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冤罪で私を切り捨てた妻と娘へ。法務部長が隠し持っていた『破滅のカード』を切る時、君たちの地獄が始まる  作者: ledled


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第4話 会社での処刑(北村へのざまぁ)

マグナ・ステラ本社ビルの最上階にある第一会議室は、重苦しい沈黙に支配されていた。

窓の外には東京のビル群が広がっているが、防音ガラスに遮られた室内は、まるで真空パックされたかのような息苦しさがある。

長さ十メートルはある巨大なマホガニー製のテーブル。その上座には社長の郷田を筆頭に、専務、常務、そして人事部長の小野寺といった重役たちが顔を並べている。

彼らの視線は一様に冷たく、そしてテーブルの末席に座らされた私――剣崎壮一郎に向けられていた。


「……剣崎君。君に対する処分案は『懲戒解雇』だ。異論はあるかね」


人事部長の小野寺が、手元の資料から目を離さずに告げた。その声は、かつて同期として酒を酌み交わした友人のものではなく、不要な部品を廃棄する工場の管理者のような響きを持っていた。


「異論、しかありませんね」


私は背筋を伸ばし、はっきりとした口調で答えた。

室内がざわめく。反省の色を見せない私に対し、役員たちの眉間に皺が寄る。


「往生際が悪いぞ、剣崎。ニュースにもなり、動画も拡散されている。会社のブランドイメージは地に落ちたんだ。これ以上、我々に恥をかかせるつもりか」


常務が忌々しげに吐き捨てる。

彼らにとって真実は二の次だ。火消しのために誰かの首を差し出し、世間に対して「迅速な対応」をアピールしたいだけなのだ。


「事実関係の確認もせず、ネットの情報を鵜呑みにして社員を切り捨てる。それがマグナ・ステラのやり方ですか?」

「口を慎め!」


小野寺が机を叩いた。


「事実確認なら済んでいる。君の部下であり、最も君を近くで見ていた人間から証言を得ているのだ。……入ってくれ」


小野寺の合図で、会議室のドアが開いた。

入ってきたのは、仕立ての良いスーツを着込み、神妙な面持ちを作った北村拓也だった。

彼は一礼すると、私の向かい側の席に座った。その際、私に向けた一瞬の視線には、隠しきれない嘲笑と勝利の確信が宿っていた。


「北村君、改めてここで証言してくれたまえ。剣崎部長の普段の様子について」


小野寺に促され、北村は演技がかった重い口調で語り始めた。


「……はい。非常に申し上げにくいのですが、剣崎部長は最近、業務中のストレスからか、精神的に不安定な様子が見受けられました。部内の女性社員に対して、必要以上に身体的な接触をしたり、卑猥な冗談を言ったりすることも……」

「ほう、それは初耳だな」


私は思わず鼻で笑ってしまった。北村の語る「剣崎部長」は、私の知らない架空の人物だ。だが、役員たちはその言葉を真剣に聞いている。


「私は何度も『部長、それはマズイですよ』と諫めたのですが、部長は『俺は法務部長だ、どうとでも揉み消せる』と仰って……。今回の痴漢事件も、正直なところ『やってしまったのか』という無念の思いでいっぱいです」


