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第43話 ジェイルを呼ぶ者とは(第三者視点)

 国軍の一団がテリックの村を後にしてから翌日。


 ジェイルたちは先日の内に首都フェテニスへと無事到着。

 そしてこの日、ジェイルは単身で街中心部にある国政庁舎へと辿り着いていた。


 この国、〝聖嶺国家ベイルレンド〟の政治的運営を執り行う場所である。


 ベイルレンドは歴史ある諸外国と比べれば新興国の部類に入る。

 故にその思想もより現時代に寄り添っており、秩序維持への関心が特に強い。


 よって魔物対策への取り組みも他国とは一線を画して強力。

 首都に至っては地下を除く全域に検知システムを構築してあるほどだ。


 また、この姿勢は人による犯罪にも適用される。

 罪は強力な法律に則って罰が課せられ、例え法に定められていない新種の罪であろうとも治安維持の観点からより厳しい報復が与えられるのだ。


 そしてその治安維持を攻撃的に行うのがジェイル率いる国軍部隊。

 主に魔物問題や犯罪者集団への対処に動くことの多い実力派集団なのである。


 そんな国軍の総隊長が国政庁舎を一人行く。

 この場所は彼ほどの立場が無いと気軽には立ち入れないからだ。


 しかしそんな庁舎でもジェイルの存在は非常に有名。

 その姿を見掛けた職員が気軽に手を振って声をかけ、彼自身も緩い笑顔と手振りで応えていた。


 大理石のように輝く床を歩き、宝石のように眩い通路を行く。

 進むにつれて通りかかる職員の数も減り、遂には彼一人に。


 そうしてまっすぐ長い道を進むと、騎士鎧を纏った二人が守る大扉へと辿り着く。


「テリックの村への出向報告に来た」


「……よかろう、通れ」


 騎士二人は表情も見えない仮面の下からそう答え、立て構えていた槍を降ろす。

 さらには二人によって扉が開かれ、一歩退いてジェイルを通す。


 ジェイルが踏み込んだのは広く暗い空間。

 そこへと立ち入ると扉はすぐに再び閉じられてしまう。


「国軍代表指揮官ジェイル=ラウズ=ヴェルフェリオ、ただいまご報告に上がりました」


「……ふふっ、待ちかねておったぞ」


 するとその直後、場に幼い女の声が上がる。

 それはジェイルが見つめる先、部屋中央に飾られたヴェールの向こう側から発せられたものだった。


 そのヴェールはまるでベッドのような床飾りを覆い、その中にいる人物の姿をシルエットだけとさせている。

 さらには中から青白い輝きが放たれており、床にも紋様の形に伝っていて暗い空間を淡く照らしていた。


 そんな中心にいる人物を前に、ジェイルもさすがに緊張を否めない。

 僅かに緩さは残っているものの、目を細めさせて若干頑なだ。


「……〝聖条の乙女〟アンフェルミィ=エリス=エティエルカ殿下。本日もご機嫌麗しゅう御座います」


 それでも手馴れたように礼儀正しく一礼して跪く。

 直視を避けるように俯きながら。


「よい、貴様がそういう礼儀を好まぬのはよく知っておるからのぅ」


「恐悦至極に存じます」


「なぁに我と貴様の仲ではないか。ならば再びその顔を見せよ、ジェイル」


 しかし畏まる相手にこうも言われれば従わざるを得ない。

 ゆっくりと立ち上がり、ヴェールへと再び視線を向けていて。


「せっかく我が国軍総隊長に任命してやったのだ。少しはふんぞり返っても良いのだぞ?」


「……ええ、立場だけは利用させて頂いておりますよ」


「あははっ、まぁそれでよい! そうそう、貴様の部下が上げた証拠から大臣の罪が確定したからな、貴様がいない間に処刑を命じておいた。今頃実行犯ともに郊外で晒し首となっておろう」


「さすが殿下、お早い判断です」


「そうであろう? あっはははっ! 最近皆行儀が良いからのう、たまにはこういう祭り事があってもいいっ!」


 愉快そうな笑い声が場に響く。

 まるで人の死を嘲笑うかのような無邪気さだ。


 だが一方のジェイルは眉間を寄せ、視線をも逸らす。


(罪を犯すのは悪いことだが、かといってそうバシバシと首切られちゃ敵わんねぇ……)


