62.ヤギから貰うミルク
ピールーリーポピーリ ピピッ
ピールーリーポピーリ ピピッ
あ、オオルリの鳴き声が聞こえる。
可愛い高い声で目が覚めたルーク。
オオルリ、青いペンギンみたいで可愛いんだよなぁ…。誰も同意してくれたことなかったけど。
目を薄く開くがまたしても薄暗い。
昨日同様早く目が覚めてしまったようだ。
昨日より早い時間のようで、室内灯を付けてベッドから起きて身支度を済ませた。
窓を開けると、入ってくる風がひんやりしている。
昨日の雨の影響かな?少し肌寒いかも。
昨日と同じように家の周辺を歩こうと、室内灯を消して部屋を出る。ドアストッパーはきちんと挿した。
中庭の向こうにある廊下の先に部屋の扉が見えるのだが、商人二人が泊まった部屋の扉は既に開かれていた。
「あれ。早いな。」
もう出発したのかな?まだこんなに薄暗いのに。
やはり、時は金成、一獲千金だっけ?それなんだなぁ。
今日は冒険することができるのか、昨日同様怖がって安全ルートを進むことになるか。
中庭に皿が一枚置いてあるのが目に入った。
誰かの置き忘れかな?
いや。そんなことよりも、無理な冒険をすることはない。いつか家族たちから離れて冒険する事になる。
早まることはないのだ!
と、自分の心に優しく接しながら玄関ホールに向かうため角を曲がると、正面の角から二つのカゴを持ったジェイクとばったり会った。
「あ、おはよう!じいちゃん!」
「おお!おはよう、ルーク!」
甘い笑顔で挨拶をするジェイク。
ジェイクは本当にルークが可愛くて仕方がないことを、いつも隠さずにいてくれる。
「そんな大きなカゴを持って、どこに行くの?畑?」
「果実園に行こうと思ってな。一緒に行くか?」
「良いの?なら、そのカゴ持つよ!」
「お。なら、ガゼボのクッションもついでに持っていくか!」
ジェイクからカゴを渡されしばらく待つと、昨日回収してきたクッションを大きな袋に詰めて、左側の肩に背負った。
サンタクロースかな?
玄関を出て左に曲がり、林の小道を歩いていく。
昨日の朝はちょっと怖く感じてしまったこの暗い林も、ジェイクと二人ならなんとも感じなかった。
ジェイクは安心感を与えてくれる。
やっぱり俺は、ジェイクじいちゃんが好きだ。
ジェイクは周囲の木々をさらりと触れて前を歩いている。
その右手が少し光っているのでスキルを使っているのかもしれない。
その様子がとても楽しそうなので、邪魔しないよう声をかけない事にした。
前を向くと林の奥に大きな角が淡く光っているのが見えた。
やっぱり光ってるな。他の精霊も光ってるんだろうか。
ふと振り返ると、バンビが走っていくお尻が見えた。光ってない。当然だあの子は精霊ではなく動物だった。
道の両脇の花は太陽が出るまでの間、閉じてお休み中のようだ。帰る頃には顔を見せてくれるだろうか。
「うわっ!」
木々の間とルークの脚の間をリスが走り抜ける。
踏まなくて良かった。
キースじいちゃんのリス精霊もここにいたりして。ジェイクじいちゃんの牡鹿精霊もここだし、そしたら、二人はどれだけ仲良しなのかって感じだよ。良いよねそういうの!
変な誤解とかなく、平和で楽しいのが良い。
ん?変な誤解?なんだそれ。わからん。
時々やってくるおかしな感情に目を瞑り、林の小道を出たところでさっきは何をしていたのかを聞いた。
「新芽を食べる動物のために、スキルを使って木々に少しだけ、新芽を出すようにお願いして歩いている。この道を歩く朝時だけな。」
きた道を振り向くと、牡鹿精霊と動物のバンビたちがジェイクの生やした新芽を食べているのが見えた。
光って見えるのは牡鹿精霊だけだった。
知らず知らずのうちに餌付けをしていたのか。
魔力入りの新芽なら、そりゃ喜んで食べるよね。と、不思議と思えた。
魔力入りが美味しいのか?
