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81.人の数だけ人生がある

ボビーの気持ちは揺れていた。

自分という船が難破してしまうのではないかというくらいの大荒れだ。


自分の人生、何をやってもうまくいかず、辛いばかりだった。


子供の頃は明るく活発で笑顔を絶やさない子だったという。


十歳の誕生日にスキルが生えた気がして両親にスキル支援所に連れて行って貰った。

その場で鑑定してもらうと、『ライト』と『加工』の二つもスキルが確認されたことで、当時期待のルーキーの誕生だ!と大いに盛り上がったのだ。


それが、蓋を開けてみると、ほぼ使えないに等しい火属性の『ライト』。支援所にいた担当者に光属性の『ライト』ではないかと言われてそちらをイメージするも全く使えない。

周囲の目が冷たくなったのをひしひしと感じたし、同期の子供たちにも、「使えないスキルもあるのか」と言われた。

ただ事実を言われただけだったのだが、悪口を言われていると思いこんでしまい、次第に笑顔が失われていく。


意図せぬ事で持ち上げられて落とされたのだから、ボビー少年にとっては不幸な出来事に他ならない。


国待望の『ライト』は倒れる寸前まで何度も繰り返し唱えさせられ続け、一年もしたら嫌でも魔力操作も上がる。

するとかなりの集中力が必須。という条件下でなら、二、三回、頑張って四回なら火をつけられるようになったのだ。


火を扱える者は大変貴重で、数回しか使えなくても重宝され、良い収入にもなったのだが、かなりの集中力が必要なうえ、使うほどに精神力も削られる。


自分の状況を把握し、ボビーは一日に最高でも三件まで。と決めて仕事として行うことにした。


ある日依頼されていた三軒の火を付け終えて帰路についていると、飛び込みの客に捕まってしまう。

その日は体調が良くなかったのか、相当疲れていたので丁寧に断っていたのだが、それが良くなかった。

それくらいの断り文句ならば、もう一軒くらい出来るだろうと、ボビーの都合も慮る事なく、無理やり家まで連れて行かれてしまったのだ。


その家でも何度も断るが、ボビーが子供だからと断りを受け入れてもらえない。押し問答の末に、仕方がなく準備されていたオイルランプに火をつけることになった。


おしゃべりの奥さんが後でずっと喋っているし、どうせやるならさっさとやれば良いのだと悪態をつく旦那さん。

そんな状況での集中はかなり難しい。しかも魔力も少なくなっており、なかなか火がつかない。外はどんどん暗くなる。


ついにその家の主人が横柄に怒り出し、集中していたボビーをしこたま殴りつけたのだ。

ボビーが起こした火種は芯からずれてオイルランプのオイルに引火。殴られた衝撃で火のついたオイルランプはベッドに飛んでいき、ベッドに広がり燃やしていく。


殴りつけられたボビーは玄関を突き破って外に投げ出され道路に頭を打って気を失った。


それが仕事を始めて半年。

当時ボビーが十一歳半の時だ。


気がつくと実家のベッドに寝かされており、魔力切れで死にかけていた。

飛び込みで行った家は全焼した。とだけ聞かされた。


聞き取り調査にやってきた宮廷保安隊の役人に、


・全面的に悪いのは飛び込みで連れ去った側であること。

・相手側は貴重なライト保持者を拉致し怪我を負わせたこと。

・支払いを済ませておらず強盗にあたること。

・大切にすべき子供に危害を加えたこと。


事実確認だけをされた。

気の毒に思われたのか、ボビーにお咎めは一切なかったが、ボビーの心に暗い影を落とすには十分な出来事だった。


両親は王宮に出入りする職人で、自分が無理に働かなくても暮らしていける。

家が全焼した家人からの罰金と慰謝料は丸々ボビーの手元に転がってきたが、ボビーは何もせず、役立たずのまま家で過ごしたくはなかった。


