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前編


 【前編】



「なんでだー!!」


 わたしは叫んだ。

 部屋の隅では、わたしにツーンとそっぽを向いて前足を舐める猫型ロボット(名前はトーマス。雄のシャム猫タイプである)。


「なんでだ!? なんでまた駄目だった!?」


 わたしが頭を掻きむしり叫べば、やってられるか、うるさいな、とでもいうようにトーマスは軽やかにキャットタワーを駆け上がり、一番高い場所に寝そべる。そのままつーんとした顔で目を閉じた。



 わたしアンネマリアは、愛玩動物ロボットを開発及び販売している会社で、そのロボットに搭載する基礎プログラムを設計を生業としている。


 そして今、自分が組んだ新しく発売予定のプログラムを、これまた発売予定のボディにインストールし設定した猫型ロボットと本日もふれあおうとして、わたしは最初から徹底して塩対応を受けているのだ。

 わたしがマスターだと設定したのに!

 なんで!?

 愛玩動物ロボットとは!

 癒やしの存在とは!


 愛玩動物に載せられるプログラムは数パターンあり、そのプログラムの違いと購入者の接し方、環境等を学習し、一体一体が特別な愛玩動物となるのだ。そして顧客が自ら購入時にいくつかのパターンから選べるようになっている。数種あるプログラムの内、わたしが組んだプログラムは売上的にトップとは言えないが、そこそこは売れている。


 売れてはいるのだ。


 だが!!


 だが!!


 理由がわからないが、わたしは自分が作ったプログラムを入れたロボットに嫌われる。 ことごとく嫌われる。何度作り直しても、試せばなぜか三日と持たない。

 他の人間には問題なく(?)懐いてくれるのに!!


 な!

 ぜ!

 だ!!


「マタナノ、アンネマリア!」


 インコ型ロボットのハルクが叫んだ。彼はわたしのモニターの隣に舞い降りた。ハルクは空色のセキセイインコタイプだ。


「そうだよ、またなの!!」 


 ヤケクソ気味にそれに叫び返す。

 

 ハルクも弊社製品の試作品だ。インコ特有の喋り方が過不足なく再現されている。このプログラムを書いたのは同僚のハンスだ。彼の作るプログラムを乗せたアンドロイドは、丁寧に接すればそれだけ返してくれるし、主人(マスター)のことをよく観察して成長してくれる。ハンスは、我が社トップの売上を誇る人気のプログラマーだ。

 ここにいるハルクはハンスがわたしに試して欲しいと持ってきた。ハルクはトーマスと違い、一緒にいるだけ懐いてくる。

 さすがハンスということなのだろう。

 

 あれ……?

 もしやこれは無言のマウントか?

 マウントなのか!?

 今まさにトップとの差を見せつけられているのか!?

 

 わたしが闇思考に陥ったことも知らず、ハルクは伸び上がりパタパタとその場で羽ばたくと、羽を丁寧に仕舞いくるりと首を傾ける。


「マタガンバローネ、アンネマリア」

「やさしいねハルクは」

「ハルクハ、アンネマリアガダイスキ!」


 ハルクは高らかに宣言する。


「うううううう、ハルク……」


 やだ、マジで癒やされる。


 ていうかなんなのハルク、ジャストタイミングで慰めてくれるって有能すぎませんか? トーマスとほぼ同時期にセットアップしたのに、この差はなんなの。むしろ猫型のほうが頭部が大きい分複雑な機構を組み込めるのに……。

 いや、実際の言語を使って会話が出来るようなプログラムは複雑なんだ。

 それをここまで小型化し、実用の段階まで持ってくるなんて――ハンスは凄い。

 わたしは小鳥型用のプログラムは未だ任せてもらえていない。何度か組み上げたものを上司に見てもらっているけれど、なかなかラインナップには入れてもらえないのだ。

 それなのに、ハンスの手掛けたハルクのこの仕上がりたるや……。

 なんなの、ほんと……。


 一方で相変わらずトーマスさんは、素知らぬ顔だ。


 見せつけられた同僚との差に悔しくて情けなくて涙が浮かぶ。


「ナイチャウノ? アンネマリア」

「ウン、ナイチャウノ」


 泣き声を少しでもごまかしたくて、ハルクの真似をして応える。


「ナラ、ハルクガトナリニイテアゲル」


 ハルクはそう言うと、わたしの肩に飛び乗った。そして身体を傾け、わたしの頬にそのすべらかで小さな頬を当てて来た。


「アンネマリアハイイコ、イイコ」

「うん」 

「アンネマリアハイイコ、イイコ」

「うん」

「ハルクダーイスキ」

 

 ほんとうになんなのこのインコ……。

 心の弱った人間の涙腺をピンポイントで攻撃してくる。戦闘能力高すぎやしませんか。


 わたしはハルクを肩に乗せながらしばらく泣いてしまった。


 ようやく涙が止まると、ハルクは小さな嘴でツンツンとわたしの頬をつついた。痛くないけど、くすぐったい。


「なあに、ハルク」

「キスヲシテルンダヨ」

「キス?」

「ダッテハルクハアンネマリアガダイスキダモノ」

「え、セクハラ?」

「ナンデソウナルノ! ヒドイヨ!」


 ハルクが胸を反らせ羽ばたく。


「うわ、ごめんごめん!」

「ヒドイヨ! ヒドイヨ!」


 ハルクは飛び上がりわたしの頭の上に乗り、その場でぽんぽんと跳ねる。ぷんぷん、という仕草に思わず笑ってしまう。

 ちくしょう、あざとい、かわいい、なんて有能な愛玩ロボット!


