2-38.デイジーショック
リビングの扉が開いてキースとジェイクが現れた。その後ろにはデイジーもいる。
「え?国家機密なの?」
慌てているキースに質問する。こんなの多分大した情報じゃないよね?
「ちょっと!なんでそんな嘘をつくのよ。冒険者なら誰でも教えられてる情報じゃない。」
キースの言葉に否を唱えるハンナ。
やはり大した情報ではないようだ。
キースじいちゃん、分かりやすすぎの嘘とかどうしてつくのさ。
「ははっ!でも冒険者でもないルークが知ってるなんておかしいだろ?この家にそう言った書物はないし、この場所に冒険者がやってくることもない。今日は精霊たちも居ないんだ。新しい情報を今知ったってセリフだった。」
キースは少し心配そうな表情になってルークを見つめる。
「ルーク、覚醒したのか?」
ジェイクをじっと見つめ、ルークは一呼吸おいて頷く。
「うん。そうみたい。ゆっくりだけど、じわじわ思い出し始めたよ。さっき鑑定したんだ。操作系も含めて全て∞になってた。」
どう思われるかな。
流石に怖いって思われるかな…。
「「「「そうか!おめでとう!!」」」」
祖父母が次々にルークを抱きしめる。
団子状態だ。
「記憶は?」
「障害はありそうか?」
「私たちのルークちゃんは無事?」
「無理しちゃダメよ?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
私たちのルークちゃんって何?
「ふはは!」
あぁ、この家族に恵まれて、俺はなんて幸せなんだろう。
「うん!俺の記憶+αが追加されていく感じ。大昔の俺の記憶かな。人格以外をもらってる…うん。そんな感じかな。今はゆっくり継承中?」
うんうんと涙ぐむ祖父母を見て、ルークはどれほどこの四人に心配をかけてきたのかを実感する。
得体の知れない前世の記憶を色濃く持ち、それだけでも普通の家族なら忌諱されたかもしれない。
その上、精霊と話せたり、金色になったり、次元を越えたり、昔は神様だったのよ。なんて。
信じられない人の方が多いはずだ。
「ありがとう。みんな…。みんなのおかげだよ。」
ひとえに、みんなの愛情あってこそだ。
一度だって虐げられることなく、いつでも温かく見守ってくれた。
「「「「ルーク(ちゃん)」」」」
(感動してるとこ申し訳ないのだけど、ミネラルハリモグラが死にそうよ?)ピッ?
「そうだった!デイジーばあちゃん!ミネラルハリモグラが飢餓状態なんだ!どうしたら良いの!?」
「「「「そうだった!」」」」
「これがミネラルハリモグラか。」
「この子はミルキークォータイプなのね!」
「この体格にして顔小さな顔!可愛い!!」
デイジーが診察してくれている後ろでみんな興味津々で覗き込み、小声で騒いでいる。
ハンナが安心君で音声通話しているとき、たまたま後ろに二人が通りかかったらしい。
ミネラルハリモグラは絶滅危惧種。皆図鑑でしか見たことがない。
大急ぎで帰ってきたとのこと。
(それほどとは…。生きているうちに見かけると幸せになれるなんて言われるなんてね。)
(それは精霊ネットワークには書かれてなかったわ。)ピッ。
常識知らずはルチルも一緒ということだ。
王都で貴族学校に通うのに、この世の常識枠として期待していたルチルが、役に立たなそうだな。と思えた瞬間だった。
(し、仕方ないじゃない!だって、ずっと寂しくて…誰にも私の声が届かなくて…だから、私…。)ピィ…。
自分の肩にいるルチルをガバリと掴んで両手で挟む。目の前に挟まれて歪んだルチルの顔をじっと見つめる。
(俺、帰ってきたよ。もう転生はしない。ずっとこの星にいる。ルチルとはもう離れない。寂しい思いはできるだけさせない。人間として生きてるし、まだ子供だからこれから貴族学校に行かなきゃならなかったりして、ちょっと離れる時間も出来ちゃうかもだけど、それでももう離れないよ。ルチルが嫌にならない限り、ずっと一緒だよ。)
ルークは思いの丈を念話で伝える。
ルチルの心にルークの言葉が突き刺さる。じわりじわりと瞳に膜が張っていく。
「なんだなんだ?ルチルの足がぶらんとしちゃって、それ、苦しくないのか?もしかして喧嘩か?」
「喧嘩なら今はよせ。今は診察中だ。」
