表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある街のある図書館で  作者: いぬぬっこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/3

語られなかった理由

 図書館を出ると、空は夕暮れに染まり始めていた。

 昼間よりも人通りが少なく、街全体が一段落したような気配をまとっている。主人公は、無意識のうちに行きつけのバーへ向かっていた。


 木の扉を開けると、馴染みの匂いと静かな音楽が迎えてくれる。カウンターに腰を下ろし、いつものカクテルを注文した。グラスの中で氷が触れ合う音が、頭の奥に残っていた緊張を少しずつ溶かしていく。


 あの女性の表情が、何度も脳裏に浮かんだ。

 言葉ではなく、沈黙で拒まれた感覚。


 グラスに口をつけたとき、隣の席から年配の男性たちの話し声が聞こえてきた。


「……図書館も、よく続いてるよな」


「昔の館長がいなきゃ、あそこはもう無くなってた」


 思わず耳を澄ませた。


「横領事件のせいで、全部ダメになったみたいに言われたけどさ」


「違うよ。あの人、相当無理してた。街の予算が削られる中で、最後まで抵抗してたんだ」


 男性たちは、それ以上深く語らなかった。思い出話の一つとして、自然に別の話題へ移っていく。


 何も言えなかった。

 昼間に読んだ文章と、今聞いた言葉。そのどちらが正しいのか、分からない。ただ、同時に存在していることだけは確かだった。


 数杯飲んで、バーを後にした。


 夜風に当たりながら歩く道すがら、図書館の静けさが思い出される。あの場所には、まだ何かが残っている気がした。


 翌日も、休日だった。


 理由ははっきりしない。ただ、確かめたいという気持ちだけが残っていた。主人公は再び、図書館へ向かった。


 館内は昨日よりも人が少なく、いっそう静かだった。受付は相変わらず無人で、AI端末が淡々と稼働している。あの女性の姿は、どこにも見当たらなかった。


 迷わず郷土史の棚へ向かう。


 昨日手に取った本を戻し、その前後の冊子を抜き取っていく。事件の記事より前のページには、この街が財政難に陥っていた時期の記録があった。公共施設の統廃合が検討され、図書館も文化会館へ転用される予定だったことが、簡潔に書かれている。


 だが、計画は実行されていない。

 理由は、どこにも記されていなかった。


 本を閉じ、周囲を見回す。読書スペースの掲示板に、一枚の張り紙が目に入った。今の市長による地域活性化の取り組みだ。若者を呼び込むイベント、AIを活用した行政改革。明るく前向きな言葉が並んでいる。


 再び郷土史の棚へ戻った。今度は、別の本を抜き取る。


 前市長の政策をまとめた記録があった。

 AI推進計画。そして、その計画を巡り、当時の館長と対立していたことが、短く触れられている。


 そこで、手を止めた。


 ここから先を追えば、きっと一つの物語が形を持ってしまう。

 誰かを悪者にし、誰かを正しい存在として語る物語が。


 だが、それをしても、この街の過去は変わらない。

 図書館は今もここにあり、人々は静かに本を読み続けている。


 本を棚に戻した。


 帰り際、アンケート用紙が目に入った。

 少し考えてから、ペンを取り、一行だけ記す。


「とても良い図書館です」


 それ以上、何も書かなかった。


 外に出ると、夜空が広がっていた。ふと見上げると、星がいつもよりはっきりと見える気がする。理由は分からない。ただ、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ静まっているのを感じた。


 そのまま歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