2-10色が変わると美味しくない
カランコロンッと玄関扉に付けたドアベルの音が微かに聞こえたあと、リビングの扉がノックされた。
「どうぞー。」
多分サイモンだろうと、ジェイクは扉越しに声をかける。
「失礼しまーす!」
おじさん顔をひょっこり扉から覗かせたのは、やはりサイモンだ。
「こっちにどうぞ。」
ルークがリビングから声をかけると、大きめな箱を持って入ってくる。
あの中には酒粕やら米やら麹やらが入っているのだろう。
リビングテーブルに箱をゆっくり置いて蓋を開けたサイモンは、
「さあ!この米と麹で何か出来るのか教えてください!あと酒粕の使い方も!」
単刀直入がすぎるが、嫌いではない。
前置きが長すぎるタイプの人間よりもこの星では好かれる傾向にある。逆に何を考えているのか解らないタイプや、裏表があるようなタイプの人間だと、どう接して良いのか解らず、少しだけ距離を置かれることがある。
ルークはクスクス笑いながら、箱の中を確認した。
サイモンが言った通り、結構な量の米と麹と酒粕が入っている。
酒粕には「板粕」「練り粕」「ばら粕」と三種類存在するのだが、サイモンが持ち込んだのは、ばら粕だった。ルークは練り粕だけは扱った記憶がないので、少しだけほっとした。失敗して処分しなければならないような事態はなるべく避けたい。
勿体無いからね。
そして、考えてもいないのに、勝手に鑑定結果が目の前に表示されたのを見て、前世の記憶と変わらない結果だったので、こちらでもホッとした。
「それなら酒粕についてから話しましょうか!」
サイモンとルークはソファに座る。
ジェイクがお茶と小皿に乗せた水キムチをサイモンの前に小さなトレーごと置いた。
「これは?」
「ルークが作った、水キムチというらしい。食べてみてくれ。」
サイモンはトレーの手前側に置かれた小さな二股のフォークを手に取り、水キムチの大根に突き刺し口の中へ。
シャクシャクと音が聞こえる中、ルークは出されたルイボスティーに似たお茶を飲む。本当の名前は別にあるのだが、何度聞いてもどうも名前が覚えられない。そのため、ルークは心でルイボスティーと呼んでいる。
「うんま!なんですかこれ!めちゃくちゃ美味しいです!俺好きです!これ!」
「酒に合いそうじゃないか?分けてやるから家でも食ったらどうだ?」
「良いんですか!?ありがとうございます!」
可能ならレシピも欲しいというので、教えてあげた。好きに作って酒の肴にして欲しい。なんなら商品化もしたら良いんじゃなかろうか。
実家からホエーはたっぷり出るだろうしね。
ただ、侵略者が手に入るかどうかは関与しないけど。
サラサラとレシピを書いて、渡すと、喜んでくれた。渡したレシピは持参したノートに挟んでいるのを見て、この人もやっぱりこの星の人だな。と、なんとなく思った。
「酒粕の効能はたっぷりなので、今後は捨てないで欲しいです!便秘解消、消化促進、肥満抑制、認知症予防、美白、保温・保湿、老化抑制、がん予防、アレルギーの緩和などです!」
「「「「「え?」」」」」
キッチンダイニングにいたキースたちも驚いて声が出てしまったようだ。
また効果のすごいものを見つけたな。やりやがったな。と言った感じだろう。
しかし、今回はルークが言い出したのではなく、サイモンが言い出して突然約束を取り付け持ってきたのだ。
ルークにとっては完全に濡れ衣、冤罪である。
今回に限っては…。
が、祖父母にとってはそんなことはどうでも良い。
自分たちの手を止めるおリビングまでやってきた。そして無言でソファに座るルークの祖父母。
興味津々なのである。
誰も口に出さないが、サイモンは“これはどういうことか“と思っているに違いなかった。
いつもの事ですよ。
気にしたら負けです。
慣れてください。
ルークは心で呟く。
「で、食し方なんですが、俺が一番好きなのは、甘酒という飲み物です。ただ酒粕から作るので、一パーセントほどアルコールは残ります。そのため子供向けではないのが非常に残念です。」
「おお!」
サイモンは酒粕の有効活用にウキウキだ。
「そうか。一パーセント未満なら、量の制限があるが十五歳以上であれば飲食可能なんだがなぁ。残念だったな、ルーク。」
王国のアルコールに関する法律では、一パーセント未満のアルコールであれば、十歳以上に限り、規定内であれば飲食可能とする。という項目があるそうだ。
薄めたら飲めるという事なのでは…?
