表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある街のある図書館で  作者: いぬぬっこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

郷土史に残された事件

 郷土史の棚は、図書館の奥まった一角にあった。

 新刊や話題作が並ぶ書架とは違い、人の気配が薄い。空気が少しだけ重く感じられるのは、気のせいだろうか。


 先ほど目に留まった一冊は、他の本と比べて明らかに扱いが雑だった。背表紙が斜めになり、途中までしか棚に収まっていない。誰かが慌てて戻したようにも見える。


 本を引き抜いた。


 装丁は地味で、紙の色も少し黄ばんでいる。タイトルは簡潔に、この街の名前と「郷土史」とだけ記されていた。ぱらりとページをめくると、古い写真や年表が淡々と並んでいる。


 最初は、どこにでもある地方史だった。

 町の成立、産業の変遷、人口の推移。


 だが、何ページか進めたところで、目を引く見出しに行き当たった。


 ――図書館における不祥事。


 そこには、十数年前に起きた事件が簡潔に記されていた。

 当時の館長が、図書館の運営資金を横領していたという内容だった。発覚後、館長は職を辞し、責任問題から職員の多くが退職。結果として、図書館は人員不足に陥った、とある。


 文章は淡々としていた。感情も評価もない。ただ事実だけが並べられている。


 そっと本を閉じた。


 なるほど、と思った。

 受付に人がいない理由。AIによる運営。それらが、一本の線でつながった気がした。


 人が減り、代わりに機械が入った。

 それだけの話だ。


 そう納得し、本を棚に戻す。今度こそ目的の本を持って、読書スペースへ向かった。


 椅子に腰掛け、ページを開く。文字は思いのほかすんなりと頭に入ってきた。先ほどまで感じていた違和感も、少しずつ薄れていく。


 どれくらい時間が経ったのか分からない。読み終えた頃には、外の光が傾き始めていた。


 本を返却し、出口へ向かう途中、ふとあの女性のことを思い出した。視線を巡らせると、館内の端で彼女の姿を見つける。


 一瞬、迷った。


 だが、気づけば声をかけていた。


「あの……」


 女性は振り返り、主人公を見る。


「さっき、郷土史の本を読みました」


 そう切り出した瞬間、彼女の表情がわずかに変わった。笑みが消え、目元が硬くなる。


「昔、この図書館で事件があったって……ご存じでしたか?」


 短い沈黙が落ちた。


 女性は何も答えなかった。視線を伏せ、唇をきゅっと結ぶ。その仕草には、はっきりとした不快感が滲んでいた。


 聞いてはいけないことを聞いた。

 そう直感的に分かった。


「すみません。余計なことでした」


 慌てて頭を下げる。女性はそれでも何も言わず、ただ小さく息を吐いて、主人公から視線を逸らした。


 それ以上、言葉を続けることはできなかった。


 気まずさを抱えたまま、図書館を後にする。自動ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。


 外に出ると、夕方の空気がひんやりとしていた。


 あの女性は、何を知っていたのだろう。

 あるいは、何を語らなかったのだろうか。


 答えのない疑問を抱えたまま、街へと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