3-110.精霊によるトーマスの目と鼻の不調
折角精霊たちが現れてくれたので、ルークはトーマスの契約をしてしまおうと動き出す。
「トーマス先生、グレナさんとグレン君に聞いたと思うんですけど、友達精霊との契約、トーマス先生のも済ませちゃいたいんですけど、良いですよね?良いですよ。」
さっさと済ませてしまいたいルークはトーマスの返事を待つことなく自己完結すると、トーマスの背中側に回って右手をその背に添えた。
「え?え?」
戸惑うトーマスに気遣うことなくトーマスの友達精霊であるキランソウの精霊に語り掛ける。
「キランソウの精霊さん、トーマス先生は人にも精霊にも優劣をつけたりする人間ではありません。何があったか解りませんが、ずっと一緒にいるんですから理解してくれているでしょう?」
「はい…。」
「新参者のユニコーンの精霊に先に契約されちゃうよりも、一番に契約したいでしょう?」
「それは、そうです!ずっといっしょにいたんです!」
精霊として友達になった順番は大切だ。
精霊が友達になりたい人間を見つけたもの勝ちというよりも、前世からの繋がりや約束があり、人間を待ち続けた精霊が先に友達になるというある程度の暗黙の了解的なものがあるのだ。
あ、この人間イイな。と思って新しく友達になろうと思っても、他の精霊との繋がりが感じられた場合はその精霊と人間が友達になるまである期間待つのだ。期間が過ぎても精霊が現れないと友達として一緒にいることが許される。その期間まんじりともせず待たねばならず、そんなに待つくらいなら他の友達を探しに行く精霊もいるくらいなのだ。
キランソウの精霊がどのタイプの精霊かは解らないけれど、最初に友達になっているということは、前世からの繋がりや約束があったか、じっと待ち続けたかをしたのだろう。
トーマスは魔力量が多かったので、三人も友達精霊が付いていたが、魔力量が多いだけでは精霊が増えるわけではない。精霊がトーマスと友達になりたいと思ってもらえる何かを持っていなければならないのだ。
トーマスの場合、キランソウの精霊が友達になってくれたおかげでハチドリの精霊が友達になってくれたようなものだし、ユニコーンの精霊に関しては馬の餌で釣った感は否めないが。
それでも三人の友達精霊がいることに間違いない。
その中で一番最初に友達になったキランソウの精霊からしたら、順番を飛ばして他の二人が契約するのは悲しいことだろう。
「ならやっちゃいましょうね?話は後でトーマス先生が聞いてくれますから。」
「っ!わかりました!」
トーマスのハネた毛束の奥から小さな声で答えてくれていた声が、最後喜びのあまり跳ねた気がした。
キランソウの精霊の方もトーマスと話したいと思ってきたのかもしれない。
互いに話したいと思っていたのなら、それは大変喜ばしいことだなと、ルークはふわふわと浮いて後ろを付いてきてくれた白イタチの精霊に向かってうなずくと、大きく頷き返してくれた。
「じゃぁ、キランソウの精霊はねぇ、ルークにお礼の気持ちをたっぷり込めてねぇ?今のままじゃ足りないパワーをルークの精霊力が補ってくれるんだからね?本来だったらまだまだ契約はできないって理解してるでしょう?」
白イタチの精霊が言えば、ぶーんとハチドリの背に乗った紫色の花の部分だけの姿をしたキランソウの精霊がトーマスの髪から飛び出した。
「はいぃ。きもにめいじますぅぅ!」
ルークでも契約に何かの力が満たない人間と精霊の契約に携わるのは初だ。
今日のグレンとグレナの魚型の精霊との契約にしたって、初めてと言って過言ではない。
何をどうしたらいいのかさっぱりわからないルークだが、白イタチの精霊の先導が見込めるようだ。
さすが、長生きしている精霊だけある。
「イッチーお願いします。」
「はぁい!お任せあれだよぉ~。じゃぁ、キランソウの精霊はトーマスのおでこに張り付いてねぇ!」
白イタチの声の通り、ハチドリがぶーんとトーマスのおでこ辺りでホバリングすると、その背から華麗なジャンプを遂げてトーマスのおでこに着地した。落ちないように平べったくなって張り付いているようだ。
小さな小さな紫色のベル状の花びらが、数ミリ程度の薄さになって張り付いているトーマスは少し笑える状態になっているが、今は笑う時ではない。
グレナとグレンもその状況を目視しているが、笑うでもなくじっと見つめていた。
