3-11.ルークにとっては端金?
保安隊の制服を着た女性も一緒に入ってきていた。
ルークの怪我の様子を確認して書き止めるため、ソファにそっと座らされて上半身の制服を脱がされた。
背中はゲンコツの跡が付いて腫れてるっぽいし、両肩は酷いアザが出来ていて、爪の当たってあたところは血が滲んでいた。左側は肉がえぐれて流血している。
それを宮廷獣医であるトーマスと二人で確認を取りながら書き込んでいる。
保安隊の女性は顔を顰めたままだ。
あらかた書き終えたところで、頭を下げられた。
「この度は申し訳ございませんでした!治療をはじめていただいて大丈夫です!」
ごめんね。痛かったし怖かったよね。
と目に涙を溜め心配してくれた。
「ルーク君、このままヒールを使いますよ?『ヒール』」
トーマスがスキルを口にした瞬間、ルークはトーマスに触れ魔力を流す。トーマスのヒールのレベルは低いので、血が止まる程度だとアーサーがよく言っていたのだ。
どうせならちゃんと治してもらいたい。痛覚無効のスキルを切ったら、結構ジンジン痛いし呼吸もしにくかったのだ。
トーマスの胸の辺りから紫色の花がブワリと広がりルークを包み込んだ。
「ふぇ?」
みんなには見えていないのか、誰も言及しない。
この紫色、見えてないの?もしかして精霊??
巻き戻るかのように肉片が戻っていき、あちこちぶつけた箇所もあっという間に治ってしまった。転がされている保安隊の男からは距離があったので、爪の間の肉片や血液は彼の元に残ったままだった。
「「これはっ!!」」
スキルを使ったトーマスも保安隊の女性も驚きの声をあげた時には紫色の花は消えてなくなっていた。
「え?使った本人ですよね?凄いですけど…え?」
「え?あぁ、あまり人間相手には使いませんので。」
トーマスはそう言うと、保安隊の女性はそうですか?とちょっと納得しきれない様子だったが、破けたルークの制服の確認を始めた。こちらも書き込んで証拠にするのだろうか。
「ちょっとルーク君!びっくりするじゃないですか!あの時みたいに感動したいのに、こんなに人の目があったら出来ないじゃないですかっ!次からは人がいない時にお願いします!!」
「なんの話ですか!全く。」
小声のトーマスに小声で突っ込んだタイミングで
「嘘でしょ!?」
制服の確認をしていた女性が驚きの声を上げた。
あわあわとしているので、どうしたのかと見ていたら
「こ、この制服、オーダーメイドの一点物です!!しかも作り手がバーネットさんですよ!!」
「え?オーダーメイドする貴族はいくらでもいるでしょう?」
ルークを殴り飛ばした保安隊を足蹴にしていたすばしっこそうな小柄な男性の保安隊が女性の保安隊に向けて言う。
「そうよ!でもそうじゃないの!!バーネットさんよ!?聞いたことない?伝説の王宮御用達サロン職人のバーネットさんよ!!私、一度だけバーネットさんの作った服のタグを見せてもらったことがあるから間違いないわ!全女性の憧れのサロン職人よっ!」
「「「「「「??」」」」」」
「うんもう!!王妃様の全ての衣類!頭の先から足の先まで全て一手に任されていたのがバーネットさんよ!今も王妃様が戻ってきて欲しいって懇願してるの!有名でしょ!そのバーネットさんよっ!」
「「「「「「えぇっ!!」」」」」」
男達は驚きで声をあげる。
ルークは知らなかったが、バーネットは宮廷で働く女性全ての憧れの存在だったようだ。
「しかも、その下に“精霊のいる里“のタグもついてるぅぅぅ……。」
破けた制服を腕の中に抱きしめ、感動で打ちひしがれている女性。
精霊のいる里は、宮廷で働いている者たちで知らぬ人は居ないほど有名である。
予約もなかなか取れないのだ。
「「「「「「えぇっ!!!」」」」」」
「って、ことは?その制服とんでもない金額になるんじゃ…?」
破いた張本人の男の腕を縛っている紐の端を持つ男性が言う。
「とんでもないなんてもんじゃないわ。バーネットさんのタグだけでも欲しいって、私たちの一年分の給料で取引されてるの、知らないの?もしかしたら生きてるうちに、個人じゃ弁償出来ないんじゃない…?」
「「え……。」」
縛り上げられている二人が青ざめる。
「それだけじゃないわ。精霊のいる里で作られる布って、最近噂になってる最高級の布の発売元でしょ?