ジェイクとキースに注意され、ルチルを腕で抱きしめ直す。
「キース、家事室から湖の魔法薬を持ってきてくれる?一番古いやつで良いわ。」
「分かった。」
キースはさっと出ていく。
「古いのが良いの?新しいのではなく?」
週に一度湖へ採取に行っている。
古くなれば効果も薄れるが、薄れた方が調合しやすい薬もあるそうだ。
「このミネラルハリモグラの子供たちが、小さすぎるのよ。かなり小さく生まれたようね。ここまで必死にこの子が育ててきたみたい。偉かったわね。」
デイジーは親のミネラルハリモグラの鼻先に指先でチョンと触った。
「助かりますか?」キューン。
「「「え…?」」」
あ、『同時通訳』解除するまで続く系なのね…
三人にじっと見つめられ、ルチルを腕に抱いたまま後ずさる。
「デイジー?なんだみんな、どうした?」
戻ってきたキースは、みんながルークをじっとり見ているのに気がつく。
「ほら、デイジー。これが一番古いふた月前のだ。で?今度は何をしでかした?」
後半はルークに問いかけるキース。
「あはは…。」
「「「「ルーク(ちゃん)?」」」」
(別に内緒じゃないしな。全部∞になったって話したばかりだし、大丈夫だよね?)
念話でルチルに話しかけるが返事はない。
感動中で聞いていなかった。
「うぅ…。さっき、鑑定したって言ったでしょ?スキルずっと使ってみたかったし、使いたいなって思ってさ。」
俺にスキルは生えないって言われたあの瞬間は辛かったなぁ…。
今の俺の管理者っていうスキルを知ったら、生えるまでもないわけだ。作って使えて…そうだ。誰かに生やしてあげられるのって、俺のスキルが管理者だったからなんだ。
あの時知ってたらなぁ。
「うん。で?使ってみたんだな?」
「なんていうスキルだ?」
やばい。浸ってしまった!会話の途中だったのにっ!
「ど…」
「「「「ど?」」」」
同時通訳なんて言って大丈夫なんだろうか。俺しか使えないスキルなのか?既に誰かが使っていて存在するスキルだから発動したのか?
「ど……」
「「「「ど??」」」」
「『同時通訳』ってスキル!だと思う…。ボソリ。」
多分。だってそう言ったら使えちゃったんだもんっ!
「同時通訳か。また随分と珍しいスキルだな。」
「この星では万国共通語になってからほぼ生えなくなったと聞いたが。」
「あぁ、宮廷側としては年に一人くらい居るんだけどな。使えないスキルだと言われてしまうことが多いからみんな隠してるんだよ。」
「あぁ、そういうことなのね。」
「…どこが使えないスキルですって?」
ん?地の底から這い出てきたゾンビのようなこの低い声は一体どこから?
みんなは周囲を警戒する。
左右上下、家族以外居ないはずだ。
どうなっている!?
「だから、こんな素晴らしいスキルの何処がつかえないですってー!!」
バリンッ!
デイジーだった。
キースから受け取った一番古い湖の魔法薬の入ったガラスの瓶が、デイジー手の中で割れて粉々になった。
あぁっ!大切な魔法薬が!
そんな細腕のどこにそんな馬鹿力が!?
「デ、デイジー?」
ハンナが声をかけるが、デイジーはわなわなと震えている。
「そんな素敵なスキルがあるなら私が欲しいわよっ!そしたらカエルちゃんたちと話ができたってことでしょ!?なんたら今すぐちょうだいよ!いらないっていうなら私がもらってあげるわよっ!!」
キィ!とでも言いそうなデイジーをみたキースは真っ白になっていた。
こんなデイジーを見たのは出会ってから初めてのことのようだ。
ジェイクとハンナはルークの両側に、ひしっと抱きついていた。
「デイジーは、ずっと見てるだけだったものね。カエルたちと話せるなら話したかったわよね…。」
か細い声でハンナが言うと、ジェイクは無言で頷く。
「水場でどれほどカエルちゃんたちと話したいと思っていたことかっ!」
デイジーは再度生えると、ふふッと笑って
「あら失礼。興奮しちゃったわぁ。キース、次に古い魔法薬をお願い。」
手のひらに残っている割れたガラス瓶の粉を、テーブルの上に落とす。キラキラと粉が輝き落ちていく。
これは…デイジーショックである。
まさかの事態だ。
おっとりのんびり可愛いのがデイジーだったはず。こんな一面があったとはっ!
