2-47.誕生日プリンケーキ
「お久しぶりです。ルーク君。」
渡された皿に残っているサラダうどんに舌鼓を打っていると、後ろから男性の声が掛かった。
声のした方へ振り向くとそこにはサーシャがクオンと腕を組み、誕生日プレゼントらしい袋を持って立っていた。
が。
クオンの変貌に一瞬誰だか解らなかった。
サーシャとクオンの間にふわりと浮かぶキツネの精霊がいてくれたおかげで、「どちら様ですか!?」と声を上げずに済んだ。
「サーシャさん!クオンさん!お久しぶりです!お元気でしたか?」
この二人に会うのは、実に五年ぶり。
ドライヤーの試作をさせた以来なのだ。
同じ旅商人のブライアン、バーネット夫妻は定期的に来てくれているが、この二人は違う。
サーシャさんは音声付与のスキルの関係で、公共事業関係に仕事場を一時的に移したためそれが落ち着くまで旅商人業は休止している。
クオンさんも一人で旅商人なんかやるはずもなく、サーシャさんの側に居られるようにドライヤーの乾燥付与をしているはずだ。
「元気元気!元気すぎて困っちまうくらいさ!」
「サーシャは激務の中でも元気でして…ムードメーカーになっているようです…。誰かに取られてしまったらと思うと気が気じゃなく…(小声)」
「そんな事言うのはあんたくらいなんだって!」
声の大きいサーシャと比べてしまうと、クオンの声は小声ではあるが、人にギリッギリ届く程度には声が出せる様になったようだ。
変わったのはそれだけでは無い。
前のような自信無さげな前屈みのボソボソマン、これぞ陰キャ!という姿ではなく、背筋をしっかり伸ばし前髪もしっかり後ろに撫で付けていてその美貌を見せつけている。
こんなに美男子だったのか。
いや、この星の人ってみんな美しいけども。
キャラ的に忘れがちだが、実はこの二人も貴族のはずだ。エアールという姓があるので、おそらくエアール領(キースじいちゃんにちょっと詰め込まれた。学校に行くのだから最低限は知っておけと…。)を統治する貴族の関係者のはずである。
旅商人なんてしちゃってるところを見ると、この星の子としては珍しく兄か姉がいて、そちらが領地を統治しているのだろう。
「元気なのは良い事ですよ!」
「だろう?でもこの元気はさ、ルークの作ってるマンゴー茶のおかげだと思ってるんだ!あんなに美味い茶があるなんて知らなかったよ!」
「サーシャはマンゴー茶のトリコなんですよ。ここに泊まりに行く宮廷役員をとっ捕まえてお土産に買ってくるように脅…頼んでいるんですよ。(小声)」
今…脅してって言いかけなかった?
サーシャさん、脅してるの?
とっ捕まえてるなら、頼むって言うより本当に脅してるんだろうな…。
「そ、そうなんですね。ありがとうございます。でも、しばらく出荷は無くなるんです。すみません。」
マンゴー茶はルークと精霊で作っているので、貴族学校へ行くためにここを離れたら製品化は難しい。
実は、イタチの精霊と一緒に作ったマンゴー茶は雪豹の精霊と作るマンゴー茶では出来が違っていた。他の家族と契約精霊でも同じように作ってみたが、やはり品質に差が出来る。
雪豹の精霊の使う氷属性のスキルが品質を向上していることが判明してからは、雪豹の精霊が専属でお茶作りをしている。
雪豹の精霊も一緒に王都へ行くためお茶類はしばらく出荷停止となる。
「え…。ちょ…、嘘、だろう?」
サーシャが膝から崩れて床に手をついた。
「え!?」
「あぁ、これほどショックを受けるとは…。ルーク君。どうにかなりませんか?(小声)」
クオンはサーシャを立たせようとするが、うまくいかないようだ。サーシャの立ち上がりたく無いという意志を感じる。
「今日は人がよく膝をつく日だな…。(ボソ)」
そうは言われても。
ルークは基本乾燥と梱包をしている程度で、主に作っているのは雪豹の精霊なのだ。
「あらあら、ルークったら。心の声が漏れちゃってるわよ?マンゴー茶くらい定期的に作ってあげたら良いじゃない。」
シュルリと足元に現れた雪豹の精霊(小型)は、全身をルークに擦り付ける。
「え?良いの?」
「え?良いんじゃない?」
ルークに尋ねられて、良いと言ってしまった雪豹の精霊は、ハッと気がついた。
「マ、マンゴー茶って、私しか作れないやつじゃないの!言ってしまったわっ!!いやーん!!」
定期的にマンゴー茶を作る約束をしてしまった雪豹の精霊。
精霊は嘘をつけないのだ。
マンゴー茶を作るために王都にいるルークから離れてこの地へ頻繁に赴くか、この地を中心に生活をして、時々ルークに会いに行くしかなくなってしまった。
それほどにマンゴー茶を頻繁に作っていたのだ。
自分で自分の首を絞めてしまい床で悶える雪豹の精霊から、視線をクオンとサーシャに戻す。クオンに支えられて、弱々しくサーシャが立ち上がっているところだった。
「マンゴー茶。引き続き定期的に販売出来そうです。」
自分の失言にすっかり心が折れた雪豹の精霊は、ヒュルリと寂しげに消えて行った。
