2-8.大好きだから!!
「おー!ルーク!沢山収穫できたようだな!」
ルークが白馬の精霊に跨ったままみんなのところに戻ると、すでにみんなは集合していた。
三輪駆動車の横に大量の箱が置かれている。
大きな箱から先に詰め込むためか、ルークの収穫したフルーツの入った箱が到着するのを待っていてくれたのだ。
梅の木のところで収穫した箱はすでに運ばれていた。モモンガの精霊が運んでくれていたので、残るはさくらんぼの薄い箱だけだった。
ここに来る時に運んできた箱は、大中小。
マトリョーシカのように、小さいものはそれより大きめの箱へ、その箱よりも大きな箱にそれを入れて持ってきていた。
しかし、持ち込んだ全ての箱を使い切ったためなのか、リヤカーには積みきれそうになかった。
思ったよりも収穫できた果実が多かったのが原因だろう。
沢山のフルーツを収穫できた事は喜ばしいが、パッと見ただけで、さくらんぼの入った箱なんかは明らかに積めそうにない。
それどころか、人が座るスペースも無さそうにない。
みんなで歩いて果物の箱のいくつかは手で運ばねばならなそうだ。
どの箱も満杯なので、ゴリラのジェイクとキースでも通常なら大変そうだが、『ライト』のスキルで軽々か。
「こりゃ乗り切らないね。」
「だな。往復すれば良いだろ。」
「それもありではあるけど、マックスさんたちを送らなきゃだし、手間だよね?」
となれば。
「ハク、収穫したフルーツを箱ごと家まで持って行ってもらうのは可能?」
「大丈夫ですよ。なんなら、あそこに置かれている箱全てを運べます。」
えっへんと首を高く上げて胸を逸らし、得意げに任せろと言う白馬の精霊。ふんふんと鼻息が荒い横顔がなんとも可愛い。
白馬の精霊の首あたりを撫でてやる。
「それなら、任せようかな。よろしくね。で、ちょっとマックス君達のところに俺を下ろしてもらえる?」
「お任せあれです。」
白馬の精霊は、ルークを浮かばせて、ふわりふわりとマックスとマリーネの前に移動させ地面に立たせた。
精霊を見たことも感じたこともないマリーネは、何かにまたがるように宙に浮いているルークに驚いて瞬き忘れて凝視していたため、突然ふわりと人が浮いて移動してきた事にますます驚愕した。
一体何が起きているのか!という表情だ。両手の指はワナワナと震えている。
この地に来てから何度も“精霊のイタズラ“に遭っているマックスでも、何かに乗っているのかな?と思うようなルークの姿はともかく、ふわふわと浮いて移動しているのを見るのは初めてだったので顎が外れるかと思うほど口を開けていた。
「ル、ルーク君は、空を飛べる。とか、ですか?」
精霊を信じきれていないのではなく、浮いて移動させるなんて事が、精霊によって実現するなんて聞いたことがないのだ。
マックスは、まず、ルークがそういうスキルがあるのかもしれないと思ったようだ。
いや、もしかしたら、巨人のような大きな精霊によって両脇を支えられて下ろされたという可能性も…?
「え?飛べませんよ?これは契約してくれた精霊のスキルみたいです。俺はまだスキルが使えませんから。」
と、サラリとマックスに告げた。
「巨人の精霊では無いのか…。」
「ん?なんですか?」
「いえいえいえ!!なんでも無いです!!」
両手のひらをルークに向けてぶんぶんとぶん回すマックス。
契約した精霊が契約者にスキルを使ってくれる事も、ルークがまだスキルが生えていない事も初耳のマックスとマリーネは、さらに驚いた。
「とんでもないですね…。」
「うん。お互いに、慣れていこうね…。」
スキルが使えない。
それはルークの十歳という年齢を思えば当たり前の事なのだが、ここの人たちはマックスやマリーナが思ってきた“当然“も“常識“も覆してばかりなので、ルークは既にスキルを使いこなせていると勘違いしていた。
そんなびっくりしたままの二人にルークは一歩近寄り、白馬の精霊とルークの会話が聞こえていない二人のために説明する。
「お二人が収穫した分の箱はどれですか?
