8.執事なら羊が良かったなんて言わない
「いたた!」
寝返りを打った先にめちゃくちゃ硬い針の塊があり、頬にちょっぴり突き刺さる。
めちゃくちゃ痛い。
窓の外からはピューヒョロロロロとトンビと似た鳴き声が聞こえる。今日も快晴なようだ。
こっちの世界にもトンビがいるのかな。猛禽類、好きだったんだよね。鷹とか鷲とかの姿の精霊さんとはまだ会えていないので、動物としているのかもしれない。
楽しみにしておこう。
この星では、子供はなかなか増えないので、親がいいと思える年齢まで、あまり外に出さないのが一般的だ。
俺も例外ではなく、家の敷地から一人で出たことはない。何年か前に祖父母の家に行ったくらいだ。
買い物も、両親が手配しているのか、気がつけば揃っているので、他人ともほぼ会うことがない。
頬に刺さった針の痛みですっかり目が覚め、原因にそっと目を向ける。
俺のベットの枕元で丸まって寝ている、真っ白なハリネズミ執事。
初めて出会った時は、地球でお馴染みの小ぶりサイズだったのが、今では大きく成長してハンドボールより少し小さいくらいのサイズだ。今みたいに丸まっているともう少し小さくなるけど。それでもハリネズミとしては大きすぎる。
地球知識で比較しても、この子は比率がおかしい気がする。俺の体がまだ小さいから、比較検討がきちんと出来ているのか疑問が残るが。
「おはよう。ハリネズミ執事。」
もぞりと動くけれど、相変わらず起きない。
精霊たちの執事役を精霊ちゃん(ペットボトルサイズの女の子)に任されるくらい、有能らしいのだけど、朝がめちゃめちゃ弱い。
地球のハリネズミと同じで夜行性なのだろう。
なら夜に現れたらいいのに。
いつから一緒に寝ているのか知らないが、必ず起きると朝ベッドの中で寝ている。
ふふふ、可愛いなぁ。とついつい笑ってしまう。
ハリネズミ執事を起こさないよう、そっとベッドから降りて洗面台へ行く。
目の周り口の周り、鼻の周りを重点的に濡れた手拭いで拭いていく。拭き残しがあるとこの間のように辱めに遭うからね。
5歳だったとしても男として泣いた跡が見つかるなんて、やっぱり恥ずかいのだ。
顔の身支度が終わったので、脱いだパジャマをカゴに入れ、ベッドを確認する。
まだ寝ているハリネズミ執事を抱っこするため、厚めの布をタンスから引っ張り出した。
出した厚めの布を良い大きさに折りたたんで、ハリネズミ執事にそっと被せてから持ち上げる。
が、思いの外重くなっているのを感じたので、更にもう一枚布を追加する事にした。
このままだと針が手に刺さる。牛革の手袋とか欲しいなぁ。ってか、牛っているのかね?魔牛とかなら鉱山に居そうな気もするので、機会があれば、というより覚えていたら誰かに聞こう。
今の所聞く相手は両親しか居ないんだけど。
うーん。やっぱり成長?してるよ。ハリネズミ執事。
2枚の厚手の布を使ってようやく抱っこすることができたので、そのままそっと部屋から出てリビングに向かう。
今日はリビングの扉の前で挨拶される事はないだろう。もう一人いるし。
誕生日以外、精霊は一日に一人しか現れていない。
昨日の雪豹さんが言った言葉からわかるように、一昨日はイタチ君、昨日は雪豹さん、今日はハリネズミ執事と、順番はそれぞれに知らされていないようだが、ダブルブッキングは今のところない。有能な執事さんが管理しているのだろう。活動時間は短そうだけど。
ノックをしてリビングに入る。
「おはようございます。父さん、母さん」
挨拶をしながらダイニングテーブルに近寄り、自分の椅子の隣の椅子を脚で引き寄せ、隙間を開けようとするがうまくいかない。
「「おはよう。ルーク」」
それを見ていたアーサーが朝の挨拶をしたあと、何も言わずに椅子を引いてくれたので、その上に布と一緒にハリネズミ執事をそっと下ろした。
「今日はハリネズミ執事だろ。大当たりだろ?」
と満面の笑みだが、この厚手の布はハリネズミ執事さん専用になっているので、当たるのは当然だ。
微妙に微笑みながら、そうです。と答えておく。
「あら?布を2枚にしたの?」
朝食の配膳をしながら、アイリスは気付いたようだ。
「うん。増やしたんだ。一枚だともう針が刺さりそうだったから。」
「まぁ!成長したってことね!」
母さん、手が止まってるぞ!気になるのはわかるけど、早くご飯を食べたいのだ。
「確かハリネズミ執事は、初期メンバーだろ?五年一緒いた計算になるよな。精霊が成長するのは、最初の数年だけかと思っていたが、そうじゃないってことか。奥深い。」
と、アーサーは考え込む。
「うん。今日久しぶりに会って抱っこしたんだけど、重さだけじゃなく、大きさも変わってるから、太ったわけじゃなく、成長したんだと思う。」
隣の椅子で、もぞりと動き、鼻先と手足がチョロリと出たのをみて、可愛いなと思う。
それでも起きないのを知っているので、朝食をいただく事にする。
ハリネズミ執事なら、大好物なフルーツがあったのだけど。と残念がるアイリス。それは夕食の時にでも出してあげて。
今日の食後のデザートはこの間食べられなかったイチゴのようなフルーツだ。
今度こそ堪能してやるぞ。と意気込み、朝食を食べるスピードを早める。
「そんなに急ぐと喉に詰めるわよ。」
とアイリスに注意されるが、今日こそ食べたいのだ。
前世でフルーツ大好きだった俺は、今世でもフルーツが好きすぎて、許可されるのなら、フルーツだけ食べていたい。
許されないのだけど。
だから、食べ損ねるわけにはいかないのだ。
今までの食べ損ねたフルーツたちは、アイリスの手によってスイーツに作り直され、お昼の食後に出てくることがあるが、やはり新鮮なフルーツが良い。
手作りのスイーツも美味しいけれど。これは好みの問題なのだ。
すまん母さん。言わんけど。
「そう言えば、親父たちから、ルークが暇なら遊びに来させろって連絡があったけど、ルーク、どうする?」
「え!本当?行く!行きたい、行きたい!」
じいちゃんたちの家は郊外にあるが、馬で行けばそれほど時間はかからなかったはず。幼少期の記憶なので曖昧なのだけど。
魔獣の出ない森と湖が近くにあるので、子供として絶好の遊び場だ。
一人で出歩くと心配した大人たちに叱られるから、誰か一人は付き添いが必要だけど、あそこなら一人くらい暇している人が居るだろう。
問題なければ何ヶ月かあっちで暮らしたいのが本音だ。
この家も好きだけど、じいちゃんたちのところは好きの具合な大きく異なるのだ。
別世界といっても良い。
満面の笑みで答え、豆とトマトの煮込み料理を咀嚼しているルークを見て、両親が顔を曇らせたのがわかったが、口に食べ物が入っているので声が出せない。
ゴクン!