ゴクリ。
「つ、ついでに箒と塵取りも持ってくるよ。」
と、キースは先程よりも素早く消えた。
感動中だが、途中で意識をこちらに向け直したルチルが念話で伝えてくる。
(そのスキルは確かに昔からあったけど、動物と話すために使った子なんて居なかったわ。誰も知らなかったんじゃないかしら。)ピーヨ。
(そっか。それは大切なことっぽいから伝えとくよ。)
「同時通訳ってスキルだけど、動物と話すために使った人は居なかったはずな…だよ。」
居なかったはずなんだよ。と言いそうになって、途中で言い直した。こんなミスは初めてだ。デイジーショックが抜けきれていなかった。
「あら、そうなの。なら仕方ないわね。」
にっこり笑うデイジー。
純粋にその笑顔を受け取って良いものか、ルークはちょっと迷った。
キースは持ってきた魔法薬を素早くテーブルに置くと、砕けたガラス瓶と魔法薬を回収してまた消えた。
「キースも、デイジーショックをしっかり受けたみたいね。」
あれは…
ショックかも?
「ルークちゃん、ちょっと良いかしら?」
「はいっ!」
直立してデイジーの横に立つ。
ちょっと緊張してしまう。
「?この子たちなんだけど、しばらくここで保護するとして、その後のことなんだけど、どうする予定かしら?何か考えがあれば教えてくれる?」
「特には…。慌てて連れてきちゃったから。この子たちは何を食べるのかによるよね。鉱物とか宝石しか食べないってなると…。あの場所には返せないし。」
ミネラルハリモグラの家は林の中。しかもその下は鉱物という餌の宝庫という好条件なのだ。
他にそんな場所が見つかるのだろうか。
「そう。この子たちミネラルハリモグラの主食は若芽と野菜、次にミネラル分の多い土、好物が鉱物と宝石。頻繁に食べるわけではないけど、鉱物から魔力を得ているはずだから、ない場所では育たないわ。」
さすが、デイジーは博識だ。
「ミネラルハリモグラが発見されたとなれば、あそこは保護されるべきだが、国内初の鉱山と天秤にかけられてしまうだろうな。」
「そうね。難しくなるかも。」
ジェイクとハンナも困り顔だ。
出来ればミネラルハリモグラの家を移動させたくはないのだろう。
「「「「うーん。」」」」
腕を組んで唸る。良い案はないだろうか。
「あのぉ…ちょっと良いでしょうか?」キューン。
テーブルからか細い声が聞こえる。
顔を向ければ親ミネラルハリモグラ。
「はい。なんでしょう?」
「あ、えっと。まずは感謝を。我々家族を助けていただき誠にありがとうございます。この御恩はしっかりお返ししたいと思います。」キュキュン。
後ろ足でふらふらしながら立ち上がり、ぺこりと上半身を曲げる。最敬礼の三倍は曲がっている。無理をするなと言いたい。まだ完全ではないのだ。
「いえいえ、元気になるはずなので、気にしないでねぇ。」
可愛いわぁ。と心の声が漏れちゃってるデイジーは言う。
「あのぉ。我らの住む場所に関して色々考えてくださってるようで、大変恐縮です。ありがとうございます。」キューン。
またぺこりと上半身を曲げる。
「あの場所は今後無くなると噂で聞きました。子供達はストレスに大変弱いので、耳に入れないようにしていたのですが、鳥たちの噂話で聞いてしまったようでして。それ以来何も口にできなくなってしまいまして、こんな事になってしまったのです。」キュキュキューン。
カチーン。
ルークの肩に乗っているルチルが固まった。
鳥たちが原因だったとは…。ショックだったようだ。
「鳥…。ミネラルさん、ごめんなさい。知らなかったとは言え、鳥たちはめっちゃおしゃべりだから…。」
ルークはミネラルハリモグラと呼ぶのは長くて言いにくいからと、勝手にミネラルさんと呼ぶ。
「「「ミネラルさん…。」」」
何それ?勝手に?あだ名つけちゃった?