俺の契約している精霊が箱を運んでくれるんで、三輪駆動車にはマックスさんとマリーネさん分の箱だけ積んで、二人に乗って帰ってもらうのがいいと思う。ジェイクじいちゃん、二人を送ってもらってもいいかな?」
行きがキースだったので、いつもなら帰りもキースが運転するのだが、キースはデイジーと離れたく無いだろうし、デイジーも仕事が残ってる可能性がある。
とルークが気を遣ったのだが、キースとデイジーの意見は違ったようだ。
「それなら俺とデイジーで送るよ。ジェイクはルークと一緒に家に戻ってくれ。明日が台風か竜巻と予想すると、倉庫ではなく家事室に箱を運んでくれると明日作業がしやすいな。」
「ん。わかった。じゃあ、そっちはよろしくな。」
マックスとマリーネはこの果実の大収穫で、かなり二人に慣れたらしい。料理の話が出来るのが楽しかったと言っていたようだ。
確かに、料理補助として雇われている二人にとって、キースとの話は実のあるものだろう。
元々キースが料理を教える予定だったが、ルークが誘拐されそうになり、ルークが行方不明になりと、事件が立て続けに起きたため、キースも他のみんなも、一時もルークから目を離さないようになってしまった。
あれから月日が経過していく中で、徐々に緩和されてきたが、キースだけはなかなか孫離れが出来ず、料理を教えにシェアハウスへ行くことはせず、レシピだけを通知盤で送りつけていた。
そんなわけで、キースがルークから離れてシェアハウスへ行くのが、珍しく、かなーり久々なのだ。
一緒に行動して収穫をしていた四人は、どの箱に何が入っているかを知っているので、あっという間に仕分けをしてリヤカーに乗せていく。
「あ、俺たちが収穫したフルーツも、好きなの持って行ってね!桃、柿、梅、さくらんぼだよ。」
「「ありがとうございます!」」
マックスとマリーネの二人は嬉しそうに箱を覗いて二人で相談しながら選んでいく。手持ち用のカゴいっぱいに詰めて楽しそうだ。
ルークはそんなウキウキとしたマックスとマリーネの背中に注目していた。
やっぱり張り付いてる…。
気が付かなかったけど、シェアハウスを出た時からついてるのかな?
マックスとマリーネの背中に、リスの精霊が一人ずつ必死に張り付いているのが見えるのだ。おそらく友達精霊だろう。
視線をキースに移すと、キースの肩に同じリスの精霊が二匹乗っているのが見える。
ここに到着して離れて収穫に向かうまではいなかったはずだ。
時間的なもの?それとも食べのもの系に触り出したからなのだろうか。
じっとリスを見ているルークに気がついたジェイクはルークに近寄って抱き上げる。
流石にもう重いだろうに。
「一人ずついるよな。迎えに行った時はいなかった。」
「キースじいちゃんはどう思ってるんだろうね?」
「ま、今は任せておこう。」
「だね。それよりレイギッシュは?」
ルークは集合場所に戻ってきてからレイギッシュにまだ会っていない。ジェイクのそばにいないし、周囲にもいないのだ。
「あー。そうだ。言うのを忘れていたが、明日はどうやら台風ではなく竜巻が発生するらしいって、レイギッシュが他の精霊達から報告を受けてな。ここの木々全てに強化のスキルをかけてから帰ってくるそうだ。」
「あぁ、そうだよね。レイギッシュは強化が使えるもんね。」
竜巻といえば、前世の記憶では映画になるほどだったと記憶している。牛や自動車はもちろん、建築物も巻き上げられて何もなくなる。そんな恐怖のシーンがCMで流れてたっけ。
んー。木の強化だけでどうにかなる程度の竜巻なんだろうか…。
「明日の竜巻は最大級になると思うわよ?」
雪豹の精霊は、持ち帰っていた最後の桃をしゃくしゃくと食べながらルーク達に知らせてくる。寝転んだ姿勢で浮かんでいるのがとても可愛い。
「最大級か…。だからレイギッシュは少し慌てていたんだな。」
ジェイクが深刻そうに呟く。
「んー。んー?あれ?ねえ、ハクー?」
少し離れたところで控えてくれていた白馬の精霊は、トコトコと近寄ってきてくれた。
「なんでしょ?」
「さっき話してたスキルってどれくらいの規模で掛けられるもの?」
「といいますと?」
「この果実園全体とか、家全体とか、その規模で掛けられるならお願いしたいなって思うんだけど…無理かな?贅沢だったりする?」
「そんなの簡単に出来ますよー。チョチョイのチョイですよ。やりますか?」
「え?そんな簡単に出来るの?」
出来たらいいなと思っていたけれど、まさか簡単だなんて…。それなら、研究棟や畑、ハーブ園、シェアハウスや温泉や旅館なんかにもお願いしたい。
お客様の安全も従業員の安全も、みんなの資産も護れるなら護りたい。なんならお隣の家も工場も。
