73.新しい友だち?
「「えぇ!!」」
「ごめんなさいね。喉が渇いたからハーブティーを飲みにきたのだけど、入り難くって。結果として立ち聞きしてしまったの。」
「どこから聞いてたの?」
「えぇっと…カエル様が精霊王になったってところから、かしら?」
「それはまた随分と最初からだな。デイジー。」
キースはささっと立ち上がり、デイジーをルークの隣に座らせ、キッチンの冷蔵庫へ急ぐ。
飲み物を準備するようだ。もちろんその横には花豹君もいる。
「せっかく三人いるし、夜中だからカモミールミルクにするか。」
「あら、作ってくれるの?嬉しいわ。」
「ルークの分も作って良いかい?」
「ありがとう。出来れば四人分お願いします。」
キースは棚からミルクパンを取り出したところで動きを止め、ルークに尋ねる。
「四人分?あぁ、花豹君が居てくれてるのか?」
「うん。ばあちゃんにぴったり寄り添ってるよ。」
「まぁ!そうなの?ありがとう!花豹君!」
花豹は嬉しそうな顔をしている。
湖にいた時は少し遠慮がちだったけれど、友達としての繋がりが出来てからデイジーとの距離がグンと近付いた。
ミルクパンを加熱盤の上に置き、材料を整える。そんな働き者のキースを見ながらデイジーは口を開いた。
「ルークちゃん、キースも。ありがとうね。私の気持ちに寄り添ってくれて。」
「あ、うん。」「…。」
「カエル様が、そんなに私を思ってくれていたって知って、嬉しいの。それに花豹くんの事も。」
少し考えるようにしてから伝えてくれる。
「カエル様にお願いされたから友達になってくれたのかな?って少しだけ寂しい気持ちもあったのだけど、それだけじゃなかったって知れて、良かったわ。」
ニコリと笑ったデイジー。
「友達かぁ。」
ルークはカエル母さんと白カエルちゃんが話してくれたことを思い返していた。
「デイジーばあちゃんとカエル母さんの出会い方は滅多にない特別なもののようだったし、もともと何か繋がりがあったのかもしれないよね?」
「「…。」」
キースはカップにカモミールミルクを四人分注ぎ、それぞれの前に置いていく。
花豹君は見えないので、デイジーの左側に居るだろうとあたりをつけ、そこに一つ置いた。
ルークから見ると、その前には誰もいない。
逆だ逆。
何も言わずに一つ手に取り、花豹君の前にコトリと置き直す。あ、そっちだった?という顔をキースはするが、見えないのだから仕方がない。
とは言え、なぜかみんな五割の確率をこうも外すのか。
「カエル母さんが生命の精霊ってのも気になるんだよなぁ。この星っていつから人が生まれにくいの?元々だとしても、これほど子供が生まれにくいもの?精霊王の力って、王様っていうくらいだから影響力は甚大なんじゃない?カエル母さんが契約に行くって言ってた王国ってどこって言ってた?スライ王国って言ってなかったっけ?そこの精霊王の代わりって…。」
「スライ王国だって?」
「え、あ、うん。そう言ってた。」
花豹君は猫舌なのか、なかなか飲めそうにないらしく、カップにフーフーと息を吹きかけている。
何その仕草、可愛いじゃないかっ!
スライ王国といえば、精霊の加護を失っていた国だ。王女の輿入れ事件でバタバタしたため、国民にも他国にも知れ渡ったが、精霊の加護を失っていたのは、上層部だけの極秘事項だった。
国民には“スライ王国は加護が薄い“と伝えられてきたし、それを鵜呑みにしていた隣国リアイラブル王国の国王は“あの“王女を王妃にと迎え入れ、大問題に発展した結果、全世界にスライ王国は精霊の加護を失っていた。と知らしめるに至った。
精霊王は契約した王国に加護を与える存在だ。加護を与えない精霊王は言うなれば必要がない。
その精霊王は星から排他され、その灯火さえ失ったということか?
