ミラクルストーンズ
12 ミラクルストーンズ
岩城ビル、その正面玄関のガラスの自動ドアが突然割れて飛び散り、そして中から爆音と共に1台のサイドカーが飛び出して来る。
そのサイドカーはビルの前の階段をジャンプしてそして前の道路の駐車帯に止められている金色の1BOXカーの横に走り寄る。
「平次!誰か戻ってきたか?」
サイドカーを運転するメイドの格好をした女性が車の前で屈伸運動をする男にそう尋ねる。
「まだ誰も戻ってきてませんぜ、それより姉さんどうしたんで?バイクに乗るなんてあっしがラッキーストーンズにタイマン張りに行った時以来じゃないですかねえ」
しかし美沙希は平次の質問を無視すると、
「誰も戻ってないか…」
そう呟いてビルを見上げる。
「もう堪忍して…」
バイクの後部シートの沙希美はそう呟いてからふらつきながらバイクから降りて道路にへたり込む、そして目の前の地面に胃の中の物をぶちまける。
「ちょっと美沙希、ここから出られないの助けて…」
腕をじたばたさせて香奈枝が叫ぶ、その中年太りの香奈枝にはサイドカーの側車のシートはかなり窮屈だったみたいだ。
そんな様子を見つめて溜息を吐くと美沙希は、
「助けに戻らないといけないか…」
そう呟いてバイクのエンジンをかけようとする。その時、
「おお!おまえら無事だったか!」
砕け散った自動ドアの中から出てきた男が手を振りながら皆に声をかける。
「新庄!あんた無事だったの?」
思わずそう尋ねる美沙希に新庄は、
「無事だったのか?そう聞かれたらそうだとは言えないが、しかし一応は生きているぜ」
笑顔でそう答える新庄を寂しげに見つめて美沙希は、
「あんたは希願したのね…」
そう言って目を伏せる。そして、
「絵里ちゃんもそうなの?」
顔を上げ新庄にそう尋ねる。
「あの子ならあそこだ」
新庄はビルの上の空を指さす。
そこには風に漂うようにビルの谷間を何か白いものがゆっくり舞い降りて来る。
やがてそれは人の姿だと確認できるまでに大きくなる。
その華麗に舞い降りてくる作業用の白いつなぎを着た少女はなぜか必死な形相で、
「風に流されちゃう!誰か受け止めて!お願い!」
そう叫んでじたばた腕を振る。
「だから俺と一緒にエレベーターで降りればよかったのに」
そう言いながら新庄が漂う絵里の足を掴む、
「あんたと一緒にエレベーターに乗るなんてもう御免だわ」
そう言って絵里は新庄に覆いかぶさる。
「うわっ!」
急激に重くなった絵里の体重を支えきれずに新庄が地面に倒れる。
「御免遊ばせ、ホホホッ」
新庄の背中に馬乗りになった絵里は上品そうに笑うが、
「お前何キロあるんだ!重いぞ動けない…」
絵里の尻の下で新庄が惨めにもがく、
「女性に体重を尋ねるなんて失礼な男ね、でも特別に教えてあげるわ、ほんの2tよ」
そう言って絵里は魔女の微笑みを浮かべる。
やがて、ボキッと音を立てて新庄の背骨が折れる。
「ぐうっ…」
そう呻いて白目を剥いて新庄は絶命する。
「さっきの失敗のお仕置きよ!」
そう叫んで絵里は新庄の背中から立ち上がる。
「死んだんですかねえ?」
屈伸運動をしながら平次が新庄を見つめる。やがて、
「くそっ!小学校の修学旅行の思い出が…」
そう叫んで新庄が起き上がる。
「新庄は不死身だから殺しても死なないの生き返るのよ、でも死ぬ度になぜか物忘れがひどくなるみたいだけど」
ぎょっとして複活した新庄を見つめる皆に絵里がそう説明する。
「それが石に代償を支払って得た能力と言うわけね、ご免なさい、このわたしがちゃんとみんなを助けられたらそんな目に遭う事は無かったのに、あなたたちに絶望を感じさせる事なんてなかったのに…」
「いいえ、そう絶望を感じたけど希望は手に入れたわ、その為に失った物は決して小さくないけれど…でもいつかきっとそれを取り戻せる。そう信じることに私は決めたの」
絵里のその言葉に美沙希はニッコリ微笑むと、
「前向きね、それが希望と呼べるものよ、やっぱりあなたは強いわ」
そう言って絵里の頬を優しく撫でる。
「くすぐったいわ…」
そう言って顔を背ける絵里の頬には涙の痕がある。そして新しい涙がその痕を伝い流れ落ちて行く、
絵里にハンカチを差し出して美沙希は辺りを見廻す。いつの間にか集まった野次馬達が皆を取り囲んで見つめている。そうして遠くでパトカーのサイレンの音がする。それは1台や2台ではない、なぜか街中の警察車両がここに集まってくる。そんな嫌な予感じがする。
「ヤバイな、ここから早く退散しないと面倒なことに…」
そんな予感に美沙希は焦り出す。その時、
突然ビルの上の方から大音響が聞こえてくる。その音に美沙希もみんなも野次馬達も一斉に上を見上げる。
ビルの最上階の1部が崩壊し、そしてその破片が下にいる一同に向い現在落下中だ。
