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第31話 隠れていろ

※後半部分に800字ほど加筆しました


 隣の部屋のドアをガチャガチャと乱暴に揺らす音がする。

「ここじゃない!」「どこだ!」


 廊下で叫ぶ男たちの声が、すぐ近くから聞こえる。



 青ざめた殿下はベッドから飛び降り、ベッドの掛け布をぐいっと力任せに引き抜いた。

 わたしは体の下になっていた布を乱暴に引きぬかれ、勢いよく仰向けに倒れた。


「リリ、隠れていろ!」

 殿下は叫びながら手にした掛け布をばさりとわたしの体に覆いかぶせた。


 掛け布が視界を遮る直前、裸の殿下が床に落とした剣に飛びついたのが見えた。


 同時にバンッという轟音とともに、ドアが開け放たれて男の声が飛び込んできた。


「大丈夫ですか!」

「悲鳴が聞こえましたが、どうしましたか!」


 わたしは慌てて縮こまると、じっと息を殺した。

 ドッドッドッドッと心臓が壊れそうなほど激しく鳴って、布を握りしめる指先がカタカタと小さく震えた。


「ちょっ、殿下!」

「ええ!?なんで」


 驚愕する声の直後に殿下のほっとしたような声がした。

「マルコとダニエルか……」


「殿下!なんで裸で剣もってんすか!」

「なにがあったんです!!」


 慌てて問う声に、殿下が冷静に返した。

「マルコ、まずはドアを閉めろ」

「……はい」

 パタリと静かにドアの音が響いたあと、殿下の声が続いた。

「こっちだ」

 ベッドの反対側に回り込む足音がする。


「ひぇっ」「うわ」と驚く声が聞こえた。


「休憩していたら襲撃されたんだ。回収して尋問してくれ」

「休憩って……」

「誰と……」

「おい、そっちを見るな!」殿下の声。


 わたしは掛け布の下で縮こまった。布をまくられたらどうしようと生きた心地がしなかった。


「殿下、お怪我は……なさそうですね」

「じろじろ見るな」

「いや、なんで裸……」

 その言葉で全裸の殿下に抱きしめられたことを思い出し心臓がドクドクした。



 ベッド脇の低い位置で話す男の声が聞こえる。


「これ、殿下がやったんですか」

「ああ。こいつ近衛じゃないだろ」

「見たことのない顔です」

「そいつは近衛の隊服を着て、夜会の警備をしていた」

「はあっ?」

「まじっすか!」


 彼らが驚くのも無理はない。王族の警護を担う近衛の隊服は、なりすましを防ぐために徹底的に管理されている。簡単に手に入るものではないのだから。


「テラス脇で外から入りこめる場所だったが、隊服といい警備場所といい、手引きした奴がいるはずだ。尋問して関係者を吐かせろ」

「はい」


 話し声の合間に金属がカチャカチャと鳴る音が聞こえる。


「ちょっと殿下、何してるんすか?」

「こいつのズボンを借りる。あとお前ら二人とも上着を脱げ」

「はあ?」

「着る服がないんだよっ。ジャケットだけでいいからふたりともさっさと脱げ!」


「えええ」

「いや、着て来た服はどうしたんすか……」男たちのぼやきに続いて、ばさり、ばさり、と重い布地を椅子に投げかける音がした。


「ちゃんと後で証言してくださいね。殿下」

「隊服なくしたら俺たち首になりますよ……」


「もちろんだ。……それにしても、おっもいなコイツ」とつぶやく殿下の声がした。


「おい、ダニエル、こいつ脱がせるのを手伝え」

「意識がない人間の服を脱がすのって大変なんすよ。だいたい殿下は公務じゃなかったんすか。なんでこんな場所で真っ裸でいちゃいちゃしてるんすか。うらやましい」

「うるさいっ。こっちにはいろいろ事情があるんだよ」


 ごそごそと動く音に続いてごとんと響く鈍い音。すぐ近くで衣擦れの音がして、カチャカチャと金属音が聞こえた。「靴はまあ何とか履けるな」と殿下の声。


 