自分と同じ系統、属性の魔力なら美味しく感じるのかも。
ガゼボに着くと、ジェイクが背負っていた大きな袋からクッションを出してくれるので、ガゼボの長椅子にクッションを置いていく。
クッションの入っていた大きめの袋は、長椅子の下の引き出しにしまっていた。
昨日持ち運びが大変だったのかもしれない。
「あれ?ガゼボに雨降ったのって初めて?」
「そうだよ。雨は滅多に降らないからね。」
だからクッションは置きっぱなしだったのか。
クッションの回収用に袋も必要なかったと。
ルークが運んだカゴは、ジェイクと一つずつ持ち、果実園に向かう。
未舗装の道を歩き、果実園の入り口を通り抜けたタイミングでジェイクに尋ねる。
「今日は何を収穫するの?」
「何か食べたい果物があるのか?」
「うーん。ここのフルーツはなんでも美味しいから、なんでも良い!」
「あはは!そりゃ良かった!じゃあ、木のみんなに聞いてみるか。」
え?あ、そうか。木とお話しできるんだった。
立ち止まって目を閉じるジェイク。
周囲を見渡すルーク。近くに牡鹿精霊は見えないし感じない。今回はちゃんと木が教えてくれるのかもしれない。
「収穫出来る木はありますか?」
え?そんな感じに聞くの?
ざざっと風が流れ、ジェイクの髪と服を揺らして行った。
目を開けたジェイクはルークの手を取り、風が流れて行った方へ歩き出す。
「あっちだって。行ってみよう!」
「う、うん!」
枇杷の木を通り過ぎ、グレープフルーツの木の先、ブルベリーの木が見えてきた。
「お。今日はブルーベリーか。昨日の雨は大丈夫だったのか?」
「え?」
「ブルーベリーは品種によっては雨に弱いんだ。濡れると裂果、皮が破けちゃうんだよ。」
「品種によって違うんだ。大丈夫だと良いね。」
大きな実を沢山つけている木が何本か見える。ジェイクは手前の木を確認して
「この辺りは降らなかったようだ。この木とその木、あっちの木のものは全部収穫するぞ!手に色が付くが、服に付かないよう気をつけるんだぞ?」
「了解!完熟してるかどうかはどこで見分けるの?」
「この、ヘタから遠いこのお尻の部分があるだろう?ここまで完全に黒く色付いていたら収穫時だよ。」
「へぇ!そうなんだ!じゃあ、俺、あっちの木の収穫するね!」
一本選んで、その木を中心にして収穫することにした。
実が大きく柔らかい。そっと摘んでカゴに入れていく。ちらりとジェイクを盗み見ると後ろを向いて収穫している姿が見える。その隙に一粒口に入れた。
「うわっ!甘っ!」
思わず声が出てしまった。折角隠れて食べたのに、声に出しては自分で白状したようなもんだ。
「甘くて美味いだろう?今日はこれでジェラートにするか、ハンナにお願いしてカップケーキにするか。何が良いかな?」
「ブルーベリーでしょう?沢山取れたらジャムにしておくのも良いよね。米粉でクラッカーを作ってもらって、色んなジャムを付けて食べるのも良いよねぇ!」
話しながら二人で収穫を続ける。
「クラッカー?ビスケットとは違うのか?」
「クラッカーはビスケットの塩味のやつかなぁ。」
「おやつに塩味?」
「その塩味とジャムの甘さ、クラッカーのサクサクした食感が良いんだ。ハンナばあちゃんならすぐに作れるんじゃないかなぁ?小麦がなくても作れるはずだし。」
「その辺りはちんぷんかんぷんだから、ハンナに任せよう!」
「あはは!ジャム以外だと、あ!ブルーベリーのチーズケーキだ!ミキサーもあるし!」
「なんだ?美味いのか?」
「俺は好き!じいちゃん、ミルクは残ってる?」
「今日貰えると思うぞ?」
「え?貰える?」
ルークの収穫の手が止まる。
誰か来るんだろうか。今度こそ昔馴染みの商人さんかな?でも鮮度が大切なミルクを商人さんが持ち歩くとは考えにくい。
「なんだ。ルークは知らないのか。じゃあ、後で貰いに行くか?」
「え?貰いに行けるの?行く!行きたい!よくわかんないけど。」
「じゃあ、収穫したら、もう一度ガゼボに寄るぞ?」
「うん。解った!じゃあブルーベリー収穫しちゃおう!」
それからは黙々とブルーベリーを収穫していく。ジェイクに言われた木の収穫が終わったので、収穫物をまとめて一つにした。
そらそろ夜明けが近い。
カゴはジェイクが持ち、二人はガゼボへ急いだ。
ガゼボに到着する頃には、空はうっすら色を変え始めた。
「お。間に合ったな。ちょっと待ってな。」
ジェイクはガゼボのテーブルにブルーベリーの入ったカゴを置き、長椅子の引き出しからバケツと折り畳みのキャリーカート、蓋つきのビン、口の大きな木のロートを取り出した。
ビンは一リットルくらいのサイズで九本がキャリーカートの限界のようだ。全部満杯にしたら、相当な重さだ。
だからこそのキャリーカートなのだろう。
さて、ミルクといえば、この家で使っているミルクはヤギミルクだ。この星に普通の牛は居ないし。
…貰える。ジェイクが言った言葉の雰囲気が、なんとなく、違和感があると言うか、なんというか。うーん。
あぁ!