道路にしこたま打ち付けた体の傷が少し癒えた頃、体力を戻すため、裏庭で軽い運動をし始めた。

そんなある日、家の裏庭に大きな穴を見つけたのだ。

覗いてみるとなにかモサモサぷよぷよした動物が寝ている。


それは珍しい白っぽいマーモットで、始めは警戒心から高い声で鳴かれたが、ボビーが何もしないことを理解したのか寄ってくるようになったのだ。

運動の後の休憩では寄り添うようになり、撫でろと催促されるともうダメだった。可愛くて可愛くて仕方がないのだ。一緒にフルーツを食べたり、重たい体をバーベル代わりにさせてもらったり。


あのどこもかしこも肉肉しいモッチリした身体を触らせてもらうと、全てが癒されたような気になった。

ボビーの笑顔は戻ってきていた。


傷が完全に癒えた頃、もう『ライト』は捨てて、『加工』を磨くために、再度スキル支援所にお世話になるために数日だけ家を離れた。


水の加工はできなかった。父と同じ風の加工もできない。木の加工、草の加工も使えず、母と同じ布の加工も使えなかった。


唯一魔力が消費され、”使えた”と自分で感じたのがガラスの加工。ガラスの専門家に比べたら大したことはないが、『ライト』の使用よりも断然マシだったので、ガラス工房に就職させてもらうことが決まった。その時ボビー十二歳。

両親に報告するために実家に帰り、裏庭へマーモットに会いに行った。


しかし、そこにマーモットはいなかった。

穴も綺麗に塞がれており、両親に聞いても「マーモットなんて最初からいなかったけど?」という返事しかもらえない。


会えないのは数日だけだからと挨拶をせず、家を空けたことを深く後悔した。


就職した工房は、皆職人気質の人たちばかりで気が合わない。客相手でも立ち居振る舞いが美しくないのが見ていて辛い。しかも経営が下手でガラス加工に必要な素材がなかなか手に入らなかったり、営業が下手で払い戻しが多発したり。

自分の中から湧き上がるアイデアを吟味して、これならと思えたことを伝えてみると、


馬鹿にしてるのか?

お前も俺たちと同じ職人だろう?

経営者にでもなったつもりなのか?


と注意を受けただけで何も変わらなかった。

ただ、みんなが働きやすい環境を整えたかっただけなのに。

ライトの一件で人が怖くなってしまっていたボビーにとって、その注意ですら失望、絶望を感じるのに充分だったのだ。


その後は他の工房に移り、大人しく仕事をこなすだけの日々。仕事仲間はあの職人たちと同じだと思うと、ストレスで過食気味になり、醜く太ってしまった。

もともと職人ばかりの現場で出会いもなく、太ったことで自信をさらになくし、家と職場の往復しかできなくなっていた。


とっくに両親は旅商人として王国から自由の身になっており、自分もどうやら帰還者だと思った頃、早い引退をして、両親と共に旅商人となった。

それが三十二歳の頃で、商人歴十三年。


みっともないことに両親に守られながらの十三年だ。


そんな情けない男を欲しいと言ってくれる人が突如現れた。


お前は有能であると。

やりたいようにやれと。

存分に力を振るえと。


しかし、長年自信を無くし続けた自分が、それを否定する。


『ライト』があると持ち上げられた時のことを思い出せよ。また持ち上げられて落とされるだけだぞ?今回の持ち上げ方は『ライト』の時より高いだろ?落ちたら二度と立ち上がれないぞ?大怪我をするぞ?やめとけやめとけ。お前には出過ぎた申し出だ。


「うぅぅ。」


ボビーが頭を抱えて苦しそうな声を出し始める。

みんなは何があったのかと動きを止めてボビーを見つめる。


なんだ?嫌な何かを感じるぞ?


ルークはボビーを観察していく、膝の上のマーモットの精霊は慌てているのか動きが忙しない。それがアイリスの危険をしらせたカワウソの行為と重なって見えた。


これはまずい事が起きているのかもしれない!

