絶していたガルフラウの姿が、その場にいた全員の脳裏に甦った。
ああぁ、あれなあ、と。納得するような、やっぱりそのつもりだったのかと呆れるような。あれだけでもういいのかと腑に落ちない者がいる辺りが獣人世界ならでは。
「どうしてもって言うなら、やらなくもないけど。僕にやらせて、儀式としての制裁の公平性って保たれるのかなぁ」
「魔術師ってヤツぁ……」
「ブゥちゃん、頭に筋肉が詰まってるような阿呆どもと同等に見られたくなかったら、余計なことは胸に仕舞っとくんだね。そういうの、口は災いの元って言うんだって。異世界じゃ」
「ブゥちゃん言うな!」
「で、代償は?」
グラムエインはさくっと話を引き戻した。
代償とは、制裁を受ける者が奪われる肉体の箇所。儀式で招かれるなにものかに捧げて裁定してもらうための供物。
その問いにはフィノことギルド長レスフィナンドが答えた。
「左腕を一本」
「……あれの利き腕は右だっけ。情けをかけてやるような要件があったの?」
グラムエインの唇に薄い氷のような笑みが浮かんだ。凄味のある顔つきに皮肉った問いだったが、レスフィナンドは表情を動かさない。
「同情だな」
「へえ」
「……恐らくは斑紋が出る」
しばらくの間の後、魔術師は吹き出した。首をのけぞらして笑う。それを見守る者のなかにはかすかに複雑そうな顔を見せる者もいた。
当事者はリオ。獣人の感覚ではその師匠であるグラムエインもそれに含まれる。
嘲弄する権利はある。彼らには。たとえガルフラウの気もちに同情できる余地があったとしても。容赦なく嗤いものにする権利が彼らにはある。
「ああー……それは凄い。凄いね。愚かにも程がある。びっくりしたよ」
「男ってな、愚かなもんだろ」
「まぁねぇ。でも何でそんなことになったんだろう」
かたちは疑問形で、その実どうでもよさそうなグラムエインの言に、レスフィナンドは少しだけ顎を引き、うっすら唇を歪めた。
「追っ払われたからだろう」
「リオは逃げてただけに見えたけどね」
「……お前は過保護な性質には見えなかったんだがな」
「僕?」
「そうだ」
肯いて、レスフィナンドは魔術師の目を見つめる。グラムエインはギルド長の目を。互いに無言で、無表情。視線だけで相手を追及するように、静かな睨みあいを続ける二人に誰も口出しはできない。
周りの者たちは居心地悪く決着を待っていた。しかしそれはあっさり放棄された。
「で、いつにする? 腕によりをかけて断罪者様を呼んであげるよ。僕の腕じゃなく、あいつの左腕にかけてだけどね」
寒々しい駄洒落なんかを言って、魔術師グラムエインが制裁の執行を承諾したことで。
お前の準備が出来たらいつでも、とギルド長レスフィナンドが言うのに、魔術師は「なら、今だね」と言い放った。
「今ァア!?」と苦労性の副長ソルブレノが叫ぶのもいつものことで、ぶつぶつ言いながらも抜群の采配で速やかに準備が進められた。
「場所は、どこがいいんだ?」
「月神殿が一番いいかな。僕が楽。無理ならこの部屋でも何処でもいいよ」
「……わかった。フォルリディアナの神殿だな」
ギルド長の執務室でやられてたまるか。ソルブレノは青筋を立てながら、月の女神の神殿へ使いを出すために部屋を出て行った。
そして、今日の今日で、制裁なんて厄介事の持ち込みの承諾を取り付けてきたのは、さすがと言う外なかった。
それなりに準備に時間はかかって、実際に制裁の儀式が始まったのは宵の口となった。
ギルドからの面子は、計7名。ギルド長、副長、師長、副師長、師長補佐、立会い人を兼ねた一般ギルド員からの協力者が2名。
彼らが案内されたのは、月の女神フォルリディアナが祀られている神殿の地下にある広間だった。彼の女神が司るは月と知識、謎、秘匿や秘密。そういった「何故ここにこれが?」という場所が神殿にあっても不思議ではなかった。
副長ソルブレノが案内役の神官に、神殿からも誰か立会いを頼めないかと尋ねると、自分がという返事があった。
「いえねえ。私、以前から断罪者様をこの目で見てみたいと思っておりましてねぇ」
間延びした口調で言う神官は、見るから線の細い、魔術師グラムエインよりもさらに痩せた男だった。覇気を一切感じさせない、影の薄い。
が、自分より遥かに体格のいい殺気だったギルド員に取り囲まれるように並ばれても、金属製の器具でがっちり拘束されているガルフラウを見ても、顔色一つ変えず眉一つ動かさなかった。
彼らの教義では、秘密を取り込めば取り込むほど月の女神の意に副うとされる。つまらない小さなことでも構わないが、どちらかといば重みのある秘密に重きを置きたくなるのが人間の心情だ。
世間から隠匿された事実のなかには知らない方がよかったということもたくさんある。
秘密を識って、誰にも明かさないこと。それが最も重要。どんなことを識っても沈黙のうちに心に溜め込む。他者に打ち明けることなどあってはならない。
魔術師ならば知識を「使う」が、信仰に生きる彼らは識ること自体が目的で使うことには意味を見い出さない。
常人ならパンクしそうな知識を抱えて生きている月神殿の神官巫女は、狂気と紙一重の変人が多いと言われていた。
「これは公式な手続きで、あんまり秘匿性は高くありませんが、人前でやることでもないですしね。せっかくだから、出来るだけ派手にがんばります」
魔術師グラムエインは月神官に請けあってみせた。執行者の力量や選ぶ手法により、儀式には変化が生じるのだ。
「地味にやってくれよ、地味に」
「ブレノ、そんなんだから、つまんない人間だって言われるんだよ」
「言われねえよ!? てか、言わさせねえっつの!」
「言わせないのは無理だろ、言いかけたのを黙らせることはできるけど」
どういう意味だと副長ソルブレノが考え込んだ隙に、グラムエインはギルド長レスフィナンドに目配せをした。
「――始めよう」
ギルド長の合図で、ガルフラウが広間の中央へ引きずり出された。