逢魔が時
1 逢魔が時
「日が暮れるのが早くなってきたな」
彼は1人つぶやきながら道を歩く、
季節は11月の末、その晩秋の街は紅い夕日に染まり郷愁を誘うそんな光景に急かされるように家路につく人達は誰もが皆早足で歩いていて、そしてぶつぶつと1人でつぶやいている学生に特に関心を払う者などいない、
「ああ、早くこいつを落ち着いて食える場所に行かないと」
また、そうつぶやいた彼は手にした袋を見る。
その中にはこんな時間まで学校に残り、そしてくたくたになるまで働いて得た臨時収入でコンビニで購入した彼の活力源が入っている。
「早く食わないと冷めちまう」
またつぶやきながら私鉄の駅に続く歩道橋を登っていく。
その歩道橋の上から見た街は沈む夕日に照らされて全光景が真っ赤に染まり、それはまるで街中が大火災に見まわれて燃えているように見える。
「俺は別に熱くないぞ」
彼はそう感想をつぶやく、今の気温は熱いどころか晩秋の冷たい風が吹いていてむしろ寒く感じる。
「火事になっていたらのんびり歩いている奴なんていないよな?みんな走って逃げるよな?」
そうぶつぶつと1人でつぶやいている彼を訝しげに見ながら女学生が横を通り過ぎていく、
「しまった。また悪い癖が出ちまった!」
その女のががちょっとかわいい子だったため恥ずかしくなってちょっと大きめの声で叫んでしまい、そして慌てて周りを見廻すが、しかし幸いなことに歩道橋の上には彼しかいない、安心してふっと溜息を漏らす。
彼は1人で生活している時間が長かったせいか、また、孤独をまぎらすためなのか、ずいぶん前から独り言をいう癖がついてしまっていて考えていることをつい口にしてしまう、しかも最近それがエスカレートしてしまいそのせいでいつも四六時中ぶつぶつ言っている。
その癖ために他人から見たらちょっと危ない奴に見られてしまう。
「隣の席の絵里なんか俺が教師の解説の間違いやクラスメイトの返答の内容なんかにぶっぶっとあれこれと1人突っ込みしているのを聞いて、こいつ絶対あぶないやつだ!と言って、人を危険人物扱いしやがる、しかも、俺の隣から逃げようとホームルームのたびに席替えを要求していたな、でも進級してから半年以上たって今では俺の独り言をみんな慣れてしまって、もう誰も面と向かって何も言わなくなっているけど…しかし、あの絵里の奴、席替えのたびにくじ引きで俺の隣の席になってしまい、呪いよ!これはきっと呪いなのよ!とかほざいていたな、ざまぁ見ろ」
誰も近くにいない事をいいことにクラスメイトの悪口なんかを長々とつぶやいてから、そして歩道橋の下を見る。
そこは駅前のバスターミナルになっていて帰宅するためバスを待つ人達がそれぞれの系統のバスに乗るために列を作っている。
その雨除けの屋根の下の待合所には幾つかのベンチが置いてあり、そして待ち時間の長い人やお年寄りなんかが腰かけている。
「ちくしょう満席か、あそこなら座って落ち着いて食べられると思って早く食べたいのを我慢してここまで来たのに、ちくしょう、これならコンビニの前で食べときゃよかった…」
その当てが外れたため不機嫌そうにまたつぶやいてしまう。
彼がいつも学校から帰宅する時間は通勤時間でないためにバスを待つ人もまばらで、だからあの場所は下校時のいつもの休憩場所になっていたのだ。
「どうしょう…」
その袋の中身はこうしている間にもどんどん冷めてしまい温かいうちに食べないとおいしさが半減してしまう。
焦りつつ歩道橋の階段を降りながらもう1度バスの待合所を見てそして思わず叫んでしまう、
「ラッキー座れるぞ!」
よく見るとあの6個あるベンチの中の1番端の1つには人が1人しか座っていない。
そして彼は空いている席を確保するため思わず駈け出した。
しかし疲労のせいであまり速くは走れない、
焦りながらようやくベンチの前に到着したが、いつの間にかそこには学生風のカップルが立っている。
やばい、あいつら座るつもりか?いちゃつきやがってこのバカップめ、こんな奴らと相席になったら落ち着いて食べられないぞ、
そう思い席を取られてたまるかとばかりにその2人を睨みつける。
睨まれた2人は彼を訝しげに見ながらベンチの前から離れて行く、
「なんだ?あいつ俺に喧嘩売っているのか…」
「ほっときなさいよ…かかわらない方がいいわ、きっと危ない奴よ」
そんな声が聞こえてくるが彼はまったく気にせず。
「よし勝ったぞ」
そうつぶやいてニヤリと笑い、そして誰も座れないように隣の席に鞄を置いてニヤニヤ笑いながら手にした袋の中身を取り出す。
取り出したのは先ほどコンビニで2本購入したフランクフルトソーセージのうちの1本、それは彼の大好物だ。
それに付属のマスタードとケチャップをまんべんなくぬってからおもむろにかぶりつくまだ温かい、
口の中いっぱいにソーセージの濃厚な肉汁が広がる。
「美味い!」
そのフランクの棒を握りしめて思わずつぶやいてしまう、なんせこれは今日初めて口にする食料なのだ。
市内の高校に通う彼はある事情により1人暮らしをしている。そのための生活費は後見人の叔母からの仕送りでまかなっているが、しかしそれはけっして多い金額とは言えず、だからあれこれやりくりしてみても月末になるといつもきまって貧乏になってしまう。
「ちくしょう…あの鬼女めもっと仕送りの金額を増やしやがれ!」
