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後編


【後編】 




「今からオフレコの話しをしていい?」


「え?」


 わたしは首をかしげる。


「プライベートってこと?」

「プライベートっていうか、超個人的な僕の感想」

「レポートには載らないような? なに、まだあるの?」


 含みがある言葉に、うんざりとわたしが聞けば、ハンスは目を細めた。


「アンネマリアはさ、トーマスが君に懐かないのは結局なんでだと思っているの?」

「だから、あなたも言ってたと思うけど、ここからの……」


 わたしの言葉を、いや、と遮ってハンスはきっぱりと言った。


「それはそうだけど……なんというか、本質はね、違うと思うよ。懐きにくいとは思うけど、そのうち懐いてくれるんでしょ? 製品化したものは。そこが人気なんだし。――でも、君が創ったものは君だけには懐かない」


 痛いこと、だけど今更なことを言われて、眉をしかめた。


「不思議だよね。プログラムなのに。ほんとうに」


 ちょっと声をやさしくしてハンスは言った。


「このシリーズのものを組み上げていると僕は、キーボードを叩いていると時々自分をさらけ出している気分になる時があるよ。初期テストの時とか特に」


 それはわかる。


 わたしが視線を合わせると、ハンスは口元を上げた。


「どうしたって、個人の他人への寄り添う姿勢が出てしまう。これは良い悪いじゃないし、個人個人の問題と相性があるから、様々なパターンがあって然るべきだとも思う」

 

 そういう方針だから、ここの会社の製品で特にプログラムは、一人の技術者には任せない。どんな機体でも数種類のパターン、すなわち数人の技術者が用意されている。

 ハンスのプログラムは一番売れてはいるが、万人がそれを求めているわけではない。他の人やアンネマリアのプログラムを好む層が確実にいるのだ。

 でも、紆余曲折があろうとも最終的には仲が良くなるようには、どのプログラムにも入れられる基礎の部分で決定づけられている。

 だからこその、だがしかし、なのだ。


「でも、基礎プログラムがあるにも関わらず、何を作っても君にだけ懐かないってのはさ、ほんとうにほんとうに奥のところで、君だけを拒絶する何かを君自身が打ち込んでいるってことなんだよね。突き詰めてしまえば、ゼロとイチの世界なんだから」


 とんとん、とハンスが机を人差し指で叩いた。 


「思うに、君は君のことが嫌いなんだ。それが無意識のうちに入ってきてしまう。その上、さらに君はそんな君が許せない――だから君には、君にだけには懐かない」


 聞きたくないな。

 そう思ったけれど、声が出なかった。



「君は彼らに嫌われるようにみえるんだろうけど、実際は、お互いが許さないから反発しあっているのだろうと思う」


 ハンスは一旦言葉を切り、目を伏せた。

 

「なにがそうさせているんだろうね……」


 彼の指がそっとレポートのメモをなぞった。

 それでも、とハンスは言う。


「トーマスは懐かないけれど、君から離れていくわけではなかっただろう?」


 

 ハンスは首を横に倒した。こきり、と軽い音がする。


「まぁ、製品的にはね、ギリギリ合格。君には懐かないなんてこと、実際に近しくて君をよく知っている人間じゃないと気がつかないから。お客様からのクレームは上がってきてないだろ? 君にだけ、という特異点という事がほぼ証明されている案件だから、ごくたまに出てしまうイレギュラーの範囲内かな」


 確かにクレームは来ていない。懐くまで時間がかかるというアナウンスの上販売されているし、最終的に懐かなかった事例もないようだ。販売前の大々的な安全テストでも問題なく、塩対応で時間はかかるが、実際に離れて行くという事もなく合格点は貰えた。勿論攻撃性や事故なども報告されてはいない。

 

「なんというか――知ってる身としては、アンネマリア専用の隠しコマンドだとおもうと、逆に燃えるよね。――えーと、まあ、それはさておき、君は優しいから、なんだかんだと他の人間にはやさしいアンドロイドになるし、最初素っ気無いけれど、最終的に懐いてくれる。ちょっと癖があるから時間はかかるけど、懐いてくれるんだ。妙に癖になるような塩梅でね。僕は良い仕事だと思うよ」


 びっくりした。

 

