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クロス×ドミナンス《改訂版》  作者: 白銀シュウ
第1章 愚者は絶望と言う名の夢を見るのか?
3/7

【1‐3】 邪悪なる運命

「たかが100年とちょっとしか生きることのできない“有限の生命体”。人間ってのは時間が有限であるにも関わらず何故、無駄な遠回りを好む生き物なのかな」


 少女は頬杖をつきながら虚空に向かって呟いた。


「世代を重ねるにつれて人間ってのは馬鹿になっていくものなのかな……。大昔の人間の方がまだ時間ってものを何かと理解していたと思うんだけど」


 誰もいないリビングに彼女は座っていた。ガラスのローテーブルに肘を乗せて少女は視線を虚空から目の前のテレビへと移した。そこには彼女にとって何の価値も見出せないくらいに低俗で野蛮なバラエティ番組が映っていた。


「……あーあ、早く帰ってこないかな。私も人間と同じように今や“無限”ではない生命体に格下げされちゃったわけだし、私も時間を無駄にしたくないんだよなぁ」


 一体何処から侵入してきたのかはわからないが、少女はこの部屋の持ち主ではないようだ。そして不自然なくらいの間が開いたのちに少女は足を崩して正座をやめると溜息を一度だけついた。


「契約、覚えてくれてるといいんだけど」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 思えば、自分自身に“生まれ持っての才能が存在しない”ということに気付いたのはいつの頃だったろうか、と啓介はぼんやりと思った。子供の頃は自分も大きくなれば兄や姉のように天才になって父や母のように社会に名を残す人間になるんだと考えていた──ような気がした。


(あぁ……クソ過ぎる)


 意識をもうろうとさせていた啓介を現実に引き戻すかのようなドカッという鈍い音が真っ青な空の下に響き渡った。その打撃音が彼の鼓膜に伝わると同時に彼の神経が悲鳴を上げた。神経からの緊急信号に反応することもできずに啓介は青空の下、地面に倒れこんだ。


「悪いな、こっちも義務(ビジネス)なんでね」

「ッ……」


 顏を赤く腫れ上がらせて地面に弱弱しく横たわった啓介を見下しながら長身の眼鏡をかけた青年はそう言い放った。武器として利用した鉄パイプを弄びながら青年は嘲笑の笑みを浮かべる。

 制服も砂埃で汚した啓介は恨めしそうに青年を睨み付ける。


「……何かな、その目つきは」


 啓介の目つきが気に入らなかったのか青年は横たわる啓介の顔を煙草を踏み消すように何度も踏みつける。靴底についた汚れや砂が啓介の顔を汚していく。

 先ほどよりも酷い怪我を負った啓介の顔を見た青年は力なく倒れる啓介の前髪を握るとそのまま持ち上げる。


「気に入らない目つきだ」

「ぐっ……」


 切れた唇から血を流し、数々の怪我を負っているにも関わらず依然として変わらない啓介の目つきに青年は苛立ちを込めながら叫ぶ。


「君みたいなクズを処理する側のことも考えてほしいね! こちとら学園の風紀乱すようなヤツには困ってるんだ」


 青年の後ろに立っていた『風紀委員』の腕章をつけた4人の男女たちが同意するように頷いた。学園の治安を維持する風紀委員会に啓介は制裁されたようだ。


「知能もなければ力もない。協調性もなければ社交性もない。クズ中のクズだね」

「こんなヤツ、卒業させちまったらウチの学校の恥だぜ」

「そうよね。むしろ、日本の恥よ」

「辞めちまえ! 学校だけじゃなくて人間も辞めちまえ!」

「そうだそうだ! お前みたいなヤツ、日本にはいらねぇんだよ!」


 心無い罵声が啓介の心に向かって刃を立てる。しかし、それくらいの罵声で傷つくような啓介ではなかった。こんなもの、昔に比べればマシだ──。そう心の中で思いながら目の前の風紀委員(エリート)たちを睨み付ける。


「君は問題児だった。入学当初から教師の言うことは聞かないし、常に一人で居ようとする。成績も芳しくなければ、運動神経が有るわけでもない。一年生の間で改善されるかと思って風紀委員会では黙認していたが……どうやら改善の余地はなさそうだ。我ながら甘すぎるね」

「……エリート様にはわかんねぇだろうよ」

「君みたいなクズに僕ら(エリート)の悩みが理解できないことと同じ……というわけかい。まぁ、改善されるどころか改悪されていったんだ。近い内に引導を渡してあげることになるだろうよ」

「……」

「全く、こんなクズをこの世に産み落とした君の親の神経を疑──」


 青年が言葉を発することができたのはそこまでだった。啓介が無言で青年の顔面を殴りつけて強制的に黙らせたからだ。鼻が潰れる音が啓介の耳に入ると同時に啓介は本能的に次の動きへと移っていた。


