第13話 好きになりました
三人が校舎を出ると、あたりは夕闇に沈んでいた。
建物や木々は黒い輪郭しか見えず、空には一番星がきらめいていた。西の地平にかすかにオレンジの光が残滓のように残っていた。
◇
わたしたちはいま、ダリルが呼んでくれた馬車で公爵邸へと向かっているところだ。
馬車の中では、わたしの隣に殿下がちょこんと腰を降ろし、向かいの座席にダリルが座っている。
殿下の姿を眺めながらダリルがにこにこと言った。
「その姿まじで可愛いっすね」
もう何度目だろう。可愛いと連発されて殿下はむすっと不機嫌な顔をしている。
「ねえダリル。さすがに不敬じゃない? 中身はエルネスト王太子殿下なのよ」
「いやわかっているけどさ、リリアンだってこの姿見ているとなでくり回したい気持ちになるだろ。俺だってそこはわきまえて我慢しているんだぞ」
否定できずに目を逸らしたわたしに、ほらな!となぜかダリルが自慢げだ。
――こほん
小さい殿下は咳払いまで可愛い。
「おい、ダリル。お前この状況を呑み込むのが早すぎやしないか」
「いえ、驚いたのは驚いたんですが、実際に目の前で見ておりますので。私は自分で見たものを信じます。殿下」
ダリルは幾分、言葉遣いを正した。
「公式の場でもないんだから砕けた口調でも構わないぞ」
殿下がフンと鼻を鳴らすと、とたんにダリルが調子づいた。
「ありがとうございますっ。じゃあ、殿下の頭をなでてもいいですか?」
「それは駄目だ」
「ちぇっ。残念です。それでは、質問をしても良いですか?」
「ああ、なんだ」
「魔道具の力で殿下が小さくなったこと、リリアンから聞きました。ですが、どうしてリリアンナと一緒に行動しているのですか? 元に戻るまで王宮にいたほうが安全ではないですか?」
「ああ、それなんだがな。呪いの副作用なのか、たまに引力みたいなものが発動して離れられなくなるんだ」
「引力……ですか?」
イメージがつかめないらしくダリルの顔に疑問符が浮かぶ。
すると殿下がわたしに向かって尋ねた。
「リリアンナは引力の発動条件が何かわかったか?」
「いいえ、わかりません」
「いろいろ考えてみたが、あれはリリアンナが俺を心から拒絶したときに起きるんじゃないか?」
引力が発動したときの状況を思い起こしてみると、確かにそうかもしれない。
それに昨夜二人で試したときには、同じ言葉を発しても、同じ心境ではなかった。
「確かに……」
だとしたらこの呪いは……何かが閃きそうだったが殿下の声で思考が途切れた。
「試しに俺のことを『嫌い』とか『離れろ』とかなんか言ってみろ。言葉だけじゃなく本気で心から拒絶しないとだめだ」
本気で、心から……
「不敬とか言わないでくださいね……」
わたしはぐっと目を閉じてこれまでの婚約期間を思い浮かべた。辛かったこと、悲しかったこと、そして最後に呪いが発動した日のこと。
十分に思い出したあと、殿下の顔をじっと見て叫んだ。
「殿下なんて嫌いです。婚約は破棄してくださいっっ」
殿下がちょっと拗ねたような顔をしたけれど――
何も起こらなかった。
見ていたダリルがすかさず口を挟む。
「おい、リリアン。お前、今ぜんっぜん離れて欲しいって思ってないだろ。可愛い姿を見ながらじゃ無理があるんじゃないのか」
「うぅ、確かに。この姿だと以前の殿下とは別人としか思えないわ」
「まあ、ふつうの神経をしてたらこんな可愛い殿下に暴言なんて吐けないよな……。そうだ、先に殿下がリリアンを怒らせるようなことを言ってみるのはどうですか」
「そうだな……」と殿下。
うーんと唸って少し考えた後、ちっちゃい殿下がビシッとわたしを指さした。そんなしぐさまで可愛いらしい。
「なんで、お前は俺にだけ冷たいんだ。お前みたいなツンケンした女は嫌いだ!」
「ううっ。小さい殿下に言われると怒るというより……なんだか悲しいです。いつもの殿下なら何でもないんですが……」
わたしは胸を押さえてよろめいた。
「おい。いつもの俺なら気にならないのかよ」
殿下がブツブツ言いながら、あごを擦って考え込んだ。
「拒絶か……拒絶な……」
殿下はしばらく考えて、宣言した。
「そうだな。じゃあ違う方向性でいくことにする」
殿下が再びこほんと小さく咳払いをすると、大きな声で叫んだ。
「リリアンナの胸に埋まりたい!」
一瞬、車内がしんとなった。
言葉の意味を頭で理解したとたんに嫌悪感がわく…… それと同時に「うわああああぁ」と叫びながら殿下がわたしの胸に飛びこんできた。
引力でひきよせられ、ぼよんと胸に着地して、ぎゅうぎゅう埋まる殿下。
「きゃああああああ」とわたしは馬車の中で半立ちになって喚いた。
「ダリル。取って。この変態取って! はやく!」
ダリルがぱっと立ち上がり、べりりっと殿下を引き離してくれたので、わたしはそのまま馬車の窓をスパンと開けて外を指さして叫んだ。