いや、法律を掻い潜ろうとするのはやめよう。これではまるで犯罪者の思考ではないかっ!
「うん。残念だけど仕方がない。」
俺はそっちの麹で作る甘酒を飲むことにするよ。
そっちの甘酒ならノンアルコールだし。
説明が面倒なので、こちらは口に出さないでおく。こっそり作って飲むことにしよう。
悪巧みをしている顔は出さないように気をつけながら、作り方を説明する。
キースは素早く立ち上がると、箱から酒粕を取り出してキッチンへ向かった。早速作るようだ。
まぁ、めちゃくちゃ簡単だしね。
サイモンは、よろしくお願いしまーす!とキースに声をかけた。
サイモンがこの家の住人に好かれるのはこう言った気安さだろう。愛嬌があるのだ。オッサン顔だけども。
「次に粕汁…あ、味噌がないから無理だ。あー、肉も魚も食べないからおやつ関係しか作れるレシピがないかもー。」
ルークは主菜副菜はとりあえず諦めることにする。味噌ができたら粕汁は作れそうだしね。
いや、大豆ミートで作れたりする?
ぶつぶつ独りごちるルークを辛抱強く待つ大人たち。ここで話しかけると、他の話に飛び火して、本来知りたかった話が忘れ去られてしまうのを家族もサイモンもこの五年で学んでいた。
「キースじいちゃん!大豆ミートに酒粕で味付けして焼いてみてくれる?」
キッチンからキースの了解!という声が聞こえた。
お任せしてしまおう。
「次は…やっぱりスイーツ系だよね!ハンナばあちゃん、知ってる名前がないか、聞いて答えてくれる?」
「良いわよ!どんどん出して!」
ハンナの了承を得たので、ルークは思い出せる限りの酒粕を使ったスイーツの名前を口頭で伝えて行く。
なんのこっちゃの大人たちだが、ハンナはふんふんと聞いていた。知っている名前がトリガーになれば、ハンナの独壇場だからだ。
サイモンは、年に数回捨ててしまう酒粕の使い道が少しでも増えるようにと両手を合わせて祈っている。
知ってそうなのがあったかハンナに尋ねると、
「うーん。知ってるのはなかったみたいなんだけど、酒粕を使ったチーズケーキ、酒粕蒸しパン、酒粕ケーキ、酒粕チョコ、酒粕クッキーなんかは、入れる分量を調整したらできそうかな?」
ハンナはそういうと、箱から酒粕を取り出してキッチンへ向かった。こちらも早速作るようだ。
食べ物関係はキースとハンナに任せれば、まず失敗はないので、大変ありがたい。
サイモンは再び、ハンナによろしくお願いしまーす!と声をかける。
ハンナの、はいはーい!と笑って答える声が聞こえた。
「あとはねぇ、酒粕化粧水ってのもあったはず。酒粕と麹、精製水、少量のアルコールとグリセリンがあれば作れるんだ。」
デイジーの目が輝いた!
それ、知ってるかも!という目だ。
「一対ニの割合よね?」
酒粕と麹の割合を当ててくるあたり、既存の何かがあるのかもしれない。こちらは頷いて肯定の意を示す。
「あ、酒粕石鹸もあるよ。」
と、石鹸の新たな挑戦を突きつけると、デイジーは目を輝かせて部屋を出ていった。化粧品や石鹸作りは、基本家では作らないので、研究室で作るのだろう。
サイモンは三度、デイジーによろしくお願いしまーす!と声をかけていた。
こうして、途中参加した三人は散り散りとなった。
めっちゃ自由!!
