93.新しいスキルを使いこなそう
キースの部屋を出てみんなでユニサス号まで歩く。
キースはジェイクに鑑定盤を持たせた。スキル使用後にでも鑑定するためだろう。
ぶれない男である。
ルークはビルにスキルの名前を再度伝える。
「相手をよく見て、右手のひらを相手に向けて、詠唱です。」
ビルはドキドキしながら頷いた。
ラグラーはユニサス号の中に拘束されていた。
とはいえ、縛られたりしておらず、のんびり内装を楽しんでいたようだ。ゴージャスなゲーミングチェアに座って安全バーを上げ下げして遊んでいたのだ。
しかも、鍵も掛かっていない。辺鄙な場所なので、置いていかれでもしたら帰れないからか。
それにしたって、人道的がすぎませんか?
まぁ、罪という罪を犯したわけではないので、そうなるか。
馬車を開け、ビルとセバスチャンが乗り込むと
「やっと帰れますか!待ってたんですよー。」
と、朗らかな声が聞こえてきた。
キースがルークを抱き上げて馬車に入ると、ラグラーは一瞬顔を歪めたが、スッと表情を戻すと、馬車の外にジェイクが見えたようだ。
「あらら、どうされましたー?みなさんお揃いで。」
キースがそっとルークを車内に下ろす。ルークはビルの背中に手を付いて「先程のお願いします。」と声をかける。
ビルは大きく息を吸い込むと、手のひらをラグラーに向け、目を見開いて
「『顕在化』」
と口の中で小さく呟く。
ルークの右手から魔力が少しだけ抜け、その魔力はビルの胸に集まると、右腕を通って右手のひらからラグラーに向かって強い光として現れた。
ルークは目を凝らすが、何も変化がないように見える。
あれ?失敗?でも魔力は流れたし…。
「なんすか!今の光?そんなん浴びせて何がしたいんですか!さっきも言いがかりが酷かったし、本当やめてくださいよ〜!」
ラグラーは軽めの文句を言う。
ビルはいつも通り冷静に受け流し会話を始める。
「再度尋ねる。君はこの王国に骨を埋めるつもりがあると?」
「そのつもりで宮廷御者になったって言ってるじゃないですか!」
「では、年齢も十五歳で間違いないと?」
「何度言わせるんすか。」
「最後に、誰かに何かを命じられて宮廷に潜り込んだわけではいのだな?隠していることもないと?」
「なんすかそれ!何度聞かれても意味がわかんねーっすよ!早く嫁のいる家に帰りたいんすから、さっさと王都に帰りましょうよ!」
「よし!解った!」
ビルが大きく頷いた。
「あー良かった。誤解が解けて!早く嫁のところに帰りたいんですよー。新婚なんですよ?なのにこんな仕事振るとか、鬼っすよねー。」
と言うラグラーを、ビルが縛り上げた。胸元のポケットと後ろポケットから何かを奪い取る。猿轡も忘れない。
えっとー?何があったのかな?
「さあ!外へ!ご説明させていただきますから」
笑顔のビルに言われて、みんなで外に出る。
あれ?なんかいつもより多く虫が飛んでない?
馬車の中のラグラーに会話を聞かれないためなのか、林の入り口までやってくると、飛んでいる虫がトンボであることが解った。秋の原っぱのようにめっちゃ飛んでいる。そんな季節なのかな?
銀が飛んできてセバスチャンの頭に止まった。ギンヤンマの輝く翅がセバスチャンの大きなリボンのように見える。
「ビル、どうなった?」
「はい!ラグラーにいくつか質問をしました。その結果が、ラグラーの頭の上に言葉として表示されました!」
ピシッと姿勢を正してキースに回答する。
「『この王国で骨を埋めるか』に対し、『アバランチェ王国に帰る。』、『宮廷御者になった』と発した際には『自分はスパイ』、『年齢も十五歳か?』の問いに対しては『二十三歳』胸元が光ったので、偽装の魔道具と見て奪いました。『誰かに何かを命じられて宮廷に潜り込んだのか。』に対しては、『アバランチェ王国の宰相によりルーク少年の確保を命じられた。』『嫁は偽装。自宅にてアバランチェ王国に連れていく娘を捕らえている』『隠し事はないか』の問いに『後ろポケットに通信機を隠し持っている』との回答を得られました!」
ビルは奪った魔道具を手のひらに乗せてみんなに見せる。
「「「「!!!」」」」
スキル、顕在化の能力が有能すぎない?
