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奇跡の石

6 奇跡の石


 月曜日になった。そうして同時に月が変わった。

 12月、師走と呼ばれるその月に人々は終わりを感じて、そしてやり残さないようにせわしなく動き始める。 皆は忙しそうな顔をして。



 校門をくぐり、昇降口で上履きに履き替え、廊下を歩き、教室の扉を開ける。

 しかしそこには誰もいない、始業時間までまだ時間がある。誰も登校していない、

 羅冶雄は自分の席に座るとポケットから石を取り出し、それを机の上に置いて見つめる。

こ の石にどんな力があるのかわからない、でもその力のせいで係わった者は不幸になる。なぜかそんな気がする。

 この石を最初に持っていたのは母さんだ。不幸な事件に遭遇し、その犠牲となって死んだ。そして石は自分に託された。その自分も決して幸せと言える状況ではない、多舞だってそうだ。石のせいで不幸になっている。はっきりそう言える状態じゃないか?もし赤石希美が石を持っているのなら、彼女も不幸の渦中にいるのかも知れない、

 羅冶雄はローブのような黒いコート羽織り、そしていつも右足を引きずって歩く希美の姿を想像して、そこに不幸の影を感じる。今までその姿を見ても何も思わなかった。他人の事なんてどうでもいい、そう思っていたから。

 希美が石の秘密を知っている可能性はある。しかし知っているなら不幸な状況を変えることが出来るんじゃないのか、それなのにどうして彼女はあんなに不幸に見えるんだ。

 石の秘密がわかったとしても状況は変えられない、それは最悪を意味する。

 不安な気持ちに支配され胸の鼓動が高まる。冷汗が流れる。

「ちくしょう」

 そうつぶやいて机の上の石をポケットにしまい込む、

 俺は物事を悪い方に考える癖がある。いい方に考えてもいつもそうならなかったから、1人で思い悩む癖もある。相談できる人がどこにもいなかったから、でも、もう1人でうじうじしていられない、あいつを元に戻す。そう約束したんだ。そのためには人の手も力も借りる。そう決心したんだ。

