59.ユウキの決断
僕は8代目勇者に選ばれた、これが偶然なのか必然なのか分からないが僕は事の重大さを受け止めきれない状況だった。ドルトンの父も王都奪還戦に呼ばれており、領土を離れている。ドルトンは一緒について行きたかったらしいが見習いや若いからと息子を戦場に送りたくないなかった。
僕も行く気はないとは言えなかった。勇者になって意気揚々としていた学生の頃を思い出すけどなんだがバカらしく思えた。あんなに勇者になって強くなってみんなを助けてってしてきたのに、あの光景を見ただけで何かが折れたように感じた。
人って死ぬんだって、父さんが凄い薬師・回復術師だから根本的な事を忘れていたが人は簡単に死んでしまう生き物なんだ。だから弱き者は強き者にしがみつこうとするが、それが今を生きる術なんだ。
僕も王都奪還戦に行ったらあんな風に大怪我をして死んでしまうと思ったから逃げたんだ。僕は勇者になったのに根は弱者のままなんだと気づいた。
気づいた頃は遅かった。今はこうして僕だけ安全な場所で何も無かったかの様に過ごしている。父さんや母さん、シルフィや他の皆に恨まれても仕方ない行いだ。
そう考えながらドルトンの領土の街をぶらついていた。戦争中だから景気も少々悪く何かに怯えているように思えた。教会付近では神像に拝む人が沢山いて、皆が夫や息子の帰りを祈っていた。
心は痛むが今の僕に勇者の称号や剣を持つ資格はない。僕も領民に紛れて祈るしかなかった。腹が減ったので屋台で肉の串刺しを数本頼み座って食べていた所ドルトンが通りかかった。騎士の訓練終わりだったそうで、僕に話しかけてきた。
ドルトン
何かあったのか分からないけど、今言葉を交わすのも躊躇ってしまうよ。君が勇者である事も、その重大な責任がある事も勇者でない僕が分かる筈も無いけど、僕は父さんの言う事を無視して明日の朝王都に向かうつもりだよ。ユウキも着たかったら明日の朝城門で待ってるから来て。
ドルトンはそう告げて去っていった。ドルトンには悪いけど今行くつもりが無いが行きたくない訳でもない。僕の心が現実を受け入れていないから、曖昧な返事しかできなかった。
僕はその日の夜考えていた。勇者ってなんなんだろうって、歴代の勇者は何であんなにカッコよく見えたんだろう。伝承でもある通り勇者の剣を取る前まではそこら辺にいるただの人でしかないのに何でそこまで魔王を倒すという目的の為歴代の勇者は犠牲になっていくのか。
その剣さえ取らなければそのままの人生を送れたんじゃないかと後悔しているんじゃないのか。そう剣に語りかけると2代目の魂と3代目の魂が剣から出てきた。
2代目勇者ニャーミラは言う。僕は勇者として魔王の大陸に向かったのではない。仲間を守るために、同族を脅威から退ける為に戦いに行った。僕も最初は君みたいに自暴自棄になった時もあったよ。今の君の選択は間違ってはいないけど、その先の選択は間違ってはいけないよ。
3代目勇者アルデンテは言う。僕も2代目も魔王に立ち向かう事は出来なかったけどリヴァイアサンという共通の敵と戦い2代目の想いと共に葬った。それは勇者の為でもあったけど国を守る為でもあった。何の力もなかった僕が驚異的な力に目覚めてその場のノリで旅に出ちゃったけど、その「ノリ」がなかったら僕は立ち向かう事すら出来なかった。
僕だって死にたくないなかったけど自分が死ぬのと、世界が終わり自分達の種族が魔王の奴隷と化するかと天秤に賭けた時真っ先に自分の死を選んだ。それは多くの人に生きてほしいっていう事じゃなく、惨めな僕をここまで育ててくれた支えてくれた人の「恩返し」として選んだ。
今の君は魔王に立ち向かうかの選択という壁があるのだろう。今の話を聞いてその壁を乗り越えるのか、それとも引き返すのかは君次第だ。
そう言って2人は剣の中に帰っていった。僕だけじゃなかったんだ。僕だけが辛い思いをしているわけじゃなかった、勇者の絵本は都合の良いことばかり書かれていて本当の事は何も書かれてない。勇者の弱い部分を見せればその絵本を呼んだ僕も魔物に立ち向かおうと思わなかっただろうし冒険者にもなりたくなかったかもしれない。
それに勇者になっても一緒に居てくれる人がいる。今魔王と戦っている人達がいる。僕を待っている父さんや母さんに恩返しがしたい。忌み子と呼ばれ王都の王(父)からは地下で隔離されてしまったけど魔族の襲撃で解放され、新しい家族と出会うことができた。
今はとても幸せだ、だから今の家族を失うわけにいかない。僕は早朝ドルトンのいる城門に向かい一緒に王都を目指し馬車をこいだ。