 そう、ジェイルはなにも聖女アンフェルミィに心から迎合している訳ではない。

 例え鬱陶しい上司だったとしても殺すまでは無い、そうは思っていたのだが。


 さすがのジェイルも出向中となれば口を挟むことも叶わない。

 そのことから少しばかりの罪悪感を感じてしまっていた。


 それに彼の心配事はもう一つ。


「ところで殿下」


「なんだ?」


「巫女が一人、数少ないように思いますが」


 目を逸らすことで些細なことにも気付いたようだ。

 部屋の周囲に立つ巫女と呼ばれる女性たち、その配置への違和感に。


 彼女たちはいつも、来賓が来るとこうして周りに立つ。

 その数を良く知っている立場だからこその違和感だったのだが。


「あぁ、あやつは処刑した」


「なっ!?」


「我の気に食わぬ仕草をしてみせたのが悪い。今頃は地下水路の魔物の餌であろう」


 突然飛び出した事実にジェイルも動揺を隠せない。

 なにせいなくなった巫女のことを彼も良く知っていたからこそ。


 巫女とはアンフェルミィを守るいわば護衛的存在であり、それと同時に国政庁舎で働く普通の職員でもある。

 だからこそ「たったそれだけで!?」と思われるような罪で処刑されてしまったことに納得がいく訳もなく。


「……理解、致しました」


「うむ、我の気分を害するなど極罪だからのう」


 こう答えながらも、俯いた顔にわずかな苛立ちが滲む。


 しかしそれでも反論はしない。出来ない。

 それはアンフェルミィがこの国にとって最も強い権力者だからこそ。


「さて、報告の件だが、実は我も小耳には挟んでおる」


「そうでしたか」


「うむ。なんでも喋る魔物が出たとか。まさに一ヵ月前の再来よのぅ!」


 ただその聖女もこのような話題に対しては嬉しそうな高揚を見せる。

 まさに子どもらしい好奇心旺盛さだ。


「してどうなった!?」


「害は無いと判断致しました。また人間側による犯罪を暴くまでに至ったため、その有用性から生かしておくのが吉とも考えております」


「ほぉ! そいつは愉快な話だ! 面白そうなことが起きておるのぉ!」


 普通の人が聞いたならば耳を疑うような答えだ。

 それでもアンフェルミィはただ素直に受け入れて笑うばかりで。 


「良い! ならばジェイルよ、今後その魔物が何か事を起こした際には再び報告に参れ」


「ハッ! では本報告は以上になります故、これで失礼致します」


 ジェイルはそんな反応にも動じずに一礼し、素早く踵を返して足早に立ち去る。

 まるで少しでも早く場から離れたいと言わんばかりの勢いだ。


「……喋る魔物か。面白いのう」


 だがもはやアンフェルミィにジェイルへの関心は無い。

 顎に手を充て、ネルルへの執心を見せていたのだ。


 そんな幼顔に突如として陰りが生まれる。

 俯かれた表情にはわずかな笑窪が。


 すると巫女の一人に手を伸ばし、ちょいちょいと指先で誘う。

 対して巫女が足早に歩み寄ると、聞き耳を立てる彼女にアンフェルミィが耳打ちする。


「決めたぞ、我は喋る魔物とやらが欲しい。捕まえて参れ」


「ジェイル様へは?」


「言う必要もなかろう。すぐに手を打て」


「……承知致しました」


 そう伝えて巫女を走らせると、幼い顔つきでありながら不敵にニヤりと笑う。

 その欲望はジェイルが思う以上に業が深いようだ。




 一方その頃、ジェイルは扉の前で足止めをさせられていた。

 一人の騎士に剣先を喉元へと突きつけられたことによって。


「ジェイル=ヴェルフェリオ、また性懲りもなく殿下のお傍まで来よって……!」


「まぁそれがお仕事だからね」


 その男、流れるようなブロンドの髪に美形の面長な顔付き。

 それでありながらジェイルを刺すような深紫の瞳は怒りに震えて歪んでいる。


 ただ先ほどと打って変わり、ジェイルは緩やかさを取り戻していた。

 しかも両手をズボンのポケットに仕舞い、猫背のように肩を下ろしていて。


 まるで無抵抗、剣を突き刺してみろと言わんばかりの様子だ。

 

「貴様は所詮国軍という猿山の大将に他ならないッ! 殿下をお守りするのは我ら聖護騎士団の役目だということを忘れるなッ!」


「でもなー直接報告してくれって言ったの、殿下だしなー」


「ぐっ!? たわけたことを……! なぜ貴様のような素性の知れん奴が殿下の寵愛をお受けしているのかわからん!」


「俺も教えて欲しいんだけどねぇ」


 そんな中でもジェイルはゆっくり近づき、離れていた剣先を喉に付かせる。

 それどころかさらにググッと押し込ませ、僅かな血まで垂らさせていて。


 それでニタリと不敵に笑う。

 まるで騎士を挑発するかのように。


「それで、やるの、やらないの?」


「くっ……! この神聖なる道を貴様の下賤な血で穢すなど許されん! もういい、行けっ!」


「お許しいただきありがとうございまーす、聖護騎士団長ウールト=ヴィッフィ様」


「勲銘を付けろ勲銘を! ウールト=ゼイス=ヴィッフィ様だあっ!」


 ジェイルはまるでもう扱い慣れたかのように一切動揺していない。

 再び一歩を踏みしめ、ウールトと呼ばれた男が退いた道をゆっくりと歩いていく。


 しかしいざ庁舎からも出ると、ジェイルはいきなり大きく息を吸い込み、今までに無いほど大きなため息を吐いていた。

 やはりここまでに溜め込んだ心労はさすがに堪えきれなかったようだ。 


「……ちとネルルに関しちゃ注意深く見守らんとかねぇ」


 なにせ彼にはすべてお見通しだったから。

 聖女がネルルに興味を持つことも、ついでにウールトが邪魔しに来ることも。


 だがネルルを隠しておくことはもう出来ない。

 だからこそ敢えてとぼけたフリを押し通して静観を決めていたのだ。


 もちろん、この後どう動こうかとも考えながらに。




 こうして首都フェテニスにて再びネルルを巡る騒動が幕を上げる。

 スローライフを目指す彼女を他所に、事態は外側で緩やかに動き始めていくのだった。


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