6.フルーツはちょっと凍らせるのがツウです
結局あの後、
食後のフルーツもそこそこに“研究対象“となった。
思った通り。やっぱり。
もちろんあの研究部屋まで連行され、配線に繋がれて質問攻め。
残念ながらビニールという物質がないので、ラップは作成不能となったが、”使い捨て”と言う点がこの世界の人々に受け入れらないだろうと言うことで別素材を探しての再現性は完全に却下。
物を大切にする。勿体無い。に反していると言うよりも、環境に悪影響だと言う点がひっかかったのだ。自然や動物と共存する上で、その生態系を大きく崩す可能性のあるものは、流通させない事になっているそうだ。
めっちゃ良い事じゃん!
しかし、食材を長持ちさせると言う点は絶対に欲しいらしく、透明なガラス製の半円状のものに取手をつけたもの、サイズは大中小の三種類の仕様をアーサーが整えた。ガラスなら再利用もできる。
王様に相談した後、許可が降りたらラップ三種として売り出すことになりそうだ。果たしてこれをラップと呼んで良いのか。
これは、ガラス製のドーム型の蓋だな。
そう言えば蓋を見たことないな。
と思ったところで翌日になったのか、限界を迎えて俺は寝落ちした。
五歳の俺は頑張ったと思う。
起きたのは翌日の昼近く。
ベッドから降り部屋付きの洗面台に向かう。
朝食が食べられなかったと思ったところで、昨日は昼食も食べられなかったと思い出し、今日は食べられるかな?食後のフルーツも今日こそ食べたいな。と期待する。
まるで食欲の権化のようだが、成長中なのだ。早く大きくなりたいのだ。
水で付近を濡らして絞ってから、さらりと顔を拭く。
目の周りは慎重に丁寧に!
さて父さんのスキルって本当に『研究者』なのか。それとも他のスキルを持っているのか。疑問だ。
昨夜、不透明な菓子箱の蓋のようなものは作っていたが、透明なものは作れなかったようだ。素材別の工作系スキルなのか?
暇そうな時に聞いてみよう。
でももうしばらく普通の五歳児を満喫したい。
できるだろうか。この両親の元で。
無理な気がする。(既に普通ではない。)
じいちゃんたちの家にしばらくの間遊びに行こうかな。
あそこは郊外っぽいからね。ここより自然がいっぱいだし、精霊たちが多いから面白いし。随分長いこと言ってない気がする。最後に行ったのはいつだったか。
着替えを終えて部屋を出たところであくびが出た。あくびで口の周りに違和感を感じ手を伸ばす。パリパリとした感覚。
こ、これは、よだれの跡では!
昨日大好きなフルーツを一口も食べられなかったからか、夢で食べたのかもしれない。恥ずかしい。
俺、食欲の権化!
焦ってパリパリを取るが、取り切れたかの確認はやはり取れない。
鏡が欲しい。本当に鏡が必要だ。
ガラスがあるなら、鏡だって作れるはずなのに、ガラスは安価なのになぜ鏡が贅沢品なのか。贅沢品なのか?
リビングに入る扉を開けようとしたところで、右半身にフワフワとした大きく暖かな感触が。
この感触は見なくても誰だか分かる。
「こんにちは、雪豹さん!今日も素敵なふわふわだね!」
その白い物体に向かって挨拶をする。
その大きな体で右半身をさすり上げ、ルークの体を取り囲むように尻尾を左半身に添わしてくるので、雪豹さんの尻尾が左腕をかすめた。
「お寝坊さん。ルーク。今日はフルーツが食べられるといいわね。」
雪豹と呼んだけれど、イタチ君と同じく、見た目から呼ばせてもらっているだけだ。名前は知らない。
雪豹さんは穏やかな口調でその巨体をルークの体に擦り付けるのがお気に入り。
立っている姿は凛々しく格好がいい。
前足から頭の上まで140㎝はあるだろう。俺の身長より頭一つ分上なのだ。
雪豹さんのその柔らかな顎の下でルークの頭の上に触れて軽く押し下げ、全身を擦り付けてくる。まるで全身でマーキングされているかのようだ。
「あら、昨日はイタチだったのね。うふふ。」
「うん。一緒にリビングに入る?」
肯定の笑みを確認したので、ノックをした後、雪豹さんと一緒に扉を通り、雪豹さんが部屋に入ったのを確認して扉を閉めた。
「こんにちは。父さん、母さん」
挨拶をしながらダイニングテーブルにつく。
「「こんにちは。ルーク」」
俺が椅子に座ったタイミングで、アイリスが料理を並べ始める。今日の食後のデザートはキウイフルーツのような黄緑色と黄色のフルーツだった。
フルーツの名前を聞こうと口を開きかけたとき
「今日はどんな精霊なんだ?どこにいるんだ?」
と、ワクワク顔のアーサーの質問により遮られた。
その答えもまた、同じくアーサーによって遮られる。
「いや、やっぱり当てさせてくれ!今日こそ当てたい!普通に立って入ってきたってことは、大きい精霊か浮いているのが好きな精霊なんだろう?」
椅子に座りながら話を聞く。
絶対に当ててやるとワクワク顔のアーサーに、雪豹さんがクツクツと笑う。
俺の頭の上に顎を乗せたままなので、笑った振動が頭に静かに響く。ふわふわが心地よい。癒される。
雪豹さんは真っ白な体に脚と尻尾の先にかけてグラデーションのように薄い水色の雪の結晶のような模様が重なっている。いつ見ても美しいのだ。
「首に巻かれた白ヘビさんかもしれないわよ?」
アーサーの言葉に対して、アイリスが、白ヘビさんの大きさなら俺が普通に立っていられるはずだと言う。
確かに白ヘビさんなら立っていられる。最近大きくなりつつある白ヘビさんなので、ギリギリと言ったところだけど。あれ以上大きくなったら場所を変えてもらおう。
「いや、ルークは入った後すぐに扉を閉めなかったんだ。」
だから大きいか、浮かんで後から入ってきたかのどちらかじゃないかと推察している。
アーサーは精霊さんに関してはよく観察している。他のことには無頓着なのに。研究対象とならない限り、無頓着、無神経な男、それがアーサーなのだ。
そういえば、俺の友達の精霊って、あのペットボトルサイズの女の子と白カエルちゃん以外は、年々大きくなっている気がする。
白いイタチ君だって、最初はイタチの赤ちゃんサイズだったし。雪豹さんも、足が太くて立派な小熊サイズだった気がする。他のみんなもみんなどんどん成長しているかもしれない。
「あなたと一緒に居るからね。」
雪豹さんはルークにだけ聞こえる声で教えてくれる。
俺と一緒に居ると成長するの?
