22.スイーツパラダイス
父方の祖母ハンナは、ルークと作った生地をいくつかに分けて細長く成形し、一つは棒を使って形を変えていた。それらを冷蔵盤の上に乗せ、しばらく放置。
多分ボックスクッキーならぬボックスサブレになるはずだ。
あえて型抜きにしないのがハンナ流。
デイジーばあちゃんの作るクッキーは素朴で家庭の味、ハンナばあちゃんの作るのは味も見た目もプロ級なのだ。
今日のボックスサブレも、寸分違えず形が揃ったものになるだろう。
「ルーク、また卵を割ってくれるかしら?今度は白身と黄身で分けるの。できる?」
多分できます。今世でやったことはないけれど。
用意された卵を使い切るようだ。焼き菓子って卵沢山使うよね。
新しく準備された二つのガラス製のボールに卵を割り、白身と黄身を分けて入れていく。その間ハンナは他の材料の計量をする。
今使った冷蔵盤もアーサーたちの作品らしい。板状なので、使い勝手が良い。箱の中で起動させればその箱が冷蔵庫に、その上に乗せて起動させれば乗せたものが冷えた状態に保たれるので、食べ物の傷みが少なくて済む。
収納も、立てて置けるので場所を取らないし、面はほぼフラットなので、掃除も簡単なため、加熱盤と共に発売から定番の人気商品らしい。
全然オシャレじゃ無いけどね。
いわゆる電気ガスを使うキッチン家電を『盤』で叶えてしまったのだ。そりゃ売れる!
一番人気なのが、ジェイクが鍋を置いて使っている加熱盤だ。
この星では、何故か火をきちんと扱える人が少ない。加減がとても難しいらしい。
普通の魔力の人が火をつけると爆炎かしら?というサイズになってしまうのだ。下手をすると家が全焼する。そして不思議と魔力切れギリギリまで無くなったりする。
蝋燭や豆皿オイルランプの火をつけるのもヘタをするとそう(家全焼)なるので、魔力操作の長けている者が全神経を集中させて限りなく小さな火をおこすのだ。
魔力操作がAの人がかなり練習してやっと扱える。
しかし、そんな人はなかなかいないので、火種として取っておくのだが、気がつくと消えてしまっていることも多く、結果として、日暮と共に寝る。が安全であり一般的になった。
そんな世界に街灯と室内灯は画期的であり、王様はめちゃくちゃ喜んだと言う。
おっと、黄身が破けてしまって白身に滲んでしまった。ちょっとくらいなら大丈夫かな。
その後の両親の研究結果は目を見張るものがある。
火を使わずに済む加熱盤に、冷蔵庫にもなる冷蔵盤。まだ王宮と作成家族のみが使っているが、ファックスのような通知盤。
聞いたことないけど、通知ボールも両親の開発なんじゃないかと思っている。
母さんのスキルなら形も変えられそうじゃない?でも、これだけ板状にこだわってる?のに、ボール型にした意図は?違う人かなぁ。
属性が金の『玉生成』を持つ人がいるのかも知れない。
金、玉。
この世界にはないのだ。誰も笑わないぞ。意味わかんないだろうし。
卵を割り終えたところでハンナを見ると、泡立て器を二つ持っている。
「どっちがいい?」
と聞いてきた。泡立て器に違いは見受けられない。なら白身か黄身かの二択だ。
確か白身はめちゃくちゃ大変だった気がするので、非力なルークは黄身を選ばせてもらった。
「あら残念。」
と笑って泡立て器の一つと黄身の入ったボールを渡された。やっぱり黄身で正解だったようだ。
両方のボールに計量したメープルシロップのような液体をハンナが入れたので、俺はすりこぎのように黄身と甘味を混ぜ合わせる。
ハンナは器用に手首を使って白身を泡立てていく。慣れているので素早い。俺では無理だな。飛び散らかす未来が見える。掃除が大変だ。
やるならハンドミキサーが欲しい。
「すまん、親父。やっちまった。」
アーサーの声がするので手を止めてそちらを見てみると、先程の鍋の中身が、半分凍ったジェラートのようになっていた。
「ん?初めての急冷盤なら、そう言うこともあるだろ。時間はチェックしてたのか?」
二人でアーサーのノートを覗き込んだ。
「おいおい。俺のゼリー液を実験体にしたな?」
二、三分くらいで室温になると言っていたのに、五分以上観察しながら混ぜていたらしい。
冷えた時間も固まった時間も凍り始めた時間もしっかり記入されている。
「す、すまん。夢中になっちゃって。」
研究気質なアーサーの初使用なら、こうなるか。みんなで笑う中ジェイクは鍋の中を目視し
「まぁ、これはこれでそう言うものとして食べれば良いか。その急冷盤の上で小分けしといてくれ。」
アーサーが鍋を急冷盤から下ろし、取手のついたカップを急冷盤に並べて小分けし始めたの見たら、それは丁度良い食感が楽しめそうなジェラートにしか見えなかった。
「それだと食べる時と今の食感変わっちゃわない?」
ジェラートの食感が違うと味も違って感じる気がするのだ。この硬さがベストならこの硬さを保ちたいもんじゃない?