「……ほんと?」

「ああ」

「……」


 ハンスが認めてくれている。思いがけない嬉しさに声が出なかった。目の奥が熱くなって、こらえるのに困ってしまう。

 報われた……そんな言葉が浮かんでしまった。

 勿論、わたしがやっていることはハンスに認めてもらうためではない。それは大前提にある。だけれど、彼が評価してくれているという事実は、自分で思っている以上に、わたしの深いところを揺さぶった。



 わたしが込み上げてくる涙を必死に押し留め、喉を焼きそうになる衝動を必死に押えていた一方、ハンスは脇に待機させていたアンドロイド・マリーを振り返る。


 「マリー」


 やさしい声でハンスが呼べば、ハンスに送った試作品の猫型ロボットはするりと彼に近づき、足にその身体をすり……と擦り付ける。そして、軽やかに飛び上がると器用に彼の腕にすぽりと入った。


「こんなふうに僕にはとてもよく懐く」


 ハンスは目をうっとりと細めた。そしてとろりと腕に収まる猫型アンドロイド・マリーに微笑みかけた。


「ねぇマリー、僕のことが大好きだよねぇ」

「にゃあん」


 ハンスが甘ったるい声でマリーに囁やけば、マリーは可愛らしく鳴いてぺろりと彼の口元を舐めた。流石に我が社の最高級ラインだけはある。舌の質感も動きも滑らかで自然だ。きっと舐められた方も、本物の猫にそっくりと感じるのだろう。


「心を許して関係を深めれば、思いやりのあるやさしい友人となる」


 ハンスはマリーの額に頬ずりをした。一人と一基いや一匹の、この上もなく親密な姿だ。


「マリーは僕にキスをくれるし、沈んでいるときはやさしく鳴いてくれる」


 さっきは褒められていたようだが、今は違う……これはなにやら完全にマウントを取られているな、とわたしは察し、鼻に皺を寄せた。


 わたしは今、ハンスに()()()マウントを取られている!


 さてはハンス! ハルクとわたしの親密度をご存じないな!? ちょっとそこは一言申し置かなければ済ませられないな!


「ハルクだってキスしてくれるし、ちゃんとやさしいこと言ってくれるよ!!」


 ふんす、と鼻息も荒く言えば、ハンスは一瞬目を見開き、


「ふうん」


 !?


 ニンマリと、そう! ニンマリとハンスは笑ったのだ。


 瞬間、すごく、嫌な予感がした。

 わたしはこの顔をするハンスを知っている。

 たしかに知っている。

 これは彼がなにかが狙った通りの成果を上げたと知ったときの顔だ。


 そしてやはり、笑顔のまま彼はとんでもないことを言い出した。


「だって、それは、僕が君のためにそう組んだものだもの」

「は?」

「ハルクは基本的なものは提出用と同じだけど、最後にちょっとね、付け加えてあるんだ」


 にっこりとハンスは笑う。


「走り続ける君が迷路で立ち止まったり泣いている時は隣に居たいし、やさしくしたいし、なんなら抱きしめてキスを送りたい」


 ハルクだと抱きしめられないけれどね、とハンスは肩をすくめた。そしてハンスは手を伸ばした。ゆるく曲げられた人差し指の背で、そっとわたしの頬に触れた。


「全部、全部僕が君にしたいことなんだ」


 顔に熱が上がってくるのがわかった。わたしが顔をそらすとその手はそのまま耳の後ろまでたどり着き、天才的なプログラムを編む指先がわたしの耳をするりと撫でる。

 なにこれ……。

 逃げたつもりが、訳が分からないけれど、なんだか追い詰められたような、気持ちになった。


「気づいて無かったようだけど、ハルクは僕のラブレターなんだよ」

「はぁ!?」


 ら、ラブレター!?

 

 驚き、瞬間的に突き放したわたしにハンスはからからとおかしそうに笑う。

 なんなんだもう!


