第3話 風呂の湯船は飲み干します
「八海くん、今日一日バッテリー貸してくれてありがとね!そろそろスマホ買い替えなきゃかな〜、最近すぐ充電なくなっちゃうんだよね」
放課後、俺は赤穂さんと二人っきりで教室にいた。
「いや全然!お役に立てたなら何よりだよ!」
歌苗のバッテリーもこうして回収できたし、今日のところはミッションコンプリートと言ったところか。
「あっ!メッセくれてたんだね、ごめん全然気が付かなくて」
反応を見るに改ざんも問題なく行われたようだ。
彼女のスマホを操作する手に呼応するように俺の携帯に通知が届く。
「一応メッセ返しといたから!」
確認すると目つきの悪いうさぎのスタンプが送られてきていた、うさぎの手には天秤が持たされておりテーマもモチーフも全く分からない。
「赤穂さん…このうさぎは冥界かなにかの使いだったりするのかな…?」
俺がそう訪ねると彼女の表情が変わる。
「…やはり分かりますかぁ!お目が高い!」
「へ?」
「このうさぎは量刑うさぎのメイちゃんっていってね!世界神アライグマのメットくんの親友なんだけどメットくんのお手伝いとして死んだ人間の魂を天秤にかけて天国と地獄どちら行きかを決める仕事をしてるんだよ!それでメイちゃんとメットくんは2匹で過ごすうちに恋仲に発展してくんだけど、その後に兄妹であることが判明してしまうんだよ!禁断の関係になった兄妹を引き離すために2匹の父親であるワオキツネザルのギルさんがメットくんの体毛を全部刈っちゃってそこからはもう怒涛の展開なんだよ!」
赤穂さんは目をキラキラ輝かせながら息継ぐ間もなく話し続ける。
どうやら俺は布教対象として認識されたらしく、このとんでもない業を抱えた動物のプレゼンを受けさせられている。
なんでアライグマとうさぎが兄弟なんだよ、なんで父親がワオキツネザルなんだよ、なんで動物のチョイスがマイナーなんだよ、犬とか猫とかでいいだろ。
俺は困惑しながらも彼女のプレゼンに相槌を打つ。
しかし好きな物を話している赤穂さんはいつも以上に活き活きしていて、なんだか増して可愛く見える。
放課後に女の子と2人きりで話すことシチュエーションに俺はこれまで感じたことの無い喜びを得ていたのだった。
「――――――それでさ、今度ギルティアニマルズのコラボカフェが駅前であるんだよね。作中にでてきた料理の再現度ももちろん高いんだけどやっぱり目玉は限定コースターでさ」
なんだか楽しそうに話している赤穂さんを見ていると、明日俺死ぬんじゃないかと思えてくる。
あっ、八重歯可愛い。
こんな娘が彼女だったら何でも言う事聞いちゃうだろうな、荷物持ちでもなんでもやるから付き合ってくれねぇかな。
「――――――ねぇ、僕の話ちゃんと聞いてる?」
怪訝そうに俺の顔を覗き込む彼女の姿を見て、俺はやっと現実に引き戻された。
「もちろんです!何でもおまかせください!」
それを聞いた彼女は目を細め満面の笑みを見せた。
「よかった!じゃあ集合は駅前の北口でいいかな?あそこなら人通りも少ないしすぐ合流出来るし!」
「へ?集合?」
「やっぱり聞いてないじゃん〜!コラボカフェの限定コースターがワンドリンクにつき1個だから、八海くんも一緒に行ってコンプしようって話!」
カフェ?ドリンク?
もしかして休日に会える?
この俺が普通の女の子と休日に2人で?
「やっぱりダメ?あっ!お会計はもちろん僕がだすよ!去年ライフセーバーのバイトで貯めたお小遣いがまだあるんだよね!八海くん僕より体大きいからたくさん食べれるでしょ?ねぇ〜お願い〜」
そういい彼女は俺の体をゆさゆさと揺らす。
気軽にボディタッチしやがって、このフレンドリー八重歯め…
耐え難い感情を抑えつつ俺はキメ顔を作りサムズアップしながら言った。
「4ガロンはイケます、任せてください」
こんなのオーケーしないとかありえないから。
「ほんとっ!?1ガロンが何リットルか知らないけどなんかすごそう!」
「はい!風呂入る時は上がる前に必ず湯船飲み干してます!」
「マジで!?そんなに自信がある八海くんが来てくれるなら百人力だよ〜!」
赤穂さんの小刻みに飛び跳ねながら喜んでいる様子はなんだか小型犬に似ている。
そんなやり取りをしていると突然教室のドアが開いた。
「さゆ〜今日朝練だけの日だよね。そろそろ帰ろ〜」
「あっ、凛夏!」
現れたのはどうやら赤穂さんのお友達のようだ。
短いスカートにストレートのロングヘアの女の子からは何か気の強そうな印象を受ける。
「この人は八海くん!今日一日モバイルバッテリー貸してくれたナイスガイです!」
「どうも…」
俺は軽くぎこちない会釈をする。
彼女はまじまじと俺の顔を見てくる、なにか俺の事を警戒でもしているような様子だ。
「八海くん!この子は佐条凛花!目つき悪いけど良い奴だからさ、仲良くしてやってね!」
「…ども」
「じゃあ八海くん、日曜ね〜!」
佐条さんに連れられ赤穂さんは教室から去ってしまった。
女子との会話という儚くも幸福な時を経験した俺は、しばらく教室で余韻に浸っていたのであった。