今はリアイラブル王国の属国として、国土の復活をし始めたところで、新生精霊王の誕生となった。ということだろうか。
「ならもう、スライ王国は安泰だな。なにしろカエル母さんの国になったんだから。」
キースは思う。
スライ王国はバカなことをする奴らが多く、好きではなかったが、デイジーを愛するもの同士、“カエル様“には手を貸すとしよう。
人間には人間にしかできない方法があるのだ。
「カエル様に少しは恩返しをしなきゃだな。」
「あら、裏から手を回しちゃうのね?ふふ。久々に諜報員を使うのかしら?」
「え!?じいちゃんスパイだったの!?」
「あはは!違う違う!俺は伝手があるだけ。基本は研究者だったさ。」
「……。」
怪しい者を見るような目でルークに見られ、スッと目を逸らされたキースは酷くショックを受けた。
「え?いや、ほんとだって!陰で暗躍とかそういうのないからな?人手不足で宰相補佐に駆り出された時に繋がりが出来ただけだから!」
「外交官っていうのは?」
「だ、だから、ルーク思うのとは違っただろう?」
追い詰めるルーク、追い詰められるキース。
それを楽しげに見つつカモミールミルクを飲むデイジー。
「外交官とスパイは確実に違うものだし。外交官と宰相補佐も仕事内容はあんまし被らないはずだし?」
「がーん。」
実際、宰相補佐は何でも屋だった。使えと言われた諜報員たちの力を借りねば外国の様子は解らない。宰相の求める情報を集めるためには繋がるしかなかったのだ。
やりたくてやった仕事ではないが、家族を養うためには仕方ないじゃーないかぁ。
心で叫ぶキース。
国の重要機密を知っているキースには、家族にだって言えないことがある。それを知っているデイジーはクスリと笑って少しだけ助け舟を出す。
「カッコつけたかったんじゃない?ルークちゃん、許してあげて。」
「えー。ちょっとキースじいちゃんに裏切られた気分。」
「がーん!!」
ショックで涙目のキースと目を合わせない攻撃を続けるルーク。
そんな二人を見つめるデイジーと花豹君。
家族団欒、皆幸せなひと時。
ピーッピーッピーッピーッ
その時間を引き裂くような高い音が部屋に鳴り響いた。
初めて聞く音に驚くルークと花豹君。大人二人は聞き慣れているようで
「通知が来たな。」「アイリスちゃんかしら?」
くらいなものだ。
キースはリビングに置きっぱなしの通知盤を操作し、音を消すと、両手で持ってダイニングテーブルに帰ってきた。
「通知盤の音なんだね。初めて聞いたよ。」
「すごい音よね。これ。緊急通知の時の音なのよ。アイリスちゃんたちを呼び出した時と同じ音。」
「緊急音なのか。ならこの音でも仕方がないか。」
高くて大きな音だったので、他の音に変えられないのかと思ってしまった。ごめん、母さん。
「誰からかしら?」
通知盤の表示を読んでいるキースにデイジーが尋ねつつ、通知盤を覗き込む。
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キース・フェニックス殿
探知盤、安心君共に公共事業となり帰宅不能。
王都のルークの荷物は管理人と共に明日そちらに発送予定。
ルークをお願いします。
アイリス・フェニックス
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「…母さんポンコツ。」
「いや、大分良くなったじゃないか。」
「どこが?」
「“お願いします“って書いてあるぞ。“願う“じゃなく。」
「しょぼっ!!そして、しょうもなっ!」
「ふふふ。やっぱり思ってた通りになったわね。」
とデイジーは笑いながら自分の安心君を操作する。
何を始めるのかルークは見守る。
『え?母さん?』
「あ、アイリスちゃん?なんで通知盤で送ってきてるの?安心君を使えば良いじゃない?」
『もう寝てると思って。』
「なら、緊急通知はしない方が良いんじゃないかしら?」
『え?うそ!わわっ!本当だ。緊急押して送ってた。ごめんなさい。うるさかったでしょ?』
突然始まる通話。
安心君でちゃんと通話できるんだ!
成功してるじゃん!やったね!