そんな叔母に対して毒づきながら袋を探って2本目を取り出す。
それにマスタードとケチャップを塗ろうとして袋の中をさらに探るが入ってない…
「…ちくしょう!あの店員め1本分しか入れて無いのか!」
彼はさっきのコンビニの昨日今日アルバイトを始めたばかりのような不慣れで手際の悪い店員を思い出してまた毒づく。
なぜか彼はこんな不幸に常時遭遇する。しかたなくなにもぬらずにフランクフルトを口に入れて思わず吐き出しそうになる。
冷たい…
「なんてことだ!あのバイトを始めたばかりの店員め保温機に入れてからすぐのまだ温まってない物を間違えて入れてやがった!」
そう言おうとしたが口の中の物のためにもごもごしてうまく言えない。
やっとの思いでそれを飲み込んでから、そして手にした残りのフランクをじっと見つめる。
冷凍なのか?中の方が凍っていてアイスキヤンデ―みたいに冷たい、そのためまずくてとても食えるような代物じゃない、しかしこれでも今の彼にとっては貴重な食料、だから無駄にはできない。
う~んと思案して食べかけのフランクをじっと見つめる。
返品や交換をするにもレシートはさっき丸めて捨ててしまったし何より行くのが面倒くさい、それに今日は放課後の肉体重労働のせいで大変疲れていてコンビニまで戻るのも億劫だ。
3分後、その思案の末に覚悟を決めてそれにかぶりつく、そして顔をしかめながら無理やり噛む、
シャリシャリとアイスキャンデーを噛むような音がする。それをようやく飲み込んで悪態をつく、
「ちくしょう、あの店員め今度必ず絶対復讐してやる」
彼は自分を不幸にした者に対しては容赦できない性質なのだ。
そんな復讐の方法をあれこれ思案していて10分後に彼は吹き付ける風の冷たさにふと我に返る。
さっきまで紅く染まっていた街はいつの間に暗くなっていて、そして駅前の周囲の店舗の照明が夕闇に目立ち始めている。
「だいぶ遅くなったな…寒いし、それに疲れたしもう帰るか…」
彼はそうつぶやいて隣に置いたカバンに手を伸ばす。しかしその時、自分を見つめる何者かの視線を感じる。
何だ?と不審になりその視線の方を見るとなぜか自分を凝視する1対の目があった。
そこには彼が座る前からベンチの端に腰かけていたとおぼしき1人の少女がいた。
その少女は不思議そうな顔をして彼を凝視している。
こいつ今まで俺がやっていたことを全部見ていたのか?
あの独り言の癖のせいで人から変な眼で見られることには慣れているが、しかしそんなにまじまじ見つめられるとさすがの彼も少し恥ずかしくなってしまい、
「ちくしょう、見世物じゃないぞ」
思わず大きめの声でそうつぶやいてしまった。
すると少女はこちらを凝視していた眼をいっそ大きく見開き、そして口を開けてまるで宇宙人か幽霊かこの世には存在しない異常な何かを見ているような驚愕の表情を浮かべる。
その驚きぶりに彼は自分が精神異常者の類と勘違いされて怖がられ、そして警戒されているのではないかと不安になり、
「おい、独り言をいうのはただの癖で別に頭が変になっているわけじゃないぞ、だからおまえに何かしようという気はないからそんなに驚かなくてもいいぞ」
だからとりあえず誤解を解こうと話しかけてみた。
すると少女はまるで感電したみたいにビクッと体を震わせから、そしてきょろきょろと辺りを見渡して近くに誰も人がいないことを確認すると今話しかけられたのが自分であると認識し、そして驚きの表情をさらに濃くして再び彼を凝視する。
彼は自分の説明に少女が態度を変えるどころかより一層驚く様を見て、さらに警戒されてしまったのは説明が不充分だったのかと思い、そして誤解を解くためにその内容をいろいろ考えながら、
「だから俺はただの学生で精神異常者でも変質者でも某国の人さらい専門の秘密工作員でもテロリストでも地球人に擬態して侵略準備中のエイリアンでもなく、さらに人畜無害で公明正大で品行方正で草食系でありたいと願い、そうして今まで婦女子に対して精神的にも肉体的にも危害を加えた事などたぶんあまり多少はあってもほとんどなく、だからセクハラとは無縁であったと自分ではそう考えられる。さらに人々からセーフティマンと呼ばれるような安心安全の男だと現時点では思っているから、だからそんなに驚いてもらってもおまえの平和な日常をおびやかす事態が発生するという状況にはけっしてならないような気がするから…たぶん大丈夫だ」
何が大丈夫なのかよくわからないが、とりあえず自分の無害さをアピールしてみた。
すると少女の顔が驚きの表情から何か変わった生き物を観察するようなそんな表情に変化して、そしてさらに彼を凝視する。
その異生物を観察して探求する研究者のような視線に耐えられず、
「おい、ちょっと待てよ、俺は17歳のどこにでもいるごく一般的だと思える普通の男子高校生であり、別に恐竜の生き残りでも百年前に絶滅したとされていて、そして最近偶然どこかの山奥で発見された絶滅危惧種に指定されているような希少生物でも人類の中に紛れ込んでいるネアンデルタール人でもないんで…だからそんな研究対象を観察するような目で見るなよ…」
彼は今度は自分の普遍性をアピールしてみた。
すると少女は数回目をパチパチと瞬きさせてから小さな声で、
「見えるの?わたしがわかるの?」
そう質問してきた。
彼はその質問の意味が理解できずに、なんだ?こいつは何を言っているんだ?