「えっと、酒粕については、みんなの試作が出来るまで待つとして、持ってきていただいた麹で味噌を作りたいと思うのですが、少しいただいてもよろしいですか?」
ルークは気を取り直して、麹に視点を変更した。
サイモンにとって麹と言えば酒しか浮かばないので、こちらも楽しみにしている。
「少しと言わず、全部どうぞ!そのつもりで持ってきました!」
「良いんですか!?」
箱の中の麹は結構な量がある。
全て乾燥麹だったので、これまたホッとする。生は扱ったことがないので、生のままであれば実験して分量を導き出さなければならないからだ。
また、幸いなことに大豆の水煮は大量に家にある。
この王国のどの家にも、ストックされているはずだ。
塩は基本岩塩なので、ジェイクに分離して貰えば良いだろう。
三分の二は味噌にして、残りの半分を塩麹、残りを甘酒にしようかな。
目星をつけたので、ジェイクにお願いする。
「じいちゃん。味噌用の樽が欲しいんだ。このくらいの二つ。匂いが独特だから人によってはダメかもしれないから、専用にしたいんだけど、作ってくれる?」
「蓋は密閉できる方がいいのか?」
「ホエーのタルと同じタイプが良いな。持ち手があると持ち運びに便利かな。こんな感じで、内側に凹んでるタイプにしたら重くなる?」
ルークとジェイクがノートに書きながら話していると、キッチンから試作の甘酒を三人分持ってきたキースが会話に加わった。
「それ、内側にガラスコーティングしたら密閉しやすくなるんじゃないか?はいどうぞ。試作の甘酒。ルークのは薄めたから飲めると思うぞ?」
「え?俺の分も作ってくれたの?」
ルークが自分の分だと置かれたカップに視線を向けると、
---
子供向け甘酒:アルコール分コンマ四パーセント
使用素材:水、酒粕、蜂蜜
作成者:キース
---
と鑑定された。
「飲める!じいちゃん!ありがとう!」
麹の甘酒は美味しいが、手作りするとなるとちょっと面倒なので、めちゃくちゃ嬉しい!
「ガラスコーティングか。洗濯魔道具の内側のようにすれば、確かに気密性も上がる。うん!なら、表面もオシャレにしようか。キース、枠組みを作るから、全面ガラス張りにしてくれるか?」
「それなら、蓋はミキサーの蓋のように柔らかい素材にしたらどうだ?」
じいちゃん二人が凝りだしたので、サイモンさんを誘って二人で甘酒を飲むことにした。
作りたての温かいのが俺は好きだ。
嗅ぎ慣れた酒粕を飲み物にするという発想がなかったサイモンは、カップを手に取り、甘酒を凝視している。
怪しんでいるのか?
おじさん顔は何を考えてるのかイマイチわかんない。
「じゃあ、お先でーす!いただきます!」
ほのかに甘みを感じる甘酒は、ホッとする。
寝る前に飲んだら良さそうだ。
もう少し酒粕を加えた方が好みだが、一パーセントを超えてしまっては飲むことができないので、飲める年齢になるまで待つことにしよう。それまで我慢だ。
「んーんーんー!!うんまいです!これも美味いです!ルーク君!最高だよ!」
涙を流さんばかりに感動し、顔を真っ赤にして興奮しているサイモン。
酒粕を捨てるのが今までずっと心苦しかったのだという。
時々持ち帰って、自分で薄く伸ばして焼いて、酒のアテにすることがあったらしい。
が、商品になるわけではないので、ほぼ百パーセント廃棄処分していたのだそうだ。
「王都に公園計画の一端で、週末限定とか、中間日限定で甘酒を無料で振る舞うというのはどうですか?そこで慣れてもらうのと、美味しいと思ってもらった人には、レシピ付きのキットにして販売してみたら?」
前世では年末に神社で振舞われていたことを思い出した。お祭りの時にも地域によっては出ると聞いたことがあったはず。
「効果効能を描いたポップやノボリを背にして声掛けしたら、ゆっくりとですが人気も出ると思うんですよねぇ。」
