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第12話 いいかげんにしろ


「なあ、寒いならここに来るか?」

 ダリルが両手を開いたまま、わたしの返事を待っている。


――それがどういう体勢になるか想像して、わたしはぎしっと固まった


「ええと、いえ、いくらダリルでも……」

「緊急事態なんだから恥ずかしがってる場合じゃないだろ。このまま夜になったらもっと寒くなるんだぞ。俺に寄りかかっていれば多少ましになるだろ」


 言いながらダリルも気恥ずかしいのかちょっと目が泳いでいる。


 ふたりの間に、先ほどまでとは違う種類の沈黙が漂った……


その空気を切り裂くように――――


「ええええい、お前ら! 黙って聞いていれば、いちゃいちゃするのもいい加減にしろっっ!」


 突然、可愛らしい声が響いて、わたしは心臓が止まるほど驚いた。


 あっけにとられる二人の前に、ポケットからぬいぐるみがもぞもぞと這い出してくる。


「で、でん……」

「は、はあああ?」 

 ダリルが驚いて膝立ちになり殿下を指さして叫んだ。


「え、ええええっ! お守り人形、動いてんだけど‼」


「人形じゃないっ!」

 くまちゃん姿の殿下は、私の膝に飛び乗ると被り物を脱いで顔を出した。


「えっ、ええっ。……んん? 紫の瞳……まさか、え、まさかエルネスト殿下? はあっ、嘘だろ……」

 ダリルが殿下とわたしの顔を交互にみる。

 わたしは驚きで目を見開いているダリルに、こくっと頷いてみせた。


「おい、リリアンナ。この着ぐるみのままじゃ動けない。脱がせてくれっ」

 わたしが着ぐるみを脱がせて、小さい殿下がシャツとズボン姿になる様子をダリルは口を開けたまま見ていた。


 うんうん。わかる。わかるわ。とても信じられないわよね。


 くまの着ぐるみを脱ぎ捨てて身軽になった殿下がダリルを見上げて言った。


「訳あってこの姿だが説明は後だ。ダリル、棚にのぼって俺を窓から外に落とせるか? 俺が表にまわって扉に干渉しているものを外してくる」

「ええっ! 殿下にそんなことさせるわけには……」

「この場で俺にしかできないんだから、俺がやるしかないだろう! これは命令だ。さっさと動け」


 王族の命は絶対だ。ダリルは制服のジャケットを脱いで棚をよじ登ると、脱いだ服を右手にぐるぐると巻き付けて窓枠に残るガラスを払いのけた。


 「準備ができました」とダリルが手を伸ばす。


 私は殿下を両手ですくい上げるように持ち上げて、棚のほうへ近づけた。

 ダリルの手に乗る直前、殿下がわたしに向かって言った。


「もし扉を開けられなくても、絶対に助けを呼んでくる。時間はかかるかもしれないが……心配せずに待っていろ」


 素っ気ない言い方だったけれど、殿下の気づかいが伝わってきた。わたしは何を言えばいいのかわからず、黙って頷くしかできなかった。


 ダリルの手に飛び移った殿下は、そのまま窓の外に消えて行った――



 棚から降りたダリルは、いまだ呆けたような顔をしている。

「――どういうことだ?」


 見られてしまったなら、しかたない。

 わたしは殿下が小さくなった事件をかいつまんでダリルに説明したのだった。


「自分の目で殿下の姿を見ていなかったら、到底信じられない話だな……」

「ごめんなさい。陛下の命でわたしからは何も話せなかったの」

「いや、それは仕方ない。軽々しく話せるようなことじゃない。……だけど、呪いとか魔法って本当に存在していたんだな……俺、ちょっといま、興奮してる」 


 いまだに夢を見ているような顔で、ダリルが口元を押さえている。興奮のあまり叫びたいのを我慢しているみたいにも見える……


「ええ、わたしも驚いたわ。姿を変える魔道具なんておとぎ話だと思っていたもの……」


 ダリルはうっすら上気した頬と一緒に口元を両手で覆ったまま、なにかをぶつぶつと呟いている。


――まじかよ。小さくなる呪いがあるんなら、空飛ぶ魔法とか……いやいやそれより……


 くぐもっていて、何を言っているのかよく聞こえなかったが、ダリルが興奮しているのはわかった。


 しばらく、ぶつぶつと興奮ぎみに呟いていたダリルが、ふと何かに気づいたように、はたっと口を閉ざした。


「なあ、リリアン。さっきの会話……って、殿下もぜんぶ聞いてたんだよな。ちょっと、まずくないか……?」ダリルが青くなっている。


 言われてみると確かに……

 殿下とわたしは婚約者なわけで……


 嫁にもらうとか、さらって逃げるとか、ダリルの発言はかなり……


「あー、そう……そうね。途中から私も殿下がいることを忘れていたわ」ほほほと笑ってわたしは肩をすくめた。


「おほほじゃねえよ。まずいだろっ」

「でもダリルの発言のほうがマシよ。わたしはあの呪いが発動した日、殿下をさんざん侮辱して婚約破棄を叩きつけたんだから」

「まじかよ!」

 ダリルの目が驚きで丸くなった。


――お前、やっぱり我慢の限界だったんだなぁ……

とダリルがしみじみと言うのを聞いて、会えなくても見ていてくれたんだ……と救われたような気持ちになった。


 王太子妃教育が本格的に始まった頃、ダリルは剣術の訓練にのめり込むようになっていて、自然と会う機会もなくなっていた。学園ではクラスが違うため顔をあわせても挨拶するくらいがせいぜいだったのだ。




「ん? いや。ちょっとまて、婚約破棄だって?」

 問いかけるダリルに、コクリと頷く私。


「おいおい。じゃあ余計に俺の発言はまずくないか? リリアンと俺が恋人同士っていう噂に信ぴょう性がでてくるじゃねえか。なあ、ちゃんと殿下の誤解をといてくれよっ。頼むよっ」


 ダリルが騒々しくわめいていると――


 ガタガタ、ガタン。

 扉のほうから音がして、ぐぐぐっと扉が少し動いたのが見えた。


 すかさずダリルが駆け寄って、ガラガラと扉を引いた。廊下の窓のむこうに、うす闇に沈む木々が浮かんで見えた。


 ――ああ、でられたんだ……


 私は安堵のあまり足の力が抜けてしまい、ペタッと床に座り込んだ。


 ダリルはすかさず殿下にかけつけ、感謝の声をあげる。

「殿下! ありがとうございました。本当に、ほんっとうに助かりました!」


 殿下はダリルには応えず、とてとてと部屋に入り、床に座り込んだわたしの前に立ち止まった。


「おい、大丈夫か?」


 わたしを心配する殿下の髪には、クモの巣がからみ、白いシャツもあちこち草の汁や土埃で汚れていた。


「殿下こそ……お怪我はありませんか」

「ああ、おれは問題ない」

 素っ気ない殿下の言葉がいつもとは違って聞こえた。


 わたしは殿下の髪にからみついたクモの巣を指でつまんで、服のほこりをぱたぱたと落とした。

 ちいさな頬についた汚れをそっと指で拭いながら、どれだけ大変だったのだろうと喉の奥がきゅっと苦しくなった。


 ダリルは制服のジャケットをばんばんと払い、床にちらばった紙をざざっと足で端によせると、ふたりの鞄を小脇に抱えて戻ってきた。


 座り込むわたしにダリルが手を差しだした。


――とにかくここを出よう


 わたしは殿下をそっとポケットにいれて、ダリルの手をとると、ついに備品室を後にしたのだった。


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