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第9話 罠

 王立学園に授業の終わりを告げる鐘が響いた。


 重たい椅子が床を擦る音や活気あふれる声で教室内はたちまち騒がしくなる。革の鞄を肩にかけ生徒たちが談笑しながら教室を出て行く。


 ――殿下をポケットに入れたまま長い一日が終わった

 私はほっとして肩の力を抜いた。


 初めからわかっていたことだけれど、これは毎日続けられないわ……

 学年が上の殿下が私と同じ授業を聞く意味がないし、ずっとポケットに入ったままでは解呪に向けて何ひとつ動かない。

 でも、何をどう動けばいいのかしら……

 明日以降の過ごし方を殿下に相談しましょう……


 教室を出て中庭に降りると、太陽はわずかに西へ傾きまぶしさが和らいでいた。見上げた空は透き通るような青色で、風にのって剣術の稽古をする声が遠くからかすかに響いてくる。


 馬車寄せに向かうゆるくカーブした小道に足を踏み入れると、道沿いにつるバラが今を盛りと咲き誇っていた。淡いピンクの豪華な花が、花びらの重さを支えきれないように花首を垂れてうつむいている。


 繊細な花の美しさに目を奪われていると、突然誰かが道の先から飛び出してきた。


 ドンッと半身がぶつかりよろめいた私を、その生徒がとっさに抱きとめる。

「すみません! お怪我はありませんか? 急いでいて、本当に、大変失礼いたしました」ぶつかってきた男子生徒が慌てた様子でぺこぺこと頭を下げる。


「いえいえ、こちらこそ花に気をとられて前をみていませんでした。大丈夫ですのでお気遣いなく」と告げると、彼は「本当に申し訳ありませんでした」と恐縮しながら走り去った。


 小道をぬけ公爵家の迎えの馬車が停車しているのが見えてきた。何事もなく学園から帰れることにほっとして、殿下の入ったポケットに手を伸ばした私は、平らになったポケットに触れて、血の気がひいた。


「え!殿下っ!」

 殿下がいない。ポケットには何もない。


 ――さっきの!

 どうしよう!殿下に何かあったら大変だわっ。


 慌てて踵を返し、先ほど男子生徒とぶつかった場所へ駆け戻った。あたりを見回すが何もない。


「殿下!殿下!」小さく呼べども答えがない。


 どうすればいいの。どこを探せばいいの。

 口元をおさえる手ががくがくと震えた。

 どこを目指せばいいかわからないまま、私は校舎へ向かって走った。心臓がどくどくと鳴っている。


 殿下が傷つけられたら、取り返しがつかない。彼はこの国の王太子なのよ。どうしよう。どうしよう。ああ神様。


 混乱したまま校舎まで駆け戻り、教室棟に飛びこんだ。はあはあと荒い息を整えながら見ると、教室のある棟にはまだ生徒が残っていた。


「黒髪の男子生徒が走ってきませんでしたか?」

 私の慌てた様子にぎょっとして立ち止まった生徒に声をかける。手あたり次第に尋ねるが目撃したものはいない。


 私は肩で息をしながら、どこを探せばいいのか必死に考えた。

 そうよ、嫌がらせでぬいぐるみを盗んだとしても、人目につく場所に持っていくはずがないわ。


「人目につかない場所……?」

 授業が終わったばかりなので教室棟やカフェテリア、職員室のある棟はまだ人目が多い。

 ……外?

 庭園や森に捨てられたら広すぎて探す方法がない。ふと、埋められてしまったら……と想像して足元から怖気が走った。


 だめ。だめ。やめて。

 でも、どこを探せばいいのかわからない。


 遠くから「わぁー」と歓声が響いてきた。演武場のほうだ。ふと目をやって思いだす。


 ――演武場の側にはあまり使われていない実験棟があるわ


 気づいたとたん駆け出していた。淑女たるもの、普段は慌ただしく走ることなどない。鞄が重い。慣れなくて息がつらい。

 心臓が破れそうなほど駆けて演武場へ続く通路へ出ると、道の向こうから従兄のダリルが歩いてくるのが見えた。

「ダリル!ダリル!」

「どうしたっ!何があった」


 ただならぬ私の様子をみてダリルが駆け寄ってきた。

 はぁはぁと息が切れてうまく言葉がでない。


「殿下が、いえ、殿下との婚約祝いで、頂いた、お守り人形を盗られたのっ」肩で息をしながらなんとか事情を説明する。

「中肉中背、黒髪の男子生徒だったわ。ダリルお願いよ! 一緒に探してっっ」

 普段はおちゃらけているダリルが真面目な顔で頷いた。

「どこから探す」

「人目につくところには持って行かないはずよ。それで実験棟を見に来たの」

「わかった。鞄を寄こせ。とりあえず実験棟にいくぞ」

 こくっと頷いてダリルに鞄を渡す。重い荷物がないだけでもさっきよりずっと動きやすかった。



 実験棟の中はしんと静まり返っていて廊下にはひと気がない。二階にあがり端からひとつずつ扉に手をかける。だが施錠されている教室ばかり。


 下に降りようと階段に差し掛かったとき、ガタッと階下で物音が聞こえた。急いで階段を駆け下りると廊下の奥の備品室から黒髪の男子生徒が駆け出していくところだった。


「おい。待てっ」

 ダリルが男子生徒を追いかけて駆け出して行く。

 その間に私は生徒が出てきた備品室へ飛び込んだ。


「殿下!殿下!」

 お願い。無事でいて。

「いませんか!殿下!」

 必死で声をかける。


 奥の棚からカタッと音がした。


「殿下、ですか?」呼びかけると「俺だ!出してくれ」とくぐもった殿下の声がする。


——ああ、良かった。膝から崩れ落ちそうなほど安堵して棚に駆け寄ったが、殿下の声がする箱に届かない。


「大丈夫ですか。いま助けます」言いながら踏み台になるものを探していると、ダリルが肩で息をしながら戸口のところへ戻ってきた。

「はぁ、はぁ、ごめん。だめだった。見失った」


「ねえ、ダリル。この箱を取ってくれない?」

「そこにあるのか?」

「わからないけれど、この箱だけほこりの上にうっすら手形が残っているわ」

 適当なことを言って木箱を降ろしてもらう。

 床に降ろされた箱に私が手をかけようとすると、ダリルが制した。

「リリアン、待て。俺が開ける」

 ダリルが慎重に箱を開けると、くまの人形が横たわっているのが見えた。

「ああ、良かった」

 ぬいぐるみを手にとると、私は安堵のあまり殿下を抱きしめてへなへなとその場にへたり込んだ。


 その瞬間だった。

 背後からガラガラッガタンッと音がして入口の引き戸が突然閉まった。


 ハッと振り返った時にはもう遅かった。

 バタバタと走る足音が遠ざかっていく。


「くっそやられた!」


 ダリルが扉に駆け寄る。

 扉に手をかけるが開かない。


 ガタガタと揺らしたあと、壁に足をつけて全力で引き戸を開こうとするが、扉の外で何かつっかえているようでまったく開く気配がなかった――


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