 羅冶雄は首を振って不安な心を振り払う。

 その時、扉が開いて教室に誰か入ってくる。入ってきたのはクラスメイトの女子の1人だ。名前は知らない、覚える必要がなかったから、だから知らない。

 彼女は羅冶雄の姿を認めると驚きの表情になる。なんでこいつが朝早くここにいるの、そんな表情だ。

「おはよう」

 そんな彼女に羅冶雄は朝の挨拶をする。彼女は驚きの表情をさら濃くする。

 羅冶雄は彼女が花束を持っているのに気づく、黒板の横のサイドテーブルにいつも飾られている花は彼女がいつも持ってきていたのかと納得する。

「あそこの花はおまえが持ってきていたのか?」

 羅冶雄にまた話しかけられて彼女はピクッと体を震わす。そうして、

「そ、そうよ」

 恐る恐るそう返事する。

「そうか、いつも綺麗な花をありがとう」

 彼女はさっきと違う表情を浮かべる。それは恐怖の表情だ。

「あ、頭が変になったの?完全に壊れたの?あなたがそんな事言うなんて…」

 彼女はそう言って青ざめた顔をして後ろに下がる。

「いいや、壊れていたのが直っただけだ」

 そう言って羅冶雄は微笑む、

「ひっ!」

 驚愕した彼女の目は逃げ場所を求めて教室中をさまよう、

 その時また扉が開いて教室に誰か入ってくる。

 入ってきたのは宇藤だった。

「おはよう」

 羅冶雄は宇藤に朝の挨拶をする。

 宇藤はその場に凍りついたように立ち止まり、そして驚愕したまま立ちすくんでいる女子と顔を見合わせる。そして、

「どうした心境の変化だ。高石君」

 宇藤は羅冶雄の事を「ラジオ」と呼ばない、名前の事も馬鹿にしない、それが今まで宇藤に少し心を許して接してきた理由だったが考えてみるとなんか他人行儀な気がする。

「俺のことを呼ぶ時はラジオでいいぞ、今朝は気分がいい、生まれ変わった心境だ。全てが新鮮に見える。だからおまえ達の事もよきクラスメイトでいたいとそう思うんだ」

 眼鏡をはずしてそれをハンカチで磨きながら宇藤は、

「ラジオ君でいいのか?しかしそれは少し遅すぎたんじゃないかな?君のこのクラスでの立ち位置はもう決まってしまっている。いまさら変えられないよ」

「遅すぎたって事はないはずだ。それに立ち位置を変えるつもりもない、自分では変えられない、そうだろ」

「そのとおりだが、しかし…まあ好きにしたらいい」

 そう言って肩をすくめると宇藤は自分の席に向かい歩いて行く、

 それから羅冶雄は教室に入ってくるクラスメイト達に次々と朝の挨拶をする。

 驚く者、無視する者、反応は様々だがしかし誰も挨拶を返してくれる者はいない、そんな中で1人だけ挨拶を返してくれた人がいた。

「おはよう」

 そう言って絵里は微笑んで羅冶雄の隣の席に座り教室を見回して、

「みんな何を騒いでいるの」

 羅冶雄にそう尋ねる。

 クラスのあちらこちらに人が集まりひそひそ何か話している。時々誰かが羅冶雄の方を見る。

「爆弾が消えたんだ。変わろうと決心したから、だからみんな騒いでいる」

 そう答える羅冶雄の顔を絵里は微笑んで見つめて、

「じゃあ、あんたの心にはもう爆弾は無いのね」

「ああ、でもいつでも復元するそんな状態だが」

「爆弾の事を忘れられたら2度と元に戻らないわ」

 そう言って絵里は立ち上がると羅冶雄の肩を叩き、

「頑張ってね」

 そう羅冶雄を励ます。

 何を頑張るのかよくわからないが、とりあえず、

「ああ、頑張るよ」

 つぶやくようにそう返事する。

 その様子をぎらつく目で見つめる者がいることに、しかし2人は気づかない、

 その時、教室の扉が開いて鈴木が中に入ってくる。いつの間にか予鈴が鳴っていたみたいだ。

「起立!」

 絵里の掛け声にクラスの皆が立ち上がる。

 羅冶雄も立ち上がる。

「礼、着席」

 絵里の指示通り羅冶雄も頭を下げて椅子に座る。

 そんな羅冶雄を微笑んで鈴木は見つめる。

 12月最初のホームルームはざわつきの中で開始された。



 昼休みなり羅冶雄は急ぎ足で部室に向かう、石の事を希美に聞かなければならない、休憩時間に彼女のクラスを訪ねる事もできた。しかし時間が足りないような気がして昼休みまで待った。

 しかし急ぎ足の羅冶雄の前に立ちふさがる者がいる。3人の男子生徒が、

「おいラジオ、この前はひどい目にあわせてくれたな」

 そう言うのは真ん中の男で江崎、彼は憎しみをこめた眼で羅冶雄を見つめる。

「今は忙しいんだ。それにこういうことは放課後にするのが常識だろ」

「お前に逃げられたら困る。だから今の方がいい」

 話にならない、こいつらはやる気満々だ。

 羅冶雄は逃げ出そうと振り返るがそこには4人の男子生徒が行く手を阻んでいる。

 万事休す。もはやこいつらの相手をするしかない、

「ここでするのか?他の生徒達が見ているぞ」

 江崎は薄ら笑いを浮かべて

「安心しろ、ちゃんとステージを用意している。地獄のステージだ」

 そう言って背中を向けると歩き始める。

 後ろから来た4人が羅冶雄の体をがっしり拘束して歩くように促す。

 地獄のステージとやらに向かうために。



 中庭の一角、どの校舎からも死角になっているその場所が地獄のステージだった。

 羅冶雄を取り囲み7人の陸上部員たちは睨みつけてくる。

「俺はこの国にとって貴重な存在、そんな俺によくも手を出したな!」

 江崎は吠える。怒りをあらわにして、

「最初に手を、いや脚を出したのはおまえだろ」

 そう言う羅冶雄を江崎は怒りに燃える目で見つめ、そしてその目を細めて、

「お前みたいな屑はどうなってもいいんだ。倒されたらおとなしく寝とけばいいんだ。でも俺は違う、俺の体は俺だけの物じゃない、だからみんなは俺を大切にしないといけないんだ!」

「おまえは人間国宝か?」

「それ以上だ!」

 憎しみに我を忘れる江崎を見てこいつも壊れている。俺と同じ爆弾を持った存在なんだとそう思う、

「能書きはもういい、やるんならさっさとやろう」

 羅冶雄はファィテングポースを取る。

 相手は7人だ。万が一にも勝ち目はないが、しかし3人ぐらいなら痛い目に遇わせてやれる。

 しかし誰もかかってこない、いったいどうした?

