2-29.一億年=ちょっとぶり
ヒヒン!ブルブルル
ホワイトソックスはゆっくり止まると一つ嘶いた。
ルークとルチルを連れたホワイトソックスは、復活した迷いの森に入ったのだが、迷うことなく世界樹の元へ到着したのを知らせたのだ。
世界樹の周りには牡鹿の精霊が生やした低木果実の木と畑が健在なので、それらを踏み荒らさないように集合している精霊たちはまばらに座っている状態だ。
いつもなら世界樹にいるフクロモモンガ、モモンガ、リス、ハニーポッサムの精霊の四種族と同じ動物たちも今日はいない。危険みたいなので避難してもらっている。
「うん。白い…。」
精霊たちは白いが、数人なら問題ないその淡い光だが、ここまで人数が揃ってしまうとその周囲も白く輝くためルークの目を攻撃し続けている。
(人間の肉体の目にはキツイわよね。今スキルを使うわけにもいかないし、しばらく我慢して。)ピッピッピッ。
ルークはルチルの念話に小さく頷くと、世界樹の根が大きくうねりハートの形のような楕円のようにも見える穴のような場所に近寄った。
「ルーク、これ持っていけそうなら持って行きなさい。」
雪豹の精霊は白馬の精霊が持ってきた、デイジーたちが準備してくれた大きくて重いカゴをふわりとスキルを使って浮かせるとルークのそばに置いてくれた。
「ユキちゃん、ありがとう。」
にっこり笑って感謝を述べると、周囲からおおお!という感動の声が上がった。
「…。」
(この神格化されてしまったが故の何をやっても尊く見えちゃうんだよね!イェーイな反応、恥ずかしいからやめて欲しい…。)
(仕方ないわ。だって神様なんだもの。)ピッ。
そう言われても、ルーク自身当時の記憶はまだ蘇って来ていない。神様扱いされて恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。それになんの力も持ち合わせていない。
「ところでルーク。ルチルは危険だから置いて行きなさい?いくら鳥でも幼鳥でしょ?動物でしょ?時空の狭間に落ちたら死んでしまうわ。」
雪豹の精霊の言葉が届いた周囲にいる精霊たちもザワザワし始めた。
おっと。そうだった。
「そうだね。ほらルチル。危ないから他の鳥型精霊たちに家まで連れて行ってもらうんだよ。」
ルークはルチルを肩から腕に移動してもらうと、奥の方で準備してもらっていたハリスホークの精霊の方へ腕を振るってルチルを飛ばす。
ハート型の飾りバネを優雅になびかせ、音もなく飛び立つと、ルチルは金色に煌めく羽を見せびらかすようにゆっくりと精霊たちの上空を飛び回る。
それを沢山の精霊たちが口を開けたまま不思議な気持ちになって見ていたが、しばらくするとルチルはハリスホークの精霊と共に迷いの森の方へ飛んで消えて行った。
「「「「「おおぉ…。」」」」」
大勢の精霊たちがそんなルチルの勇姿に見張れた。
という現象を予定通り見せた。
メガネなど必要のない3D映画のようなものだ。
初めて使ったがうまく行った。
世界樹とインナーの元へ行くことになった時、周囲の目を欺く方法を二人で考えたものだ。
幼鳥であるルチルを連れて行って良いという精霊はいないだろうから。(鳥型精霊を除く。)
作ったのはルチル。
ルークが説明してイメージ共有をして。
本物のルチルは隠蔽スキルを使ってルークの肩に乗ったまま、クスクスと笑っている。
(声出しちゃダメだからね?念話もダメ!ピッピと可愛い声が漏れちゃうんだから。)
ルークの念話に、ルチルは黙って頷く。
バレては元も子もない。ルチルに目を合わせることはせず、周囲の精霊たち全てと視線を合わせるように、ゆっくりと周囲を見渡すとルーク感謝の言葉を述べた。
「こんなに沢山の精霊たちに集まってもらって、俺は嬉しいです。ちょっと出かけてきますが、俺が留守の間この大地をよろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げると、おおおおー!!!と大歓声が上がった。接している湖が銀色の光を発し湖面がキラキラと輝いた。
ルークの言葉に湖に住んでいる沢山の精霊たちが返事をしてくれたようだ。
「皆さん、今後とも自分でなすべきことをしてください!一人ではできないこともありますが、一人ができないと、やらないと、成せないことも多々あります!自分の役割を惜しまずに楽しくやってくださいね!では行ってきます!」
「「「おおー!」」」
「「「ルーク様ー!」」」
「「「お気をつけてー!!!」」」
足元に置かれたカゴを手にしてルチルに願う。
(ルチルお願い。)
ルチルはコクリと頷くと、押さえ込んでいた神力を解放してルークの周囲を黄金色のオーラを球体にして一気に満たして次元を越える。
「ほら、目を瞑ってなさい。肉体を持ったまま次元を越えるのだから、無理をするとその入れ物が壊れるわよ。」