嫌な感じはどこからくる?

ボビーさんは頭を抱えている。頭?よく見ると、ボビーさんの頭から黒いモヤが湧き始めていた。ものすごい気持ちの悪いネバっとした感じだ。


「タマちゃん!力を貸して!友達精霊さん!みんなを守って!!」


大きな声でそう告げるとこの場にいるみんなのそばから


「承知。」「任せて」「おまかせだよ」など声が聞こえた。


「ルークゥ〜。手ー繋いで下さーいでーす。そして、やっつけましょーでーす。」


差し出されたタマちゃんの勾玉を左手で握って右手をボビーさんの頭にかざす。


誰に教えられたわけでもない。ただそうすることが今必要だと、体と思考が引っ張られている。その流れに身を任せるだけだ。


「『浄化・祝福』」


口から出た言葉は、人間が理解できる響きではなかったが、ルークの中ではその言葉に聞こえていた。


タマちゃんとルークが強く輝き、その光を伴う魔力はボビーを優しく優しく包み込む。


ボビーはその光に抱かれながら、自分のマイナス思考が薄まり、過去の出来事が過去であり、自分の今に未来に全く関係していない関与しないことを深く理解していく。


それに伴い、ボビーを包み込んでいた光から黒いモヤが浮き出て周囲の人を狙って鋭く動いた。それら全てを友達精霊さんたちとタマちゃんで消滅させたのだが、光が強すぎて誰の目にも感知することは叶わない。


強かった光は次第に収まり、そして消えていく。

ルークの左手首の安心君は安定の青い色だ。


本日二度目の強い光にさらされた現場の皆さんはまたしても呆けている。


生きてきてこんな光を見るのは二度とないだろうと思っていたに違いない。その光がさらに強まって自分の前で強烈に輝いたのだ。


二度目ましてである。

目は無事か?視力は無事か?見えてるか?


「…ルークちゃん。いろいろ聞きたいけど、多分見たままの出来事なのよね?」


デイジーが話しかけてきてくれたことで、みんなの金縛りのような停止状態が解除されたようだ。


「うん。ボビーさんから黒いモヤがどんどん湧き出てきたから、タマちゃんとみんなの友達精霊さんに手伝ってもらってやっつけた。かな?」


「でーすでーす!ルークもすごいのでーす!タマちゃんも最高でーす!」


「タマちゃんとみんなのおかげだよ。いつも俺らを助けてくれてありがとう!これからもよろしくね!」


と、感謝を述べと、家族も商人さんも口々に精霊さんへの感謝の言葉を述べた。


「こうやって声に出したり、心の中で精霊さんに話しかけ、感謝するとね、精霊さんとより強く繋がれる気がするのよ。私がハニーポッサムさんと友達として、繋がれたときがそうだったの。」


ハンナは数日前の自分に起きた出来事を頬を赤らめて説明してくれる。これは話すというより共有したい気持ちが強い。

周囲の者も深く納得しているように見えた。


見えない。聞こえない。触れられないからって精霊さんがいないわけではないのだ。


ボビーはボソリと声に出す。


「そうか。やっぱりちゃんと話せば良かったのか。」


ボビーの目からポロリと一粒涙が落ちる。


「あ、あの日、数日だからと挨拶もせずに家を空けた自分は、マー君を傷つけてしまったのかもしれない。ごめんよ。マー君。」


え?マー君って誰?

という声は必死で出さなかった。

みんなもそう思っていただろうけど。


「え?マー君?」


バーネットさんだけは違ったようだ…。


ボビーの発した言葉で、ボビーの膝の上にいるマーモットの精霊は上を向いて両手を広げると、胸元が光りだす。


タマちゃんがいるので、この光もみんなに見えているだろう。


マーモット精霊の胸元の光は喜びの波動となってボビーを包み込み、ゆっくり収束した。


先程の二回の強烈な光を感じたせいで、なんてことないように感じてしまうかもしれないが、十分すごいことを目の当たりにしていた。


「え?なに?重い?嘘でしょ?マー君なの?マー君!!」


ボビーさんは自分の膝の上には何もいないはずの、見えていない精霊が、マー君であることを感じ取れたようだ。


タマちゃん、あの子がマー君なの?