そう思い今度は彼の方が何か変わった生き物を見るような顔になりながら、
「あたりまえだ。俺の視力は両目とも1.2以上で見えすぎちゃって困るぐらいで、だから、どこから見ても普通の女の子がそこに…」
そう言いかけてこの少女の風貌が普通という言葉にあてはまらない特異なことに初めて気づく、
年頃は自分と同じかやや年下ぐらいで幼く見える顔はとてもかわいいと思う、子役のアイドルといった感じで彼の高校のミスコンならトップ3に入るくらいの容姿だ。クラスで一番かわいいのは私よ!なんて言ってアイドル気取りでお高く止まっているような絵里なんてとうていこの少女の足元にも及ばない、確かに注目を集める特異な存在だが、しかし特異と言えるのは顔ではなくむしろこの少女のファッションで…おせじにも普通の女の子とはとても言えない、
上半身には厚手の革のジャンバーをまといその上に防弾チョッキか救命胴衣のようなベストを着用し、さらに首に紐でつないだモトクロスバイク用かスキー用みたいな手袋をぶら下げている。下半身は作業用みたいな分厚いズボンを穿き、そして膝の部分にスケボー用のプロテクターを装備し足に軍用みたいなごつい革のブーツを履いている。さらに頭には熊のキャラクターのシールが貼られた工事現場用みたいな黄色いヘルメットを被っている。
その完全装備的?なファッションスタイルは彼女の幼く見える愛らしい風貌にまったくそぐわない、
「ふ、普通ではないようだが…でも…しかし…とてもかわいいと思える女の子がいるのが見える…」
慌てて取り繕うように彼がそう言い直すと少女は首を傾げてしばらく思案してから、
「あなたも幽霊なの?だから幽霊のわたしが見えるの?」
さらに今度も訳がわからない質問をしてきた。
それに返答しようにも質問の意味が理解できない、とりあえず自分がが幽霊だというそんな指摘を否定しようとして、
「俺はさっきも言ったように普通の健康でたぶん健全な高校生であり、そして今まで大事故に遭遇した事も大病を患った事もないから生命の危機に瀕した事は一度もないと思うぞ、一応は命に関しては平穏無事でまだ一度も死んだ覚えがないから、だからそんな死んでから成仏できずにこの世を彷徨っているような魂だけの存在になった覚えもない、おまえみたいに幽霊になった事は…え?…という事は…おまえ幽霊なのか?」
その時ようやくこの少女の言葉のおかしさに気付いて、そしてその自分を幽霊と称する少女をもう1度よく見てもファッションセンスがおかしいぐらいで普通の人間の女の子にしか見えない、彼の認識する幽霊(見たことないが)には当てはまらない、
俺の事を驚いて見ていたから、あの独り言のせいで頭がおかしいと疑われていると思ったけど…実はこの子の方がおかしいんじゃないのか?
そう思い、今度は彼がまじまじと少女を見つめる。
少女は彼を見つめてしばらく何か考えているが、突然何かの回答を得たような満足した表情になり、
「だって幽霊は誰にも見えないの、だから幽霊が見えるのは幽霊だけなの、だから私が見えるあなたも幽霊なの」
そう言ってうんうんと納得したように首を縦に振る。
自分の事を幽霊だって言っているのはこの少女の勝手だが、しかし彼まで勝手にその幽霊とやらにされてしまってはたまらない、
「ちょっと待てよおまえは俺のことを幽霊だって勝手に言うけど、でも俺は立派に生きている。だから腹も減るぞさっき俺がフランク食べていたのを見ていただろう、その普通は幽霊って連中はもう死んでいるから腹もすかないし、そして眠くもならない暑さや寒さも感じないそんな存在なんだろ?だったら俺は幽霊なんかじゃ全然ないぞ」
しかし彼のそんな抗議に対して少女は首を振って否定すると、
「ちがうの、幽霊もお腹がすくの、のども渇くの、眠くなるの、寒さ暑さも感じるの、怪我もするの、痛みも感じるの」
その幽霊の存在の普遍性を逆に解説してみせる。
「それじゃあ生きている人間と変わらないぞ…じゃあ生きている人間と幽霊とは何がどう違うんだ?」
彼のその疑問に少女はしばらく考えてから、
「幽霊は誰にも見えないの」
なぜか自信を持ってそう答える。
「誰にも見えないって?でも俺にはおまえが見えているぞ」
「だからあなたも幽霊なの、幽霊は幽霊にしか見えないの、たぶんそうなの」
どうやらこの少女にとって幽霊とは誰にも見えない存在だと言う定義があるらしい、しかしそれなら反論できる。
「俺は普通に高校に通っていてクラスの中ではある意味たぶん人気者で…だから常にみんなの注目を集めている。そんな俺が誰にも見えない存在なんかであるはずがない、だから幽霊だなんてありえないしそんな存在になった覚えも言われた事も今まで1度もない、もし俺が幽霊だって逆に言い張っても頭のいかれた奴だと思われるだけだ。俺が幽霊だなんて言っても誰もそう思ってくれないしそれを証明できない、でも自分のことを幽霊だって言うおまえはそのことを証明できるのか?」
彼の問いに少女はしばらく考えてから、そして突然立ち上がり向こうから歩いてくる中年のサラリーマン風の男の前に立ちふさがり、
「おじさんはわたしの事が見えるの?」
そのサラリーマン風の男にそう話しかける。
しかしその男はその問いかけに何も答えようとはせずに、さらに表情1つ変えずそのまま歩いてきて、そして立ちふさがる少女を避けようともしないでそのままぶつかる。
ぶつかった拍子に少女ははじかれて地面に尻もちをつくが、しかしサラリーマン風の男は何事もなかったように無表情のままその場を通り過ぎて行く、
そして少女は地面に座りこんだまま彼の方を振りかえり、
「わたしは幽霊だから誰もわたしの声が聞こえないの、ぶつかっても何も感じないの」
何だか得意げにそう語る。
「そ、そんな事より大丈夫か?どこも怪我していないか?」
心配そうにそう言って彼は思わず少女に駆け寄り助け起こそうと手を差し出す。
その差し出された手に一瞬ビクンと体を震わせて、その手を見つめてしばらく何か考えてから、そしてようやく決心したような表情になって少女は恐る恐るその手を取る。
そうして助け起こされながらまじまじと握り合う手を見つめて少女は、
「わたしが触れるの、だからやっぱり幽霊なの」
うれしそうにそう呟く、
彼はその少女の手に人の温もりを感じて、
「ちょっとまてよ、おまえはさっきから俺の事も自分の事も幽霊だって言ってるけど…でもおまえの手はあったかいぞ、そんな体温があるのは生きている証拠だ。だから別におまえは幽霊なんかじゃないし俺にも体温があるから俺も幽霊じゃない、そう思うだろ?それにさっきのあのおっさんはたぶん考え事していておまえに気がつかなかっただけだ、まったくひどいおっさんだ女の子にぶつかっておいて素知らぬ顔で行っちまうとは」
そう言ってあくまでも自分の言葉を否定する彼の態度に少女はやや不機嫌になり口を尖らせ、
「わたしは幽霊なの、だから誰もわたしを感じられないの、話しかけても聞こえないの、触っても分らないの、ちょっと見ているの」
そう言って彼の手を振りほどき、そしてすぐそこのバス停の外れの歩道に座り込んでタバコをふかしている。あまり風紀のよくないそのいかにもヤバそうな風貌の若い男に歩み寄って行き、
少女はいきなり男の後頭部めがけて回し蹴りをはなった。
こんな不意打ちのタイミングでは男は避けられない!その結果…見事にクリーンヒット!