「それってどれくらいの数できるの?」
「ふんふん。それなら全部やってしまいましょうか。ジェイクさん、家に着いたらここらの地図を見せてもらえますか?」
白馬の精霊は、ルークの心の声に耳を傾け、ルークが守りたいもの全てを守ろうと思った。
範囲がどの程度なのかは地図を見て確認したい。漏れがないように。だ。
地図が無ければ王国全部囲っちゃえば良いんだけどね。と白馬の精霊が思っているなんて、人間たちには思いもよらない。
「え、あ、あぁ、それは問題ないが、一体何をやるんだ?」
ジェイクは口を出さずにいたが、何の話か全くわからないままだ。
「おーい!準備出来たから、俺たちはシェアハウス経由で帰る。また後でなー!」
準備が整ったキースが、三輪駆動車のサドルに乗って声をかけてくれたので、二人で手を振った。
「ねぇ、ハク、じいちゃんも背中に乗せてもらってもいい?帰りながらハクの話をしたいんだけど。」
「もちろん、良いですよ!ではお二人乗せますね。」
白馬の精霊は、サクッと二人を背に乗せた。
ルークの後ろにジェイク、ルークの前には雪豹の精霊(小型化)がちょこんと座った。
「おおお!なんて素晴らしい乗り心地だ!ハク!君は凄いな!沢山の馬の背に乗らせてもらってきたが、これほど安定した乗り心地は初めてだよ!尻も全然痛くない!」
ジェイクは感動してハクの背中を摩りまくる。
「えへ。そうでしょう?嬉しいです!では、のんびり帰るとしましょうか。」
白馬の精霊は、家に向かってテクテクと歩き出す。
残された沢山の果実入りの箱を宙に浮かせて自分の後からついて来させるようだ。
ふわふわと浮かぶ箱は、衝撃が加わらないように優しく浮いている感じがした。
精霊が見えない人が見たら驚愕の目撃情報になるだろう。伝説になるか、眉唾物だと誰も信じないか。
いや、新たな都市伝説として広まる予感。
「ハク、沢山スキルを使わせちゃったけど、精霊力の残りは大丈夫?無尽蔵じゃないんだよね?」
収穫でかなりスキルを使っただろうし、モモンガたちの棲家にもスキルを使ったと言っていたはずだ。消耗しているに違いない。
心配そうに尋ねるルーク。
白馬の精霊が答える前に、雪豹の精霊が笑いながら話し出した。
「これだけルークのそばにいて、しかも背に乗せてるのよ?使った分なんて一瞬で全回復よ。心配なら、後でスキルを使う時は一緒に行くと良いわ。」
「そうなんですよー。ルークさんとちょっとの時間一緒にいるだけで力が漲ります。雪豹の精霊が、どれだけ我慢して進化を阻止してきたのか考えると笑っちゃいますね。」
カッカッカ!と顎を上げて笑う白馬の精霊。
恥ずかしそうな雪豹の精霊。
ハクってそんな笑い方するんだ!
今まで居なかったタイプ!良い!ハク良いよ!!
ダダ漏れサトラレなんだと言いたそうな雪豹の精霊だったが、楽しそうなルークの顔を見て言うのをやめた。
「ハリネズミ執事が計算に計算を重ねて、ルークさんと時間制限をかけ続けていると、精霊ネットワークで読んだんですが、納得ですよねー。」
白馬の精霊も楽しくなって暴露する。
「時間制限付きだったんだ。通りであっという間に帰っちゃうと思ってた…。俺、好かれてないんだと思ってたんだよね…。」
というルークの呟きで、白馬の精霊は歩みを止めた。
ルークの前に座る雪豹の精霊も動きを止めた。
「え?」
「そんな風に思ってたの!?」「思ってたんですか!?」
精霊二人はブルブルと震え出す。
「え?えー?だって、レイギッシュやシリーは活動時間は四六時中一緒に居るし、シリーなんて契約してすぐにデイジーばあちゃんと一緒のベットで寝はじめたって聞いたし…。それに引き換え、俺のところに来てくれるみんなは、ほんのちょっと顔見たら帰っちゃうでしょ?時間として一番長く一緒にいたハリネズミ執事だけど、ずっと寝てるからほとんど話した記憶がないし…。」
「「……。」」
ジェイクはルークを少し不憫に思ったので、大人しく見守る事にした。その代わり、精霊たちに頑張って誤解を解くように心の中で応援する。
「契約してない友達精霊でも、サイラスさんとウサギの精霊みたいに、ずっとそばにいる事もあるでしょ?マーモットの精霊だって、ボビーさんのそばにいたじゃない?あれって、精霊が人間を好きだからでしょ?俺とユキちゃんはそうじゃなかったじゃない?だから、嫌われてはいないけど、好かれてもいないと思ってたんだよね。」
「「……。」」
精霊二人はどこから説明したら良いのかを考え、精霊にしか聞こえないように念話で話し出した。
「ど、どうしよう…、白馬の精霊。どう説明すべき?話しちゃダメな事ってどこからどこまでだったっけ?」