それを見た野次馬達はパニックになって逃げ惑う。
「母さんお願い!」
そう叫んで美沙希は新庄と絵里の手を取るとサイドカーからようやく抜け出した香奈枝の許に走る。
「大丈夫よ…」
青い顔で上を見つめる沙希美がそう呟く、
緑の光、香奈枝の貼る結界は皆を落下する瓦礫から守るがその範囲は狭い、あの金色の車とその横にいる若者は対象外だ。
大きな瓦礫が落ちてくる。その下には金色の車が…
「こなくそっ!」
突然、叫び声を上げた平次が車を持ち上げ走り出す。そして危機一髪、地面に落ちて粉々になる瓦礫を避ける。
「ええっ!」
意外な展開に絵里が思わず声を上げる。
「あいつも一応は希願者なのよ、でも馬鹿力だけしかとりえは無いけど…」
肩をすくめて美沙希が皆に説明する。
「あんな脳天気な奴が絶望するなんて…」
そう言ってありえない者を見る目で絵里は平次を見つめる。
「絶望したからああなったんだけど…」
そう言いながら美沙希は通りの向こうを見つめる。そこにはサイレンを鳴らし赤色灯を点滅させた車の群れがこちらに近づいて来ている。
「平次!マッポの足を止めろ!」
「へい承知!」
そう返答して平次は両手で抱えた金色の車を下に降ろしてから、そして落ちている瓦礫を持ち上げて警察車両に向い次々と投げつける。
見る間に道路は瓦礫で埋まり警察車両は通行できなくなる。
しかし車両から降りた警察官達が拳銃を構えて一同ににじり寄る。
「おとなしくしろ!抵抗すれば発砲する!」
リボルバーを構えた私服警官と思しき1人がそう叫ぶ、
「ありやっ!あいつは県警本部の岩峰警視だ。またやっかいな奴が…」
その私服警官を見て新庄がそう言った時にその相手も新庄の存在に気づく、
「新庄!お前が岩城ビル襲撃のテロリストか?最上階に爆弾まで仕掛けやがって、やはり昔からお前は胡散臭い奴だと思っていたんだ。そしてついに尻尾を出したという訳だな、これで容赦なく逮捕してやれる!」
「待てよ旦那!俺はテロリストなんかじゃねえ!そんな爆弾なんか知らねえ!」
そう叫んで慌てて瓦礫の陰に隠れる新庄に向かってなぜか警官隊が発砲する。
「冗談じゃねえ、いきなり発砲するか?逮捕するんじゃないのか?人権はどうなってんだ?」
その銃撃に瓦礫の陰でぼやく新庄に香奈枝が、
「岩峰警視は組織の幹部よ、メタルグレーストーンと呼ばれているわ、そんな鉄色の石を持つ希願者よ、だから県警の特捜部は彼の私兵の集まり、言うならば組織の別動隊と言える存在よ」
「奴は組織の犬共の仲間って事か?でもそんな連中に囲まれてしまったら動きが取れなくなるぞ」
意外な事実に驚愕し焦る新庄を見つめて美沙希は、
「やはり蹴散らすしかないか…」
そう呟いてサイドカーのエンジンをかけようとするが、その時拳銃を構えた警官達が突然1人2人とバタバタ倒れ始める。
「なにっ!」
そんな光景に驚愕する岩峰の前に突然男が出現する。そしてその男が、
「警察には恨みが多いんでな、だから手加減しないぜ」
そう言って無表情に岩峰を見つめる。
「お前は石崎鉄男…あの魔王のせがれがなぜここに?」
驚きながらそう尋ねる岩峰に石崎は笑みを作ると、
「組織を潰す事が生きがいになったのさ」
そう嘯く、
「面白い、この組織に歯向かう奴は死ぬ、ならお前もだ!」
気を取り直した岩峰はそう叫んでリボルバーを発砲する。
弾丸は石崎に命中する。そしてその体を吹っ飛ばす。
「!?」
吹っ飛ばされ転がりながら石崎は驚愕する。
「俺の弾丸は威力が変わる。その相手の硬さに対応して、だから戦車の装甲でもこの銃で打ち抜く事が出来る。しかしお前はかなり硬いいようだな、そして柔軟でもある。だから一発で撃ち抜けなかったが…しかし今度は必ず打ち抜いてやる」
そう言ってリ不敵にボルバーを構える岩峰の前から突然、その標的の石崎の姿が消える。
「無駄だ!」
そう叫んで岩峰は再び発砲する。
そして突然姿を現した石崎は再び吹っ飛ばされて地面に転がる。
「無駄だ。どんなに速く動いても俺の弾丸は必ず命中する」
そう言って銃を構える岩峰を、その姿を口から血を流しながら無表情に石崎は見つめる。
体はどこも痛くない、その感覚は既にもう無い、しかしダメージを受けている。この動かぬ体がそれを証明している。
こいつは強敵だ。こいつと殺り合えばまた絶望するだろう、そして新しい力が手に入る。それは生きてさえいられればのはなしだがな…
そう考えて石崎はまた笑みを作る。それは運命に全てを委ねるように、
「死ね」
そう告げて岩峰は凶暴に笑いながら石崎に銃を構え撃鉄を下す。しかしその時突然岩峰に襲いかかる者がいる。
「がああああああぁっ!」
赤く目を光らせた羅冶雄が雄叫びを上げて岩峰に殴りかかる。
「何っ?」