「ぐ、ぐぁあああ!!」


 悶絶する青年に対して躊躇なく啓介は落とした鉄パイプを拾い、青年の顔面をゴルフボールのように見立てて全力で叩きつけた。眼鏡が割れる音と青年の血が地面に飛び散る。

 後ろで笑っていた風紀委員の一人であった女子生徒が悲鳴を上げる。

 先ほどまで啓介を笑っていた風紀委員たちが武器を構えて啓介を地に沈めようと向かってきた。


「何してやがる! このクズがッ!」


 体格の良い青年がスコップを啓介へと振り落す。啓介はそれを何の考えもなく体で受け止める。スコップの先が刺さったことによって肩から血が流れ落ちるが、気にすることもなく啓介は鉄パイプで青年の首を突く。そして、あまりの痛みに目の前の視界をグラグラと揺らした青年にトドメを刺すべく啓介は鉄パイプを頭部に振り下ろした。青年は地面へと倒れる。


「せ、先生を呼んで来い!」


 痩せ細った長身の男子生徒──ガリ勉を髣髴とさせるような風貌の生徒が女子生徒に命令する。

女子生徒は衝撃で腰を抜かしてしまったのか地面にへたり込んでいた。

 啓介は一瞬のよそ見を狙って男子生徒の顔面を鉄パイプで殴る。眼鏡のレンズとフレームがバキッという音を立てて男子生徒は地面へ沈む。


「キ、キャァアアアアッ!」


 逃げようと踵を返したポニーテールの女子生徒の後頭部を躊躇いなく投打し、昏倒させた啓介はへたり込んでいた女子生徒の顔面を踏みつける。


「ギャッ!」


 顔を踏みにじり、地面に縫い付けるように啓介は力を込める。


「い、痛い! 痛い!」

「……」

「さ、最低よッ! 女子に手ぇ上げるなん──ギャッ!」


 女子生徒の右手の甲を鉄パイプで押さえつける。そしてそのまま鉄パイプをぐりぐりと回して右手の甲を痛めつけていく。その間も苦悶の表情と苦痛の声を女子生徒は上げ続ける。

 口の中の血と唾を地面へ吐き捨てると啓介は口を開く。


「悪いけど、女だからって優遇してもらえると勘違い起こしてるアバズレは女って認めない主義でな」


 啓介は鉄パイプを持ち上げると一気に後頭部に叩きつけた。

 啓介の血やら風紀委員たちの血やらで真っ赤に染まった鉄パイプに新たな赤色が加わった。

 死んではないことを確認すると啓介は溜息をついて辺りに散らばる風紀委員たちの死体(すがた)を眺めた。

 自分がやった光景なのだと思うと胸がスカッとすると同時に何とも言えない罪悪感に彼は襲われた。しかし、そのことを表に出すほど彼の仮面(ペルソナ)は脆くなかった。


「悪かったな、無能でよ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 学園の問題児、栂村啓介が風紀委員会相手に暴力事件を起こした。

 この噂は一日も経たない内に学園全体へと広がり、啓介は三時限目の後に校長室へと呼び出さた。そこで数多くの教師や加害者でありながら被害者である風紀委員たちの両親から数々の詰問と罵声を受けた。そして本来ならば啓介の保護者がこの場に来る筈なのだが、彼の保護者は来なかった。



「アンタみたいなクズを産んだ親の顔が見てみたいわッ!」



 顔を真っ赤にしてこんなことを言い放った相手側の母親の顔面を思い切り殴って更に問題を起こした啓介だったが、2時間に及ぶ話し合いの末に1週間の停学で収まることとなった。裁判も辞さないという考えの両親たちを風紀委員たちが収めたのだ。学校に対して恩を売っておくということ、学校に対する世間体を考えた末の裁判沙汰の回避だろう。

 『素行の悪い啓介を風紀委員たちが注意したら啓介が逆上して暴力行為を働いたので応戦した』というシナリオが既に完成されていたため、風紀委員たちは『英雄』として教師陣や生徒たちから褒め称えられ、啓介の評判は逆に地へ落ちることとなった。元から評判は最低最悪だが。

 しかも『退学させられそうになった啓介を風紀委員たちがかばい、停学で済んだ』というシナリオまで組み立てられたのだから彼らの評判はこれからもうなぎ上りとなるだろう。

 結局、怪我の手当てもないままに啓介はフラフラの身体にムチ打って自宅へと歩みを進めていた。


(クッソ……やっぱり気に食わねぇ)


 平日の午前10時ともなれば流石に人の往来は少ない。しかしそれでもたまにすれ違う人々から奇異の視線で見つめられる。軽蔑や嘲笑の視線なら問題なく耐えれた啓介だったが、どうしてもこの奇異の視線だけは耐えきることが出来なかった。


(なんでこんなに……世界ってヤツは理不尽なんだよ……)


 警察に見つからないように少しだけ迂回して丘の上の閑静な住宅街へと入っていく。緩やかな坂道を歩きながら啓介は思う。


(……努力すれば何でも叶うんじゃなかったのかよ)