 江崎はにやりと笑い、

「ここが地獄のステージだと言ったのを忘れたか、お前にとっての地獄だ」

 そう言って手を上げる。

 校舎の陰から3人の男子生徒に拘束された女生徒が現れる。

「絵里…」

 その女生徒を見て羅冶雄はつぶやく、

「委員長はお前に何かと気をかける。ひょっとしてお前に気があるのかもな、だから今はそれを利用させてもらう」

 江崎は楽しそうに笑いながらそう言って、

「動くなラジオ、抵抗したら委員長が1つずつ服を脱ぐことになる。お前はけっこう手強いからな、しかし俺たちは無事でいたい、だからこんな計略を考えたんだ」

 江崎達の卑劣な計略に怒りが湧き上がる。全てを叩きのめしたい破壊衝動が生まれる。

「それが俺を抑え込める条件になると思っているのか!」

 思わず羅冶雄はそう叫ぶ、急に目の前が赤く染まる。全ての負の感情が流れ込んでくる。

 怒れ!激怒しろ!我を忘れろ!そして殴れ!叩きのめせ!引きちぎれ!断ち切れ!壊せ!ぶっ壊せ!全てを壊せ!そして殺せ!全てを殺せ!全てはお前の敵だ!

 それはあの発作が起こる兆候だ。気がついたら拘束衣を着せられていつもベツトに寝ている。あの発作の、

 心の中の爆弾はまだ消えてはいない、望めばいつでも現れるのだ。

 爆弾を爆発させてはいけない、爆発したら決心した事が全て無駄になる。だから耐えるんだ。

 羅冶雄は両手の拳を握りしめて必死に耐える。

「頑張って!」

 拘束された絵里がそう叫ぶ、

 その時、陸上部員の1人が羅冶雄に殴りかかる。

 無意識に羅冶雄はそれを避ける。

「ほおーっ、わかっていないみたいだな」

 そう言って江崎が合図すると絵里を拘束する陸上部員の1人が絵里の靴を脱がせる。

「お前が抵抗すれば俺たちはいずれ委員長のヌードが拝める。お前のおかげでな、委員長もかわいそうに悲しむことになる。誰のせいでもない、全部お前のせいだ!違うか?」

 ファイテングポーズを取ったまま羅冶雄は凍りつく、自分のせいで他人が傷つく、そんなことはありえない…

 呆然とする羅冶雄に陸上部員たちが一斉に襲いかかる。

 殴られる。蹴られる。しかし抵抗出来ない、やがて羅冶雄は地面に横たわり丸くなる。

「ははははっ、それがお前にお似合いの格好だ。屑であるお前のな」

 江崎はそう言って羅冶雄に蹴りを入れる。憎しみを込めた重い蹴りを、

「もうやめて!」

 悲痛な表情を浮かべた絵里がそう叫ぶ、しかし江崎は執拗に羅冶雄を蹴り続ける。

「まだまだ足りない」

 そう言って江崎はポケットからナイフを取り出す。

 それを見て他の陸上部員達がひるむ、

「おい江崎、それはやりすぎじゃないか」

「な~に別に殺しはしない、もう走れなくするだけだ」

 そう言ってぎらつく目で江崎は羅冶雄の足を見つめる。

 陸上部員たちがたじろぐ中で江崎はナイフを振りおろし羅冶雄の足首を突き刺そうとする。

 その時、飛んできた何かが江崎の握るナイフに当たり手から弾き飛ばす。

「な、何だ?」

 驚愕して飛んできた方向を見る江崎の目に1人の生徒の姿が映る。

 女のような顔に無表情、男子の制服を着たそいつは石を片手で受け投げしながら、

「面白い事をしているな、俺もまぜてくれ」

 そう言って笑いを作る。

「い、石崎!」

 陸上部員の誰もがその場に凍りつく、最悪の存在、それが現れたのだ。

 羅冶雄に焼きを入れる。しかし最近それは困難な事になっている。この石崎がどこからともなく現れて、そう思う者を叩きのめす。なぜかそう言う図式になっているから、血に飢えた殺人マシン、こいつに敵う者はいない、10人以上でかかっても最後に立っているのはこいつだ。最強、最悪の存在だ。こいつに気づかれないように綿密に計画を立てた。事はうまくいっていた。しかし最後に…

