第一章 星屑列車 ― 星の降る夜に ―
――冷たい風が、頬を刺すように吹き付けた。
吐く息が白く煙り、空気が凍りつくような冬の夜。
街外れの小さな無人駅で、少年リクはひとり、錆びついたプラットホームに立っていた。
古びた電灯が、かすかに光を放ち、雪混じりの風に揺れている。
足元のレールは、遠くの闇へと続き、やがて夜の中に消えていた。
リクは、十五歳の誕生日を迎えたばかりだった。
ポケットに手を突っ込みながら、壊れた時計塔を見上げる。
止まった針は、夜の十二時を少し過ぎたところで、まるで時間そのものが凍りついたように動かない。
「……もうこんな時間か」
リクの吐いた息が、淡い霧となって消えた。
その瞳は、線路の向こう――月明かりに照らされて白く光る雪原を見つめている。
どこまでも続く線路は、まるで彼の人生そのものだった。
行き先の見えない闇、止まることを許されない孤独な旅路。
幼いころ、両親を火事で亡くした。
燃えさかる炎の中で、最後に見た父の背中。
その手には、ひとりの少年の未来を託すように、一枚の切符が握られていた。
――それが、「星屑列車」の切符だった。
リクはポケットから、そのボロボロの切符を取り出した。
紙の端は焦げ、文字はかすれている。
それでも、「星屑列車」という四文字だけは、かろうじて残っていた。
「父さん……母さん……」
誰もいない夜の駅で、リクの声がかすかに震えた。
その声に応えるように、遠くで風が唸り、古い電灯がチリリと音を立てる。
幼いころ、父は言った。
「リク、星屑列車に乗るんだ。
それはね、星の海を走る列車で、乗った人の“願い”を叶えてくれるんだよ。」
それは、孤独な少年にとって唯一の光だった。
だから――十五歳になった今日、リクは施設を抜け出した。
伝説の列車が現れるという“無名駅”を目指して。
雪の降る夜道を何時間も歩き、やっと辿り着いたこの駅は、地図にも載っていない。
駅舎の壁はひび割れ、掲示板にはもう時刻表すら貼られていなかった。
「本当に……ここでいいのかな」
そう呟いた瞬間、背後で足音がした。
振り向くと、古びた制服を着た少女が立っていた。
白い息を吐きながら、彼女は微笑んだ。
「こんばんは。夜中にひとりで列車を待つなんて、珍しいお客さんね。」
年の頃はリクと同じくらい。
くすんだ赤のマフラーを巻き、懐中ランプを手にしていた。
胸元には小さな名札――“ノア”と書かれている。
「君……この駅の人?」
「ええ、一応“駅員”なの。でも、もう電車は来ないわ。」
ノアの声は、どこか遠い世界の風のように、静かで、優しい。
「でも……待ってるんでしょ? “星屑列車”を。」
リクは驚いた。どうして彼女がそれを知っているのか。
ノアはランプの明かりを少し近づけ、リクの切符を見つめた。
「それ、本物だね。」
「えっ……知ってるの?」
「昔、おじいさんが話してくれたの。星屑列車は“願いを抱く者”を迎えに来るんだって。」
ノアは駅舎の壁に貼られた、色あせたポスターを指差した。
そこには、星空を駆け抜ける光の列車が描かれ、文字がこう刻まれていた。
【星屑列車 ― 希望の終着へ ―】
リクの心臓が高鳴った。
「……本当に、あるのか」
「信じるなら、きっと現れるわ。」
ノアはそう言い、雪の降る線路の先を見つめた。
彼女の横顔は、どこか寂しげで、リクは思わず尋ねた。
「君も……何かを待ってるの?」
ノアは少しだけ沈黙し、そして笑った。
「私は、誰かを“見送る”役なの。」
リクが言葉を探す間に、ノアは懐中ランプを差し出した。
「これ、持っていって。
星屑列車は、光を恐れる者の前には現れないの。
心の奥の“希望の光”を絶やさないで。」
そう言うと、ノアは駅舎の影へと消えていった。
まるで、最初からそこにいなかったかのように。
風が一段と強くなり、雪が舞い上がる。
リクはランプを胸に抱きしめ、線路を見つめ続けた。
時の流れが止まったかのような沈黙。
やがて、闇の向こうから――微かな音が聞こえてきた。
カタン……カタン……。
リクの心臓が跳ね上がる。
遠くの山の向こうで、まるで星が落ちてくるような光が走った。
その光は、やがて長い尾を引きながら、こちらに近づいてくる。
「まさか……本当に……」
リクは、凍えた手で切符を握りしめた。
列車の姿が見えた瞬間、世界が光に包まれた。
夜空を裂くように、無数の星屑が舞い上がり、雪と共に煌めく。
――星屑列車。
漆黒の車体に銀のラインが走り、窓からは暖かな光が溢れている。
まるで夜空そのものを連れてきたような、美しい列車だった。
リクの目に涙が溜まる。
「父さん……母さん……」
その時、列車の扉が音もなく開いた。
中から柔らかな声が響く。
「乗るかい、少年? “星屑切符”を持つ者よ。」
誰の姿も見えない。
だが、声は優しく、どこか懐かしい。
リクは震える手で切符を差し出した。
「はい……これが僕の切符です。」
「ようこそ――星屑列車へ。」
その瞬間、リクの周囲に星の粒が舞い上がった。
切符が淡い光を放ち、彼の手の中で温かく脈動する。
そして、リクは一歩、車内へと足を踏み入れた。
そこには、想像を超える光景が広がっていた。
黄金の灯り、ガラスの天井、星々を模したシャンデリア。
床には絨毯が敷かれ、遠くの客室から笑い声が微かに聞こえる。
リクは、言葉を失った。
「ここが……星屑列車……」
ふと足元に、小さな影が跳ねた。
それは、銀色の毛並みを持つ猫のような生き物だった。
瞳は紫に光り、首には小さな鈴がついている。
「ミャァ。」
「猫……? いや、君もこの列車の……?」
猫――“ミカ”は、リクの足元をくるりと回り、前方の通路へ歩き出した。
まるで、「ついておいで」と言わんばかりに。
リクはミカを追いかけ、列車の奥へと進んでいった。
その先に待つ運命も知らぬまま。
列車が動き出すと同時に、外の世界がゆっくりと変わっていく。
窓の外――雪の降る夜が溶け、星の海が広がった。
天の川が流れ、無数の星座が輝き、遠くの惑星が虹色の光を放つ。
星屑列車は、まるで宇宙そのものを滑るように走っていた。
リクは胸の中で、父の言葉を思い出した。
「願いを叶える列車――けれど、それは“心を閉ざさない者”しか乗れない。」
リクは、そっと目を閉じた。
もう二度と、一人にはなりたくない。
誰かと笑い合える場所に、もう一度帰りたい。
その願いを胸に、リクは星の海を走る列車の中で、静かに祈った。
――その時。
遠くの車両から、かすかに人の歌声が聞こえた。
柔らかく、切なく、けれどどこか懐かしい旋律。
リクは顔を上げた。
その声の主こそ、この旅で彼の運命を変える少女――
ルリだった。
星屑列車は、静かに夜を駆ける。
孤独な少年の旅は、いま始まったばかりだった。
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