慌てて岩峰は銃を構え直し襲い来る羅冶雄に発砲する。しかしなぜか何の効果も示さない、この襲い来る者を止められない、そうだ。狂戦士化した羅冶雄は無敵の存在と化す。だからどんな攻撃も受け入れないし効果を示さない、
反撃出来ない岩峰は羅冶雄に殴られ数10mを吹っ飛ばされる。そして動けなくなる。
「ちょっと!何よあれ!」
驚愕した美沙希が思わず叫ぶ、
「やべえ…あいつまた狂いやがった…」
そう呟く石崎に、
「どう言う事よ?」
そう尋ねる美沙希、それにいつの間にか傍にいた希美が、
「彼は絶望して希願したの、そして怒りの衝動で無敵の狂戦士となる力を得たの」
悲しげにそう答える。
「おい、このままあいつをほおっておいたら皆殺されるぞ、あいつは敵味方の見境がつかないからな…」
赤い目で皆を睨みつける羅冶雄を無表情に見つめて横たわる石崎が皆に告げる。
「平次!彼を止めろ!」
「へい承知!」
美沙希の指示で走る平次はラグビーのタックルの要領で羅冶雄に飛びつきをはがい絞めにする。
その強力な腕力が羅冶雄を拘束する。しかし、
「なんですかね?こいつは…」
動こうともがく羅冶雄を押さえつける平次はそう言って必死の形相を浮かべる。
「がああああああぁっ」
そんな雄叫びを上げて平次を引きずり歩く羅冶雄の前に絵里が立ちふさがる。
「あんた!何やってんのよ!」
そう言って口から泡を吹き赤く変色した目で睨みつけてくる羅冶雄の頬を平手で殴る。
「あんたにはしなければならない事があるんでしょ!あの多舞ちゃんを助ける。それを忘れたの!」
その言葉を聞いて羅冶雄の様子が急激に変化する。あの目の赤い光が消えていきやがてキョトンとした表情になる。そして我に返ると思わずつぶやく、
「あれ?俺は…」
その様子に呆れたような笑みで絵里が、
「爆弾はもう消えたって言ったでしょ、まだ残っているの?」
そう尋ねるが羅冶雄は、
「爆弾?」
またそうつぶやいて不思議そうに首を傾げる。
「あの子の名前が彼を正気に戻すキーワードと言う訳ね」
その様子をフードの中で見つめ希美が納得したみたいにそう呟く、
「とにかくここから逃げるぞ、だからみんな早く車に乗れ!」
いつの間にか車に乗り込んだ美沙希が運転席から皆にそう声をかける。
「情けない話だが俺は動けない…」
そう言う石崎を助け起こしながら羅冶雄が、
「おまえが殺されると思ったらなぜか急に意識がなくなった。いったい何があったんだ?」
なぜか納得できずにそう尋ねる。
「ああ、そうだな…馬鹿が生まれたんだ」
そう言って石崎は笑みを作る。
「馬鹿?なんだそれ?」
羅冶雄はそう言ってまた不思議そうに首を傾げる。
一同が車に乗り込んだ時、それを見計らったように通りの向こうから大群の警察車両が姿を現す。
「よし全開で行くぞ!」
美沙希がそう叫んで強引に車を発進させる。
「堪忍して!」
沙希美がビニール袋を用意しながらそう叫ぶ、
その金色の車は果敢に迫りくる警察車両に突っ込んで行く、そしてその間隙を抜けて逃走する。
その車のエンジンは凶暴に咆哮する。それは目を覚ました魔獣のように、
全ての交通法規を無視してその金色の魔獣は一般道を疾走する。
「叔父さんやるわね」
満足そうに微笑みを浮かべながら美沙希はアクセルを目一杯踏み込む、
そのバックミラーに警察車両以外の追跡車が姿を現す。
それはレーシングカーそう呼ばれても不思議のないそんな外見をしている。
そしてそのマシンからいきなり銃弾が発射される。
しかし美沙希はひるまない、その事実は既に知っていたから、
「右に車線変更してこれを投げるの」
青い顔しながら沙希美が叫ぶ、
平次が手にしたビニール袋を窓から投げる。
それは追跡車のフロントガラスに当たりそして貼りつく、
突然視界が遮られた追跡車は速度を落として、そして見えなくなる。
「凄い威力で、ゲロも馬鹿に出来ませんね」
そう言う平次は後ろから沙希見に頭を殴られる。
しかし追跡車を振り切って安堵した一同の上空にヘリコプターが現れる。
それも普通のヘリコプターではない、攻撃ヘリ、そう呼ばれる軍用ヘリが、
「あんな物まで組織は運用できるのか?…」
その姿を見て新庄が叫ぶが答える者は誰もいない、その不吉な姿になぜか皆は魅入られている。
そのヘリからバルカン砲が掃射される。
咄嗟に美沙希はニトロのスイッチを入れる。
急激に車は加速する。そしてバルカン砲の掃射を避ける。
「ミサイルが…」
その急加速に顔をしかめながらそれでも後ろを見つめる新庄が悲痛に叫ぶ、
攻撃ヘリからミサイルが発射される。
しかし美沙希は窓から何かを投げる。それは催涙ガスの手榴弾、その爆発の閃光にミサイルは引き寄せられる。
ミサイルの爆発による閃光と爆風、危機一髪、なんとかそれに巻きこまれず車はトンネルに潜り込む、