「ルークくんっ!それうちで採用させてもらっても良いですか!?報酬はいつも通りで!」
「俺に報酬は要らないんで!ふぅ。レシピの方の報酬だけ祖父母に回してください。うまいこと酒粕使って廃棄処分を減らしてくださいね。身体にいいものなので、まずは王都に広めたいですよねぇ。」
サイモンは閃いたとばかりにルークに尋ねる。
「公園周辺の出店にまだ埋まってない場所が三ヶ所あるんで、一箇所買い取ります!で、酒粕専門にします!桔梗酒造で買い取った場所と、ちょうど対角線上にあるんで、競合しませんし!」
ますます楽しくなってきたぞー!と自分のノートにガリガリとアイデアを書くサイモンは、ふと手を止め、
「あのー。おかわりもらえたりしませんか?」
と、甘酒のおかわりを三回もしていた。
「サイモン、それだと四店舗になるが、大丈夫か?」
「大丈夫です!ルーク君の仕事で儲けさせてもらってるんで、四店舗分買い取っても余裕シャクシャクです!ほんと、ありがとうございます!」
「あはは…。」
楽しんでくれてるなら万々歳です。
しかし四店舗とは、サイモンさんは時間の使い方が上手いんだな。俺の会社も回しつつ、自分の会社もきちんと回せているんだもんな。
大豆ミートを酒粕で軽く漬け込んでる間にと、キースとジェイクが二人で味噌用のケースを作ってくれた。保存とライトのスキルダブル掛けだ。
最初に頼んでいたものよりも断然小さい。多分一キロ分の味噌が入る程度のサイズだ。
そのまま冷蔵庫に入れられて、ハンドル付きなので取り出しやすい。
持ち手は出っ張るハンドルになっていた。
収納面を考えて凹んだ持ち手を提案したが、使い勝手が優先されたようだ。
というか、売る気満々なんだよねぇ。
ガラスコーティングしてあるから洗えば匂いも残らないし、蓋付きなので味噌を使い切った後はオシャレな入れ物として重宝するデザインだ。
追加用に味噌だけ売るのも良さそうだ。
キースとジェイクに、味噌と塩麹のレシピを伝えると、ウキウキで材料を準備して、あっという間に仕込んでしまった。
発酵させるのはスキルな上、保存魔法を掛けるので、発酵はそれ以上進まないし、傷みもしなけりゃカビも生えないとはいえ…
「この量、売れなかったら食べ切れるのいつになるの?」
リビングテーブルに仕込んだ味噌入りのケースが一山出来ているのだ。塩麹はその半分だが、こちらもなかなかに多い。
「しかも、味見もせずにさぁ。」
呆れ顔でジェイクとキースを見るが、二人の表情に反省は全く見えない。
めっちゃニコニコと笑っている。
材料費を払うか、現物支給にするかでサイモンと話を詰めはじめた。
何に使うのか知らずに現物支給は選ばないでしょ。
と思っていたけれど、サイモンは現物支給で手を打った。
「今までルーク君の作る物で美味しくなかったものはありませんからね!」
だそうだ。
そ、それはなによりです。
まだ仕込んだだけで発酵させていないので、味噌の匂いがない。リビングにどれだけ広げても問題はない。今の所。
ジェイクとキース、サイモンは、王都に公園を計画についての仕事の話があるそうなので、ルークはキッチンへ向かうことにした。
「あぁ!卵がない!明日が竜巻なら明日の分も取りに行かなきゃだわ!」
キッチンからハンナの声が聞こえた。
「どうしたの?」
「あぁ、ルーク。さっきの再現しようと思ったら、卵を切らしちゃったのよ。今から行ってくるわ!」
エプロンを外して壁に引っ掛けると、ハンナは三輪駆動車一台借りまーす!とリビングに向かって声をかけて、扉を出て行った。
卵か。
そういえば、鶏を見たことがないな。
いつも卵はキッチンの卵入れに山ほど入っているので、気にしていなかったのだ。
気がついたら見たくなった。この星の鶏!