「でーす。ボビーが子供の頃にー、仲良くなりに押しかけた精霊でーす。」


精霊と仲良くなった?見えてたってこと?


「マー君が頑張ってー、見せてたでーす。やりすぎたからー、精霊王にしかられ、今回は力をー取り戻すのにー、三十三年もーかかりましたーでーす。」


「何その新情報!!精霊がその力を使うことで姿を見せる事ができるって事!?なにそれぇー!」


「「「「「「「え?」」」」」」」


「死ぬ、可能性もーあるよー。やる精霊はほとんどいませーんでーす。姿見せてー死んだーら意味がーなーいでーす。執着でーすねー。」


「え。死んじゃう可能性があるなら今後もやらない方向でお願いします!」


「精霊のみーんなに、知らせておきまーす。ルークがー嫌がる事はーしたくなーいでーす。」


「あ、あの、ルークさん。今の話って?」


ボビーがおずおずと聞いてくる。

あ、口に出てた?


「ルークちゃん、いつものように出ちゃってたわ。教えてくれる?」


デイジーに言われ、説明する。


精霊がその命の力を使って姿を見せる事ができるらしいこと。

命を使うので死んでしまう可能性もあること。

使った力を取り戻すのに、ボビーの友達マーモットの精霊さんは三十三年かかってしまったこと。


「マー君。そんなっ!!どうして…。」


マー君。玄関でモジモジしていたのは、三十三年ぶりの再会で緊張してたからなの?


マーモットの精霊マー君はボビーの膝の上で恥ずかしそうに小さく頷いた。


「ね、ねぇ、ボビー、マー君って、あなたは忘れてしまってるかもしれないのだけど、あなたが小さかった頃、裏庭でマーモットを見つけたから飼っても良いかって言い出したの。マー君って名付けて可愛がっていたのだけど。覚えてる?私たちにはそのマー君が見えなかったから、空想の友達か精霊だろうって見守っていたのだけど。その精霊さんだったのかしらね?」


バーネットの言葉にタマちゃんは追加する。


「マー君はなーんかいもやっちゃうのー。ふぅ。」


「ぶふっ!!懲りないんだな。マー君は。」


吹き出してしまったのでそれも伝えると、商人三人は思うところがあったようでしんみりしてしまった。


マーモットの精霊マー君は、幼少期のボビーと友達になりたくて、沢山の力を使って数日間だけ姿を見せたのだ。その事で力を失い、精霊王にと叱られ、力が溜まるまで隠れて待っていた。

三十三年前、また力を沢山使って姿を現した。

二度目だったからか、今度は長く姿を見てせていたのか、力を取り戻すのに三十三年もかかってしまったのか。


うん。愛だなぁ。愛。

何はともあれ、生きててくれて良かった。


「愛でーすかー?なんでしょー?」


タマちゃんはつぶやいていた。



まだ誰も気がついていないが、精霊に名付けるという行為は精霊との契約の一種だ。

ボビーは知らず知らずのうちにマーモット精霊と契約したのだ。つまり、ルークもタマちゃんと契約済み。気がつくのはいつになるのか。



ルークは思う。

こんな時に申し訳ないが、変化があったのかを確認したい。

うずうずしていると、キースが気がつき鑑定盤を手に取って、ボビーに見せてくれた。


「確認でしょうか?お願いします。」


ボビーさんに快諾されたので、鑑定盤を起動した。


---

ボビー 45歳 元ガラス工房職人

スキル:ライト

    加工

    総支配人

魔力量B+→A

魔力操作A→A+

---


なにこれ。やばくない?相当優秀なんだけどっ!

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