急冷盤にのせといたら、カッチカチに固まっちゃうでしょ。冷蔵盤だと少し溶けちゃいそうだし。
「カチカチを割って食べるのも面白いだろ?…いや、なんか知ってるのか?」
アーサーのスイッチを押したらしい。いや、さっきから入りっぱなしな気もする。
ジェイクじいちゃんまでこちらを向いて爛々とした目を向けてきた。
ハンナばあちゃんですら、白身の泡立てをしながらこちらを見ている。
「んっんー。えっと、ちょっと味見しても?」
まずは余計な言葉を使わないように気をつけながら味見を要求してみた。
アーサーが小さなスプーンと鍋を差し出してきたので、ジェラードらしきものをゆっくり口に入れる。
ふんわりとしたイチゴの甘さとミルクの濃厚さが感じられ、舌の上でゆっくりと溶けていく。
「なにこれ、めっちゃ美味しい!雪豹さんが喜びそうな気がする!」
さっき入れるように言われた果汁はイチゴだったんだな。
まさにジェラート!フローズンアイス!
ジェイクのイチゴミルクゼリーが大変身だ。
みんなスプーンを片手に試食することになった。
ハンナも泡立てていた手を止めて試食に入る。
「「「むっ!美味しい!!」」」
そういえば、こちらの世界でアイスやジェラートは食べたことがない。日中は暑くもなく寒くもない穏やかな気候だ。アイスが必要になることはあまりないのだろう。
今回作った急冷盤が冷凍庫の役割を果たせるかも知れない。
それよりも、このジェラートの食感をそのままに保存できる盤。保冷盤だ!
「父さん、冷たいものをそのまま保存できる「保冷盤だな!」も…うん。それ。」
被せてきたな。興奮しすぎだよ。
「温度の範囲を指定できると良いんだけど。」
「どれくらい?」
「水が凍る温度の前後二度くらいかな。」
「よし、その微妙な温度設定はアイリスが専門だ!」
そう言って急いで部屋を出て行った。
え?二日酔いで寝ている母さんを叩き起こすの?
「ねぇ、じいちゃん、炭酸水ってあるの?」
「なんだ?藪から棒に。」
乗り物酔いの原因の一つに自律神経の揺らぎってのがあって、それを整えるのに炭酸水が有効だって話なんだけど。と伝えると、
「裏に綺麗な炭酸水が湧き出てるから、それを飲ませてみるか。」
え?そんな近くに飲料できるくらい綺麗なのがあるなら、ゼリーにしても食感が楽しめるなぁ。
「それ、詳しく!」
また、声に出ていたらしい。
う、うん。また後でね。
しかし、うまくいけば今日のおやつにジェラートが食べられるなんて!
「ジェラート楽しみだなぁ!」
黄身の入ったボールを手にし直すと、その手を掴まれのでそちらを向く
「ジェラート?“ジェラート“なんか思い出せそうっ!」
ジェラート、ジェラートと、ハンナばあちゃんが珍しいほど興奮していた。
この感じ、前世を甦らせるトリガーになったらしい。
あっちもこっちも、みんな大興奮の中、一番はハンナだろう。血圧上がって倒れませんように。
ジェラートが先ほど味見したような氷菓子だと説明すると、両手を作業台に置いて感動しているハンナ。
ルークと話していてハンナばあちゃんのトリガーになった言葉は多分これで二つ目。
前回来た時の“フィナンシェ“と今回のジェラート“
作るおやつはプロ級だし、もしかしたら、前世はパティシエールだったんじゃないかな。
メレンゲを放置していることを思い出したのか、慌てて作業を再開するハンナをみてルークは決心する。
ここにいる間、沢山スイーツの名前を出して、どんどん新作を作ってもらおう!
目指せ、スイーツパラダイス!万歳!