既に次元を移動し始めたので、精霊たちにルチルの声は届かない。
念話ではなく、声を出して注意を促すルチル。
「え!?それは大変!」
ルークはぎゅっと目を瞑って自分の身体を抱きしめるように体を丸めた。そのルークを元の姿の大きな翼と首で護るように抱きしめるルチルはとても嬉しそうだ。
天地がわからなくなるような危険な感覚を一瞬感じたが、ルチルに抱かれていれば安心だった。
途中パキリという音がした気がしたが、確認する間もなく金と銀を混ぜたような空間とエメラルドグリーン色の草の上に投げ出されるように倒れて居た。
「着いたわよ?体の確認してみて?大丈夫だと思うけど。壊れていたら治してあげるわ。」
ルチルの恐ろしい言葉に目を白黒させながら立ち上がろうとしたが、目が回っているのかしばらく無理そうだった。
倒れた姿のまま目を開ける。
うん。見えるな。
ルチルの声も聞こえた。
優しく淡い匂いもする。香木のような感じだ。
とても安心できる良い香りだ。
つまり鼻も大丈夫。
手足も動かして座ってみる。
いつもと変わらず動くようだ。
痛いところも特にない。
「大丈夫そう。」
うん。声も無事に出た。
ルークはゆっくりと周囲を確認するために首を回していると、キラキラと金色に輝く女性がカゴの中から水筒を取り出してルークに差し出したのが見えた。
「え?」
「え?なに?」
その綺麗な女性から出た声はルチルのものだった。
「え?ルチルなの?」
「えぇ。えっと、この姿、覚えてない?」
艶やかな薄い金色の髪、金色のまつ毛に縁取られた髪より薄い金色の瞳、真っ白で大きな布で包まれたような服も艶々で柔らかそうで、身体に沿って流れるように足元まで隠していた。
「うん。初めて見たけど、懐かしさもある。ルチルは人間の姿にもなれるんだ。とても美しいんだね。」
「ちょ!いやいやいや!そんな美しいとかやめてよ!恥ずかしいじゃない!もう!もう!!」
自分を褒められたような気持ちになり、顔を赤らめルークの視線から逃れるように顔を背けつつ水筒をズイと押し付ける。
「ほら、さっさと飲みなさい。きっと落ち着くから。」
「うん。ありがとう。ルチル。」
ルークは水筒の中の炭酸水を飲みながら気持ちを落ち着ける。
あっという間の移動ではあった。と記憶はしているが、次元を超えたということは、時間の感覚も同じとは限らない。こっちの数分があっちの数時間や数日だという可能性もあるのだ。ゆっくりはしていられないだろう。
さっさと気持ちを立て直してインナーさんとやらと話をしなきゃ。
「ふぅ。ありがとう。落ち着いたよ。さて、どっちに行ったもんかな。ルチルはこの辺りがどこだかわかる?インナーさんはどこにいるとかも解るのかな?」
ルークは水筒をカゴに戻して立ち上がる。目が回らなかったので大丈夫そうだった。
カゴを持ち上げると、大きさは同じなのに軽いことに気がついた。
「あれ?もしかして重量が違う?」
「お察しのお通り、時間も重力も違うわ。身体が軽いでしょ?あー、でも同じ日に帰ることはできるから時間については気にしなくて良いわ。とは言え、あまり長い時間は居られないけど。」
「それはありがたいです。で?インナーさんとやらはどこにいるのかな?」
周囲に誰も見えないし、五、六メートル先ほどまでしか視界が効かない。これは肉体を持ったままやってきたからなのか、それともこういうものなのか。
「ほら、お迎えが来たわ。つかまってくれる?」
「え?どこに?」
ルークの目には何も見えないが、ルチルが言うなら迎えが来たのだろう。カゴを持つ手とは反対の腕を、ルチルの腕にしっかり絡ませた。
「ふ、ふふ、触れ方ぁ!!」
ルチルは小さく抗議するが、小さすぎてルークには聞こえないし、聞こえたところで離してもらうつもりもない。
「なんか言った?」
「言ってない!」
ルチルは今のルークの姿が昔の姿に変わっていることを伝えていない。そのうち気がつくだろうが。
地上の十歳のルークの姿も可愛いが、ここでは昔のルークの姿だ。
それは、誰よりも愛し愛し抜いた者の姿だ。滑らかで艶のある濃い金色の髪に、美しい金色に輝く皮膚。
瞳だけは接触魔法膜を付けているため焦茶のまま。
逞しい肉体は無駄なところは一切なく美しいという形容詞以外浮かんでこない。腰にだけ巻かれた布はルチルの着ている服と同じ素材で流れるように足元まで繋がっているが、その隙間から片足がのぞいている。筋肉質な太ももは下半分ほど見えていて、控えめに言って、大変美しい。美しいの見本のような姿なのだ。
この世界の住人の昔ながらの服だが、久々に見るとなんだか恥ずかしい気持ちが出てきてしまったルチル。
神獣フェニックスの姿では、具合の悪くなったルークの世話が出来ない。腕も手もないのだ。だからと、借りたこの姿も久しぶりすぎて恥ずかしいところに、距離感も何もなく、羽も羽毛もない剥き出しの二の腕に愛するルークの腕が絡んだとなれば、気持ちも昂るというものだ。