北村はハンカチを取り出し、嘘泣きのパフォーマンスまで添えて見せた。

完璧な被害者面だ。上司の暴走に心を痛める、正義感あふれる部下。その構図を見事に演じきっている。

役員たちは深く頷き、私を軽蔑の眼差しで見つめた。


「聞いたかね、剣崎。これが現場の声だ。部下にここまで言わせて、まだシラを切るつもりか」


社長の郷田が、重々しく口を開いた。これで決まりだと言わんばかりの威圧感だ。

北村がチラリと私を見た。その目は「終わりだよ、オッサン」と語っている。

彼は完全に油断している。この会議室が、私を処刑するための断頭台だと思っている。

だが、彼は知らない。

この断頭台の刃が、既に彼自身の首に向けられていることを。


「……素晴らしい演技力だ、北村君」


私はゆっくりと立ち上がった。

足元に置いていた鞄を持ち上げ、机の上に置く。


「な、何を言ってるんですか。僕は事実を……」

「社長、ならびに役員の皆様。私の処分を決める前に、少しだけお時間を頂きたい。法務部長として、この会社に巣食う『本当の病巣』について、プレゼンさせていただきます」


私は鞄から黒いファイルを取り出し、中身の資料をテーブルの上に広げた。

そして、その中の一枚――北村と、痴漢被害者を名乗る相沢リエが路地裏で現金の受け渡しをしている写真を、プロジェクターに投影するように指示した。


スクリーンに映し出された画像を見て、会議室の空気が凍りついた。

北村の顔色が一瞬で蒼白になる。


「な……っ!?」

「これは、今回の痴漢事件の前日に撮影されたものです。写っている女性は、私を痴漢だと告発した相沢リエ。そして現金を渡している男は……北村君、君だね?」


私は北村を指差した。

役員たちが一斉に北村を見る。


「え、いや、これは……人違いです! 捏造だ! 最近のAI技術を使えば、こんな写真いくらでも作れる!」


北村は立ち上がり、必死に叫んだ。声が裏返っている。

予想通りの反応だ。


「捏造? 残念ながら、これは興信所が撮影したもので、撮影データのメタ情報も全て残っている。さらに、この興信所の調査員が二人の会話も録音しているんだ」


私はボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。

ノイズ混じりの音声が、静まり返った会議室に響き渡る。


『……これで50万だ。明日の朝、同じ車両に乗るから、合図したら騒げ』

『りょーかい。でもさ、本当に大丈夫? 法務部長なんでしょ?』

『大丈夫だ、俺が証言して追い詰める。あいつさえいなくなれば、俺が出世できるんだ。そしたらもっといい思いさせてやるよ』

『キャハハ、頼もしい~』


北村の声だ。間違いようがない、あの軽薄で粘着質な声。

相沢リエとの生々しい会話が、彼が仕組んだ美人局であることを雄弁に物語っていた。


「ば、馬鹿な……そんな……」


北村は膝から崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。

役員たちは唖然として言葉を失っている。社長の郷田が震える声で尋ねた。


「剣崎……これは、どういうことだ」

「お分かりいただけたでしょう。今回の痴漢騒動は、北村が私を失脚させるために仕組んだ完全な狂言です。私は無実だ。それどころか、会社の法務部員が犯罪組織と結託し、上司を嵌めるという前代未聞の不祥事なんですよ」


私は淡々と告げた。

だが、これで終わりではない。これはまだ、前菜に過ぎない。


「北村君。君が私を排除したかった理由は、出世欲だけじゃないな?」


私は次の資料を提示した。

分厚い帳簿のコピーと、銀行口座の取引履歴だ。


「君は、私が邪魔だったんだ。なぜなら、私が君の『横領』に気づき始めていたからだ」

「お、横領……?」


北村の目が泳ぐ。彼は唇を震わせながら、首を横に振った。


「ち、違います! 僕はそんなこと……」

「調べはついている。君はこの一年半、架空のコンサルティング会社『ケー・ソリューションズ』に対して、法務アドバイザリー費用という名目で毎月200万円から300万円を送金していた。その会社の登記簿を確認したところ、代表者は君の大学時代の友人であり、実体はペーパーカンパニーだった」


私は役員たちに資料を回した。

そこには、金の流れが詳細に記されている。マグナ・ステラからケー・ソリューションズへ、そしてそこから北村の個人口座へ、キックバックとして金が戻されている記録だ。


「総額、約四千五百万円。君はこの金を、ギャンブルと女遊び、そして……私の妻への貢ぎ物に使っていた」

「なっ……!?」


「妻」という単語が出た瞬間、北村はギョッとして私を見た。

彼の中で、ようやく点と線が繋がったようだ。私がどこまで知っているのか、その底知れぬ恐怖に彼が飲み込まれていくのが分かる。


「そう、私は全て知っていたんだよ。君が私の妻と不倫関係にあることも、そのデート代やホテル代、プレゼント代が、全て会社の金から出ていることもね」


会議室がどよめいた。

役員たちにとって、痴漢冤罪は個人的なトラブルかもしれないが、四千万円の横領となれば話は別だ。会社に対する重大な背信行為であり、株主代表訴訟にも発展しかねない大問題である。


「北村! これは事実か! 説明しろ!」


社長の郷田が激昂し、拳でテーブルを叩きつけた。

その剣幕に押され、北村は縮み上がった。もはや、いつもの軽口も、自信に満ちた態度も見る影もない。


「あ、いや、その……ご、誤解です! 部長が! 部長が僕に指示したんです! 僕はやらされただけで……!」


北村は支離滅裂な言い訳を始めた。追い詰められた人間が最後にとる行動、それは他者への責任転嫁だ。


「私が指示した? 面白い冗談だ。私の承認印が押された決裁書は全て偽造されたものだ。筆跡鑑定に出せばすぐに分かる。それに、君の個人口座に入った金が、私の口座に移動した形跡は一切ない。私が指示して、君だけが得をする。そんな奇妙な横領計画を、誰が立てるというんだ?」


私は冷たく切り捨てた。

論理の盾と証拠の剣。法務部長として磨き上げてきた武器の前では、北村の稚拙な嘘など薄紙のように切り裂かれる。


「も、もうやめてくれ……」


北村は頭を抱え、うわ言のように呟いた。

その姿はあまりにも無様で、滑稽だった。

つい数分前まで、私を断罪する側に立っていた男が、今は社会的な死を宣告される囚人となっている。


「北村君。君は私を『オッサン』と侮っていたようだが、このオッサンは伊達に二十年以上、企業法務の最前線で戦ってきたわけじゃないんだ。君のような小悪党が思いつく浅知恵など、全てお見通しだったんだよ」