「ま、混ぜてくれって、どっちに?」

 そう尋ねる江崎の顔を作った笑いで見つめて、

「当然、あっちだ」

 石崎は倒れ伏す羅冶雄を指さす。

 逃げるか戦うか、江崎はその判断に迫られる。しかし決断するよりも早く石崎の投げた石が江崎の顔面を直撃する。

「ハッハー」

 石崎はそう叫ぶと陸上部員達の中に駆け込んで攻撃をしかける。

 ひるんだ陸上部員たちは誰も石崎の素早い攻撃をかわせない、数10秒でそこにうずくまって呻き声をあげる者達が7人出現する。

 残された獲物は絵里を拘束する3人だけだ。

 石崎は舌なめずりしながらその相手を見つめる。

「ま、待てよこの女がどうなってもいいのか?」

 追い詰められた悪役の見本みたいに陸上部員はポケットからナイフを取り出し絵里に突き付ける。

 石崎は無表情な顔の目を細めて、

「関係ないな」

 そう言って飛びかかろうとする。その時、

「やめろ!」

 ふらつきながら立ち上がった羅冶雄がそう叫ぶ、

「なんだと?」

 振り返ってそう言う石崎は無表情な顔で羅冶雄を見つめる。

「もう、誰も傷ついてほしくない」

 そう言いながら羅冶雄はふらふらと石崎の方に歩きだす。

「ヤキがまわったか?腑抜けになったかラジオ、あの女がどうなろうと関係ない、そうだろ?」

「人が傷つくと自分も傷つく、今やっとその事に気づいたんだ。だからそんな悲しい事はしたくない」

「いいや違うぜ人を傷つけると最高に楽しい気分になる。自分も傷つけられる。そのリスクがある。スリルがある。それは最高に楽しい、だから俺の楽しみの邪魔をするなよ怖気づいたならそこで見ていろ」

 石崎はそう言って再び陸上部員達に向き直り、そうして絵里を拘束する部員を目標に定めると飛びかかろうとする。

 石崎を止めようと羅冶雄は走り出す。

 その時、

「いい加減にもう離してよ!」

 絵里がそう叫んで拘束を振り払うと陸上部員の腕を攫んで背負い投げで派手に投げ飛ばす。

「私を裸にするって?恐れ多いわよ」

 そう言って絵里は地面に横たわって失神する陸上部員の腹に足を置く、

「靴下が汚れちゃったじゃない、どうしてくれるのよ!」

 その光景を見て羅冶雄も石崎も思わず動けなくなってしまう、

 残された2人の陸上部員は顔を見合わせると背中を見せて逃走する。

 石崎は一瞬その後を追おうとするが思いとどまる。

「追わないの?」

 そう尋ねる絵里に石崎は肩をすくめて、

「走るのが商売みたいな連中だ。追いつけねえ事はないが疲れるだけだ。それにしてもお前中々強いな」

 絵里は不敵な笑いを浮かべると、

「私の家は道場をやっているの、不本意ながら子供の頃から叩き込まれたわ、柔道も、合気道も、剣道も空手も、あんたも私の相手をしてほしいの?」

 石崎は笑みを作ると首を振り、

「俺は女はやらない、あんまり楽しい気分になれないからな、それよりお前はそんなに強けりゃあんな連中にいいようにされなかったんじゃないのか、わざと捕まった。その理由は?」