「俺もばあちゃんの手伝いしてきまーす!」
リビングに声をかけると、ハンナをかけ足で追いかけ外に出た。
三輪駆動車を倉庫から引いて出てきているハンナを見つけた。
「俺も一緒に行っても良い?手伝うよ。」
「あら、良いの?嬉しいわ。でも、ルークのサドル付き三輪駆動車は私じゃ足が届かないから後ろに乗ることになっちゃうけど、良い?」
そうなのだ。
ルークの身長が高くなったことで、ルークの後ろに乗る大人用のサドルの位置が上に上がり、女性では足が地面に届かない。
果実園に乗って行った三輪駆動車は、運転が男性専用となってしまった。
「うん。大丈夫!よろしくお願いしまーす!」
ルークはリヤカーに作られた座席に腰掛けて、安全ベルトを装着した。雪豹と白馬の精霊はルークの足元に座った。
ハンナはそれを見届けてからペダルを踏む。
すぃーっと三輪駆動車は出発した。
「俺も早く運転したいなー!子供用の三輪駆動車も作っちゃおうかなぁ。」
「良いかも!三輪駆動車も王都で乗れるように、道の整備と駐車場もあと少しで終わるみたいだし、ジェイクに話してみたらどう?学校に行くのも三輪駆動車で行った方が楽だしね。」
「そうだね!帰ったら話してみるよ!」
三輪駆動車の法律の制定と、王都内に専用道路の整備と信号機の設置、王国民への周知が、公園計画と共に発足して三年。
気がつけば大きな公共事業となって、国民たちには喜ばれているという報告が次々と上がった。
王国内に亀裂が出来なくなったのも、計画の後押しとなった。
馬の能力向上に伴い、馬車の荷台も強化とライト付与の事業も上手く行ったので、現在、馬車専用道も一緒に整備し直されている。
信号があっても馬車は急には止まれないので、王都や街中ではスピード規制が決まり、御者協会には激震が走ったそうだ。
互いに事故を起こさないためだと分かってはいるが、馬のスピードが上がった分、目的地まで早く到着できるのが楽しくなってきていたからだ。
そんな時、法律が変更され、スピード制限とは…。
御者協会の御者たちは皆、喪に服したかのような沈黙具合だったとか。
王都や街中でスピードが出せないのなら、郊外や辺境と呼ばれるところへ向かう道ならば問題はない。
しかし、辺境や田舎に向かう馬車は早々無い。
あったとしても貸し馬車には頼む事はない。
値段が安くは無いし、ほとんどそちらに向かう家族で御者を勤められるからだ。
そのため、王都から精霊のいる温泉や旅館の定期便の御者になりたい者が後をたたないのだという。
しかも、大人気でなかなか予約の取れない宿に宿泊もできると慣れば尚更だ。
ハンナの運転する三輪駆動車は、ぐんぐんスピードを上げる。衝撃緩和のスキルが付与された三輪駆動車は、ガタガタいうこともなく、お尻が痛くなることもなく快適だ。
どこに向かっているのか。
ルークが周囲に目を向けると、藤棚を超えて白カエルちゃんの湖の方へ向かう道に差し掛かっていた。
「ねぇ、ばあちゃん。結構遠くまで来たと思うんだけど、いつもこんな遠くまで来るの?」
「えー?ほら、明日は竜巻が来るって話だからね、近場は窪地にあるんだけど、こっちは野晒しなのよ。飛んでっちゃうと困るじゃ無い?」
「そりゃ、大変だ!」
鶏小屋がなく野晒しで、あちこちに卵が産み落とされてるということか?
それとも野良鶏から卵をいただくのか?
どちらにしても、竜巻で巻き上げられたら鶏の命が危ない!