急いで飲み込んでから素直な言葉を口にする。
「あそこは精霊が沢山いるから、お友達が増やせるし、この世界の色んなことを知ることが出来るでしょ。そしたらみんなの研究の役に立てるし。ね?」
嘘ではない。祖父母と両親の6人は、俺の良き理解者であり、逆の立場からしたら研究対象なのだ。
俺が知った精霊経由の知識と前世の記憶は、研究にめちゃくちゃ役立つのだようだ。
「そ、そうよね。でも…やっぱりルークと離れるのは寂しいわ。」
え?長くて数日だよね?我慢出来ないの?
アイリスはいつでも息子を見えるところにおきたいようで、研究に没頭しているようで、時々俺を目で追える場所にノートを持ち歩いているような人なのだ。
もう五歳。でも、まだ五歳だもんな。
でも、そろそろちょっとした自由があってもいいんじゃなかろうか。
この世界より前世の記憶が強い俺はそう思ってしまう。
だから、少し子離れを要求しそうになってしまうのだ。
でもこの世界では、五歳の子どもの一人歩きは殆ど見ないらしい。俺も外に出ないので知らないのだ。
時々小さな子を外で見かける時があるようだけど、親が忙しくしている隙に抜け出した子くらいなもので、誰か大人に見つかれば、保護されて家に戻されるのだ。
それは子どもが作られにくいという現実があり、且つ子供はみんなの宝物。という認識の他、地形と自然光?に問題があるようだ。
精霊の加護の一つとして、加護の強い土地は結界が張られているとかで、その中は比較的安全だが、外側は危険なのだ。でも結界は見ることは出来ない。
まだルーク自身見たことはないが、結界の外と思しきある場所において、向こうに見える低い丘や森に向かって歩いていくと、突然凹んだ部分が現れるように見えたり、近くにあると思っていたものが、想像の数十倍遠くにあるものだったりするのだそうだ。
自然光の屈折と目の差異によるのだろうか。
不幸にも、見えていなかったところに突然穴や壁が現れるように感じる場所に打ち当たれば、走り回って穴に落ちて足を折ったり、壁にぶつかって儚くなることも昔は多々あったようだ。
見つかればある程度の治療もできるが、行方不明になることの方が多かったそうで、王国の法律として、一人歩きは両親が納得してから。という事になったのだ。
今でこそ、そういった危険とわかった場所は、地道に直され、馬車専用道路については地面を『ならし』て終え、安全が考慮されつつあるのだが、加護から微妙に外れる場所があるのが不思議だ。
そんなわけで境目全てが把握されておらず、まだまだ危険な場所が多い。
精霊の加護がドーム型であるとすると、円と円で結界を作っていくとカバーできないところがあって、そこが危険な場所になっている。と考えると納得もできる。
地図で確認していったら何か判るかもしれない。
これは王様たちに任せたい。
とはいえこの星は、その大きさに対して生物が極端に少ない。未開の地が半数以上を占めている。
そんな数々の理由ため、
何かあってからでは遅い。
できることは自衛だ。
これは転ばぬ先の杖であり、経験することが何より大切ではあるが、命がかかっているので皆必死なのだ。
わかっちゃいるけど、見てみたい。
だって男の子だもの。
そんな感じなので、科学は発達しないのは必然かもしれない。
精霊とかスキルとか魔力とか、少しずつ解明されていけば、もっと便利に生活出来るようになるだろう。
老後のスローライフのためにも、今できる事はし始めたい。
この世界の事をあまりよく知らないルークは、暇な大人がいて、精霊が沢山いる祖父たちの家行きというアーサーからの提案を、ルークが一もニもなく飛びついたわけだ。
近いうちに祖父母たちの家に行ける事になりそうだ!
アイリスはゴネ顔だった。なにその顔。見た事ないよ。可愛い顔が台無しだよ。
あちらからの提案は、期間未定!(やったー!)多分誰かがえらく暇しているのだろう。
楽しみがあるって素晴らしい!
そして、今日はイチゴのようなフルーツをしっかり味わって食べることができた。
甘くてジューシー!!
俺たち家族がゆっくり食事をしている最中、ハリネズミ執事は起きる事なく、仰向けの状態で時に手足をピクピクと振るわせつつ、良く眠っていた。