その二つがタッグを組んで作られた制服を着てるってことは、この子…フェニックス領の次期当主様って事よね?今年入学するって聞いたことがあるもの…。」
「ええ。そうですよ。ルーク君はアーサーさんとアイリスさんのご長男ですからね!」
「「ひっ!」」
縛られた二人がブルブルと震え出した。
「え。アーサーさんのお父上ってあのジェイクさんじゃありませんでした?」
「あれ?アイリスさんのお父上ってあのキースさんって聞いた覚えが…。」
「う、うそだ。」「そんな、この子が…?」
とか言ってるけど、俺、名前をちゃんと確認されてないんだよねぇ。
「だから重要人物だって言ったろ?」
保安隊隊長は二人に告げた。
「う、うそだ!俺たちは、な?ちゃんと事情聴取をだな。」
「そうだ!ちょっと熱くなっちまったが、法は遵守したはずだ!」
とうそぶきはじめた。
みっともないな。あんな大人になりたくない。
「そんな“重要人物“に酷い怪我をさせてそんな高級品の制服を破いて、お二人の刑罰はどうなるのかしら?降格処分で済ませるとは思えませんね。キースさんはお孫さんを溺愛してると周知の事実ですし。」
と女性がいえば、男性を変わらず踏み付けている小柄な保安隊が自分の安心君を掲げ
「うわぁ。お二人お得意の事情聴取という名の冤罪作り。なんの罪もないいたいけな子供に対する暴言と暴行による器物破損と傷害罪。あと居合わせた女の子に威圧も放ってましたよね?倒れちゃって可哀想でした。」
「それも法律違反だな。無実の一般王国民や子供に向けて威圧のスキルを放ってはならない。」
「そ、そんな証拠はない!」
「そうだ!証拠を見せろ!」
と騒ぎ出した。
「証拠ならありますよー。」
とトーマスが言うと、小柄な保安隊がさらに腕に付けた安心君を上に突き出す。
「こちらの安心君と、」
「僕の安心君、ずっと音声通話がオンになってます。」
「「へ?」」
トーマスは言う。
「もう、この機会を無駄にするわけにいかなかったので、我慢に我慢を続けましたがね?もう、ずっと通話がオンなんですよ!ちなみに宰相と繋がってます。」
「「さ、宰相…。」」
「俺の安心君は交通室です。今日はアーサーさんもいらっしゃってるはずですので、大変なことになりますね?」
「げ。」「嘘だろ…。」
二人は観念したのか、黙り込んだまま動かなくなった。
「え?もう観念したんですか?面白くないですね?ちょっとそっちの安心君貸してください!」
トーマスは小柄な保安隊員の腕を引っ張り、安心君を操作する。
「聞こえてますかー?アーサーさん!そっちにちゃんと画像?は送れてましたかー?」
え?画像?送る??
『るうくぅぅぅ!!!!大丈夫なのか?大丈夫なんだろうな!?この腐れ外道の二人ぃぃぃぃぃ!!戻ってきたらただじゃおかねぇからなぁぁぁ!?覚悟しとけっ!!るうぐぅぅうーー!!』
トーマスが操作したのはスピーカー機能だったようだ。相手側の声がよく聞こえる。
アーサーの後ろでアーサーを止めている役員さんの声も聞こえるし、落ち着かせようと必死さが伝わる。
『お前たち二人の言動も行動も、全て録画してあるっ!!お前たちは知らんだろうが、記録装置だ!何度でも誰にでも見せてやれるんだ!逃れられると思うなよっ!!!』
『アーサーさん!落ち着いてっ!!』
『るうくぅぅ………』
トーマスはここでやっと気が済んだのか、スピーカーをオフにした。
「ふん!!」
フンスフンスと怒っているトーマスさん。
それだけ心配してくれたのだろう。
申し訳ない。そしてありがとう!