「マルコ、こいつを縛るものを探してくれ」

「はい」


「殿下、いったい何があったんですか」

「賊に襲われたから反撃したんだ。塔の地下牢につないでおけ」

「「はい」」


「内通者がいるはずだ。尋問は誰にも知らせず極秘でやれ」

「はい」

「それからコイツを牢につないだら、副隊長のハルク=バシュレイに部屋に来るように伝えてくれ。事件の詳細はハルクに話す。いいか、賊のことはハルク以外には誰にも伝えるなよ!」

「隊長もですか」

「……いまのところは、隊長もだ」

「はい」


 殿下が指示を出す間、わたしは息を殺して小さくなっていた。こんな乱れた姿を見られるわけにはいかない。震える手でぎゅっと胸元を握って気がついた。少しだけ握力がもどってきていた。


「じゃあ、そいつを連れて出ていけ。大事な証人だ。くれぐれも死なせるな」

「はい」


 よいしょっと重いものを担ぐ声がして、再びバタンと扉の音が響いた。





「もういいぞ、リリィ」


 掛け布がめくられて、急に明るくなった視界にわたしは目を細めた。


 白いジャケットを纏った殿下が不安げにわたしを見下ろしていた。


「大丈夫か?」

 殿下はわたしの背に腕を差し込み、上体を起こしてくれた。胸元で掛け布を押さえてベッドに座るわたしを見て、殿下が苦しげに表情をゆがめた。


 殿下はあたりを見回して、床に落ちていた剣を拾うとベッドの掛け布を帯状に引き裂いた。


「目をつぶっているから、これを前で押さえて……」と差し出された布を、黙って受け取る。


 痺れが残る指先でずり落ちたコルセットと破れたドレスを引き上げると、暴漢の舌が這う感触と恐怖が脳裏に浮かんでひゅっと息をのむ。


――いま、泣いたら動けなくなってしまう


 わたしはぐっと唇を強く噛んで、渡された布を胸元に巻きつけて殿下に声をかけた。腕が痺れて細かい動きはまだできなかった。


「できました」


 声をかけると、後ろにまわった殿下が緩くまかれた布を強く引っ張り、ぐるぐる巻きつけて端を背中側にぎゅうぎゅうと押し込んだ。近衛のジャケットを着せてもらい、指先がしびれているわたしの代わりに前を留めてくれた。


 非常時とはいえ、殿下に侍女の真似事をさせるなんて……忸怩たる思いでうつむくと、突然、殿下の手が髪に触れた。


 大きな男性の指が銀色の髪の間をすべるように動く。愛おしむように優しく髪を梳く指の動きに、心臓が耐えられなくなりそうだった。


「あ、あの、殿下っ」

 声にぴくっと反応した殿下が、慌てた様子で手櫛ですいた髪をひとつにまとめて、片側にさらりと流した。

 

「俺の部屋へ移動する。動けそうか?」

「は、はい。なんとか…大丈夫……そうです」


 ベッドのふちに腰掛けると、殿下が床に落ちていた靴を拾って跪いて履かせてくれた。


「申し訳ありません。殿下にこんなことまで……」

 恐縮するわたしに、殿下は眉を下げて拗ねたような顔をした。


「殿下、じゃないだろう。エルと呼ぶ約束だ」


 目の前で膝をついた殿下が、金色の髪をさらりと揺らして、透き通った宝石のような紫の瞳でわたしを見上げている。


 ――元の姿に戻った殿下をエルと呼んでもいいの?




「リリィ、抱き上げて運んでやりたいんだが、俺の部屋までは距離があってな……。ハルクと違って非力ですまない。肩を貸すから、さっさとここを出よう」


 殿下が申し訳なさそうな顔をして、手を差し出した。



 お人形のようだった小さいエルと違って、麗しい青年の姿に戻った殿下に戸惑いが大きい。

 わたしは、おずおずと殿下の手をとり、思いのほか逞しい殿下の肩に腕をまわした。ぴったりと密着して腰をぐっと抱かれ、わたしたちは事件のあった部屋を後にした。



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