姿を借りてるあの子が帰ってきたらお礼をしなきゃね。
いつ帰ってきてくれるのか、また先になっちゃったみたいだけど…。
ルチルは一つ咳払いをすると、行くわよ。と足を進めた。
しばらく二人で歩くと世界樹の根が足元に見えはじめた。さらに進むと地上からここに来る時に見た世界樹の根で形作られたハート型のような楕円のような場所が確認出来るようになった。ルチルはルークに振り向いて言う。
「久々の移動でちょっと到着した場所がずれちゃったのかと思ったけど、あの地上の世界樹の位置の方がちょっとズレてたのね…。さあ、ここが入り口よ。ルークが思うようにここは次元が違うだけで、地上のあの場所と同じと思って良いわ。」
ルチルはルークを連れてその場所へ歩みを進める。結界のようなものがふわりと鼻先から踵までを撫で下げるとあたりは広々とした部屋になっていた。
ルークはルチルに聞きたい事が沢山あったので、声をかけようとしたところで、
「フェニックス様!お帰りなさい!」
「やっとお会いすることが叶って感激です!」
「フェニックス様〜。」
「フェニックス様だ!」
「お帰りになられたぞ!」
「ありがたやありがたや。」
ふわふわと銀色の丸い形の精霊?があちこちから集まってきて、ルチルの体に鈴生りのようにくっついて騒ぎ出した。
光の玉を沢山くっつけたルチルは笑う。
「あらあら。そうね。会うのはルークが他の星に転生して出て行った時以来だから、ちょっとぶりよね。」
ちょっとぶり!?
「ええー!!待って待ってルチル!俺が帰ってくるまで一億年とか聞いたんだけど、一億年ここを放置していたってこと?」
ルークの言葉で丸っこい光がルークの周囲に群がってきた。その丸い光が体のあちこちにピッタリくっついてくる。
ぐぬぬ…。
辛うじて呼吸ができるほどの数だ。
なんかこんな事が過去にもあった気がするがどうも思い出せない。
「そうなんです!」
「ルーク様もご帰還されてすぐに地上にお生まれになりましたから、魂の姿でしたからね!そのお姿では大変お久しぶりですね!」
「ルーク様だ!」
「フェニックス様とルーク様がご一緒にいらっしゃるなんて!!」
「ううぅ…嬉しすぎますぅ!」
「「「「「うぅぅ…。」」」」」
泣いているのか、光の玉がくっついたところがびしゃびしゃに…。
このままでは全身水浸しになってしまうのではっ!?
「って、なってないっ!どう言うこと?」
絶対に涙で濡れていると思ったのに、全く濡れた形跡が無かった。
「あらあら、困らせたらダメでしょ?」
ルチルは指先で円を描くように振るうと、自分とルークに張り付いていた光の玉が離れた。
で、どう言うことなの?
なんで濡れなかったの?
これ、答えてもらえない感じ?
うーん。インナーは魂でしょ?
あぁ、そっか。
肉体もない。物質もない。なら涙もないのか。そう感じただけなんだ。触れたことでインナーの感情を読み取って、泣いていると感じたんだ。
ルチルはルークの思考を読み取って、ニコリと微笑む。
「会うのは久しぶりだけど、念話で少しくらいの話はしていたわよ?えーっと、そうね、ルークは思い出せてないみたいだから、紹介するわね。この子たちがインナー。こんな姿だけどみんな精霊なの。お仕事は魂を司る事ね。」
「こ、これが…。」
光の玉はよく見ると上下に潰したダルマのような形だった。そのちょっとしたくびれは首で上の楕円が頭だそうだ。背景の色と同化してしまうので、よく見ないと形も分からなければ、どこにいるのかもわからないが。
その頭をぺこりと少し下げたのか、形が上下に潰れたように見えた。
ちょっと可愛く見え始めたぞ。見えにくいけど。
「お褒めに預かり恐悦至極。」
難しい言葉もお手のものらしい。
「一億年くらいあっという間よ。わたしが二回復活したくらいだもの。」
「二回復活って…。フェニックスの復活をそんな簡単に数えちゃダメでしょ。」
周囲のインナーさんたちも、そうだそうだとでも言うように、上下を潰したように形を変えた。
「それに、どれだけここを訪れなくとも、それぞれがそれぞれの成すべき事をしていたら、それで良いのよ。」
そ、そうでした!寂しかったからって、ちっとこここに来てくれないフェニックスに対して無礼があったやもしれぬ!
と、ざわざわがひろがるインナーさんたちはぺこぺこと頭を下げたのか、まん丸から横長に形を変えた。
「大丈夫よ。寂しい想いをさせたのはわたしだもの。ごめんなさいね。これからは時々見に来るわ。」
パアァァァ!
嬉しそうに光りはじめるインナーたちにルチルは笑った。
ルークは、インナーさんもレイギッシュと同じく嬉しいと光っちゃうタイプか。と思っていた。
「で?地獄の黒霧に、どこまで入り込まれてるの?」
ルチルは真面目な顔をしてインナーたちに尋ねた。