「あんな奴から逃げられないぞ!」
そう叫ぶ新庄に不敵に微笑んだ美沙希は、
「ならば落とせばいい」
そう言って助手席の平次に手榴弾を渡す。そして、
「トンネルから出たらピンを抜いてこれを前に思いっきり投げろ!」
そう指示する。
「へい了解!」
指示されたように助手席の窓を開けて身を乗り出した平次はピンを抜き構える。
トンネルを抜けた先には攻撃ヘリが待ち構える。
そこに強靭な腕力で投擲された手榴弾が飛ぶ、それは普通の数十倍の速度で、まるでミサイルのように、
そして爆発の音響の後、あの追跡者はその姿を消す。
「まるで出鱈目だ…」
新庄が呟く、それは自分が戦場で得た常識はここには無い、そんな光景を目にしているから、
「どこに向かうの?」
フードの奥から希美が姉に尋ねる。
「奥様の所にたぶんあそこ以外に今は安全な所はない…」
そう答えて美沙希はアクセルをさらに強く踏み込む、
金色の怪物はは山道を信じられない速度で突き進む。
逃れるために、でもそれは決して後ろ向きではない、なぜなら、ここにいる全員が持っているのだから、そんな希望を手にしているのだから。
山奥の朽ちはてかけた洋館の前に皆は佇む、
車から降りた美沙希が洋館の扉を開ける。そして、
「ようこそ希望の館へ」
そう言って皆に頭を下げる。
「希望の館…」
そう言われた屋敷を見上げて羅冶雄がつぶやく、
そして招かれるままに一同は屋敷の中に入る。そこには一人の幼女がいる。
「ようこそいらっしゃいました。そう奥様に迎えるように言われたの」
その幼女はそう言ってめんどくさそうに皆に頭を下げる。
美沙希と同じメイドの格好をした可憐な幼女を繁々と皆は見つめる。
「奥様は変わりない?」
そう尋ねる美沙希に幼女は、
「ええ、変りないわ、あんたが遊んでいてもね」
そう無愛想にそう言ってそっぽを向く、
「かわいくない!叔母様の癖に」
そう言って美沙希は拳を握る。
そんな美沙希を無視して幼女は、
「あれ?香奈枝姉さん、あんたどうして此処に?」
不思議そうに首を傾げて幼女は中年太りの女性を見つめる。
「永遠美、実は大変な事になったの…」
香奈枝は訴えかけるようにそう告げて永遠美を見るが、
「あんまり関係ない」
そう言って永遠美は顔を背ける。
「この人はわたしの叔母さん、そう母さんの妹なの、見ての通りの希願者よ、でも希願した事で関心を失なっなったの、彼女には自分の事以外何も他人に関心がないの、この永遠に年を取らない事を得るために、だから外見は10歳のまま永遠に成長しないの、だから永遠に馬鹿なクソガキなの」
そう紹介しながら美沙希は永遠美を睨みつける。
「誰が永遠のガキなのよ!この暴走女が、でもそれはどうでもいい事ね」
そう言って笑いを浮かべて永遠美は皆を見る。
「この人は機械的にしか物事を見られない対応できないし他人に関心が持てないの…」
そう言って寂しそうに美沙希は肩を竦める。
「とにかくみんなはゆっくりして、わたしは食事を作るわ、それから奥様に逢いましょう、そうすればわかるはず。これからどうすればが…」
そう言って美沙希は屋敷の奥に消える。そしてそこから、
「こらっ!クソガキ、夕食の準備よ、さっさとしろ!」
そう叫ぶ声が聞こえてくる。
「関係ないのに…」
そう呟きながら永遠美も屋敷の奥に消える。
残された皆は香奈枝に案内されてリビングと思われる部屋に入る。そこは屋敷の外見とは裏腹に中は豪華な内装になっている。
「少し寒いな…」
そう言って新庄が部屋の目ざとく暖炉に薪をくべて火をつける。
「凄いわね、ここはまるで貴族のお屋敷みたい…」
そう言って部屋を見廻しながら絵里がソファーに座る。
「赤石家は旧華族、そう昔は伯爵と呼ばれていたわ」
同じようにソファーに座る希美がそう答える。
「ここは本当に貴族のお屋敷なの?」
驚いて思わずそう質問する絵里に、
「たぶん別低の一つだと思うの、でも…ここの存在を私は知らないのよ」
希美はそう答えてフードの奥から自分の母を見つめる。
そうして皆の視線が香奈枝に集中する。
その皆の疑問に答えるように促す視線を受けて溜息を吐くと香奈枝は、
「赤石家は秘石の一族、そう呼ばれる一族の1つなのよ石崎家もその1つ、その一族は昔から奇跡の石の力でこの国で繁栄してきた一族、それは私のようなストーンマザーが生まれる家系だから、そのストーンマザーは石の経由者なの、だから多くの石がそこに集う、そして経由者の手から希願者に託される。そのために必然にそのストーンマザーの身内に希願者が多く現れるようになった。そして石から得たその異能の力は乱世の時代から大きな権力を得ることになる。でも力は得ても何かが欠けてしまった者達、そこに絶えない争いが生まれる。自分の力に酔い、或いは更なる力を求めて」