「…すまなかった。ルーク君。怪我の具合は大丈夫だろうか。」
保安隊隊長は、ずっと問題視されていたこの二人が今回動きを見せたため、泳がしたのだそうだ。小柄な保安隊は隠密系だか弱いスキルを持っているため、扉に張り付いて中の様子を伺いつつ、安心君で音声の証拠を集めさせていたらしい。
トーマスの方は突然宰相から話を持ちかけられ断るわけにいかず、でも嫌そうな顔をしていたら、少しだけ今回の情報をもらったのだそうだ。
絶対に内緒だというので、誰にも言わずちゃんと黙っていたのに、壊れた蛇口と言われ続けていて、ルークにまで冷たい目で見られて「悲しかったですぅ!!」と言われた。
ごめん。トーマス先生。
アーサーからは念の為に画像を送る魔道具を取り付けさせてほしいと言われ、意味もわからず同意していたが、
「今回その二人の顔を見た時に繋がったんですよ。証拠集めが必要だったんだって。この二人はいつも騒ぎを起こしてましたが、なぜか上が握りつぶすんです。泣き寝入りした王国民が何人いるかわかりません。」
トーマスがそう言うと、他の保安隊員たちが申し訳なさそうな表情をした。
いつのまにか部屋の扉が閉まっていた。
見ていた人たちのトラウマにならなきゃ良いなとルークは思う。
「今回、ルーク君に対して行った事は犯罪に他ならない。証拠も全て揃っているし、もう逃げられない。現フェニックス領主のアーサーさんもいつもなら貴族の権利を主張する事はないが、今回はしっかり行使してくれるだろう。」
保安隊隊長がルークに頭を下げた後教えてくれた。
「はっ!フェニックス領なんてほぼ辺境の田舎の辺境伯だろ?うちの叔父のエロガンス領は王都に近い侯爵だぞ?今回だって握りつぶしてやる!」
お。復活した。
バカだなぁ。俺だってキースじいちゃんから教えてもらったり勉強したから知ってるよ?
「フェニックス領は公爵ですよ。しかも王族に最も近い。特にルーク君は王位継承権をお持ちです。」
トーマスのこの発言で、復活した片割れも撃沈したようだ。
「はぁ。もうお取り潰しですね。宰相が聞いてるって言ったでしょ?」
トーマスは次々爆弾発言を投下していく。
二人は息はしているようだが、うんともすんとも言わなくなってしまった。
王位継承権を持つ人を傷つけたと言う事は、王国に反意ありと捉えられ、牢屋で終身刑か精霊の鍛錬所送りだ。
「その後の枝葉末節はお任せします。自分には関係ないですし。成すべき事を。」
え?とか、は?とか言われているが、ルークは興味が湧かないのでそのプロに全て任せることにする。こう言うことに素人が口を出すと現場は混乱するものだ。
気になるのは今後の学校生活と
「野次馬の皆さんはどこまで見ていたんだろう。」
ルーク・フェヌックスという人物についてである。
「フェヌックス…なんで一文字違いの領地の名前なんだろう?誰が付けたのか…。」
「そちらは諸説ありますが、一番主流なのはフェニックス領の名前って神獣フェニックス様から賜ったんですよ。それに憧れすぎて一文字違いで納得出来る名前を作ったという事です。」
「へぇ。トーマスさん詳しいですね?」
「え?自分、歴史の教師ですよ?」
「え?」「え?」
「あの…てっきり医学系か動物系かと思ってました。」
「えぇ!?そっちは趣味ですよー?」
趣味趣味〜。と笑い出した。
「いや、宮廷獣医が趣味ってダメじゃないですか!」
突っ込んでも笑いが止まらないトーマスに、おかしいな?と思った時にはスッと糸が切れた人形のようにばたりと倒れた。
「「「「「「「「え!?」」」」」」」」
「あぁ。多分寝ました、トーマス先生。寝不足続きだったんで。」
ルークが教えると、みんなは納得したようだった。
「そ、そうか。」
何か言いたげだったが、保安隊隊長はトーマスを片手で持ち上げソファに寝かせてくれた。
凄い!トーマス先生細いけど大人なのに、片手で軽々持ち上げるなんて!!
トントントン
「失礼させていただくわね?」