 わたしが笑い声を上げると、ハルクはピタリと跳ねるのを止め再び肩へ戻ってきた。


「アンネマリアワラッタ?」

「ん? そうだね」

「ワラッタ! ハルクウレシイ」

「嬉しい?」

「ソウダヨ! アンネマリアガワラッテルト、ハルクハウレシイ!」


 高らかにそう言うと、ハルクは可愛らしい声で囀り出した。


 ピルルラルクルピル


 それがとても幸せそうで、わたしはまた泣きたくなった。これは嬉し泣きだ。

 ほんとうにハルクは優秀すぎる。


 悔しいけれど、ハンスの実力は本物だ。

 人に寄り添う愛玩ロボット。

 どうして彼は、こう理想を具現化出来てしまうんだろう。


 そんなに年は変わらないはずなのに……。


 元々、勤め先の愛玩用アンドロイドのファンだったわたしは、自分が持てるコネと出来る限りの努力を最大限使って、入社した。

 初めてここの愛玩用ロボットに出会ったときの感動は今でも忘れることは出来ない。

 もちろん今のシリーズと比べれば、もっと簡素で荒削りな存在だったけれど、触れ合うたびに仲良くなって、一緒に成長して……いつしかわたしもこの子達の誕生に関わりたいと強く願うようになった。


 自分で組んだプログラムが、初めて機体に載ったときの震えは未だ手にある。

 それは小型犬のタイプで、(やはりわたしには懐かなかったから、他の人レポートなのだけど)じわじわと仲良くなり、初期の今までにない塩対応からのデレが受けて、最終的に採用された。

 ダメ出しからの改良を重ねて、実際にお客様の手に渡り、プレゼントして貰った子どもからの手紙を貰って、それを読んだときの嬉しさといったら!

 もちろん、好意的なものばかりでは無かったけど、それはわたしが作ったものがここに存在出来ているからだと、次への力へと変えられた。

 モチベーションが低いわけではない。むしろ高い。

 やり甲斐だって感じている。 

 でも、時々、自分の足りなさを自覚し、どうしても下を向いてしまうことがある。


 イマジナリーな地面を掘りそうになっているわたしは。そうはすまい、と涙を拭うと、ハルクの歌声に合わせてデタラメな歌を歌った。するとハルクも負けじと声を出す。バタバタと翼を羽ばたかせて、歌う。

 その様子があまりにも可愛くておかしくて、最後はお腹を抱えるくらい笑ってしまった。


 やはりハルクは優秀だ。


 


 しばらくハルクと暮らして、試用レポートを書いた。もちろん、自分で作成したトーマスの分も書く。書いているうちに、その出来の良さを言語化したことにより、改めてまざまざと差を思い知り、また落ち込みそうになったわたしを、例によってハルクは慰めてくれたのであった。


「ありがとうね、ハルク」


 レポートを書き上げると、わたしは猛然と自分が書いたプログラムの洗い出しを始めた。



 

 数日後、ミーティングルームで、ハンスとお互いのレポートを額を突き合わせて検討した。

 ハンスにもわたしがプログラムしたネコ型ロボットを試してもらっていた。


「うわ、酷いクマ!」


 ハンスは顔を合わせた瞬間、そう言って顔をしかめた。


「睡眠はちゃんと取った方がいいよ、アンネマリア」

「そうね」


 ちょっと作業に熱中し過ぎて睡眠時間を削ってしまったわたしは、素直に頷いた。


 なんだかそれ以上会話する余裕がなくてその返事だけで自分の席につくと、端末を起動させ、幾つかのセキュリティ認証をクリアして、ギリギリまで時間をかけたレポートをアップロードした。

 その作業が終わると、ハンスの試用レポートを確認していく。

 それを目で追っていき、唸りながら自分で、ここは、というところにツールでラインを引いて目印を入れていった。

 予想していたことも想定外だったことも有った。やはりハンスのレポートはわかりやすい。そして鋭い。

 改善点に繋がるように書かれている。


 うううううううううう……直視したいような、したくないような、でもしなくちゃ、とラインを引いたところをピックアップして並べていく。


 そこまでして、顔を上げたら、ハンスがじっとわたしを見ていた。彼の作業は終わっているようだ。何をやらせてもそつなく手早いなぁ、と思う。……いや、わたしほど改善点が無いだけか、と複雑な思いになるが、こんなところでそんな思考沼に落ちては行けない、と軽く唇を噛んで気を取り直した。


 わたしは少し大げさに息を吐いて、資料と口頭での意見交換に入った。


 ディスカッションが終わりに近づいた。わたしのメモは図と文字で真っ黒だ。


 ふと顔を上げたら、ハンスと目があった。


「今からオフレコの話しをしていい?」







 



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