でも精霊の女の子の大きさは変わってないよね?
「あの方は精霊王だもの。私たちとは別よ。」
あの方?精霊王?
そういえばイタチ君もあの子のことを精霊王って呼んでいた気がするな。王と呼ばれるからには別格だったりするのかも。
「いや、うーん、白ヘビさんと言われたらそんな気もしてきた。」
白ヘビさんの尻尾が扉に挟まらないように確認してから閉めたと言うことも考えられるな。と呟き目を細めて俺の周辺を確認するアーサー。
目を細めても精霊は見えませんよ。
残念だけど。
「おや?頭頂の毛が寝ているように見えるな。もしや、ハリネズミ執事さんか!頭の上にいるのか!」
そうだ!そうに違いない!と爛々とした目を向けてくるが、目を合わせられない。全然違う。
ハリネズミ執事さんだったら、専用の布を準備しなければ、俺の腕が針だらけになり死ぬ。頭の上に乗せたら重さで首が死ぬ。
微妙に目線を合わせないようにして答え合わせをする。
「今日は雪豹さんです。俺の右側に座ってくれてます。」
「雪豹さんだったかー!父さん惜しかったなー。惜しかったよなー?大きいかもって言ったよなー??」
片手をおでこに当て天井を見上げるアーサー。かなり悔しそう。かすっていたことを褒めてもらいたいようだ。こんなところは子供の様で可愛い人だ。
雪豹さんと聞いたアイリスは、配膳が終わりさあ食べましょうとスプーンを持っていた手をテーブルに戻して椅子から立ち上がった。
ウキウキと皿に何かを盛りつけ始めている。
雪豹さんや精霊さんたちの好物、フルーツの盛り合わせをわざわざ準備するようだ。
盛りつけたフルーツの盛り合わせをルークの右隣のテーブルの上に置き、食べられるものだけどうぞと声をかけている。
絶妙に雪豹さんの正面からズレた場所に置かれた皿を見て、本当に精霊が見えないんだなと再確認する。
ルークには、しっかり見えるし、体に触れるし、声も聞こえるが、他の人にはそのどれも出来ないらしい。
見えもしない、触ることもできない。声も聞こえないのに、俺の友達の精霊を信じる両親もさすがこの王国の人間だなと感心する。地球だったら、おかしい人扱いか厨二病扱いがいいところだろう。
それを
「いいなぁルークは、友達が沢山で!」
と言うだけだ。
しつこく何人いるんだとか、新しい友達が出来たらぜひ教えて欲しい!いや、紹介して欲しいとか言われるけれど、嘘つき呼ばわりされることはない。
紹介しても、別の方向へ、めちゃくちゃ良い笑顔の両親が挨拶をしているのを見るのはなんとなく気まずいから、出来ればこれ以上したくないんだけど。
一回どの子だったか、両親の真後ろに回って挨拶している尻を爆笑しながら見ている濃い茶色っぽい子がいたっけ。そういえば、あの子はどうなったんだろう。あれから見かけないけど。
「あぁ、あの子は鍛錬所に連れて行かれたのよ。あれは流石に失礼だったし、あの後も、ね?どんどん酷くなっていったから。残念だったわ。」
今日も今日とてもダダ漏れ、サトラレである。
雪豹さんは、フルーツの盛り合わせの前までちょっと移動して、ニコニコしたまま目の前のフルーツの盛り合わせを半分凍らせてから食べ出した。
両親からみたら、フルーツの盛り合わせに雪の結晶のようなものが降り注ぎ、フルーツが白っぽくなり、シャクシャクと小気味良い音と共に消えていくという現象が繰り広げられていることだろう。
雪豹さんと呼ぶ理由はこの雪豹さんのスキル?から取らせてもらった。初めて会った時、白いフワフワの猫より大きい豹の周りに雪の結晶が舞っていたのだ。それはそれは幻想的だったので、微かにだが覚えているのだ。
雪豹さんはあっという間に食べ終わり、床に伏せ、美味しかったわ。と、伝えておいて。と言った。
「母さん、雪豹さん、美味しかったって。」
「まぁ!本当?嬉しいわ!また準備しておくわね。だからまたきてね!」
と、ニッコニコだ。
何度見ても幻想的で感動しちゃうわね。と両親は嬉しそうに話しながら朝食に手をつけている。
俺は日本人だったことを覚えているせいか、手を合わせていただきますをしたくなるのだか、その文化はこちらにはない。
食事が並べられて、全員が揃っていたらお好きにどうぞの文化なのだ。ただし、食後のフルーツだけは食後と決まっているのだか。
配膳された自分の分の食事を食べながら、昨日の結果を待つ。
両親の目の下のクマをみれば、昨日寝ていないのなんて分かりきったことなのだ。