「見てみたかったのよ、本当に変わったのか」

 そう言って絵里は羅冶雄を見る。しかし羅冶雄はいつのまにか地面に倒れ伏している。

「お前のせいであいつはああなった。そう言う状況だな」

 石崎の顔を見つめ絵里は唇を噛む、

「まあ、やさしく介抱してやれ、腑抜けた奴にはふさわしい」

 そう言って石崎は歩きだす。もう用は済んだ。そう言いたげに、

「彼は腑抜けなんかじゃない、強くなったのよ!」

 歩き去る石崎の背中に絵里はそう叫ぶ、

 石崎は振り返らず肩をすくめて、そして遠ざかる。

 いつの間にか2人だけになった中庭の一角、絵里は羅冶雄に駆け寄る。

「しっかりして」

 絵里がそう声をかける。

「う~、大丈夫だ。多舞、俺は大丈夫」

 呻きながら羅冶雄がそうつぶやく、

「タマって…何っ?」

 朦朧とする羅冶雄はまたつぶやきを漏らす。

「必ず助けてやる。だから笑ってくれ」

 絵里は羅冶雄の体を起こすと、

「しっかりしなさい!」

 そう言って活を入れる。

「ああっ!」

 羅冶雄はそう叫んで座ったまま飛び上がる。

「あ、ああ、絵里?俺は?」

「保健室に行くわよ捕まって」

 そう言って絵里は羅冶雄を立ち上がらせると歩くように促す。

「保健室だと!あそこはだめだ。怪我をした理由を聞かれる」

「じゃぁどうするの」

「部室に行く、あそこで寝ていたらよくなる」

「でも治療してもらえないわ」

 羅冶雄は首を振り、

「治療は必要ない、こんな事には慣れている。寝とけば治る」

 あきれ顔で絵里は羅冶雄を見つめ、

「わかったわ、お好きなように、でも、そこまで連れて行ってあげる」

 そうして羅冶雄の腕を肩に廻して、支えるように歩きだす。

「ちょっと待てよ1人でも歩けるぞ」

 絵里は微笑むと、

「あんた頑張ったから、だからご褒美よ」

 絵里に引きずられるように2人は校舎に向かう。

 やがて午後の授業の開始を告げる鐘の音が誰もいなくなった中庭に響き渡る。



 夢を見ている。

 意識はそう感じている。

 羅冶雄は自分の部屋にいる。そして勉強をしている。

 突然部屋の扉が開き男が入ってくる。

 黒装束にサングラスにマスクの男、

「石をよこせ」

 男はそう言って羅冶雄に拳銃を向ける。

 そして引き金を引く。



 人の気配を感じて羅冶雄は目を覚ます。

 目を開けるとそこは薄暗い部屋の中、そして羅冶雄を見つめる黒装束の存在!

「わっ!」

 思わず身の危険を感じ、そう叫んで羅冶雄は飛び起きる。

「い、石を奪いに来たのか?」

 ソファーの陰に隠れて黒装束にそう尋ねる。

「石?…」

 黒装束はそう呟く、しかしその声には聴き覚えがあった。

「会長?」

 そう言ってよく見ると黒装束の存在はいつもの黒いコートを着た希美だった。

「どうしたの?」

「い、いや寝ぼけていたみたいだ」

「そうなの、起こしてしまってごめんなさい」

 そう言って希美は部屋から出て行こうとする。

「ま、待ってくれ会長、聞きたい事があるんだ」

 羅冶雄は希美を呼び止める。

希美は立ち止まり振り返ると、

「貴方が私に相談事?珍しい事ね、いいわ、占ってあげる」

 そう言ってコートのポケットからタロットカードを取り出す。

「そうじゃない、見てほしい物があるんだ」

 羅冶雄はポケットを探ると石を掴んでテーブルの上に置く、

 フードの中で食い入るような瞳で希美はそれを見つめる。

「これが何か、それを教えてほしい」

 希美はフードを上げて素顔を顕にする。その表情は悲痛だ。

 悩んだような表情を浮かべる希美だが、やがて決心すると羅冶雄が石を置いた。いつも占いで使用するテーブルに向い歩き出し椅子に座る。そして羅冶雄に向いの椅子に座るように手で促し、そうして、

「貴方はこれをどこで手に入れたの」

 そう尋ねてくる。

「母さんに貰ったんだ。死んでしまう前に…」

「そうなの…その時何か聞いた?」

「お守りだと言われた。力があるとも、願えば望みが叶うとも、それだけだ」

 羅冶雄の目を見ていた希美は顔を伏せると、

「貴方のお母さんは全てを話さなかった。運命に託したのね…そうして、それを告げるのは私…それは受け入れるしかないのねさん…」

 そんな希美の反応に不安を感じて、

「会長はいったい何を恐れているんだ。この石は呪いの石、そうなのか?」

 思わずそう尋ねる羅冶雄の問いに首を振って答えてから希美は、

「この石はミラクルストーン、奇跡の石よ、貴方の言うように望みを叶えてくれる力があるの」

「望みを叶える?俺はこの石に願ってみた。しかし何も起こらなかった」

 顔を上げた希美は暗い瞳で羅冶雄の目を見つめて、

「願えば叶う、そんな簡単な物じゃないの、この石はその力を必要とする者の手に託される。資格のない者は手に出来ない、願う事の出来る者を求めて石はこの世を流離う、願う事の出来る者、それは代償が支払える者、それは絶望する者」

「代償?」

「そうよ奇跡の力を発揮する時に石は代償を求める。絶望する者は奇跡を願う、願った者は何かを失う」

「失うって…何を?」

「身体機能の一部、記憶、感情、行動制限、それは願った時に差し出した物、だから人は様々に絶望する者は何かにすがる。こうなってもかなわない、だから…そう考える。それが代償」