二人は友達精霊との契約がいかに大切で重要なものであるかを、先ほど身を持って体験したばかりだからだ。
はてさて、これからどうなるのかとみんなドキドキしてみている中、白イタチの精霊はルークにトーマスの背中に手を添えたままでいるよう、キランソウの精霊には強く念じ続けるように伝えた。
次の瞬間、何の前触れもなくルークの手から比較的多い魔力と精霊力がトーマスに流れていく。
とはいえ、魔力はいつもの三倍程度、指二本分くらい。
精霊力の方は普段考えていないし、感じてきていなかったので、どれほど流れたのか理解できなかった。
張り付いていたキランソウの精霊がトーマスのおでこからぺりっと落ちてヒラヒラと舞う。
「ん?きらきら?」
目の前をひらひらと舞い落ちる紫のそれに気が付いたトーマスは、両方の手のひらでそれを受け止めた。
手のひらに舞い落ちた紫のそれがいったい何なのか近づけてじっと見つめるトーマスの目を、ぴかりと光ったキランソウの精霊の光を直撃する。
「「「ぐはっ!目が!目がぁぁぁ!」」」
契約が整った光であればそれほど強い光ではなかったはずだが、この光は違った。
キランソウの精霊が放った光は進化の光であった。故に強かった。
光の精霊タマちゃんが進化したときにジェイクとルークの目を攻撃したのと同じであった。
キランソウとトーマスを見つめていたグレナとグレンの目にも光が直撃。
ルークに関しては、白イタチの精霊がその体でルークの顔に張り付いたので、難を逃れた。
「イッチーありがとう。直撃するところだったよ。やばいよあれは。」
「どういたしましてぇ。」
白イタチの精霊の献身であった。
悶絶する三人にルークがスキルを使おうとしたのだが、白イタチの精霊は指を左右に振った。
「ルークゥ?チッチッチ。だよぉ。トーマスのぉスキルが新しく生えたからぁ、トーマスにやらせたほうが良いよぉ。」
「え?もう契約済んだの?名づけしてなくない?」
「トーマスってば、一瞬見ただけの手のひらの中のキランソウに、きらきらって言ったんだよねぇ。」
「まさか、キランソウがそれで良いって?」
「うん。きらきらって名前になったよぉ。真名はまだ教えられないからねぇ、これで契約成立ぅ。」
「きらきら…。精霊が良いならいいのか。真名を教えられないっていうのは、今回足りずに俺の精霊力で補ったから?」
「うん。補ってもらった分、自力で賄えるようになった時に本契約って感じかなぁ。それまでオールマイティで植物属性のスキルが使うのはお預けだねぇ。」
「つまり、今はまだ仮契約ってことね?」
「そういうことぉ~。」
目をぎゅっと瞑って両手を押し当てて苦しむ三人の前でのんびりと会話をしていた。
苦しむトーマスの前に、進化したキランソウの精霊が浮いているのにルークが気が付く。
その姿はキランソウのベル型の花に茎と二枚の葉と二本の根っこが生えた姿。
二枚の葉は腕か手のように動き、根っこは足のような動きを見せた。
「もしかして、人型をまねた感じ?」
「あ、はい!これなら動きがスムーズですし、トーマスにもハチドリの精霊にもくっつきやすいです!」
花びらの大きさは相変わらずの大きさだが、短いながらも茎と根っこの足が伸びた分少し大きくなったように見える。が、それでもまだまだ小さい。
キランソウの精霊は根っこの足を上手に動かしトーマスに向けて飛んだ。
両足の役割をすると思われる根っこがトーマスの鼻の穴の中に入り込み、根っこで鼻毛をつかんだようだ。
「ぐわぁぁ!ぐしゅぐしゅ…。」
目も鼻も攻撃を受けたトーマスだった。
キランソウの精霊は、それぞれの根っこで繊細な鼻毛をつかんだままその体をブラブラと揺すって勢いをつけ、茎の体をトーマスの鼻の頭にぶつけると、器用に葉っぱの手で鼻先の両脇にしがみついた。そのまま鼻毛を手放すと、根っこと葉っぱを使って器用によじよじと鼻を上り切って右の目頭の隙間にその手の葉っぱを差し込んだ。
「あんぎゃぁぁぁ!!」
「せ、先生!?大丈夫ですか?」「何があったんですか?」
トーマスの度重なる叫び声に目の見えないままのグレンとグレナは心配の声をあげる。
見ていたルークと白イタチの精霊も、キランソウのやらかしを唖然として見ていた。
(やりすぎ感がある気がする。さすがにトーマス先生可哀想じゃない?)
