第53話 とても妖しいお誘い(ミネッタ視点)
「おめでとうございますミネッタさん、これで冒険者のライセンスが発行となります。ここまでお疲れ様でした」
改めて首都に来てから頑張ること約二ヵ月。
やっと念願の冒険者になれたよぉー! もう長かったぁ~~~っ!
でもまだ不思議な気分。
同期の人たちはまだ履修項目が終わってないのに、私だけが終わりだなんて。
「ミネッタさんの成績はとりわけ優秀でしたからね、ここまで早く終われた方は早々いませんよ」
「そーなんですか?」
「ええ、数えられる程しか聞きません。なにせ私も受付として働くのは長いですが、実際にここまで速い方は見たことがありませんから」
「はぇ~~~別に意識して早く終わらせようとした訳じゃないんだけどなぁ」
確かに色々と検定を受けたけど驚かれることは多かったと思う。
それでも戦闘技術とかは他の人の方が成績が良かったし、一長一短だと思うんだけども。
……ま、いっか!
これで目的は達せたし、後は村に帰るだけだね!
そんな気持ちで揚々と腕を振りながら踵を返す。
すると途端、背後から「あっ」て声が聞こえてきてつい足が止まってしまった。
「いけない、忘れる所でした! 実はミネッタさんにお伝えしないといけないことがあったんです!」
「えっ?」
振り向けば受付嬢さんが慌ててこうポロリ。
私も寝耳に水すぎてポカンとしてしまっていた。
「実はギルドマスターがミネッタさんとお話したいことがあると!」
「えー私は用事無いんだけどなー」
「ま、まぁそう言わずに! 新人さんがこうやってギルドマスターに呼ばれることなんてそう滅多に無いんですから!」
こう強引に伝えてくると、両腕をかざして通路の向こうへと誘ってくる。
なんだか焦っているようにも見えるし、ちょっと疑心暗鬼になっちゃうなぁ。
だけど悪い人たちってワケではないし、まぁ少しくらいならいいかな。
そう妥協し、誘われるがまま通路の奥へ。
そのすぐ先にあったギルドマスターの部屋の前でノックをすると、遠慮なく扉を開いて入る。
「おお、ミネッタさん。よく来てくれたね」
ギルドマスターさん、あいかわらず顎が広いなぁ。
でも体は大き過ぎないから威圧感が無くて接しやすいんだよね。
それに面倒見もいいから、来たばかりの時も色々と親身になって説明してくれてたっけ。
だから当時のお礼のためにもと深く頭を下げる。
最低限の礼儀は通さないとね。
「ギルドマスターさんっ、今日までありがとうございましたっ!」
「ははは、そう畏まらなくてもいいよ。君を呼んだのは冒険者ライセンスとは全く関係無い話なのだからね」
「でもでも一応お世話になりましたしっ!」
「私も君の成長には舌を巻いたものだ。君みたいな存在を輩出出来たのを誇りたいくらいさ。それだけの実力があるのだから少しは強気でも良いのだぞ?」
「えへへ……でもそういうのはあんまり得意じゃないのでっ!」
こう言ってくれるのは嬉しいけど、実感はまだ全然無い。
私自身も優秀だなんて思ってないし。
でも冒険者ライセンスと関係無いってどういうことなのだろう?
冒険者と関係無いなら早く済ませたい所だなぁ。
……だなんて思っていたらギルドマスターが咳払いをして真面目そう顔付きに。
「さて、それでは早速だが本題に入らせて頂こうかな」
「はい、なんでしょう?」
「君を呼んだのは他でもない、その優秀な実力に見合った仕事先を斡旋するためだったのだ」
「え? 実力に見合った仕事先……?」
うーん?
なんか面倒臭そうなことを言い始めちゃったな。
いいや、適当に受け流しとこうっと!
「そう。それというのも最近この国の政治を取り仕切る国政庁が優秀な人材を募集していてな」
「ほうほう」
「その中でもとりわけ重要とされる役柄が今一つだけ空席となっていて、その席を埋めることが急務となっているらしい」
「ほうほう」
「その役柄の名は、巫女。特別な人間にしか就けない重要なポジションだ」
「ほうほう」
「……ちゃんと聞いているかい?」
適当に返してたら訝しげな目を向けられてしまった!