 羅冶雄はテーブルの上の石を見つめて、

「俺は同じ石を持っている奴を知っている。女の子だ。そいつの石はいつも光っている」

「石が光る時にその時に奇跡が起こるの、でもいつも光っている、それはなぜ?」

「多舞は殺されようとした。もしかして石にその時願ったんじゃ、逃れるために」

「そうして、その子はどうなってしまったの?」

「多舞は誰にも見えない、感じられない、存在がない、そんな存在になってしまった。あいつが払った代償とはいったい何だ?」

 希美はしばらく考えてから、

「誰にも見られたくない、そんな願いが代償になっている。だから常に石は奇跡の力を出し続けている」

「願いが代償?どう言うことだ」

「その子は多分こう願ったの、見つかりたくない、見つけてほしくない、だから消えてしまいたいと、そして石はその代償を受け取りそして願いを叶えたの、その子は誰にも認められない永遠の孤独を代償に支払った。そうして今もその代償を支払い続けている。だから石は奇跡の力を出し続けているの」

 やはりそれが多舞があんな存在になってしまった理由か?たぶん石に願い代償を支払った事であんな状態になってしまったんだ。でも…

「多舞は石の事を知らなかった。だから石に願ったりしないはずだ」

 希美は額から汗を垂らす羅冶雄の顔を見つめて首を振り、

「求める者の手に石はあるの、絶望する者の手に」

 そう言って羅冶雄の石を見つめる。

 羅冶雄は考える。両親が殺され自分も殺される。その絶望の中でお守りだと渡されたあの石を握りしめて、多舞は望んだ。願った。昨日の多舞の発作、あれはその時の再現だったんだ。

 羅冶雄も石を見つめる。そして気づく、

「まてよ絶望する者の手に石はあるだと、俺は石を持っている。それは…」

「石が貴方を選んだ。だから石を持っているの」

「俺が絶望するのか」

「いずれその時が来るわ」

 不幸な未来を予感させる石、それは奇跡の石なんかじゃない、呪いの石だ。

 茫然と石を見つめる羅冶雄に、

「石を捨てようとしても無駄よ、深い海に沈めても、ロケットに乗せて宇宙に飛ばしても、石は必ず貴方の元に戻る。壊そうとしても無駄よ、いくらハンマーで叩いても、何千トンのプレスで叩いても、決して石は砕けない、この石は奇跡の石、物理学では説明できない不条理で不可思議な物、何の為にあるのかわからない、いつからあるのかわからない、人が手を出せない神の宝石」

「人が手を出せない神の宝石?悪魔の宝石なんじゃないのか?」

 希美は顔を伏せて、

「石の事を知ってしまったらそう思えるかもしれないわ、でも石のせいで絶望することはないの、石は生贄を求めている訳ではないの、ただ求める者の力になるためにあるの」

 石を見つめていた羅冶雄は顔を上げて希美を見ると、

「会長はなぜ石の事を知っている。石を持っているのか?願ったのか?」

 希美は黙ってポケットからケースを取り出す。金色の小さなケース、そしてその蓋を開ける。

 そこには赤い小さなひび割れた石が納められている。

「これは?」

「ブラッドストーンと呼ばれる血色の赤い石よ、この石は最初からひび割れているの」

「これも奇跡の石なのか?これに願ったのか」

 希美は黙って頷く、

「支払った代償は…いや、いい、聞きたくない、でもこれがまだ会長の許にある。それは」

「私はまた絶望する。そう言う事よ」

「……」

「私は石の事を調べたの、文献を調べてヒントを持つ人に話を聞く、石を必要としない、その状況を得るために、でもわかった事は少ないわ、やがて重要な手掛かりを手に入れる。それはある人に貰った本、しかしそれを見て石を手放す事はできないと知りそれがわかった時に運命を呪ったの、でも今は受け入れるわ、その運命を」

 そう言うと希美は石を見つめる。自分のひび割れた赤い石を、

「知っている事を全て教えてほしい、その必要がある」

 そう言う羅冶雄の顔を見つめ溜息を吐き、希美は、

「いいわ、私の知っている事を全部教えてあげる。でも役に立たないわよ」

「それでもいい俺は知りたい」

「石には種類があるの、それを分類するのは色、白、黄、緑、青、紫、赤、そして…黒、その順番にランク分けされているの、その序列は石の力、序列が上ほど力が強いと言われているのよ、より強い力を望む者の手に強い力の石が託される。そして大きな代償を支払う、そうなると言われているわ、中にはランク外の色の石、色が混ざり合わない石、多色の石もあるみたいだけど…そう言った石はレアストーンと呼ばれていて大きな力を秘めている」