手のひらに握り拳をポンと当てて、閃いた!と言う顔をしてみる。
ヤギから搾らせて貰うのか。
そうだよ。うん。
なんか勘違いしてしまっていたな。
ハチに言葉が通じるもんだから、そっちに引っ張られたのか。いや、誰かが持ってきてくれるのかと思ってしまった。
あはは!うん。そうだそうだ。
笑っていると、ガゼボの横からメェー。とヤギの鳴き声が聞こえた。
あ、ヤギさんだ!
乳搾りはしたことがないので、ちょっと楽しみになってきていた。どんな感触なんだろう?柔らかすぎて怪我をさせちゃったりするのかな?
ドキドキする!
「お。来たな。今日もよろしく。」
ジェイクはヤギに語りかけながら、ぱんぱんに張った乳の下にバケツを置く。バケツは高さがあり、乳を覆い隠す。これでは乳を絞ることが出来ない。
バケツのサイズ間違ってない?
「ヤギさんヤギさん、ミルクをくださいな。」
ジェイクがヤギの背中を撫でながら語りかけると、ジャーッジャーッと音が聞こえ出した。
「え?はっ??」
しばらくすると音が止み、スッキリしたわとでも言うように、メェーと鳴いた。
「ありがとう。」
ジェイクがバケツを手前にそっと引き寄せると、ヤギは上げた尻尾を振って去って行く。
喜んでいるようだ。
バケツの中にはミルクが入っている。それをロートを使ってビンに注いで蓋を閉める。
「ど、どういう仕組み??」
「ヤギはお願いするとミルクをくれるんだ。ただし、夜明けのこの時間だけな。」
うん。貰いましたね。
はい。貰いました。
貰うと言う表現が正しかったです!
メェー。とまた声がしてヤギが姿を現す。
「今日もよろしく。」と声をかけながらバケツを乳の下に置き、「ヤギさんヤギさん、ミルクをくださいな。」と言えば乳を出し、出し終えればメェーと合図をくれる。「ありがとう」で終了。
これを七匹分繰り返し、全部でビン七本になった。
使わなかったビンは長椅子の下に戻し、使ったバケツとロートをカートに乗せ、その上に収穫したブルーベリーの入ったカゴを乗せて落ちないようにくくりつけた。
「バケツのサイズ、間違えたのかと思った。」
「ん?なんだ?前世と違ったか?ここでは乳房を隠すくらいの高さがないとミルクが飛び散ってしまうんだ。」
バケツのサイズ、合ってたみたい。あはは。
異世界のヤギ、スゲー!スローライフ、万歳!
空は朝焼けの色に明るい光がさし始めている。
ジェイクはキャリーカートを右手で引き、左手でルークと手を繋ぎ、帰路に着く。
心配で繋ぐのではなく、繋ぎたくて繋いでくれてることが、なんとなく伝わって、ルークの心は満たされていく。
ガラガラとキャリーカートが音を立て、ヤギの乳搾り、搾ってないけど、を思い出してしまう。
ヤギさん、ミルク、貰った。
ヤギさん、ミルク、勝手に出した。
不思議な光景を見た。ハチに続き摩訶不思議な光景なのだ。でもこの星ではこれが通常。
うん。慣れよう。不得意な手の動きでヤギを傷つけずに済んだ。そう思う事にしよう。
合図になる言葉さえ覚えたら、五歳の俺でも乳搾りが出来るんだから!
これは厳密に、乳搾りと言えないけれどっ!
だから、ミルクを貰うというのかっ!!




