郷土史に残された事件
郷土史の棚は、図書館の奥まった一角にあった。
新刊や話題作が並ぶ書架とは違い、人の気配が薄い。空気が少しだけ重く感じられるのは、気のせいだろうか。
先ほど目に留まった一冊は、他の本と比べて明らかに扱いが雑だった。背表紙が斜めになり、途中までしか棚に収まっていない。誰かが慌てて戻したようにも見える。
本を引き抜いた。
装丁は地味で、紙の色も少し黄ばんでいる。タイトルは簡潔に、この街の名前と「郷土史」とだけ記されていた。ぱらりとページをめくると、古い写真や年表が淡々と並んでいる。
最初は、どこにでもある地方史だった。
町の成立、産業の変遷、人口の推移。
だが、何ページか進めたところで、目を引く見出しに行き当たった。
――図書館における不祥事。
そこには、十数年前に起きた事件が簡潔に記されていた。
当時の館長が、図書館の運営資金を横領していたという内容だった。発覚後、館長は職を辞し、責任問題から職員の多くが退職。結果として、図書館は人員不足に陥った、とある。
文章は淡々としていた。感情も評価もない。ただ事実だけが並べられている。
そっと本を閉じた。
なるほど、と思った。
受付に人がいない理由。AIによる運営。それらが、一本の線でつながった気がした。
人が減り、代わりに機械が入った。
それだけの話だ。
そう納得し、本を棚に戻す。今度こそ目的の本を持って、読書スペースへ向かった。
椅子に腰掛け、ページを開く。文字は思いのほかすんなりと頭に入ってきた。先ほどまで感じていた違和感も、少しずつ薄れていく。
どれくらい時間が経ったのか分からない。読み終えた頃には、外の光が傾き始めていた。
本を返却し、出口へ向かう途中、ふとあの女性のことを思い出した。視線を巡らせると、館内の端で彼女の姿を見つける。
一瞬、迷った。
だが、気づけば声をかけていた。
「あの……」
女性は振り返り、主人公を見る。
「さっき、郷土史の本を読みました」
そう切り出した瞬間、彼女の表情がわずかに変わった。笑みが消え、目元が硬くなる。
「昔、この図書館で事件があったって……ご存じでしたか?」
短い沈黙が落ちた。
女性は何も答えなかった。視線を伏せ、唇をきゅっと結ぶ。その仕草には、はっきりとした不快感が滲んでいた。
聞いてはいけないことを聞いた。
そう直感的に分かった。
「すみません。余計なことでした」
慌てて頭を下げる。女性はそれでも何も言わず、ただ小さく息を吐いて、主人公から視線を逸らした。
それ以上、言葉を続けることはできなかった。
気まずさを抱えたまま、図書館を後にする。自動ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
外に出ると、夕方の空気がひんやりとしていた。
あの女性は、何を知っていたのだろう。
あるいは、何を語らなかったのだろうか。
答えのない疑問を抱えたまま、街へと歩き出した。