「「「ありだな。」」」
ありだと大人たちが納得している間にも、ミネラルハリモグラとルークの会話は進んでいく。
「いえいえ!」
顔に対して大きすぎる手をその顔の前でぶんぶんと振り、大丈夫だとジェスチャーをカマスミネラルハリモグラは続ける。
「もう一箇所餌場があるので、食べ物に関しては問題ありません。ハニーポッサムのポッコさんが時々気にかけて脇芽のハーブや野菜を差し入れてくださいますし、食べ物に関しては問題ないのです。」キューン。
「まぁ!ポッコが!」
ハンナは、ポッコの善業に感動する。
精霊たちは知らない間にいろんなことをしているらしい。横のつながりが知れて、良い関係が築けていることを喜ぶ。
「ちなみに、その餌場はどこかな?」
自分たちがまだ知らない鉱山があるとなると話は変わってくる。
「あの、人間たちが沢山来るようになった場所より北にあります。」キューン。
「あぁ、硬度の高い宝石しか取れないから国に報告しなくて良いんじゃないかってイッチーが言ってた場所だな。一応報告したが、手をつけないと回答をもらっている。問題ない。」
ジェイクは餌場をミネラルハリモグラに与えても大丈夫だと安心する。
「ならストレスって、家がなくなっちゃうって知ったから?」
デイジーは眉をハの字にして尋ねる。
「はい。人間に見つからないようにあっち側に行くには子供たちには距離がありまして。人間に見つかれば殺される。と言うのが先祖代々言われ続けて来ましたから、隠れて過ごしてきました。家はなくなる、新しい住まいも見つからないかもと、ショックを受けたようで…この有様です。」キュキュキューン。
みんな、親ミネラルハリモグラの足元で丸くなっている七匹の子供に目をやる。確かに、かなり小さい。このちんまい子供たちがあっち側に行くのは大変だろう。
「ちなみに、他の家族は居たりする?あの林に住んでいるのは君たちだけ?」
「今は我らだけです。鳥たちの噂話でふた家族が、引っ越して行きました。」キューン。
あの場所に三家族が暮らしていたのか!
よく見つからずにいたもんだ。
「「引っ越してしまったの…。」」
ハンナとデイジーはがっくり肩を落とす。
可愛い動物好きだもんね。
それを見てルチルも肩を落とす。
肩外れちゃったんじゃないかってくらい巻き肩になっとる!
同じ鳥だし、自分と一緒にやってきた鳥だし、責任でも感じているのかもしれない。
(ドンマイ!ルチル。)
「あっちには大きは林がないが。住むなら暗く湿った場所が良いのか?」
ジェイクの言うように、この土地にあるのは、家の裏から牡鹿の棲家であった場所に繋がる林と果実園くらいだ。果実園より北は木々はあるが空気の流れが良いのでカラッとしている。
ミネラルハリモグラは頷いたので、あの場所ではダメだろう。
「シェアハウスの北側、ミネラルさんの餌場の先になるんだが、そこにちょっとした窪みがあるんだ。あの辺りを少し広めの林にしようと思っていたんだ。あっちには卵のツルが生えてないからな。」
卵のツルは近くの木があれば幹に沿って上にツルを伸ばし、木の枝を借りて吊り下げ卵の実が成る。木がないと地面を這うように卵の実をつけるので、見つけにくいし採取もし難い。せっかく新しく畑にするなら林の木の幹と枝を借りた方が効率が良いのだ。
「そこに家を作ったらどうだろうか。今なら好きな環境に整えてやれると思うんだが、どうだ?近くに鉱山もあるし。」
「ハーブ園もその近くに移動させるつもりなの!ポッカ、ポッキ、ポッコもそちらに引っ越すって決めてくれたの!どうかしら?」
ミネラルハリモグラは、小さな瞳をめいいっぱい広げて輝かせる。サングラスに隠れてほぼ見えないが。両手は合わせて胸の前だ。
「良いのでしょうか?とても嬉しいです!ありがとうございます!」キュキューン
「精霊たちが帰ってきてからが良いな。レイギッシュがいたら、百人力だ!」
嬉しそうにジェイクが言う。
とりあえず、ミネラルハリモグラの子供たちは元気になるまで家事室で寝かせておくことになった。
祖父母は引っ越しの続きに戻り、ルークはルチルと二人でミネラルハリモグラの入ったカゴをそっと家事室に運んだ。
キースじいちゃん戻ってこなかったけど、そんなにショックだったんだろうか。