「キランソウの精霊はぁ、人間との契約初めてなのかもねぇ。厳しいねぇ。」
(だよね。)
そんな声も目も一切関係ないとばかりにキランソウはトーマスの左目の隙間にも葉を差し込む。
「ぎゃぁぁぁ!」
「ト、トーマス先生!?」「トーマス先生ー!!」
大騒ぎしている三人を見つめながら、ルークは白イタチの精霊に尋ねる。
「これ、大丈夫なんだよね?精霊は人間に攻撃できないもんね?」
「大丈夫だよぉ。でも、やり方がちょっと良くないよねぇ?」
「ちょっとどころじゃないよね?大分ダメだよ。」
「でも、あの葉っぱが万能薬だからねぇ。でも、見た目が良くないねぇ。」
ひとしきり騒いだ後、トーマスの声が変わった。
「あれ?目が見えます。」
「「え?」」
「何故でしょう?不調が鼻の中だけになりました。頭痛も無くなりましたよ?」
既に目の隙間に入れた葉を抜き去ったキランソウの精霊はトーマスの頭の上に張り付いている。その足の根っこには数本の鼻毛がくっ付いていて非常にばっちぃ。いや、ぎゅっと握った鼻毛はしっかり抜けていたようだ。
「鼻の中ですか?」「本当に何があったんです?」
相変わらず目が見えないままのグレンとグレナがトーマスに尋ねている。
その姿を見てルークは早くこの二人にスキルを使ってやらねばと思い出した。
さらりとトーマスの簡易鑑定を行ってステータスの確認をする。
魔力量と魔力操作が共にA+++にアップしていた。MAX表記がないのは仮契約だからか、他の友達精霊との契約も待っているからか。
他の変化はスキルで、ヒールと創薬が統合進化したのだろう、『万能薬』と名前を変えていた。
(万能薬…。キランソウって万能薬の元になるって話だったもんね。でもすごすぎない?)
「できる子、トーマスだねぇ。」
ルークは白イタチの精霊と念話した後、すぐにトーマスに告げる。
「トーマス先生!スキルが進化してます!スキル『万能薬』を使って二人の目と頭痛を治してあげてください!」
「は?」
「「万能薬!?」」
万能薬と言われて一瞬フリーズした。無理もない。万能薬とは夢のまた夢と言われていた。誰もがそこに手を伸ばして挫折してきたのだ。
ルークも驚きはしたが、それよりもデイジーに知らせたら喜ぶだろうなという気持ちの方が強かった。
グレンとグレナも万能薬と聞いて驚いていた。
ルークは軽く説明をして、トーマスに手のひらをグレンとグレナに向けてスキルを使うように伝える。
「えっと、こうで良いでしょうか。『万能薬』」
トーマスがスキルを使うと、トーマスの手のひらからキランソウの葉が六枚飛び出した。
飛び出した六枚の葉は、回転しながら飛んでいきグレンとグレナの両目とおでこにびたりと張り付いた。
「「えぇぇぇ!」」
まさか本物のキランソウの葉っぱが生み出され、魔力に乗って飛んでいくと誰が思うだろうか。
今まで魔力が抜けていくだけだったのに、葉っぱを顕現させるとはと、ルークとトーマスが驚いて声をあげた。
グレンとグレナは何が起きているのか、目が見えないので解らなかったが、トーマスが使ったスキルによって自分の瞼とおでこに何かが張り付いたのは理解できていたので、それほど驚きはしなかった。
二人に張り付いた葉っぱはじんわりと溶けるように顔に吸収されていく。
葉っぱが見えなくなったと同時に、二人の不調は完全になくなっていた。