ハンナばあちゃんは植物属性だが、布特化。
魔力接続したところで命を守る何かが作れるとは思えない。
風でひらひらと飛んでいく布しか思い浮かばない…。
リヤカーに乗せられた箱の中に、何か命を守るものが入っているのだろう。
雪豹と白馬の精霊はニヤニヤと笑っているが、真剣に考え込んでいるルークは気がついていなかった。
「ほら、着いたわよ?この林の先よ。」
三輪駆動車が止まり、ヒュゥゥと風が突き抜けた。大分風が強くなってきているようだ。
到着した場所は林の手前。ハンナは箱の中からカゴを取り出し、ルークにも渡した。
「じゃぁ、よろしくね!」
ハンナはカゴを両手に林の中に入っていく。
ルークも慌ててハンナに続く。
耳を澄ますが鶏の鳴き声は聞こえてこない。
風が強いので、伏せているのかもしれない。
ハンナの後をついて行くがどこにも鶏らしきフォルムの動物は見当たらない。
ここは前世の世界とは違うので、もしかしたら鶏では無いのかもしれない。
鴨とかアヒルとかでも良いなぁ。
いつも使う卵のサイズからすると、鳥自体が前世の体よりも小ぶりなのかもしれない。
ルークは周囲の足元に注意しながら歩くが、鶏と鴨もアヒルも、卵一個すら見当たらない。
もしかしたら、巣の中か?
鶏や鴨の巣は見たことがないから見つけようがない。いや、そもそも水場がないから鴨やアヒルはいないか。
ではどこを探せば卵を見つけられるのか。
「ねぇ、ばあちゃん。卵はどこを探せば見つかるもの?」
ルークはしゃがんで地面を見つめていた目を、ハンナに向けると、そこには驚くべき光景が待ち受けていた。
「んー?」
ハンナが木に手を伸ばしながら、ルークを見下げる。
ルークから見ると、ハンナの背景には、白くて楕円に見えるものが沢山ぶら下がっていたのだ。
「え?ええーーーー!!!」
木から沢山のツルが垂れ下がり、そのツルの先には、白くて片手で掴めるものがくっついているではないか。
卵だ!!
よく考えてみたらわかったはずだった。
この星の生き物は、身体から生まれるものではなく、シュルシュルポンなのだ。
「で、でも哺乳類だけなんじゃ…。いや、いやいやいや!そもそも哺乳類とか魚類とかの区別って!?哺乳類は胎で育つけど、この星違う!え?じゃあカエルは卵から産まれないってこと!?」
ルークは頭を抱えて悶絶する。
「大丈夫ー?前世と違って驚いてるって感じかな?」
ハンナは笑いながら考察をしつつ、卵の収穫を続ける。
雪豹と白馬の精霊は顔を突き合わせて笑っていた。心の声はダダ漏れサトラレなのだ。
ルークの勘違いを放置して二人はずっと楽しんでいた。
「ちなみにカエルも、人間同様シュルシュルポンよ?シュルシュルポンッと誕生しない動物はこの世界には居ないから、覚えておくと良いわね。ふふふ。」
ルークに教えられることがあるなんてねー!
と、ハンナは笑いながら収穫を続ける。
「笑わないでよ…。前世とは全く違うんだもん。でも、まさかこんな卵のなる木があるなんて、思いもよらなかったよ。」
ツルからぶら下がる卵を恨めしそうに見つめるが、卵のせいではない。
「あら、これは卵のツルの実よ?木じゃないわ。ほら、あの辺りを見て?地面に卵の実がなってるでしょ?」
よく見れば、ツルは地べたを這い、木があればそこに絡みついて上まで上がり、そこからさらにツルが下がっている。その先に卵の実が生っている。
「ツル科の植物でしたか。」
ルークは、少し先で地面に転がっている卵の収穫をすることにした。
「この卵って、熟すとどうなるの?」
「色が茶色くなって、他の植物と同じように種になるのよ。だから、白いものだけ収穫してくれる?色が変わり始めたものは美味しくないから。」
植物の未成熟の種が卵ってことか。
不思議だなぁ。
卵は持ち上げると、ツルとの繋がりが綺麗に取れて、繋ぎ目があったかどうかも見分けがつかないほどつるりとして綺麗だった。