 思わずこぼれた弱音に少しだけ涙腺が緩んだ。しかし、涙が彼の表情に現れることはなかった。

 報われないのはいつも通りだと諦めている自分がいる一方で、絶対にいつか報われるんだと思う自分がいる。このジレンマに身を削りながらも啓介はこの世界を17年生きてきた。

 一体、何時──。何時になれば、努力によって天才を見返すことが出来る日は来るのだろうか。


「……バカかオレは」


 自分を戒めるような一言を呟くと啓介は顔を上げる。ちょうど、自宅の前まで来ていた。どうやら考え事をしているうちに坂道を登り切ってしまったようだ。

 鍵をポケットから取り出して開錠し、扉を引く。生温い空気が家の中から外へ啓介の身体を避けるように流れていく。


「……ん?」


 ドアを閉めたところでいつもと違う雰囲気に啓介は眉をひそめた。いつものような冷たい無機質な雰囲気が感じられないのだ。


(誰かいる……?)


 自分以外、誰もいない筈の家に誰かがいる気配がする。

 幼少期から1人でいることが多かった啓介にとって他人の気配というのは機敏に感じ取ることが出来る。その直感が彼の中で叫んでいた。『誰かがこの先に居る』と──。


(泥棒か……?)


 我が家にそんな大層なモノはないぞと思いながらも啓介はゆっくりと歩み寄った。携帯電話を使って警察を呼んでもいいが、最寄りの交番から警察が来るまでに10分はかかるし、啓介としてもあの国家権力の犬(ぜいきんどろぼう)に頼るのが癪だったのだ。

 玄関の下駄箱にかけてあった傘の柄をギュッと握りしめる。何とも頼りない武器だが、無いよりはマシだと自分に言い聞かせる。


(相手がどんな武器(エモノ)持ってるかは知らねぇけど……)


 こんな日本の辺境で極悪な泥棒が潜んでいるわけがあるかと考えながら啓介はリビングへと続く扉へ歩み寄った。足音を完全に消して扉へ耳を当てる。


(……テレビ見てんのか? どんな泥棒だよ)


 どれだけ傍若無人なんだと呆れながらも警戒心を解かずに啓介はドアノブを左手で握った。

 右手で傘を握り、何時でも飛びこめるように構える。

 息をひそめて何者が居座っているのかを確認しようとして啓介がドアノブを引こうとした時だった。

啓介がドアノブを捻るよりも早くに捻られて、勢いよく扉が開けられた。扉の傍に顔を近づけていたたために、啓介の顔面に扉が直撃した。


「いってぇええええええええ!!」


 鼻を強打したことからあまりの苦痛に声を挙げて転がり回った。泥棒だとかそんなことは忘れて痛みの前に苦しんだ。真っ赤に腫れた鼻を押さえて涙目の啓介を前に扉を開けた張本人はあっけらかんと彼を見下ろしていた。


「あー……御免。大丈夫?」

「!?」


 何処かで聞いたことのある声を前に啓介はハッとして目を見開いた。鼻の痛みも一瞬で消え失せたかのように感じなくなった。啓介は慌てて起き上がり、扉を開けた人物の方へと視線を移した。


「なんか色々とボロボロだねぇ。夜中に会ったばかりだっていうのに何があってこんなボロボロになるんだか」

「お前ッ……!?」


 啓介は驚愕のあまり、声を失った。

 相手は啓介の表情を見て溜息をついてやれやれと言わんばかりに肩をすぼめた。


「まさか私のこと忘れちゃってたとはね……。もしかして夢とでも思ってた?」

「なっ……なっ……」


 啓介は口をポカンと開けながら相手──少女を震える左手で指さした。


「なんでお前がここにいるんだッ!?」

「良かった。どうやら私の顔は忘れられてなかったみたいだね。もう一度、あの面倒な話をしなきゃいけないのかとうんざりするところだったよ」

「そ、そんなこと聞いてるんじゃねぇ! どうして夢の──」

「確固たる現実だよ。アナタの目の前に見える光景は夢でも何でもない本物の現実。そして、私もアナタの言う“空想上の存在”ではない現実上の存在」

「…………」


 少女は啓介の顔をニヤニヤと笑みを浮かべながら見る。


「まぁ、勝手にアナタの家に侵入したことは謝るけど、時間がないの。私にとっても、アナタにとっても」

「ど、どういう意味だよ」

「そのままの意味。早く起き上がってくれない? 時間が一分一秒も惜しいの」


 あまりの突発的すぎる出来事を前に啓介の脳が追い付いていけていないのか、彼は言いたいことの1%も口に出せなかった。そして、そんな彼に更なる情報を押し付ける少女を前に啓介の頭はついに悲鳴を上げた。


「だからッ! どうしてッ! お前が俺の目の前にいるんだよ、アリエルッ!」


 啓介の大声に気を悪くした様子も全く見せないどころかニヤリとした笑みをもって少女──アリエルはその問いに対する答えを与えた。



「運命だよ。来るべくしてやってきた“邪悪なる運命”によって私たちは引き寄せられたんだよ」



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