唖然としながら彼は男が地面に倒れ伏す様を想像した。
しかし後頭部にいかつい軍用ブーツでの蹴りを食らったにもかかわらず男は空を見上げて平和そうにタバコをふかしている。
「ここは喫煙禁止場所なの!」
そう叫んで少女はさらに2回そして3回と蹴りを入れる。それに渾身の力を込めているのか少女の長い髪と首の手袋が大きく左右に揺れる。しかし男はまったくダメージを受けた様子はなく、それどころ攻撃されている事にまったく何も気づいてないようだ。
それにまわりのバスを待っている人達も皆、そんな小柄な少女が男を蹴っているという非現実的な異常な事態に対して何の反応も示さない、
その様子を見て彼はようやくこの少女の異常性に気づき始めた。
「な、何で誰も騒ぎださない…本当に誰にも見えてないのか?あいつ本当に幽霊なのか?」
そうつぶやく彼の声が聞こえたのか少女は男に対する攻撃?を中止して彼の方に戻ってくると、
「私は幽霊だから誰もわたしが見えの、感じられないの、わたしが触れても向こうは何も感じないの、叩いても蹴飛ばしても痛くもかゆくもないの、わたしは幽霊だから生きている人には干渉できないの」
「本当に誰もおまえが見えないのか…本当に幽霊なのか?」
「見えないだけじゃないの、感じることもできないの、あなたも幽霊だからきっと同じなの」
そう言うと少女は彼の手を掴み強引にいきなり引っ張っていく、
「ちょっと待て、どこに…」
さっき攻撃した男の前まで彼を引っ張ってくると少女は掴んでいた手を放して、そして彼の後ろに回り込んでから、
いきなり彼を男の方に突き飛ばした。
「ちょっと、え!うわー」
突き飛ばされてもろにその男に激突する。
そして激突により座った姿勢のまま転倒する男の上に覆いかぶさる。
「な、何だ?てめえ、なにしやがる!」
「い、いや突発的な事情で」
2人は起き上がろうとじたばたするが体が絡まりあいうまく起き上がれない、
「こら!重いぞ、どきやがれ!そのあとぶっ殺す!」
激突したぐらいでぶっ殺されてはたまらない、だから彼は起き上がろうとするのを中止してその姿勢のままじたばたする男を全力で抑え込む、そうしてさてどうしたものかと思案する。しかしあの重労働後の残り少ない体力では抑え込める力に限界が近い、このままではいずれ男に振りほどかれてその後ぶっ殺されてしまう…
あせって思わず助けを求めるように顔を上げる彼の眼にこの騒動でざわつく人々の向こうから異変に気づいた駅前交番の警官が走って来るのが見える。
「しめた!」
彼はそうつぶやくと駆け寄ってくる警官に、
「おまわりさん、見た目で判断したらこいつ悪い奴です!…たぶん…」
そう大きく叫んでみた。
その警官と聞いて急に押さえ込んでいた男の顔色が変わり、そして今までの数倍のものすごい力で無理やり彼を押しのけるとすかさず素早く立ち上がって猛然と走りだす。
「おい、お前!ちょっと待て!」
その警官は叫びながら逃げた男の後を追って行く、
その2人を見送りながら彼はそのまま地面に座り込み、そしてフーッと安堵の溜息を吐いてから、
「危なかった…あいつやっぱり悪い奴だったんだ…」
そうつぶやき、そしてふと自分をこんな目にあわせた少女に対して怒りが湧き上がる。
彼は自分を不幸にした者に対しては容赦できない性質なのだ。
彼は辺りを見回して少女を探す。少女はすぐそこに立っていた。しかしなぜか最初に会った時みたいに驚きの表情を浮かべて彼を見つめている。
彼は立ち上がるとその渦巻く怒りと共に少女に歩み寄る。
「おまえいきなり何すんだよ!俺はあいつにぶっ殺されるかもしれなかったんだぞ!」
そう怒鳴り少女に詰め寄ったが、しかし少女は驚いたまま何か考え込んでいるようでそんな彼の抗議にはまったく反応を示さない、
「おい、聞いているのか?」
彼はそんな無反応な少女にイラついてその肩を掴んで揺さぶる。
すると少女は我に返り、そしてまじまじと彼を見つめてから、
「あなたは幽霊じゃないの?あなたは人に感じられるの?見られるの?あなたは何なの?」
そんな疑問を次々と尋ねてくる。
「だからさっきから何度も言っているように俺はただの人間だ。だからひどい目にあわされたら腹も立つ、おまえこそいきなり俺を突き飛ばしていったいどういうつもりだ?」
「あなた変なの、幽霊は人に感じられないの、幽霊ならぶっかっても無視されるの」
「変なのは幽霊とか言っているおまえの方だ、ん、ちょっとまてよ…幽霊は人に感じられないだと?おまえ、あいつにぶつけてみることで俺を幽霊かどうか試したのか?」
そんな問答の末に少女はコクンと頷く、
その何の悪気も無い態度に今まで渦巻いていた怒りがなぜか薄れてきて、それになんだか相手をしているのが馬鹿らしくなってしまい、さらに面倒くさくなって、これ以上この自称幽霊の少女に関わっているのが嫌になってきた。
その時、彼を見つめる大勢の視線を感じて辺りを見るといつしか周りに人だかりが出来ていて、そしてその人達が彼を見てひそひそと何か囁き合っている。
「あの人さっきから誰に話しかけているのかしら」
「きっと頭がおかしいか薬でもやっていんだろうな、だから幻覚と会話しているんだ」
「違う電波な人かも?きっと宇宙人と交信しているんだろう」
「まだ学生よ、若いのにかわいそうに」
「凶器を隠し持っているかもしれないぞ、被害が出ないうちに警察呼んだほうがいいかも…」
どうやらこの人達には少女の姿が見えないため、だから彼が存在しない何者かと会話している変な学生に見えているみたいだ。