同意を得ようとみんなの顔を仰ぎ見ると、大人たちの顔が、真剣にゾッとするような怖い顔をしていた。
すでに一人捕まっていると?
救出作戦を立てて、後で通知をしなければ。
キースは怖い顔をしたまま、ポケットからハンカチを出してビルの手のひらから魔道具を包んでポケットにしまった。
重い空気になっている中、頭に大きな銀を乗せたセバスチャンが静かに言葉を発する。
「自分、アバランチェ王国に潜入致します。許可は頂かなくて結構。誘拐を試みるなど、言語道断。」
「ええ!ちょ、ちょっと待ってください!セバスチャンさん!セバスチャンさんのスキルも使ってみて欲しいです!それから考えませんか!?」
ルークは大人の話に口を出すのはあまり好きではないが、セバスチャンの頭の上の銀が頭を横に振っているのだ。
「と、言いますと?」
「ええと、ですね?セバスチャンさんの友達精霊が、それはやめろと言っています。」
銀の頭の動きが止まった。正解か?
「はい!セバスチャンさんの友達精霊はギンヤンマ、属性は多分風。ギンヤンマはですね?高速で移動ができるんです。馬車の速度の三から五倍くらいですかね?今、周囲のトンボたちは、銀の手下ではないかと思っています。銀の目を通じてあちこち見られたら諜報には便利なんじゃないかな?と。」
ルークは思う。が、口に出ている。
「スキルは『虫の目』とかかなぁ。確か虫の目って、通常よりもはるかに細かいところを注意深く見る目で、地道にコツコツと前に進むことで大きな目標に近づく。って意味だったか。トンボの目は複眼。一面的な見方をしないから公平に見られる。で良いかな?」
続けて思う。やはり口から出ている。
「属性が風なら、音も拾えるはず。なら集音か?虫の目で悪いやつを見つけて、集音で音を拾えたら、わざわざ出向かなくても良いよね?危険が減るもんね。」
銀を見ると、首を傾げているが、否定はされない。
んー。合ってるのか?
「そうだと言ってまーす。首傾げるのはイエスの意味でーす。」
「それって逆じゃん!まあ、いいや、ありがとう!タマちゃん。」
ルークはセバスチャンを見て、
「スキルは多分、『虫の目』。騙されたと思って、目を閉じてスキル詠唱してみませんか?」
「ルークさん…大人の自分が興奮して己を見失うなど、大変失礼を致しました。」
とても綺麗な礼をとった後、
「では、やらせて頂きましょう。虫の目、ですね?年甲斐も無くワクワクして参りましたよ。」
ルークはほっとしつつ、セバスチャンの背中に手を置く。
あのままだったら、なんか国際問題とかに発展しそうだったし。怖い怖い。
「では参ります。『虫の目』」
セバスチャンは詠唱すると、いつも通り手のひらから魔力が少し抜けた。ビルの時よりほんの少し多めかもしれない。
ルークから抜けた魔力はセバスチャンの胸に集まり、銀に向かう。銀の複眼が光を発すると、周囲をホバリングしていた全てのトンボが淡く光り、ものすごい勢いで飛んでいって消えた。
目を瞑ったままのセバスチャンは、
むう!これはっ!とか呟いている。
何が見えているのか?