「すごいすごい!ちゃんと通話できてるね!」
『え?その声はルーク?こんな時間まで起きてちゃダメでしょう?』
「それよりアイリス、なんだこの通知内容は。ルークがポンコツだって呆れてるぞ?」
『え?どこが?ちゃんとしてるでしょ?』
こりゃ本当の天然ポンコツだよ。
まぁ、前回の通知を見て知っていたけど、改めて、これが母さんって事だな。
「母さん、会議は終わったの?」
『えぇ?ええ。終わったところ。探知盤と安心君、イヤーカフの性能とそれに至るまでの考えを根掘り葉掘り聞かれてね。でも、王様の鶴の一言で公共事業に決まったから、忙しくはなっちゃうわ。だけど国民のみんなが安心して暮らせるように付与を頑張るわ!』
「うん!母さん、お役目頑張ってね!無理だけはしないように。」
「あの二人はどうなる予定になったの?」
『あぁ、ご想像の通りサーシャは音声付与のスペシャリストとして同じスキルを持つ子を探して教育指導と安心君への付与。クオンはドライヤーの大量生産のために工場で指揮をとってもらうことになったわ。アーサーは寝てる。明日からっていうか、もう今日ね。忙しくなるから先に寝てもらってる…。寝てるはず。要はアーサーだから。同じスキル持ちは聞いた事ないし。』
「あ、母さん!父さんの友達精霊って大地派生の金属特化型なんだって。だから属性は大地だよ!」
知ってるのと知らないのとでは使う魔力の量も違う気がするし。話しておいた方が良いだろう。
『えええ!どういう事ー?』
「知ってた方が魔力操作がしやすいのよ。アーサー君に伝えてあげてね?」
あ、やっぱりばあちゃんも感じた?俺の感覚だけじゃ少し不安なところもあったので、良い話を聞けた。解った属性はできるだけその人に伝える様にしよう!
『え?そうなの?解った。伝えておく。』
「通知をみたが、こっちに来る予定の管理人は誰だが知ってるのか?」
『あ、父さんも起きてるの?管理人は三人。追加で一人を予定してるって。私は知らない人っぽいわ。』
「ほう。アイリスが知らないやつか。じゃあ、料理人を三、四人追加で選抜してくれ。って伝えてくれるか?俺とハンナで育てるから、スキルを持たない者でも、帰還者でなくとも良い。」
『はぁ?あぁ、家で雇うのね?三人も必要?』
「いや、スーパー温泉で料理を作ってもらう。」
「「『え?』」」
キースじいちゃん、どういう事?
「あぁ、まだ見せてなかったな。和室のお休み処の先に扉があったろ?あそこはお食事処になる予定なんだ。そんなわけで、料理人を三人で回してもらって、ホールと案内人で三人。最低でも五人は欲しいところだな。」
『それじゃあ、管理人の仕事じゃないじゃない。』
「そうなんだよ。スーパー温泉の統括を一人、後は従業員って形にして、最低十人は欲しいな。」
「「そんなことに!?」」
ルークはデイジーと一緒に驚く。
ばあちゃんも知らされてなかったのか。
まったく、俺の家族は言葉が足りない。って人のことは言えないけれどもっ!
『あぁ。そう。。王様はそれ知ってるの?』
「いや、言ってないよ。言ったら来ちゃうだろ?あの人なら。」
『はぁ。忙しくなった今だから伝えるってことね?これからの忙しさを考えたら行け出すこともできないしね。相変わらず策士なんだから。』
「策士、スパイ…。」
キースを見るルークの目が再び細まる。
「ルークゥ!そんな目で見ないでくれぇ!」
『ど、どうしたの?父さん!?』
こちらの状況を知ることができないアイリスは突然の父親の変容に動揺する。
デイジーは二人から離れながら通話を続ける。
「放っておいて良いわ。ただのじゃれ合いだから。私も今知ったけれど、スーパー温泉の人数はそんな感じかしら?お休みの日も必要だし、もう少し欲しいかしらね?」
『解った。そんな感じで話しておくわ。本当にリゾート地にするなら、宿泊施設も必要よね。そっちも作る計画、ジェイクさんなら考えてそう…。解ったら連絡してくれる?通知盤じゃなくて、こっちの安心君の通信使ってみてね。』
「ええ。ルークに聞きながらやってみるわ。じゃあ遅いから切るわよ?またね?」
『了解!じゃあまた連絡するわ。』
ブチリと音声通話が終わった。