「この石は青い、だから丁度真ん中か…」

 そうつぶやいて羅冶雄は自分の石を見て、そして希美の石を見る。

 自分の石より強い力を持つ赤い石、その力を求めた時に希美はどれだけの代償を支払ったのだろう、

「同じ色に分類されている石でも美妙に色が違うの、その色によって石には呼び名があるの」

「俺の石の呼び名は?」

「それは多分スカイブルーストーン、晴れ渡る空色の石」

 羅冶雄はこの前見た。秋晴れの青い空を思い出す。どこまでも高く澄みきった青い空を、この石はその色と同じだ。

「会長はその知識をどこで手に入れたんだ。俺も調べたがわからなかった」

「昔に石の事を調べた者がいたの、いいえ、調べた組織があったの、石を探すのではなく石を持つ者を世界中で探した。石を集めようとしたのか、石の謎を解明しようとしたのか、その目的はわからない、そうして、その組織は一冊の書物を残したの」

 そう言って希美は立ち上がり本棚の前に行き、そこから一冊の本を抜きだし、それを持ってテーブルに戻ってくる。

「これがその本よ」

 テーブルに置かれた革張りのいかにも古そうな本を羅冶雄は見つめる。そしてそれをひらいて読もうとするが、

「?」

 見た事のない文字で書かれた文章を読む事ができない、いや、見たことのない文字ではない、その形には見覚えがある。石の入っていた袋、その刺繍、その形に似ている。

「この文字は…」

 そう言ってテーブルに置かれた希美の石が入っているケースの蓋を見る。

「願字と呼ばれる文字よ、この文字が読めるのは一部の者だけ、石の力を望んだ者、石の力を使った者、代償を支払った者だけが読めるの、この文字にも奇跡の力が使われているの、誰が、どうやったかはわからない、でも絶望する者に石の力を示す。そんな力が秘められた文字よ」

「だからあの袋にはこの字が刺繍してあったのか、絶望した時にその存在を示すために」

「この石には入れ物があったの?」

「ああ、でも失くしてしまった」

 希美はコートのポケットを探ると袋を取り出してテーブルに置く、

「こ、これは」

 それは羅冶雄の失くした黒い布の小さな袋、金の文字が刺繍してある。

「道端で拾ったの、貴方の物なのね」

 羅冶雄は頷いて返事して、

「会長はこの字が読めるんだろう、なんて書いてあるんだ」

 袋の文字を見つめそう尋ねる。

「絶望する者よ代償を払う意志があるなら、望み、願い、祈りなさい、そうすれば奇跡は必ず起こるだろう」

「……」

「この文字が読めないことを祈りたいわ」

 羅冶雄は拳を握りしめる。

 石を持つ者は必ず絶望する。いずれ自分も…

「石の事をもっと知りたい?知っていてもどうにもならないけど」

 羅冶雄はすがりつくような表情で希美を見つめ、

「奇跡の力、それを打ち消す方法は無いのか?」

 希美は羅冶雄の顔を見つめ、

「貴方は救いたい、そう思っているのね」

 羅冶雄は深く頷き、

「俺は多舞に出会ってしまった。誰にも出会えない、そんな多舞に、多舞は俺以上に悲惨だ。だから俺は思っ

た。力になりたいと、守ってやりたいと、助けてやりたいと、笑顔が見たいと、本当の笑顔が見たいと」

「それが貴方の願いなら…」

 希美は羅冶雄の石を見つめる。そうして、

「誰にも出会えない存在に出会ってしまった貴方、そこに奇跡の力を感じる。誰かが貴方のために願った。貴方を救いたいと思う願いがある。だから出会った。貴方を救うために、それからどうなるのかわからない、全ては運命、でも救うことで救われるのなら、それなら奇跡の力を打ち破る事が出来るかも知れない、同じ奇跡の力でなら」