私は彼に近づき、耳元で囁いた。


「泳がせていたんだ。君が十分に太り、逃げられないほどの証拠を残すまでね。……美味しかったか? 私の妻との密会は。会社の金で飲むワインは」


北村は涙目で私を見上げた。恐怖で歯がカチカチと鳴っている。


「許して……許してください、部長……。僕が悪かったです……金は返しますから……」

「返す? 当たり前だ。だが、それで罪が消えるわけじゃない」


私は踵を返し、社長に向き直った。


「社長。これが真相です。私は会社の法務部長として、北村拓也を業務上横領、および特別背任の容疑で刑事告発することを進言します。また、私に対する名誉毀損と虚偽告訴についても、個人的に告訴する準備があります」


郷田社長は深く頷き、忌々しげに北村を睨みつけた。


「当然だ。……小野寺、警備員を呼べ。それと、警察にも連絡だ。この男を逃がすな」

「は、はい!」


小野寺が慌てて内線電話に手を伸ばす。

すぐに数名の屈強な警備員が会議室に入ってきた。


「いやだ! 離せ! 俺は悪くない! 玲子さんが! 玲子さんがもっと金を使えって言ったんだ! 俺は利用されただけなんだぁぁぁ!」


北村は喚き散らしながら、警備員たちに引きずられていった。

その往生際の悪さに、役員たちは顔をしかめ、溜息をついた。

最後に北村が吐いた言葉。「玲子さんが言った」。

その言葉を、私はしっかりと記憶に刻んだ。やはり、妻も共犯に近い。彼女の欲望が、北村を犯罪へと駆り立てた一因であることは間違いない。


北村の絶叫が廊下の向こうへ消えていくと、会議室には奇妙な静寂が戻った。

先ほどまでの私への敵意は消え失せ、代わりに気まずい空気が流れている。


「……剣崎君」


郷田社長が、バツが悪そうに私を見た。


「すまなかった。我々は君を誤解していたようだ。まさか、社内でこんな陰謀が渦巻いていたとは……。君の調査能力と、会社を守ろうとする姿勢には敬意を表する」


他の役員たちも、次々と頭を下げた。

「申し訳なかった」「さすが法務部長だ」

掌を返したような賞賛の言葉。だが、私の心には何も響かなかった。

彼らは結局、保身のために動いているだけだ。私の無実が証明され、さらに巨額の横領を防いだ(事後だが)功績者となったから、態度を変えたに過ぎない。


「頭を上げてください。誤解が解けて何よりです」


私は事務的な笑みを浮かべて答えた。


「ですが、私の名誉はまだ回復されていません。世間では私はまだ痴漢魔です。会社として、正式に無実の発表と、北村の告発を行ってください。それが、私の復職の条件です」

「もちろんだ! 直ちに広報部に声明を出させる。君の名誉回復に全力を尽くそう」


郷田社長は安堵したように約束した。

これで、会社での戦いは終わった。

私は席に戻り、散らばった資料を鞄にしまった。

その中には、まだ使っていない資料がある。

玲子に関する資料だ。


「では、私はこれで失礼します。警察への対応や告訴状の作成は、後ほど部下……いや、私が直接やりますので」

「うむ、頼んだぞ。少し休んでからでも構わんからな」


労いの言葉を背中で受け流し、私は会議室を出た。

廊下を歩きながら、私はネクタイを少し緩めた。

会社での「害虫駆除」は完了した。

北村はこれで終わりだ。逮捕され、実刑は免れないだろう。会社への賠償金、私への慰謝料、そして社会的信用の喪失。彼の人生は完全に詰んだ。


だが、まだ終わっていない。

私には、もう一人、裁かなければならない人間がいる。

北村が最後に叫んだ名前。

『玲子』。


ポケットの中でスマホを取り出すと、北村が連行される様子を野次馬社員が撮影し、早くもSNSにアップしているのが見えた。


『マグナ・ステラで横領発覚? 社員が連行される動画』


情報は早い。

このニュースは、すぐに玲子の目にも留まるだろう。

彼女は今頃、どうしているだろうか。

北村と連絡が取れなくなり、不安になっている頃か。それとも、私の退職金を皮算用してショッピングでも楽しんでいるか。


「……さて、家に帰るか」


私はエレベーターのボタンを押した。

下降を示す矢印が点灯する。

これから私が向かうのは、家庭という名のもう一つの戦場だ。

そこには、何も知らずに待っている妻と娘がいる。

彼女たちに、現実という名の審判を下す時が来た。


エントランスを出ると、眩しいほどの陽光が降り注いでいた。

昨日の雨が嘘のような快晴だ。

だが、私の心は晴れてなどいない。むしろ、これから行うことへの冷徹な使命感で、氷のように冷え切っていた。

タクシーに乗り込み、行き先を告げる。


「……自宅まで」


車窓を流れる景色を見ながら、私は玲子の顔を思い浮かべた。

彼女が絶望に顔を歪める瞬間を想像しても、もはや胸は痛まなかった。

あるのはただ、因果応報という四文字だけだった。

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