「これはワタシの問題じゃないです。雪豹の精霊が進化を遅らせるために契約後も近くにいないとか、一緒に寝ないとか無駄な努力をしたのも原因の一端ですから、雪豹の精霊が誤解を解くべきですね。」
白馬の精霊は横目で雪豹の精霊を見てプイと正面を向くと、そのまま歩き出す。
果実入りの箱も同じスピードで着いてきた。
大切な大切なルークに悲しい思いをさせ続け、それに気が付かなかったなんて、精霊としてどうよ?と、追加で念話を送る白馬の精霊。
がっくり項垂れる雪豹の精霊。
頭を捻って考えようにも、白馬の精霊が言ったことも事実。
思ったように伝えるしか方法はない。
「ルーク、あのね?ルークの力が強すぎて、こうやって触れたり、話したり、近くにいるだけで、精霊はパワーチャージできちゃうのよ。」
雪豹の精霊は、ルークの手の甲に、自分の小さな前足を乗せた。
「一番はこうして触れること。これだけで、精霊力を失い瀕死の状態の精霊でも元通りになれちゃう。」
「え。エネルギーの塊ってこと?」
「えぇ。そう言って過言じゃないわ。次にそばにいる事ね。同じ室内に一緒にいたら、あっという間に全回復。余ったエネルギーは進化のためのエネルギーとなって貯まっていくの。だから、ハリネズミ執事が、エネルギーが不足しちゃう子なんかを順番に、ほんの少しだけの時間、ルークのそばに行く事を許してくれていたのよ。」
「それって、王都の家にいる時に遊びにきてくれてた精霊さんたちってこと?」
「ええ。」
ルークが微妙に悲しげな表情になったのを察した雪豹の精霊だが、何故だかは解らない。
「そっか。自分たちの治療のために来てくれてたんだね。友達だと思ってたのは俺だけで…。申し訳なかったな…。」
何故そうなる!?
と言う表情の雪豹の精霊だが、ジェイクはその言い方じゃ勘違いされても仕方がないよ。と心で呟く。
「待って!待って!?ちゃんと聞いて?」
このままでは勘違いが加速する!と雪豹の精霊は必死に伝える。
「ん…。」
「みんなルークが大好きで、そばにいたいと願っているのよ!でも、エネルギーが一気に貯まるっていうのも、慣れるまでは肉体を持たない精霊側に負担になるのよ。だから、負担にならない程度の時間しか一緒にいられなかったわけ!私たちみたいに契約さえすれば、繋がりがしっかりできるから、負担がゼロになるの。いつでも一緒に居られるようになる。だからみんなジリジリとルークが契約してくれるのを待ってるのよ!」
へぇ。そうだったんだ。とルークの心の声が聞こえたことで、雪豹と白馬の精霊は少しホッとした。
「ですねぇ。肉体を持つ人間同士では背中に触れないと魔力接続ができないでしょう?精霊は肉体を持たない、いわば剥き出しの状態ですから、近くにいるだけでエネルギーは貰えます。飽和状態の先は進化、進化のかなり先は“神化”と言われてます。ここに至るまでは辛く険しいそうで、誰も成し遂げていませんね。」
「その“神化“に進む状態が、精霊にとって負担になるってこと?」
白馬の精霊の説明に、ルークが質問する。
「慣れるまでは、そう思ってもらって差し支えないかと。」
そうか。
みんな、進化は良いけど神化は辛いから、そうならないように調整してるってことか。
ルークの心の声に、雪豹と白馬の精霊はうんうんと首を前後に振る。
「じゃあ、好きじゃないからそばにいてくれなかったわけじゃないと…。」
「大好きだから!!」
「ルークを大好きじゃない精霊なんて一人もいないから!」
二人が矢継ぎ早に興奮して言ってくる。
ルークの後ろでジェイクが、クククと笑っているのが聞こえた。
「じいちゃんは笑うけどさぁ、言い過ぎだと思うんだよね。」
「そう二人が信じられるほど、ユキちゃんとハクの周囲にいる精霊たちが、ルークを好きってことだろう?」
「うーん。」
「五年前のあの日な。ルークが戻ってきて、部屋でしばらく寝たきりになってた時、新しい精霊の出入りが激しかったんだよ。毎日、毎回顔を出すたびに、見たことのない精霊たちで部屋が溢れててな。部屋に入りきれない精霊たちは窓や扉から覗いてた。ユキちゃんとハクの話を聞いたら、あぁ、進化しないギリギリを見極めてたんだなって思ったよ。」
理解できてスッキリしたジェイクは、前を向いて楽しげだった。
「そうだったんだね。起きてる時に来てくれても良いのに…。その五年前の寝てる時にやってきて、精霊力がが過剰になっちゃったってことでしょ?沢山使ってからまた来てくれないかなぁ。」
「ルーク、そんな事言って、あちこちで精霊が精霊力を使い始めたら…ん?どうなるんだ?困ることになるのか?」
「わかんない!」
「それも今度考えてみるか!」
精霊たちに聞いても教えてくれないしな!とジェイクは笑う。精霊たちも笑っていた。