そう言って香奈枝はぐったりとソファーに座り込む石崎を見る。
「そんな希願者同士の絶え間ない争いに終止符を打ったのは石崎喜久雄、それは彼の父親で私の義兄」
顔を伏せ無表情に目を瞑る石崎の体がびくっと揺れる。
「その手にした最強の石、そのダークストーンの力で彼は敵対する希願者達を次々と倒していった。そして希願者達をまとめる為に組織を作った。ストーンサークル、そう呼ばれる組織を、それは世界中に散らばる希願者達、そんな何かが欠けた者、その救済の為に」
「救済の為だと?どこに救いがあると言うんだ?」
思わずそう尋ねる新庄に笑みを浮かべながら香奈枝は、
「石の謎を解き明かす。そうすれば失った物が取り戻せる。彼はそう考えたの」
一同は顔を見合わせる。失った物、それは失ったから気がついた。そんなかけがえのないもの、
「そのための研究機関、そこに1つの石が齎された。それは虹色の石、測定器にかけられたその石には他の石を凌駕する。そんな奇跡の力が秘められている事が判明した。その石は最強の黒い石さえ凌駕する大いなる奇跡の力を秘めている。その力があれば全ての奇跡が起こせる。そして全ての希願した者達の失った物が取り戻せるそんな奇跡が、そしてその研究は一人の男に託された。高石明雄、この秘石の一族の末席にいた。その男に・・・」
その名を聞いて羅冶雄は拳を握りしめ、
「その為に、そんな事の為にあいつは悪魔になったのか?人の苦しみを作り出すそんな悪魔のような存在に!」
しかし香奈枝は顔を伏せ首を振ると、
「彼が何を考え、そして何に絶望してああなったかはわからない、でも彼は現在の組織の支配者、それは全ての権力がその力に屈伏する存在、そんな男に抗える事が出来ると思っているの?」
そう聞かされ羅冶雄は歯を噛みしめる。確かに力が違う、その事実がやるせなくて、
その時、今まで目を閉じていた石崎が笑みを作り話し出す。
「面白くねえ…どいつもこいつも…たぶん俺の親父は投げ出しやがったんだ…救われることなんてありえねえ、そう感じてな…だから逃げやがった。その責任を全部自分のガキに押し付けて、なら責任は俺が取ってやる。あいつの作った組織をぶっ潰してやる」
そう喚いて手にした紫の石を投げ捨てる。
「チャージされた力が尽きた。だから癒しの力がもう使えねえ、すぐチャージしろ!」
そう叫ぶ石崎を見ながら香奈枝は、
「これからどうなるか、それがわかるのは預言者の力、その力は義母さんのもの、ここに来たのは間違いではないのね」
そう言いながら床に落ちた紫の石を拾う、そして希美と沙希美の姉妹を見て、
「あなた達はいずれも未来がわかる。その力は小さいけれど、それは美沙希だって同じ、一瞬の先がわかるから機械を自在に操れる。それは奥様、あの人の力を引きついでいるから、だから望む力がその方向に導かれる。でもそれは悲しい力、未来がわかってもどうすることもできない、それは悲しみの力、だから奥様に未来を尋ねてもそこには悲しい未来しかないかもしれない、でも尋ねるの?どうすればいいのか」
希美はフードを捲り上げ真っすぐ母親を見つめる。そして、
「どうすればいいかなんて奥様に聞かない!どうあればいいかそれだけよ!」
その言葉に香奈枝はソーフアーから立ち上がりそして娘を抱きしめると。
「あなたは可哀そうな子、この血色の石に魅入られてしまった。自分でその石を掴んでしまった。あの父親の血で血塗られた石を、この過去にダークストーンに砕かれた因縁の石を、そして見ることになる。人間達の、その全ての苦しみを…」
「全ての苦しみがわかる者、その運命はもう受け入れているわ」
そう言う希美を香奈枝はさらに抱きしめる。その香奈枝に、
「叔母さん!早くしてくれ、このままじゃまだ動けない」
石崎がそうさらに喚く、
「わかったわ」
そう言って紫の石を見つめてそれをポケットにしまうと香奈枝は、
「ダークストーンを出しなさい、それにチャージしてあげる」
そう言って石崎に手を差し出す。
「この石に?」
ポケットからナックルを取り出す石崎に、
「ええ、みんなの石にチャージする。それがせめてもの私が出来ること」
そういって香奈枝は微笑む、そして皆に、
「みんな石を出して、チャージしてあげる。そうすれば能力以上の力が使える」
そう言って手を差し出す。
「夕食の準備が出来たわよ」
部屋の扉を開けた永遠美はめんどくさそうにそう言って踵を返す。何も関心がなさそうに、
「飯か…」
腹を押さえた新庄がそう呟いて、そして寝そべるソファーから身を起こす。
「そうね…お腹が空いたわね」
そう答えて絵里が楽しげに窓際の椅子から立ち上がる。
「私はもう動けない…」
ぐったりした香奈枝はそう告げるとソファーから床に転げ落ちて、そして寝息を立て始める。