「ダリル! その変態を今すぐ投げ捨てて!」
「待てぃ! まてまてまて! おい、捨てるな。捨てるんじゃない」
殿下が必死にダリルの手に縋りついた。
両手でダリルにしがみつきながら喚く殿下を半目でじろりっと冷たく睨むわたし。
ダリルはわたしをちらっと見た後、可哀想な子を見る目で殿下を見た。
「やめろ。違う。今のは実験だろ。まて。ダリルまで、なんでそんな目をしてるんだ。落ち着け。ほんとに待てって」
――しばらく三人で見つめあった後、わたしは殿下をじろりと睨んで、馬車の揺れにあわせて、すとんと腰をおろした。
馬車の中で半立ちになっているのは疲れるのだ。
ダリルも殿下を手に握ったまま元の座席に腰を下ろし、殿下にひそひそと話しかけている。
「殿下、いまのは失言ですよ。さすがに俺もフォローできません」
「いやいやいや、話の流れを覚えてないのか。明らかに実験だろ。本心じゃないのはわかるだろっ」
「いやあ、だって、実際に胸に埋まりにいきましたからね……」
「だからっ。それが『引力』だから」
「はあ? これが? マジですか。『引力』ってこんなラッキースケベみたいなのなんすか?」
ダリルまで馬鹿なことを言うので、わたしは二人まとめてぎろりと睨んでやった。
凍り付くような視線を受けとめたダリルが、殿下をそっと自分の隣に座らせて、居住まいを正して口を開いた。
「……なるほど。わかりました。遠方にいるときに『引力』が発動すると危険だから、二人で一緒にいるってことですね」
「それもあるが、呪術を発動した二人が一緒にいなければ解呪されないらしい……」
「なるほど」わかったようなわからないような顔でダリルが答えた。
馬車がガタガタッと大きく揺れて、見覚えのある橋を渡ったことに気づいた。
すぐに公爵邸に到着するだろう。道沿いの街灯に明かりがともり、あたりは完全に夜だった。
殿下がちらっと外をみて、真面目な顔でダリルに向き合った。
「ダリル。今回の件、バシュレイ子爵家からすれば、寄親である公爵家に関連する事件だ。お前の立場では報告しないわけにはいかないだろう。真相究明のためにも話すなとは言えない。だから俺のことを隠して、なんとか扉が開いたことにしろ」
ダリルも神妙な顔をして答えた。
「はい。そのように報告します」
「ダリル……今日は巻き込んでごめんなさい。でも、ダリルがいてくれて心強かった。本当にありがとう。助かったわ」
あの場にダリルがいなかったらどうなっていたか。演武場の脇で彼に出会えたのは幸運だった。
「俺は巻き込まれたなんて思ってない。気にするな」
ダリルはなんでもないように言ってくれる。あんな決意をするほど、わたしのことを心配して力になってくれたのに。
馬車がゆるゆると速度を落として、公爵邸に入ってゆく。窓からのぞくと明かりを灯したポーチで執事と使用人たちが心配気に待っているのが見えた。
公爵邸に入ったことに気づいたダリルが真剣な顔をして殿下に頭を下げた。
「殿下、本日は御身の危険を顧みず我々を助けて頂き、心から感謝しております。殿下の機転がなければ、わたしたち二人の醜聞は避けられませんでした。本当にありがとうございました」
狭い馬車の中なので膝をつくことはできなかったが、王族への礼儀を弁えた態度だった。
ダリルに応えて殿下は鷹揚に頷いた。
「ダリル。のっぴきならない状況でお前に明かすことになったが、これは王家の秘密だ。絶対に誰にも話すんじゃないぞ」
「はい。誓って口外することは致しません」
ダリルは右手で拳をつくり胸に当てた。心臓の誓いの真似事だ。ダリルなりに殿下に恩義を感じているのだろう。
「殿下、私に何か手助けできることがあれば遠慮なくおっしゃってください。助けていただいた恩もありますが、それだけじゃなく、俺は殿下のことが好きになりましたよ」
そう言ってダリルは帰っていった。
――ようやく、長い長い一日が終わった
初めて小さい殿下と学園へ行き、へんな噂が蔓延していることを知った。
見知らぬ生徒に殿下を奪われ、殿下を探して学園中を走りまわった。
最後には備品室に閉じ込められて、結局、ダリルにも秘密を話した。
今日はもう心身ともに限界だった。
疲れた体を引きずるように部屋へ戻ろうとするわたしに、執事がおずおずと手紙を差し出してきた。
「お嬢様、お疲れのところ心苦しいのですが、こちらはすぐにお返事しなければなりません」
――恐縮しながら執事が手渡してきたものは、王妃様からの呼び出し状だった。
「お前が殿下を好きになったのかよっ!」という苦情は受け付けておりません( ´∀` )
みなさまの感想を聞きたい気持ちはあるのですが、いろんな意見に迷って続きが書けなくなりそうなのと、感想の返信でネタバレしてしまいそうで感想欄は閉じています。
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