やばい、このままこの幽霊少女にかかわっていたら麻薬常習で頭が変になってしまいそのため宇宙人の電波を送受信することができるようになった通り魔未遂事件の容疑者の頭のいかれた高校生にされてしまう、
「やめた、もうつきあってられないよ、ちくしょう、俺は家に帰る」
彼はそうつぶやくと少女をその場に残してベンチに戻り置いてあるカバンを手に取るとそのまま歩き始めた。
いつしか日は完全に暮れてしまい辺りはもう暗くなっている。
あの少女にかかわったため随分遅くなってしまった。
そして放課後の重労働とさっきの騒動のせいで彼の体はくたくたに疲れている。
早く家に帰って寝よう、そう考えていつのまにか夜になり店舗のほとんどが閉店して今は通る人もまばらになった商店街の中を早足で歩きながら、
「幽霊だか何だか知らないがああいう得体のしれない輩にはかかわらないのが1番だ」
無難そうにそうつぶやく、もしあの少女が自称するように本当に幽霊なら彼の認識している存在とは随分印象が違う、それは透けて見えたり消えたりしないしうらめしそうな顔もしていない、だいたい本物の幽霊なんか見たことないが、しかしあの少女が誰にも見えない謎の正体不明な存在であることは確かだ。
それでも彼はあの少女の顔を思い出して、
「でも、ちょっとかわいかったかな」
またつぶやいてしまう、
あの少女がちゃんとした女の子らしい服を着ていたら、たぶんトップアイドルで通用するぐらいなのに、だからアイドル事務所のスカウトがほっておかないだろうな、それに一緒に歩いているだけで男達の羨望の的になってしまうだろうな、あいつ自分の事を幽霊だなんて言っているけど本当は何かの間違いじゃないのか、幽霊じゃなかったら彼女にしたいと言う男は沢山いるだろうな、などと考えて慌てて頭を振る。
いけない、いけない、もしそんな事を考えていて心に隙を作ってしまったら、その心の隙がきっとあの幽霊少女を呼び寄せる事になる。そうして取り憑かれでもしたら大変だ。
そんな幽霊は人の心の隙に付け込んだりするんだ。そして取り憑いた相手を呪い殺すんだ。
もし本当に少女が幽霊なら絶対に人に害を及ぼす存在であるはずだ。
だから心に隙を見せたら負けだ。
「くはばら、くわばら…」
納得しようとそうつぶやくが、しかし少女の顔をまた思い浮かべると今度は残念そうに、
「でも、やっぱりかわいいよな、あんな幽霊にしておくのは勿体無いな」
そうもう1度つぶやいてしまう、
するとその時突然彼の背後から、
「誰がかわいいの?」
という声が聞こえてきた。
「わっ!」
そのタイミングのよさと聞き覚えのある声に思わず飛びあがり、そしてゾッとして振り返る。
後ろを見るとやはりあの少女が立っている。
しまった!やはり隙が出来てしまった。かわいいなんて思ったのが悪かった。
そう思って後悔するが、しかしもう手遅れ…やはり心の隙がこの少女を呼び寄せてしまったようだ。
こうなってしまったら取り憑かれる前になんとかして追い払うしかない、まずはこういう輩には気を強く持たないといけないはずだとそう考えて、
彼は顔に怒りの表情を浮かべて、そしてき然とした態度で、
「おい、おまえは何で俺について来るんだ!」
叫ぶように大きな声で問いつめる。
しかし少女は彼の質問を完全に無視して、
「かわいいって言うのは私のことなの?」
またそう聞いてくる。
「お、おまえのことじゃない…とにかく俺は家に帰るんだ。だからもうついて来るな」
「でも、さっきは、わたしの事かわいいって言ったの」
しかし少女はそう言って彼の言葉をまた無視する。
彼はそんなことを言ったかなと思い、そうしてさっきの出来事を思い出す。
そういえばあの時そんなこと言ったかもしれないが…しかしこいつ何でそんな事を何度も聞くんだ…
そのことを疑問に思い、そんな言葉にこだわる理由をしばらく考えてから急にはっと思いつく、
やっぱりこいつ俺を誘惑して取り憑くつもりだと…そう確信する。
「そんな事をたぶん言ったような気がするかもしれないが、でもだ。おまえ幽霊なんだろ?昔から妖怪や幽霊なんかはかわいい女の子に化けて人間に悪さをするんだ。それが常套手段なんだ。だからそんな姿に化けて油断させてから俺に取憑くつもりでも絶対に騙されないぞ!」
この幽霊少女の悪巧みを暴露する。
しかし少女はなんの悪意も害意も企みもないそんな風な涼しい顔をして、
「幽霊は人に触っても感じてもらえないから悪いことはできないの、化けることもできないの」
そう幽霊の無害さを主張する。
「何だと、そんな事がよく言えたな、さっきおまえが俺にした事は?あれはおもいっきり悪い事だぞ」
しかし少女は悪びれた様子もなく、
「あなたも幽霊だと思ったの、でもちがったの、だからあなたの事か知りたいの」
そう言って再び繁々と彼を見つめる。
「俺は普通の人間だって何度も言ってるだろ、それに俺の事が知りたいって事は…やっぱりおまえ俺に取り憑くつもりだな」
少女はそんな言葉に首を振ると、
「わたし話をしたのは久しぶりなの、手をにぎってもらったのも久しぶりでうれしかったの、かわいいって言ってもらってうれしかったの」
そう言って少女はニッコリ笑う、その笑顔はドキッとするほどかわいい、そしてそれはなぜか彼の心に触れる笑顔だ。
彼はしばらくその笑顔に見とれいて、そして突然ハッと我に返り、
「ちくしょう、そんな顔しても騙されないぞ」
そう叫んでいきなり走りだした。
とりあえずあいつから逃げないと、このままでは取り憑かれてしまう。
そう思いながら彼はカバンを抱え陸上の短距離選手並みの速度で駅前の商店街の中を疾走する。