「一気にチャージのしすぎよ」
そう言いながら沙希美がその体に毛布を掛ける。
「行こう」
そう言って羅冶雄は石崎を見る。
「もう動ける」
面倒くさそうにそう言って石崎は立ち上がる。
そうして皆は廊下で待つ少女の後に続く、それを見てなぜか屈伸運動をする平次が慌てて、
「あっしも行きますぜ!」
そう叫んでその後に続く、
めんどくさそうに廊下を歩く永遠美の後に続き一同がたどり着いた先は食堂、そう呼ばれるであろう空間、その部屋のテーブルの上には豪華な料理が並ぶ、
「バイキング形式にしたの、みんな好きな物を食べて」
美沙希がそう言って皆に微笑む、なぜかその時だけ美沙希が本物のメイドに見える。
「ああ…ありがとう」
そう言いながら羅冶雄は皿に料理を取り分ける。それほ今まで食べた事がない、そんな御馳走を、
「美味しい!」
ローストビーフを頬張りながら感激して絵里が叫ぶ、そして同意を求めるように羅冶雄を見る。
「ああ…そうだな」
そう答えて羅冶雄は子牛のスペァリブを口にする。この美味しい料理を多舞にも食べさせてやりたい、そう思いながら、
やがて夕餉の時間は終わりを迎える。
空になった皿を見つめて満足そうに、
「後始末はお願いするわ」
そう永遠美に告げて美沙希は皆を見る。
そして告げる。
「さあ、これから奥様に逢いに行きましょう、そうすればわかるはず。わたし達が何をすべきかが」
そう言って歩きだす。
その言葉に顔を見合わせた一同、そして皆は無言でその後ろに続く、
2階への階段を昇った廊下の先の一番奥の部屋の前、そこで振り返った美沙希は、
「御願いするわ、あまり驚かないで、あの人を不憫に思わないで、だから同情しないで、悲しまないで、あの人にはそんな物は不要よ彼女は究極の希願者、もう10回以上絶望している。その多くは人の為に、それがどういう事か此処にいる皆は知っているはず。その失うという事がどういう事かあの人を見たらよく解る。でもそれは恐れる事ではない、そう感ずるはず。あの人は常に希望の女神なのだから」
そう言って美沙希はドアを開く、そして一同を部屋の中に導く、
「ただいま戻りました奥様」
そう言って美沙希は恭しく頭を下げる。
部屋の中には車椅子に座る一人の老婆がいる。
「御苦労様、美沙希さん、あんな無茶なお願いをして御免なさい、それから皆さん、初めまして、私は珠恵、ストーンマザーの一人です」
そう言って微笑む老婆の口は動かない、しかしなぜか皆の心にその声が響き渡る。
驚く皆の顔を見えない目で見つめる珠恵に1人だけ無表情な石崎が、
「婆ちゃん久しぶりだな、あんたはとっくにくたばったと思っていたぜ、でもよあんたがまだ歩いていた時に俺に告げた未来、あれは嘘じゃないんだろうな、俺は王になる。確かにあんたはそう言ったんだ」
そう言って光る目を細める。
「王様になるとは言っていないわ、その資質がある。そう言っただけ、その未来は常に可能性の中で揺らいで変化する。その変化により結果は変わる。昨日見た未来と今日見た未来は別のもの、そうよ全てはまだ決まっていない、だから確定しない、この私が見た未来に抗った者がいた。こんな運命は変えられる。そう信じて、そしてその者は自分の運命を変えることが出来た。この私の見る事が出来る未来は全ての可能性の行きつく先の一つにすぎない、そう貴方が王になる。その未来は確かにある。でもそれはまだ確定していない、そして貴方がそれを望むのならそうなる未来がある。そういうことなのよ」
石崎は無表情な顔で老婆を見つめ、
「俺が王になる。その未来は確定している。それは俺自身がが決めること、だからどうにでもなる。そう言うことなんだろ?ならばそれでいい、そうなる未来があるなら俺はそれを掴む」
満足げにそう言って口を閉ざす。
珠恵は一同の中の羅冶雄を見えない目を開いて見つめる。そして、
「貴方があの子の大切な人なのね、羅冶雄君、でも貴方は赤い霧の向こうの見えない運命、今はその中心にいる。正に今は渦中の人、あのハイストーンの力で歪められた未来は誰も見る事は出来ない、それを見る事を真紅の石の力が拒む、でも貴方の事もあの子の事も知っていた。いや、全てが起こってから知った。私には全ての過去を見る力もあるから、でも、どうする事も出来ない、まだ定められていない未来は正確に見る事が出来ない、あの赤い霧の隙間からその断片しか見えない、もう世界は私から離れていく、だから私がいない世界の先が見えない、でも…見えない世界に光を感じる。それは希望の光、ここにいる皆が望んだ光、だから貴方達はこれ以上絶望してはいけない、そうよ皆はそれぞれ望む希望がある。そこに未来がある。だから抗うのよ押し流されるのを、そんなあなた達の思いが流れとなりそれがいずれ本流となる。