「まぁ、取り敢えず今晩食事はどうだい?」

「お断り!」

「なら明後日は?」


 たたみかけるように提案してくるハンスに、わたしはパチクリと瞬きをして、彼を見返す。思っていたより真剣な目がわたしを射抜いた。鋭いのにちょっと甘くて、熱くて、その熱が直接心臓を叩くようだ。


「――奢りなら、行く」


 わたしはかすれた呻きで答えた。


 明後日なら……明後日ならまだ迎撃出来る体制が整っているはず……たぶん。今日はもうだめ。バクバク心臓は煩いし、何より頭がパンクしそう。今のわたし、耳から煙は出ていてもおかしくないと思う。


「わかった。じゃあそういうことで」


 ちらりと様子を窺えば、わたしの自分勝手な返答にもハンスは嬉しそうに頷いた。



 今夜はちゃんと寝るんだよ、とハンスは、マリーと一緒にミーティングルームを軽い足取りで出て行った。



 ハンスが退出した後、わたしは机に突っ伏す。


 なんだこれなんだこれなんだこれ……!


 えー!?


 待って待って待って!?



 わたしは混乱した。なんだかそれは、とてもカラフルでぷわぷわしていて……色とりどりのたくさんの疑問符の形をした砂糖菓子が脳内で飛び交って、ぶつかって、バチバチとスパークしてるようだ。

 刺激的なのに……、なぜか嫌じゃない、戸惑いだった。



「アンネマリア」


 それまで室内の止まり木で大人しくしていたハルクが、ツンツンと近寄ってくる。そして羽ばたいてわたしの肩に乗った。


「アンネマリア、ダーイスキ」


 ちょん、とそのくちばしで頬にキスをくれた。いつもしてくれることなのに、あんなことを聞いてしまえば特別な行為としか認識出来ない。

 そんな混乱を知ってか知らずか、ハルクは通常運転でかわいらしく好意を示してくれる。


 こんなの……こんなの……ラブレターだって気づくわけないじゃない!


 ハルクがやたらやさしい筈だ……!

 彼の、遠回しなアプローチだったのだから!

 きっとハンスはわたしが気が付かないのをわかってやってたんだ……!


 バカにして! と腹が立った。

 だけど次の瞬間、彼が、わたしが凹んだ時は側に居たいと思っていた事も確かなんだろう、と気がついた。

 寄り添ってくれたハンスは、わたしをどれだけ癒やしてくれただろうか。

 ほんとうにわたしを思ってくれていたのだろう。

 じゃなかったら、流石にこんな手の込んだ……わざわざ専用のプログラムを組むような面倒臭い事はしないと思う。


 ハンスは小器用に見えていたけど、実際には愚直に、彼が出来る事を差し出して――ただとてもズレたわかりにくいアプローチをしてきたのだ。

 

「ああもう!」


 思わず声が出た。

 

 ほんとうに面倒くさい!!

 知らなかったけれど、ハンスって、凄く捻くれてない!?

 わかりにくいにも程があるよ!

 なんなのもうっ!

 

 考えれば考えるほど顔も耳も熱を持ち、今さら頭を掻きむしりたくなるくらいに混乱してしまう。


「アンネマリア! ミミアカイ! カワイイ!」


 そこへ来て、ハルクのトドメの一言。


 ひー、もうやめてー。

 畳み掛ける羞恥にわたしが堪らず顔を覆う。


 ハンスは再び飛び上がって、室内の止まり木にとまる。


 そして、ピルルラルと喉を鳴らしてとても楽しそうにハルクが言ったのだ。


「ハンスノミミモ、アカカッタネ!」


 え?


 わたしは手を外してハルクを見上げた。その視線の先でハルクはその胸を反らした。


「オソロイッ!」


 ピルルラルクルピル


 朗らかにハルクは、今まで何度も歌っていてすっかり馴染みとなった曲を歌いだした。

 出会ってすぐから幾度も幾度もわたしの周りで歌っていたその歌は、跳ね回るように楽しげで、そして甘く、時々切ない。


 まるで恋しい人を、わたしを呼ぶように。



 わたしはゆっくり瞬いた。そして、得た気づきに頬を押さえた。


 素直じゃない彼の、素直なラブレターは高らかに歌う。



 ピルルラルクルピル


 わたしの気のせいだろうか。

 でも、たぶん、だって……。


 きっと最初から――



 わたしの肩にとまり耳元で歌うハルクの歌声に、確信は深まっていく。自然と口の端があがった。


 


 ああ、これはきっと恋の歌だ。

 



 

お読みくださりありがとうございました。

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