そして100mほど走って、もう商店街から区画整備中の住宅地に入った所で走れなくなってしまいそこに立ち止まってしまった…
「ぜぇぜぇ、もうだめだ…」
そうして、その場にへたり込んでしまう、
「はぁはぁ、ぜぇぜぇ、ちくしょう、いつもろくにめし食ってないから体力が…」
あがってしまった息でそうつぶやく、あの放課後の重労働に加えさっきの騒動のせいで疲労が激しくもはや体力の限界が近い、
こんな有様ではとうていあの幽霊少女から逃げられない、
そう思案していると案の定、
「どうして逃げるの」
彼の背後から声がかかる。
彼はうんざりした表情になってよろよろと立ち上がり、そして声の主の少女に、
「どうしてついてくるんだよ…俺は疲れているんだ…お願いだからもう勘弁してくれよ…」
哀願するように頼んでみる。すると少女はまた笑顔になって、
「お話しするの、とても楽しいの、だからもっとお話しがしたいの」
「話がしたいなら仲間の幽霊とすればいいだろ、おまえと話していると俺は世間から壊れた人間扱いされてしまうんだ」
「幽霊はわたししかいないの、だから死んでから今まで誰ともお話していないの、それに人間がこわれたら死んじゃうの、そうしたら幽霊になるの」
あくまでも彼の願いを無視して付きまとう少女にもうどうしていいかわらなくなり、思わず彼は、「あーっ!」と叫んで両手で髪の毛を掻きむしる。そのまましばらく髪をかきむしっていて突然に少女の言った不吉な言葉を思い出して、そしてハッとして我に返ると、
「やっぱりおまえ俺に取憑くつもりだな…俺を社会的に孤立させ、そうして自殺に追い込みそちらの世界の住人に仕立て上げて、そうして仲間にしょうという魂胆なんだな…ちくしょう!そうは問屋がおろすか」
そう叫んで、このままでは必ずこいつに殺されて俺も幽霊にされてしまう、なんとかしないといけないこんな幽霊を撃退するにはどうすれば…
あせる心で考えて、そしてこの幽霊少女を追い払う方法をいろいろ検討する。
十字架は吸血鬼か悪魔用みたいだし、それに聖水は西洋的だし東洋の幽霊には効かないかも?東洋なら清めの塩か…それにお札に御経に、しかし今はどれも持ってないし…今持っているのは…お守り…そこまで考えてそうして思い出す。
「そうだ!これがあったんだ!」
そう叫んで彼は懐をさぐってあるものを取り出す。
それは彼がいつも肌身離さず持っていて、そしてお守りにしている大切な母の形見だ。
それは大きさは神社のお守りくらいの黒い布の袋で表面に金色の糸で文字が刺繍してある、しかし彼が知らない文字で書かれていて読むことができず、だから何が書いてあるのか解らない、
それは見た感じはお守りというよりもなんとなく魔術的な雰囲気の代物だが、しかしその袋の中には母が他界する間際に彼に託したある物が入っている。
その袋を見つめて、そして他界する間際の母の言葉を思い出す。
「この中の物はお守りなのよ、これはあなたの運命を左右するようなそんな大きな出来事が起こった時にきっとその事を教えてくれるわ、そうして、もし自分の力でも他の人の力を借りてでもどうにもならない、そんな事になってしまっても、希望を捨てずに、そうしてこれに望みを願えばきっとこれはあなたを助けてくれる力になるわ、だから大切にしてね」
そう言って微笑みながら彼の手にこの袋を託して、そしてそのまま遠い所に行ってしまった母の言葉とこのお守りの力を信じて、
「悪霊退散!」
そう叫んで袋を少女に突き付ける。
「これでおまえもおしまいだ。だから迷わず成仏しろ」
そう言ってニヤリと笑い何か神秘的な力が働いて少女を撃退する様をいろいろ想像する。
しかし少女はキョトンとした顔をして袋を見つめているだけで彼の望む変化は想像に反して一向にに起きる気配がない、
やがて不審に思い少女に尋ねる。
「おい、おまえ痛くないか?苦しくないか?眩しくないか?この世の未練はなくならないか?成仏する気にならないか?お迎えがこないか?」
しかし少女はキョトンとした表情のまま首を横に振る。
「くそ~母ちゃんこいつはガセかよ~」
そう叫んで突きつけている袋を見つめていると少女がいきなり手を伸ばし彼の手から袋をサッと取り上げる。
「これ知ってるの、見たことあるの」
そう言って少女は手にした袋を見つめる。
「な、何すんだ返せ!」
そう叫んで彼は袋を取り返そうと手を伸ばすが、しかし少女はその手をかわして、そして紐を解いて袋の口を開ける。
すると日が暮れて暗くなった住宅地の一角に小さな光が生まれる。
少女の開けた袋の中が光っている。
そして少女の顔が青い光に染まっている。
そして少女が袋をさかさまにして中身を手の平に乗せるとそこには小鳥の卵ぐらいの大きさの物が携帯電話のディスプレイの照明ぐらいの淡く青い光を放っている。
彼は唖然とそれを見つめる。
彼の知っているそれは見た目も普通のそこら辺に売っているガラス細工のようなただの青い石で、だから電気なんかで光るようにはなっていないし蛍光剤が塗ってある訳でもない、だからに今までこんな風に光った事など1度もない、
「な、なんで?どうして光っているんだ?」
思いもよらない出来事の疑問をつぶやく彼の手に石と袋を返して少女は、
「同じなの」
そう言ってニッコリ笑いながら首筋に手をやって何か取り出す。
それは少女が首にかけているペンダントで彼の物と同じぐらいの大きさの石が取り付けてあり、そしてそれが彼の石と同じように青く光っている。
「な…何で?おまえがそれを持っているんだ!」
光る彼の石と同じものが存在する事に驚き思わずそう叫ぶ、
