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第2話 小さくなった殿下


「殿下!殿下!」

 殿下の制服を胸に抱いて叫んだが、返事は無い。


——こつ然と人が消えたなんて……うそでしょう……


 呆然として座り込んでいると胸元で何かがもぞもぞと動く気配がした。


「きゃあっ」

 驚いて制服を放り投げる。

すると、ばさりと床に落ちた服がもぞもぞと動いている。


「な、なに……なんなの」

 恐怖のあまり逃げることもできずに、不気味に動くなにかを凝視していると、服の中からひょこっと何かが顔を出した。


 二歳児くらいの幼い顔立ち、金髪にくりくり動く大きな紫の瞳。手のひらサイズの体。

 その生き物は私を見上げてぎょっとした顔をしたあと、自分の身体に視線を落として叫んだ。


「なっ、なんだこれはっ」


――金髪に紫の瞳。紫は王族だけが持つ特徴だ……


「まさか、で、殿下なんですか……」

「どうなっている。何が起きたんだ!」


 殿下が立ち上がり、自分の姿をしげしげと眺めている。


 頭が大きく、幼児というよりマスコットのような二頭身。二歳児くらいの幼い顔。ぷくぷくのほっぺ。ぽっこりと出たお腹。足の間には小さな……


「きゃああ、殿下! 服! 服を着てくださいっ」


「うぉっ。おい。見るな」

 殿下は慌てて、殿下の殿下を両手で隠した。


 パニックになった私は顔を両手で覆って叫ぶ。

「見てません。私は何も見てません! 殿下の小さい殿下なんて見てません!」

「おい、聞き捨てならないぞ。俺は小さくなんかない! ちゃんと見ろ。そして訂正しろ」


 きっと殿下もパニックになっている。

 言っていることがおかしいもの。


 指の間からそっと覗くと裸で胸をはる殿下がみえた。手の平サイズの殿下がいた。


「いやいやいや、小さいです。ものすごく小さいですから!」


「はあぁ、お前なあ。俺は標準サイズだ。小さいなんて言われたことはない」とぷんぷんしている。


「何を言っているんですか! 手の平サイズになっちゃってるんですから、小さいに決まっているでしょう。それより、とにかく服! 服を着てくださいっ」


 いつもの淑女の仮面はすっかり脱げ落ちていた。


「服といっても、どうやって着るんだよ」殿下がぼやく。


 確かに……

 小さい殿下の体はポケットに収まるサイズだ。制服を着ることなどできない。だが殿下の殿下が丸出しでは目のやり場に困る。


「こ、これを使って、とにかく隠してください」

 ポケットから取り出したハンカチを顔を背けながら差し出すと、ぶつぶつ言いながら殿下が受け取ってくれた。


 ごそごそと衣擦れの音がする。しばらくして殿下が口を開いた。


「おい、これでいいだろ。何が起こったのか話せ」

「話せもなにも……」


 振り返って殿下を見た私は、ぴたっと動きを止めた。

 ハンカチを体にぐるぐると巻き付けて小さい殿下がこちらに向かって歩いてくる。

 むっちりボディに、きゅるんとした可愛らしい顔。トテトテ歩く姿。


「か、かわ……」バシッと両手で自分の口を押えた。


 可愛い。

 なにこれ、妖精?コロボックル?


 可愛い。

 さわりたい。


 ああ、だめ、中身は殿下。だけど、可愛い。子猫のようにわしゃわしゃしたい。


「おい。何をしている」殿下の険しい声がした。


 はっ。思わず妖精の頭をなでなでする妄想が……

 あまりの事態に私もおかしくなっているのかもしれない……


「何があったと言われましても、首飾りから光が出て殿下が小さくなったんです。王家の首飾りが原因なら陛下に聞くべきではないですか?」


「じゃあ、城に連れていってくれ」


 連れて行くのは良いけれど、この姿の殿下をどうすればいいの……


 連れて行って誰に取り次いでもらえばいいの。

 不仲の婚約者が突然小さい生き物を連れてやってきて、「殿下が小さくなりました」って?

 そもそも、この事態、誰かに知られたらまずいのでは?


 王宮まで行けば自分で部屋まで帰れるかしら……


「あの、城のどこに置いて帰ればいいんですか」

「はあ? お前、この姿の俺を置き去りにするつもりか?」

「いえ、だって、その辺の騎士や使用人にその姿を見せられないでしょう。私ひとりでは殿下の部屋には近づけません」


 何が起こっているか全然わからないけれど、王太子が呪われたなんて噂になったら、殿下の瑕疵になってしまう。現状を伝えて取次ぎを依頼するなんてできない。


「父上に直接尋ねる、父上のところに連れて行ってくれ」

「ええ? 父上って国王陛下じゃないですか。無理ですよ」


「はあ? お前この非常事態に王太子を見捨てるつもりなのか」

「いえ、見捨てるも何も。いくら王太子の婚約者といえど、私一人では陛下へ謁見できません。何と言って申し込むんですか。しかも直ぐに会いたいなど……」


 確かに……と考え込む殿下。


「王宮の庭に置いて帰ったら、自力で陛下の部屋に辿りつけたり……」殿下にじろっと冷たい目で睨まれたので「……しませんよね」と私は肩をすくめた。


「お前は王宮にどれだけ騎士が配置されていると思っているんだ」

「無理ですよねぇ……」


 どう考えても、一介の令嬢ひとりだけでは陛下に近づくことすらできない。悩んでいると殿下が諦めたように言った。


「モンブリー公爵に頼るしかないか」

「お父様ですか?」


 確かに、お父様なら陛下とも親交がある。

 結局、私達は王宮に行くのを諦めて、お父様に相談するために公爵邸に戻ることにしたのだった。


 殿下の指示のもと、制服と靴を部屋に隠し、殿下の迎えに来た侍従にはモンブリー公爵家に寄ると伝えて王宮へ戻ってもらった。


 婚約破棄の話から一転、いったいどうしてこんな事態になってしまったのだろう……

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