けど仕方ないよね。
いきなり巫女だなんて言われてもよくわからないし。
「……実はだな、巫女というのは本当に限られた人物にしかなれない。その身に聖力と呼ばれる力を有する者だけにしか、な」
「聖力……?」
「うむ。この世界には魔力と聖力という二つの力が存在していてね。魔力は既に知っての通り、かつて魔族がこの世界にやってきた時に伝搬された力だと言われている。かの大戦以降は人間もまたその仕組みを解析することで自由に扱えるようになったという訳だ」
「それは今までのカリキュラムにあったので知ってますねー」
「しかし一方で、この世界に元来より存在する力があった。それがすなわち聖力。この世界を創ったと言われる神々より与えられた力だと言われている」
「じゃあその力を持つ人が巫女になれるってことですか?」
「その通りだ。そして君にもまた聖力を備えていることが研修中に発覚している」
「えっ!?」
聖力……ネルルちゃんやジェイルさんが口にしていた力のことだね。
あの時はよくわからないまま相槌を打ってたけど。
でもまさかそんな正直者の力が私にも備わっていたなんて。
まったく気付かなかったや。
「聖力を内に秘めている人間はとても珍しい。だから貴重とされていてな、政庁も君のような人材を求めているという訳なのだ」
「なるほどー」
「そこで君にも是非政庁で働いてみないか、と誘っている訳だ」
「そうですねーでもいいですー」
「そうかそうか! やはりその分の報酬も期待できるし乗り気になるのもわかるぞぉ、うんうん!」
「あ、いや、興味無いんでお断りしまーす」
「……え?」
なんかギルドマスターさんが一人で勝手に勘違いして進めそうだからハッキリと断っておこう。
ぶっちゃけ巫女とかどーでもいいし。
「ま、待ちたまえ!? 巫女とは選ばれし者なのだぞ!? 報酬も普通の職とは比べ物にならないほどの――」
「いえ、私は魔獣使い以外に興味無いのでー」
「え、ちょ!?」
それでもまだ食らいついてくるし、しつこそうなのでハッキリ答えて踵を返す。
正直、ネルルちゃんを守るって目的以外に興味が湧かないんだよね。
それにもっともらしい理由もあるし。
「待ちたまえミネッタさん! 君はそれで本当にいいのか!?」
「はい。だって変じゃないですかー」
「へ……?」
「いきなり巫女とか言われても、その仕事の具体的な内容も話してもらえてないし、それどころか雇い主さえもわからない。普通なら最初に話すはずなのに全く伝えようともしないって、それもう何かの詐欺みたいじゃないですかー」
「うう……!?」
「言えない理由があるのはわかりますけど、さすがにそれを信じろっていうのはちょっと無理があると思うんですよねぇ」
その理由をハッキリと告げてあげたらギルドマスターさんが黙ってしまった。
きっと私が思った通り、口外できないような話なのだろう。
だったらなおさら信用も出来ない。
これはあのお父さんや兄貴たちと一緒に暮らすことで得た教訓だ。
この話には乗ってはいけないって、私の警戒心がそう告げている。
「それでは失礼しましたっ! ライセンス発行ありがとうございましたーっ!」
「あ、ああ……」
故に一言挨拶を返してすぐさま部屋を出る。
困惑する受付嬢さんにも一礼だけして、そのままギルドからも速足で出ちゃった。
「……ジェイルさんも少し警戒しておいた方がいいって言ってくれてたし、これでいいよね」
私の目的はもう達成したし、これ以上首都に留まる理由も無い。
ジェイルさんも何かを気にしているようだったし、今はあの人を信じてここを離れた方が賢明なのだと思う。
……なんだかそんな気がするんだ。
妙な胸騒ぎみたいなものが。
もしかしたらもうすぐ大変なことが起きるかもしれないって。
そんな予感を胸にしつつ空を見上げてはせめて心に祈る。
どうか私が帰るまでネルルちゃんには何も起きていませんように、と。
――だけど奇しくも、その予感は的中してしまった。
この時は全く予想だにしてもいなかったんだ。
まさか帰るのと同時に村であんな騒ぎが起きていたなんてさ……。