「お母さんに貰ったの、お守りなの、私が死ぬ時から光っているの」
そのお守りという説明に違和感を覚えて思わず、
「お守りって?…それ全然お守りになってないぞ…大事に持っていても死んでしまったら守ってもらってないって事だ。それじゃあお守りの意味ないし、それに死ぬ時に光るって?」
そう言って彼は手の平の青く光る自分の石を見つめる。この石は彼の望んだように何か神秘的な力を発揮しているみたいだが、しかしそれはお守りとしての守護の力ではなく何か別の力のようだ…
「ちょっとまてよ…俺はまだ死んでないぞ」
やがて少女は彼の手の石と自分の石を交互に見つめながら何かを納得したように、
「きっとあなたは死ぬの、今は死んでなくてももうすぐ死ぬの、そうして幽霊になるの、だからわたしの事がわかるの」
彼はその死の宣告のような言葉に青ざめた顔になり、そして少女の真の正体を予感する。
「お…おまえは幽霊とか言って本当は死神なんだろう?俺に死の宣告をしに来たのか?魂を刈りに来たのか?俺の前に現れたのはそれが目的か?」
彼は怯えるようにそう言って少女が突然死神に変身して黒いマントを靡かせ、そして大鎌を掲げる姿を想像する。
しかし少女はその問いかけを不思議そうに聞いて、
「わたしは死神とは違うの、幽霊なの、あなたに会ったのは偶然なの、でもあなたも石を持っているの、だから友達なの、わたしは友達ができてうれしいの」
そう言ってうれしそうに微笑む、
彼はそのぞっとするような死神の微笑?に死神ではないと言う少女の言葉が信じられず、
このままでは俺は死んでしまうのか?そして幽霊になるのか?友達だって?下手したらこの死神少女の下僕の黒猫にされてしまうのか?そんなの嫌だ!きっとこの石が全部悪いんだ!死神が同じ物を持っているって事は、こいつはきっと呪いの宝石だ!こいつが死を呼び寄せるんだ。だからこいつが現れたんだ。ちくしょう、こいつはお守りだなんてとんでもない!死んじまう前に早くこいつを捨てないと…
焦りながらそう考え、そして手の石を握りしめて、
「あーっ、母ちゃんこれお守りどころか死を呼ぶ呪いのアイテムだぞ、なんて物をよこすんだ!」
そう叫んで思いっきり石を暗闇に投げ捨てる。
「よし、これでもう大丈夫なはずだ」
その災厄の根源は処分した。
だから死神の標的は次にあの石を拾った不運な者に変わるはずだ。そして新たな標的の許へ移動するために少女も姿を消すはずだとそう想像して、しばらく状況を見守る。
しかし目の前には依然少女が立っていて想像していたみたいに消さるような気配はない、そのまましばらく少女を睨んでいても状況にまったく変化は生じない、だから次第に不安になり、
「なぜ消えないんだ俺はもう石は持ってないぞ?」
思わず疑問をつぶやいてしまう、
しかし少女は不思議そうに首を傾げているだけだ。
「捨てたぐらいじゃこの呪いは解けないのか?」
この変化しない状況にがっかりしてまたそうつぶやく、そしてなんとかして解呪する方法を探さないとやばいぞと、再び焦ってそう考えているその時に石を投げた捨てた方向から、
「おいお前、この俺によほど恨みがあるみたいだな、こんな物を頭にぶつけやがって…」
そんな怒りに満ちた声がする。その声のした方を見ると街灯に照らされて姿を現したのはさっきバス停で少女に突き飛ばされた時にもつれ合った男だ。
その男は彼が投げ捨てた光る石を手にして餓えたライオンのような凶暴な顔で頭を押さえて歩いて来る。
「もう覚悟は出来ているんだろうな、今度こそぶっ殺してやる…」
そのセリフと男の狂暴な雰囲気に思わず身の危険を感じて、
「やばい、今は戦えない逃げないと殺される」
そうつぶやいてみても、今はもう男とやり合う力も走って逃げるだけの体力も残ってない、
しかし問答無用でぶっ殺されたら大変だ。こうなったら事情を説明してわかってもらうしかないと思い、
「あ、いや…俺は別にあんたに恨みなんかない、さっきの事も今の事も実はたぶんその石の呪いによるとても不幸な偶然で…だからその話を聞いてくれたら一応事情は解ると思うから」
そう言ってなんとか事情を説明しようとするが、しかし怒る男は彼の話を全然聞こうとは思ってないようでまるで悪鬼のような目で彼を睨みながら前に来ると、
「うるさい!わけわからん事を言いやがって、お前を今度こそぶっ殺す」
そうわめいて手に持った石を投げつけてくる。
それを避けようとしてできた隙に男はすかさず腕を伸ばし、そして彼の胸倉を掴んでいきなり膝蹴りを放つ、その重い蹴りの衝撃を腹に受けて苦痛で息ができなくなり目が白黒する。
これが石の呪いなのか?俺はこの男に殺されるのか?苦しみながらそう考える。
男は彼を突き放すと今度は右の拳で殴りかかる。
彼はその突き出される拳を避けようとするがさっきの膝蹴りのダメージのせいでうまく動けず、そして運悪く前のめりになってしまった。
そこに男の渾身の右ストレートがカウンターとなってまともに入りその衝撃が彼の脳を揺さぶる。
そしてその激痛の後、彼の目の前がぼやけていき次第に暗くなる。
そこで彼の意識が途切れる。
しばららくして苦痛で意識が回復する。
地面に横たわる体のあちらこちらが痛い、あの気を失った後も男は彼に容赦なく執拗に蹴りによる攻撃を加えていたみたいだ。
口の中に血の味がする。
ペッと血で真っ赤になった唾を吐いてから、
「痛って~ちくしょう」
そうつぶやいて彼は立ち上がろうとするが、しかし全身を襲う激痛に立ちあがる事ができず無理に立とうとして意識が朦朧となり思わずその場に座りこんでしまう、