「有益な情報を得たトンボからのみ視界に報告として入るようです。このままアバランチェ王国まで飛んでもらえるのでしょうか。」
頭の上の銀は頭を傾げているので、飛んでくれるようだ。
「大丈夫だそうです。銀が言っています。」
「ありがとうございます!では、この視界に慣れたら良さそうですね。」
「あ、はい。でも、『虫の目』は常時発動型なのでしょうか。魔力消費はいかがですか?」
常時発動型となると、いつか魔力が尽きてしまう。そうなると、魔力が尽きる手前で解除しなければならないから、気を張り続けなくちゃいけないし、仕事の完了まで魔力が続かなければ、意味がないのだ。
「ふむ。魔力消費は最初の発動のみ。今は感じておりませんので、指示を出した内容を完了するまで。かもしれません。なかなか使い勝手の良いスキルのようです。」
「あと、有益な情報をくれたトンボに対して、『集音』とスキルを使えば、そのトンボから音が聞こえるんじゃないかと思うんですが、『集音』使える気がしますか?」
「なんと!そんな便利なスキルが?ちょっとお待ちください。試してみます。」
ルークは慌ててセバスチャンの背中に手を置く。
「『集音』」
ルークからセバスチャンに魔力が流れて消えていった。
「ど、どうでしょう?」
「今乗ってきた馬車の近くのトンボにスキルを使ったのですが、ラグラーの唸る声が聞こえてきました。成功ですな。いやはや、物凄い唸り声ですぞ。はっはっは!」
「そ、それは良かったです。でも一応確認させてください。」
ルークは自分の安心君を取って、御者の二人の魔力残量を確認しようとして、自分のは“専用“だったことに気がついて動きを止める。
それを見ていたキースは自分の安心君をルークに渡してウィンクをした。
じいちゃん、ありがとう。
この人たちには、魔力接続しちゃってるし、バレても構わないけど、色の変化が分かりにくいんだよね。そう作ってもらったんだけど。
「あぁっ!!魔力接続の説明してなかった!」
ルークは初手を失敗したことを思い出し、声を出す。それを聞いたみんなは笑っているが、笑い事ではないのだ。
「ふふ。トーマスより、耳にタコが出来るほど聞いておりますよ。お気になさいませんよう。」
セバスチャンさんたち。
スパイですしね。
聞いて知ってますよね。
っていうか、それがお仕事ですしね。
「よ、良かったです。」
そう告げながら二人の手首にキースの安心君を当てて魔力残量の確認をする。二人とも緑だ。問題ない。キースに安心君を返す。
キースは安心君をつけながら、ジェイクに目配せする。鑑定盤を使えということだろう。
先程キースに渡された鑑定盤をセバスチャンとビルに向けて起動した。
---
セバスチャン・クロウ 53歳 スパイ
スキル 諜報
虫の目↑
集音↑
魔力量C→B↑
魔力操作D→B↑
---
---
ビル・クロウ 31歳 スパイ
スキル 交渉人
顕在化↑
目潰し↑
魔力量C→B↑
魔力操作D→B↑
---
結果をみんなで確認し合う。
「うん。順調順調!魔力量も操作もBなら、魔力切れは早々起きなそうだし、友達精霊さんが解って、属性も解ったから、他のスキルも貰えるかもだし、魔力量もまだ増えるかも〜!良かったですね!二人とも!」
スパイとして、表情の訓練は積んできた二人だが、今回ばかりは表情を取り繕うことができずにいた。
「「くくく、あははは!」」
おかしな結果に笑ってしまっていたのだ。
何だこれ?どうなったらこうなる?
トーマスはほんとの事を言ってたんだな。
言い過ぎてると思ってごめん!
こんな爆上がり、鑑定盤の故障としか思えん!
その上、まだ”魔力量がふえるかも〜”だそうだ。
心から湧き上がる様々な自分の声に、笑いが抑えられない。
「これは、守らねばなりませんね。」
笑い混じりにセバスチャンは呟くと、ニコリと笑って、
「ルークさん、我々はあなたをしっかりお守り出来るよう、精一杯努めますので、どうぞ楽しんで生活をしてください。この度は素敵なスキルのギフトをありがとうございます。」
セバスチャンとビルは、同時に深々と礼をしてくれた。
「いえいえ!俺は自分のできることしかしていません!こちらこそ、今後ともよろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げ返す。
セバスチャンの頭の上の銀は翅を震わせていた。
喜んでるのかな?昆虫の気持ちはわかんないやー。
御者の二人がキースと話を始めたので、ルークは後ろに控えていた鑑定盤を持ったままのジェイクから鑑定盤を奪い取って、ジェイクに向けて起動する。
さっき、Sになったって聞いて、鑑定したかったんだよね!
---
ジェイク・フェニックス 53歳 特別宮廷研究員
スキル:知りたがり
植物オールマイティ
建築士
魔力量A+→S↑
魔法操作A+→S↑
---
「何これ!!」
「あ?変わったのか?そういえばさっきSとかって。」
ジェイクは自分の鑑定結果をみて顔色を変えた。
「これは、人に見せて良い結果かどうか、もう理解できん。」
顔色を悪くしてしまったジェイクは、鑑定結果が表示された鑑定盤をそっとキースに見せる。
「……。何があったのか、夜にでも聞くからな?」
「俺も話を聞いてほしいよ。」