 羅冶雄はまた石を見つめる。

「この石に願えば多舞は元に戻れると言うことか?でもそれは…」

 悲痛な顔になった希美は、

「そうなるとは限らないわ、運命は変えられる。そう信じるなら…」

 羅冶雄は希美の石を見つめ、

「でも運命には抗えない、そうなんだろ」

 小声でそう告げる。

 しかし希美は顔を伏せて無言だ。

「どんな運命が待ち構えているのかわからない、でも俺はそれを受け入れる。多舞が笑うんなら、心から笑うんなら、どんな代償でも支払ってやる!」

 そう叫ぶと羅冶雄はテーブルの上の石と袋を掴んで立ちあがる。

「後悔できないわ!」

「後悔なんかしない、望んだことに後悔なんてない!」

 そう叫んで羅冶雄は部室から出て行く、決心した表情を浮かべて、



 1人になった部室の中で希美は自分の石を見つめ続ける。そして溜息を洩らす。

 その時、部室の扉が開き中に誰か入ってくる。

 入ってきたのは意外な人物だった。

「あいつも石を持っていたのか?」

 石崎は顔を上げた希美にそう尋ねる。

 希美は石崎の顔を見つめ無言で頷く、

「面白い事になりそうだ」

 そう言って石崎は無表情な顔に笑いを作る。

「悲しいことよ」

 希美は顔を伏せて石を見つめる。

「力を得る。それは楽しいことだ。悲しくなんてない」

「でも、失うのよ、何かを」

「それ以上のものが得られる。恐れることはない」

 そう言って石崎はポケットから何か取り出す。

 それは指輪、いや、親指以外全ての指にはめられるそれはメリケンサック、そう言う形状をしている。そしてその中央に黒い石が埋め込まれている。

 希美は世界で1つしかない黒い石、暗黒の石とそう言われているその石を震えて見つめて、

「まだそれを持っているの…貴方はまた何か失うのね」

 悲痛な声でそう告げる。

「いいや違うな失うんじゃない、力を得るんだ」

 真の暗黒の石、ダークストーンを持つ男は、

「俺は世界の王になる。誰も俺に敵わないそんな存在になる。その為には力がいる。絶望して得られる力が」

「絶望するために争いの中に身を置くの?」

「そうだ。それが王になる近道だ」

「狂っている…あの人と同じに…」

 そう言うと希美は溜息をつき石崎の顔を見つめる。そうして、

「ここになにしに来たの」

 思い直してそう尋ねる。

「占いをしてもらいにだ。楽しい事が起きる。そんな予感がある。お前の占いは必ず当たる。それは石の力で得た力だ」

「わかったわ、占ってあげる。でも未来がわかったとしても何も出来ないわ」

「知っておきたいだけだ」

 希美はコートのポケットからタロットカードを取り出すとそれを切ってテーブルの上に伏せて置き上から7枚目のカードをめくってテーブルに置く、そしてまたカードを切る。

 その動作を7回繰り返す。

 そしてテーブルに並べられたカードを見て眉を寄せる。

 悪魔に死神、塔に隠者、戦車に月、不吉なカードがばかりが悪い意味の方向に並んでいる。そして、全ての 未来を予想するカードは世界、成功を意味する。

「どうなんだ?」

 カードを見つめ続ける希美にしびれをきらして石崎がそう尋ねる。

「貴方は出会う、敵?とても大きな敵?貴方は闘い、そうして敗れる。そして成功する」

「どう言う事だ?」

「貴方は望んだように強くなる。そう言うことよ」

 石崎は目を細め笑顔を作ると、

「それは楽しみだ。それで俺はどうすればいい?」

 そう尋ねてくる。

「鍵を握るのは孤独な者、彼の周りで事は起きる」

 隠者のカードを指さして希美は答える。

「やはりあいつに貼りついていれば楽しい事が起きると言うわけか」

 石崎は舌を出して唇を舐める。

「楽しい事だとは限らないわ」

 石崎は肩をすくめると部室から出て行こうとする。そして振り返り、

「お前のおかげで楽しみが増えた。ありがとう」

 そう言い残すと扉を開けて外に出て行く、

 1人部屋に残された希美はテーブルの上の石とカードを交互に見つめる。

 石を持つ2人の少年、2人ともそれぞれ心に願いを持っている。

 1人は誰かのために、1人は自分のために、やがて2人は絶望するだろう、それぞれの願いを叶えるために、そうして何かを失う、

 それはとても悲しいこと、楽しくなんてない、

 やがて希美はテーブルの上のカードと石をポケットにしまうとフードをかぶり直して立ち上がる。

 そうして項垂れたように寂しげに、右足を引きずりながら部室を後にする。





 


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