体中が痛くて死にそうだ。でも痛みを感じるという事はまだ死んでないみたいだ。
幸いなことに今回はあの呪いの石は充分にその効力を発揮しなかったみたいだ。
「あの少女と男は?」
そうつぶやいてから辺りを見まわすが誰もいない、あの少女も姿を消し、そして彼を充分に痛めつけた事に満足したのかあの男もこの場を立ち去ったようだ。
もう暗くなった区画整備中の住宅地、だから誰も通る人はいない、こんな寂しい場所にいたらやがて野垂れ死にしてしまう、だからこんな場所に長居はしたくない、それにあの少女のせいで今日はものすごく疲れた。早く、一刻も早く家に帰って眠りたい、
そう思いなんとかして立ち上がろうとする彼の目にあの石が光を放って転がっているのが見える。
激痛に耐えながらようやく立ち上がった彼はそれを拾いあげて、
「うう~、やっぱりこれは呪いの石だ。不幸の元凶だ。う~こんな物があるからひどい目に…」
そうつぶやいてからそして再び石を投げ捨てようとする。
しかしその時、突然彼の背後から声がかかる。
「だめなの!その石は大切にしないといけないの」
蒼ざめた顔で彼が振り向くとそこにあの少女が立っている。
その姿を見て彼はものすごくうんざりした表情になって、
「うう~、ま、また現われたのか、しぃ、うう~、死神めぇ、でも、あいにくボコボコにされたけど俺はまだこうして生きてるぞ、お、おまえの計略どおりにはいかなくて残念だった、な、うう~、だからもう俺の魂の採集はあきらめ、て、うう~、天国か地獄か知らんけど、さっさと帰ってく、れ、うう~、俺も帰って寝る」
痛みに呻きながらそう言うと手にした石をそのまま地面に捨てて彼はよろよろと歩きだす。
「まってあなたは怪我したの、だから手当するの」
その意外な言葉に思わず足を止め振り返る。
よく見ると少女は大量の包帯や絆創膏や湿布薬や傷薬を腕に抱えている。
「うう~、お、おまえ、それどうした?」
「向こうの薬局から持ってきたの、わたしもよく怪我するの、だから手当するの、とても上手なの」
少女はそう言ってニッコリ微笑む、
「持って来たって?買って来たの間違いか?うう~、と、とにかく俺は帰って寝るんだ!どうせ元気にしてからまたいたぶるつもりなんだ、ろ、ただでは殺さない…うう~、苦しめて、か、からか…うう~ その手に乗るか、手当なんか必要ない、うう~、だ、だから、頼むからもう俺にこれ以上かかわらないで、うう~、くれ」
彼はそう言ってまたよろよろと歩き始める。
しかし少女は彼が捨てた石を拾い上げそれをベストのポケットに入れてから、そしてよろめきながら歩く彼の後ろをついていく、
そうして区画整備中の寂しい夜の住宅地の一角から人影が消える。
しばらくして人通りのない区画整備中の住宅地のさきほどの場所を誰かが通りかかる。
黒いコートにフードを被ったその人物は道に落ちている物に気づいて立ち止まる。
街灯の光に照らされて金色の文字が光っている。
それはあの光る石が入っていた小さな袋、
その金色の文字に興味を惹かれ、その人物はそれを拾いあげてそこに刺繍してある文字を、
「絶望する者達よ代償を払う意志があるなら、望み、願い、祈りなさい、そうすれば奇跡は必ず起こるだろう」
そう声に出して読んでみて、そして肩をすくめる。
声の主は女性のようだ。
「奇跡を望む人がここにもいるのね」
彼女はそう言って首を上げ、そして空を眺める。
その夜空には無数の星が輝いている。
「奇跡を望む人…どうか貴方は不幸にはならないで…そう願いたいわ」
そう言い残して彼女はその場を立ち去っていく、右足を引きずりながら。
彼は必死に闘っていた。 体のダメージは想像した以上に深刻だ。
その苦痛と脱力感、疲労の限界、渇きと空腹、それに猛烈な睡魔が周期的に襲ってきて、そして歩こうとする彼を阻む、
さっきの住宅地から彼の住むアパートまでは徒歩で15分ほどの距離なのに、しかし今はそれが永遠の行程に感じられる。
もうだめだ…限界だ…と立ち止まる度に後ろから、
「大丈夫なの」
あの少女の声がかかる。
死神は確実にそこにいる。
「うう~、死んでたまるか」
その度にそうつぶやいて気力を奮い起こし、ようやくよろよろとまた歩き出す。
家に帰るんだ。
あの家の中まではこいつは入ってこないはずだから安全だ。
朦朧とする意識で確証がない事を希望に思い彼は必死に歩く、
そうして永遠と思われた行程の後に、ようやく彼の住むアパートが目に映る。
築30年以上のぼろい木造2階建ての建物が今は石造りの強固な城塞に見える。
しかしもう立っていられない、だから2階の彼の部屋に続く鉄製の階段を這いつくばって昇る。
そして何度も転げ落ちそうになりながら最後の難所を通過する。
その2階の廊下の先にある彼の部屋の扉の前に這いずりながらようやく到着する。
部屋の鍵をポケットから取り出そうとする。
でも手が震えてうまく動かずなかなか取り出せなくもどかしい、しかしようやく取り出せた。
そうして残された全ての力をフル動員して立ち上がって鍵をあけようと腕を伸ばしてドアの取手を掴むが、しかし力が入らずどうしても立ち上がれない、
「なんで…だよ…ちくしょう…」
そうつぶやきながら悔しくて涙が溢れる。
そして彼はついに限界を迎える。
その場に倒れ伏してしまった。
その薄れゆく意識で向かいの家に飾られた。そのすこし気の早いクリスマス用のイルミネーションを見つめる。
壁一面に青い光が点滅して輝いているのが涙でぼやけて見えて、
「呪いの石がこんなに増えてしまった…もうだめだ。死ぬ…」
そうつぶやいてから完全に意識が途切れる。