デイジーの後ろの二人をみると、キースにつかまり抱きしめられているルークがいる。ルークは嫌そうな声を出しながらも、楽しげに笑っていた。
「本当にじゃれてるわ。ふふふ。」
デイジーの横で花豹君も楽しそうにしていた。
「さて、そろそろ本当に寝なくちゃね。明日の家事当番は私たちだし。」
「そうだね。もう寝ようか。」「はーい!」
三人で部屋の灯りを消してキッチンから廊下へ出ると、ルークが廊下を歩いていた時と同じ光が廊下を照らしてくれている。
「これ、本当に便利だよね?このタイプは見たことがないんだけど、いつ作られた、の?って二人ともどうしたの?」
一緒に歩いてくると思っていたキースとデイジーが後ろからついて来ていないので、振り向いてみると、二人はキッチンの扉を開けたまま固まっている。
「なに?どうしたの?」
「「この光は?」」
「へ?フットライトじゃないの?」
「「フットライト?」」
「?廊下とか、足元だけを照らしてくれる照明のことだけど。え?これフットライトじゃないの?」
「ルーク、これはいつからあった?」
「え、っとー。さっき起きて廊下に出た時にはもう光ってたけど。」
「私が廊下に出た時にはなかったわ。」
「え?」
今三人が歩いている廊下は母方の祖父母の部屋がある東側。西側には父方の祖父母の部屋があり、先日やって来た商人二人は西側の部屋を使ってもらった。
この西側にも、南側から北側まで長い廊下があり、その廊下に面して、キース、デイジーの部屋、物置き部屋、ルークが借りている客間、アイリスが借りた客間、今は空の客間の順に配置されている。ついでに言えば、その先はお手洗いと風呂場だ。
つまり、ルークが通った廊下とデイジーが通った廊下は同じ廊下。ルークが通った時には光があり、デイジーが通った時には真っ暗で、今目の前に謎の光が廊下に点在しているということになる。
「うーん。前世の記憶からすると、ちょっと恐怖だよね。」
「「こっちでも恐怖だ(よ。)」」
ですよねー。でも、この世界はさ精霊さんがいるもんね。それなら精霊さんの善意じゃないの?
「精霊さん、いるんでしょう?」
ルークが声をかけるが声の反応はない。
ただ、フットライトのような光は少し瞬いて反応を見せてくれた。
「そっか。小さな子たちはまだ言葉が使えないんだね?」
また光が瞬く。
なら、この子達の親玉がどこかにいるはずだ。
「え?じゃあ、布団に居たのって、そういうこと?」
「「どういうこと?」」
さっき起きたら布団が盛り上がっていたからハリネズミ執事かな?と思ったと話しながら、三人で廊下を歩いてルークの借りている客間の扉を開ける。
開けた扉から、廊下に点在していた光がフヨフヨと動きながら部屋に入っていく。室内灯が必要ない程度に明るくなったので、点けずにベッドまで歩いて盛り上がっている掛け布団を確認する。
どうやらまだここにいるようだ。
キースとデイジーもそれを確認したので、ルークはそっと掛け布団を捲った。
掛け布団の下には、光の玉のような丸い精霊が寝ていた。
まんまるい球体に、勾玉の様な形の可愛い立髪が顔と思われる場所の左右に生えているように見える。それ以外にはイラストに描かれるようなライオンの立髪に似たふわふわぷにぷにしていそうなものが生えていた。耳があったら可愛いライオンの顔のようだ。
多分顔かな?と思える場所には、横棒が三本。目と口と思われる配置だ。
見たことのないタイプの精霊?に驚くも、これはこれで可愛らしい。
起こして良いものか考えあぐねるが、答えは持っていない。
小声でキースとデイジーに伝える。
「なんか、見たことのないタイプの精霊?が寝てるんだけど、起こさない方が良いよね?」
「そうね。寝ているなら可哀想だし。そのまま寝かせてあげましょう。」
「もう時間も遅いし、寝る…寝られるか?」
キースたちには、光球体に見えるらしい。
概ね間違いはない。
「うん。大丈夫。じゃあ、また明日ね?」
「ああ、「おやすみ、ルーク」」
二人はそっと扉を閉め、真っ暗になった廊下を部屋まで歩いて行った。
さて、光る小さな玉たちはどうするのかな?とベッドに入りながら見ていると、机の下やベッドの下などに入り込み、ルークに光が届かないようにしてくれた。
「ありがとう。みんな。また明日ね?」
ルークは寝転び目を閉じた。