しゃーないよ。
クオンとサーシャからは感謝の言葉と共に、誕生日プレゼントを渡された。
王都で流行っていて、精霊の里が噛んでいない製品を探すのは一苦労だったらしい。申し訳ない。
「アタシらはさ、良いもん見つける目は有っても、センスがいいとは言い難いんだ。欲しがってる物を見つけることはできても、欲しがってもいないものを選ぶって言うのがさ。なかなか難しくて。」
「と、言うのはサーシャの言い訳です。休日はルーク君のことを考えて、めちゃくちゃ探して回ってました。(小声)」
「ちょっ!なんでアンタはさっきからっ!」
「いたたたっ!」
「もうっ!!はぁぁ….。五年、商売から離れてたもんだから。しかも、相手がルークだろ?その辺の子供とは違うし、何をあげたら良いのかさっぱりさ。」
仲良しだな。
サーシャは余計な事を言ったクオンのほっぺを引っ張りながら言い訳を続ける。
そんなに気にしなくて良いのに。
「ありがとうございます。そんなに俺のことを考えて時間をかけてくれたことが、一番のプレゼントです!」
百点満点の答えを笑顔で伝え、袋をちらりと覗いた。中にはふわふわのタオルに包まれた何かが入っていた。結構な重みがあるがなんだろうか。
「開けてみても?」
「ええ。(小声)」「ああ。」
少し腫れたほっぺをさするクオン。サーシャはワクワク顔だ。
袋からタオルを引っ張り出して、丁寧にタオルを開いていく。取っても取ってもタオルが無くならない。相当大切に包み込まれていたそれは。
「うわぁ!!すごい。けど…なんで…?」
出てきたのはガラスで出来た動物を模した人形だった。
「綺麗だなと思ったんだよ。こう、見つけた時に、胸がギュッとなってさ。なんだか分かんないけど感動したんだよ。」
「竜巻注意報が発令された後から見かけるようになった鳥という動物です。(小声)」
「でもこんな鳥は見たことがないだろう?店主に聞いたらさ、作り手の頭に突然降りてきた形をそのまま表現したんだってさ。」
「作り手は、これを神獣フェニックスなのだと言っていたそうです。(小声)」
「…そうなんですね。」
その作り手はきっと大昔に転生した帰還者なのだろう。
大昔は誰の目にも神獣フェニックスは見ることができたのだから。
ルークの手にやってきたガラスの人形は、ルークの知っているフェニックスと同じ色合いの深い赤とルチルカラーで出来ていた。
翼を広げたそれはとても優雅に見える。
ガラスで作られているので、ざっくりした部分もあるが、顔とハート型の飾り羽は素晴らしく精巧だ。
(ルチルが見たら喜ぶだろうな。)
ルークの手のひらの上で翼を広げ、キラキラと輝くガラスのフェニックスを見た精霊たちは、ハッと息を呑んで慌てて頭を垂れた。
精霊が見えない人間たちは、素晴らしい、綺麗だ、と口々に感想を言い合う。
「ありがとうございます。大切にします。」
親友が再び戻ってきた。そんな感覚にルークの心は喜んだ。
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ある程度食事が進むと、お食事処の一番奥の個室のふすまが閉まったままなのが気になり始めた。
「ねぇ、デイジーばあちゃん。あそこはなんで閉まってるの?」
完全個室になっているあの場所から、強い精霊の気配がする、気がしてきた。
精霊の気配なんて感じたことは無かったのだが。あそこからは何故か精霊力を感じる、気がしてならない。
「あそこ?あそこにはね、デイジーたちデザート隊のみんなが作ったルークちゃんへのプレゼントが隠されてるわ。」
まだ内緒だけど、と立てた人差し指を口元に当て小声で教えてくれた。
ふむ。それなら精霊の気配は勘違いか?
いや、この強さが勘違いのわけがないのでは?
ううむ。
ルークが、じっとふすまを見ている横で、デイジーからハンナへと、そろそろじゃないの?と合図が送られた。
ハンナはデザート隊に向けてサッと手を挙げた。
デザート隊なる者達が、ルークと襖の間にささっと横一列に並ぶと、すうっと息を吸い込んだ。
「ルークさん!」
「「「「お誕生日おめでとうございます!」」」」
両脇に立ったマリーネとマックスがふすまをスルリ、バンと開けた。
中には、ハンナ監修のもと、マックスとマリーネが開発したと言うプリンケーキ。周囲には赤い実と赤いソースが彩りを添えている。
材料の提供はサイラス、サティ、サイモン。家の山羊ミルクで濃厚なエバミルクを作り出してくれたそうだ。
トニーはロロガンの探索スキルを頼りに、ロロガンの妻と娘、旅館の従業員たちと一緒に野いちごを探し出して、ソースが完成するまで何度も摘みに行ってくれたそうだ。
そうやって出来上がった誕生日プリンケーキ。
その大きめな誕生日プリンケーキが盛り付けられた皿の両端を王様と王妃様が持って現れた。
「「「おめでとう!ルーク!」」」
「イェーイ!サプラーイズ!」