大きな流れは誰にも止められない、その大きな流れは岩をも砕く、そして押し流す。歪んだ者を、汚れた者、荒んだ者、その多くを押し流す。何かを失った者達、でも、その失った物は誰かが補ってくれる。そうして力を得た者は無力の者の力になる。そんな世界が始まる事を感じる。その碌になる。それは貴方達の存在、そんな力を手にした者は孤独になる。他者と自分とに抗う事になる。でもそうではない、なぜなら、失わないと気付かないのだから、その痛みを、苦しみを、悲しみを、だから、それを失わせないために戦う事が出来る。それは人々に絶望を与えない為に、そんな貴方達は希望の戦士達、だから必ず勝利する。そう確信しているわ、この世界は歪む、絶望を、そんな大きな絶望を望む者の手によって、それは地獄の女王の手で創られた石により生じた歪み。そして扉は開かれ雨が降る。その雨が止んだ時に虹色の石は必ず輝くだろう、その時に暗黒の石を持つ者は選択に迫られる。血色の石を持つ者は全ての苦しみを見るだろう、黄金の石を持つ者は真の恐怖に思い知り、緑玉の石を持つ者は知らない事を切望し、透明の石を持つ者は傍観者で過ぎないと悔やむ、紫水晶の石を持つ者は時が流れない事を願い、小麦色の石を持つ者は無力感に苛まれる。その全ての鍵を握るのは月と太陽の石、そうならない未来はこの二つの石に託されている」
長い珠恵の言葉を聞いて羅冶雄は、
「どう言うことなんだ?」
訳がわからず思わずそう尋ねるが、
「鍵は太陽と月、そして貴方が…海と空が雨を産む…月の鍵は太陽と1つにする。閉じる扉は虹の色…海と空…雨と…月と太陽、その5つがあれば真の虹が輝くかも…」
苦しそうにそう告げて、そして珠恵は開いていた眼を閉じる。
「奥様!」
異変を感じて美沙希と希美が同時に叫ぶ、
「もう時間がないの…後数分、私は苦しみから解放される。でも…苦しんだ事も失った事も後悔していない…その希望は託される。その事を知っているから…」
珠恵の顔がみるみる蒼ざめて行く、そして自ら予言した最後の刻が迫ってきている。
「研究所に行きなさい、そこに運命に続く扉がある。鍵を開けるのは皆の力で、その鍵は空と海が出会えば…その先の未来はもう見えない…でも、そこに希望があれば…それは貴方達…きっと…」
「奥様!」
またそう叫んで駆け寄る2人の姉妹、それを見つめて沙希美が首を振る。
「奥様は逝ってしまう、その事は見えていたの、でも寂しくないの、それが悲しいの…」
珠恵の体が銀色の光に包まれる。光は粒子となって立ち昇り次々と虚空に消えていく、
そして全ての光が消えた時、あの珠恵の姿は消えていた。
車椅子に残されたのは小さな石、それはほのかに銀色に輝く、しかしその光は次第に小さくなる。
「き、消えた…」
そう呟く新庄、そして取りすがる者のいない姉妹は茫然と残された石を見つめる。
「義母さんは自らの肉体まで奇跡の力の代償に捧げてしまったのよ」
そう言っていつの間にか部屋にいた香奈枝が車椅子に歩み寄る。そして、
「この石にその代償の力が込められている。銀色のこの石に」
そう言って車椅子の上の石を手にすると皆に見せる。
「その力はきっと私達の為に…どこまでも優しくて、そして強くて献身的で…あの人は真のストーンマザーと呼べる存在だった…」
その言葉を茫然と、歯を食いしばり、やるせなく、唖然と、苛まれるように、悲しげに、無感情に、憤り、理解できずに、それぞれの感情で聞いた一同は皆、しかし何も言えない、
しばらく永い沈黙の時が流れる。
その沈黙を破ったのは部屋に入って来た一同以外の人物だった。
「薬の時間だから水を持って来たの、あれ?奥様はどこ?」
永遠美はそう言いなが部屋を見回す。
それに美沙希が答える。
「奥様は逝ってしまったわ」
「そう、それならこれはもう必要ないわね」
水差しを掲げてそう言って永遠美は踵を返して部屋を後にする。
怒りの表情で永遠美を追おうとする美沙希を香奈枝が制する。
「失った物を理解してあげて、あの子は誰の為にも涙を流せない、それは過去に他者があの子に辛く当ったせい、そのせいで絶望が生まれた。それを誰にも責める事はできないわ」
その言葉に立ち止まった美沙希は唇を噛みしめると、そして振り返り皆に、
「明日は組織の研究所に向かうわ、その場所は母さんが知っているはず。そこで決着を、それは奥様の見た未来、それが希望を感じる未来!」
そう言い残して部屋を後にする。
羅冶雄は皆の顔を見つめる。皆は無表情にそれぞれの考えにふけっている。その中で1人、あの石崎だけが笑みを作る。
「あの人の言葉を信じるのか?」
そう言う羅冶雄の問いに石崎は、
「予言は常に俺に楽しみを齎す。それを信じる信じないなんて関係ない、ほおっておいても其の通りになる。だから俺は知っている事を有利に働かせるだけだ」
そう言ってさらに大きい笑いを作る。
「研究所…そこに行けば多舞がいる…それにあいつも…それなら行かない訳にはいかない、いや、絶対に行かなければ…そこであいつの野望を打ち砕いて多舞を取り返す。たとえ皆が行かないと言っても俺は1人でも行かなくてはならない、その研究所は何所にあるんだ?」
そう言って羅冶雄は香奈枝に詰め寄る。
「安心して、あの研究所の場所はわかっているわ、私が案内する。それに誰もあなたを1人でなんて行かせたりしない、そう皆は仲間、友達なのよ、だから思いは一つなの、だから安心して未来を信じて」
そう言われて羅冶雄はもう一度皆の顔を見る。無表情に戻った石崎以外は皆が微笑んで羅冶雄を見つめる。
「わたしたちはミラクルストーンズ、この何よりも硬い石の絆で結ばれた者達、だから誰も誰を見捨てたりしない、戦いは常に勝利する。この希望を手にしている限り必ず。それが奇跡の戦士達、それはわたし達のことよ」
そう言って絵里は透明の石を手にして掲げる。
皆もそれぞれの石を見つめる。
「とにかく出発ほ明日の朝、今日はもう休息の時間よここの2階は各部屋が客間で寝室なの、そこで皆眠りましょう、今は敵の襲撃に怯える心配はない、夜の間は、そうなんでしょ、希美?」
口元に血を付けた希美は微笑むと、
「今は夜よこの屋敷の廻りは12人の私の下僕が警護している。だから何者もここに近く事は出来ないわ」
そう告げた後ぐったりとベッドにもたれ掛かる。そして、
「奥様の匂いがする。だからわたしはここで寝る」
そう言って希美はそのままベッドに潜り込む、
「夜は眠れない癖に…」
そう呟いて沙希美は、
「部屋の割り振りはわたしがするわ、皆は尾いてきて」
そう言ってドアに向かう、そうして微笑みあいながら皆その後に続く、
こうして其々は安息の時間を迎える。それは其々心に秘めた思いと向き直り葛藤し、そして休息を得る。そして夜が更ける頃には安らかな寝息を立てる者ばかりとなる。一人を除いて…
月明かりも星もない曇り空の闇の中、その中に闇に溶け込む影が動く、それは侵入者を排除するために。
「ラジオにはまだあえないの?」
そう問いかける多舞を微笑んで見つめて明雄は、
「ちょっと手違いがあってね、でも大丈夫だよ明日には会える。そう手配したから」
その言葉に微笑んで多舞は、
「ここで会えるの?」
そう言って窓の外を見る。
まだ少し半分に満たない、そんな淡い月の光に照らされたそこには煌く波が消えて見える。
その潮騒の音に多舞はなぜかロマンチックな想いに耽る。
そんな多舞を見つめて、明雄は微笑みながらグラスのブランディを啜る。
ダイニングテーブルに置かれた空になったグラスに女性がブランディを注ぐ、
「やはりこうなった。かな?お父さん、やはり明日が運命の日なの?」
そう尋ねられて注がれたグラスを手に取ると明雄は、
「ああ、おそらく運命が変わる。俺にも変えられなかったその時、それが近づいている。もしもあの方の予言どおりなら…後はお前が全てを決める。抗いは、抗っても行きつく未来は同じか…お前を…したくなかった。地獄の女王なんかに、世界の破滅を呼ぶ者なんかに、だから抗った。この良心を捨てて力を手に入れた。そして愛する妻を…そして我が子を犠牲にした。もしもこの石を自ら輝かせれば、そこに全ての救いが訪れる。そう信じたから…」
そう言って明雄はグラスを見つめる。そこには虹色に煌く石が琥珀色の液体の中にある。
「ありがとうかな?でも?…ごめんなさい、かな?」
そう言って女性は部屋を後にする。
その寂しげな後ろ姿を見つめて明雄は、
「ありがとう、きっとそう言うようになる…」
そう呟くと茫然と海を見つめる多舞を無感情に見つめ続ける。
潮騒の音だけが部屋に木霊する。
その音に回想する明雄、微笑む妻、その腕に抱かれた赤子、
「私は子供が産めない体、だから願ったの石に、あなたとの絆を授かりたいと」
「その子はどこから来たんだ…」
そう言って明雄は見つめる。その異形の赤子をそのとき閉じられた赤子の目が開く、その全てを見透かしたような虹色の視線、それは遠い未来を見透かしている。
「全てを知っている…そんな目で俺を見るな!」
明雄は恐怖する。自分の妻が生み出したこの存在に、
「捧げたのは苦しみ、与えられる苦しみを全て受け入れると、だからこの子は守って欲しいの、あなたの手で、この子は生まれてはいけない存在、だから世界が敵になるから」
「……」
その言葉に絶句する明雄、その時、その運命は廻り始める。
繰り返される潮騒の音、その音は破滅を迎える心臓の鼓動、今はそう感じられる。
明雄が手にしたグラスにはもう酒はない。




